黒の死人 Ⅱ
1
漆黒鎧のゾンビは止まることなく真に向けて剣を振りかざしてくる。その一撃一撃が重く、鋭く、そして何よりも透き通っている。
その攻撃に対して、真は防戦一方。
(間合いが……取れない……)
体格差で言うと、漆黒鎧のゾンビの方が真よりも大きく、武器の大きさでは真の方がリーチが長い。両者の間合いはほとんど変わらないのだが、微妙に違う。
真はその微妙な違いを取ることができずにいた。結果として相手の優位を許してしまっている。
レベル100の最強装備をした真なら、多少攻撃を喰らったくらいでは問題ない。だから、相手の攻撃を無視して相打ちで攻撃を当てる作戦もありえるのだが……。
(相打ち狙いでどうにかできる相手じゃない……)
相打ちを狙うということは、つまりは技術で負けていることの露呈である。劣っている技術を相打ちという奇策によって補っているにすぎない。
要するに単純な甘えだ。自分の未熟さをレベルと装備で乗り越えようとする甘え。それが通じるのは二流の敵まで。一流の敵はそんな甘えを許してはくれない。ましてや、目の前にいる敵は超一流だ。通用するはずがない。
(このままじゃ……)
真がチラッと視線を奥の方へと向けると、別の漆黒鎧のゾンビ達も真に向かって突進してきていた。
(まずい……)
最初に突撃してきた初老の漆黒鎧のゾンビの他にも100人ほどの漆黒鎧の一団を確認している。その全てが敵であることは疑いようがない。
身なりからすると高貴な騎士なのだろうが、ゾンビになってしまっては、騎士の名誉など関係ない。真一人に対して群がってくるのは当然のこと。
初老の漆黒鎧だけでも手に負えない状況に、同等と思われる他の漆黒鎧の一団が襲い掛かってきた。まずいどころの話ではない。
「グァァーー」
少し遅れて襲い掛かってきた漆黒鎧のゾンビ達が、呻き声を上げながら真に斬りかかってきた。その一撃は速く鋭い。
ブンッ!
真のすぐ横を漆黒鎧のゾンビの剣が空を斬る音がした。
続いて、別の漆黒鎧のゾンビが剣を振り下ろす。
ブンッ!
真は半歩体をずらしてその攻撃を躱すと、剣が空を斬る音が耳に入ってくる。
そして、次の漆黒鎧のゾンビが横薙ぎに剣を振るが、それも半歩下がって真が回避すると同時
<スラッシュ>
真が踏み込みからの袈裟斬りを入れる。
「――ッ」
その一撃で一体の漆黒鎧のゾンビが倒れた。ゾンビ同士とはいえ、見事な連携をしてきた敵だった。お互いの邪魔をすることなく、自分の攻撃を的確に真に向けて放ってきていた。だが――
(他のゾンビは初老の奴ほどじゃない)
真は冷静に間合いを見切って、致命の一撃を入れることができていた。
後から来た漆黒鎧のゾンビの力量は確かに高い。その斬撃は鋭く、重い。速さも十分だ。だが、足りない。初老の漆黒鎧を着たゾンビの剣技に比べれば、格段に濁っている。不純物が多い。そんな剣だ。一流の剣技なのだが、超一流の剣技ではない。
(あの初老の奴だけが特別ってわけか……。それでも、状況が悪いことに変わりはないな……)
初老の漆黒鎧のゾンビのような剣技を持った敵がおいそれといるはずはない。とは言っても、他の漆黒鎧のゾンビ達の技術も相当高度なものだ。周りにいる多くのゾンビソルジャーなど相手にもならないほどに練度の高い戦闘技術を持っている。
真は周りを警戒しつつも、意識は初老の漆黒鎧から離さない。ここにいる敵の中で最強なのは間違いなく初老の漆黒鎧だ。
そこにまた別の漆黒鎧の奴が真に向けて剣を振り下ろしてきた。
「――ッ!?」
ガキンッ!
音もなく近づいてきた敵の攻撃を真が大剣を盾にすることで受け止める。こいつは少し強い。
(初老の奴ほどじゃないが、他の奴らより一歩抜きんでてるな……)
真は攻撃を受けつつも、初老の漆黒鎧の動きから意識を離さないでいると。
「貴様の相手は私だ! よそ見をしている暇はないぞ!」
真を攻撃してきた漆黒鎧はそう言った矢先、剣を引くと鋭い突きを放ってきた。
「なッ……!?」
真の顔面を狙ってきた刺突を寸でのところで回避する。一瞬でも判断が遅れていたら、間違いなく顔に直撃していたところだ。
だが、真は別のところで驚いていた。
「お、お前……ゾンビじゃないのか……」
真は襲ってきた若い漆黒鎧の騎士の顔を見た。顔つきは厳しいが、血色は良い。眼光も鋭く、生きた人間の目をしている。
「当たり前だ! 私はまだ生きている! このラウズ・ボールドマン、貴様を倒す者の名前だ覚えておけ!」
ラウズと名乗った漆黒鎧の騎士は、叫びながら真に向けて剣を振り下ろした。
ガキンッ!
再び真がその攻撃を受け止める。ギリギリと剣で押し合いながらも、真はラウズの目を睨んだ。
「お前は……この状況を何とも思っていないのか?」
こんな状況でもまだ戦おうとしているラウズに、真は怒りすら覚えていた。生きている帝国兵は他にもいた。だが、正常な判断をすることができなくなって怯えていた。それが普通なのだろう。味方がゾンビだらけになってまで戦いを続けようとすることが異常なのだ。
「貴様には関係のないことだ! 我らが帝国黒騎士団の役目は帝国に勝利をもたらすこと! そのために死んでいった仲間の……ゼール団長の仇は、私が晴らす!」
ラウズは口早に叫んだ。握っている剣にはさらに力が籠る。
「その仲間が死んでもゾンビになって戦わされてるんだよ! お前も分かってるんだろ? そのゼール団長とやらは、死んでもなお戦わないといけないのかよ?」
真は負けじと剣を押し返すと、一旦お互いの距離が離れた。横目で初老の漆黒鎧の方を見る。
(多分、あいつがゼール団長か……。帝国黒騎士団とか言ったな……。こいつらの頭なら、あの強さも納得がいく……)
「貴様には関係のないことだと言っただろ! 小娘風情が知ったような口を利くな!」
ラウズは再び真に向かて突進してきた。だが、踏み込みが甘い。迷いが剣に出ている。そんな攻撃が通用するはずもなく、真はあっさりと回避してみせた。
だが、真はラウズに対して反撃はしなかった。
代わりに、突っ込んできた別の帝国黒騎士団のゾンビに向けて袈裟ぎ斬りを放つ。
「小娘、貴様ァ! 私を愚弄する気か!?」
真がラウズの相手をしようとしないことに憤り、大声を上げる。
だが、真はラウズの言葉を無視。他のゾンビ達の相手をしている。
「聞いているのか、小娘! 敵を無視するとは、戦場を舐めているのか!」
「うるせえよ! お前と戦う必要はない! 退けよ! 生きて帰れよ!」
真はもっと色々と言いたいことがあるのだが、次々と襲い掛かってくるゾンビ達を相手に、そんな余裕はない。ラウズのことは放置して、ゾンビ達と戦いながらどんどん離れていく。
「ぐっ……」
ラウズは真を追うことができなかった。真に言われた通り、ラウズも分かっているのだ。戦場で死んだことは仕方がない。それが戦場だ。ラウズも数々の敵を手にかけてきた。だから、同じことをやられる覚悟など最初からできている。それは、帝国黒騎士団団長であるゼールとて同じ。
だが、戦場で名誉の死を遂げたにも関わらず、ゾンビとしてまだ戦いを強要されている。そこに意志はなく、名誉も守るべき信念もない。ただ、持っている技術をそのままに、道具として利用されているに過ぎない。
こんなことのために今まで研鑽を積んできたのではない。こんなことのために今まで戦ってきたのではない。こんなことのために今まで守ってきたのではない。
ラウズはもう戦うことはできなかった。
(『生きて帰れよ』か……)
真の言葉がラウズの心に刺さった。ふと、昔言われたことを思い出した。『生きてさえいれば、それだけで強くなれる。だから、絶対に生き残れ。臆病でも良い。生きてさえいれば、必ず前に進めるのだ』。それがゼールから最初に贈られた言葉だった。
ラウズが結婚すれば、義父となるはずだったゼール。幼くして父親を亡くしたラウズにとっては、実の父親のように尊敬していた。その人と同じことを、未成熟な小娘に言われた。だが、不思議と腹は立たない。素直にその言葉を受け入れることができる気がした。
ラウズは剣を仕舞うと、まだ生き残っている帝国黒騎士団の団員の方へと視線を向けた。
「あらぁ、坊や。どこに行こうというのかしら?」
そんなラウズに声をかけたのは仮面を付けた長身の男だった。軍服姿だが、付けている仮面はまるで舞踏会にでも出るような派手な物。地色が白の仮面は顔全体を覆い、金や銀、赤や青や黄色で模様が入れられている。出て来る場所を間違っているのではないかというくらいに、戦場には不釣り合いな仮面だ。
「……貴様の知ったことではない! イルミナの側近だかなんだか知らないが、私はヴァリア帝国黒騎士団だ! 貴様の権限が及ぶ地位ではないことを理解していただこうか!」
ラウズがオネエ口調の男を睨みつけた。派手な仮面をしているため、その表情は分からないが、一つだけ分かることは、微塵も動揺していないということ。
「やあねぇ、そんなに睨まないで頂戴。私照れちゃうでしょ」
「ふんっ……くだらん。貴様に構っている暇はない!」
ラウズはそう言って、仮面の男の横を通り過ぎようとした時だった。
「ソニアちゃんがどうなってもいいのかしら?」
仮面の下から不敵な笑みが零れた。ソニアとは、ラウズの婚約者にして、帝国黒騎士団団長、ゼールの一人娘だ。
「ソニアに何かあってみろ、貴様ら全員の首はないものと思え!」
ラウズは怒気を強めて仮面の男を睨みつけた。
「あらあら、強気ね。でも、私、そういう強気な男は好物よ。その程度が脅しになるって思ってるなんて、可愛らしいところもあるのね」
「いいか、よく聞け! 黒騎士団は丸腰の相手でも剣を抜くぞ!」
ラウズはさらに怒気を強めた。そこには突き刺すような殺気も籠っている。仮面の男は軍服を着ているが、武器は何も持っていない。戦場に来ているにも関わらずだ。自分は戦わなくてもいいと思っているのだろうか、それとも単なるバカなのか。
「あら? あなたはさっきの戦いの時に見てなかったのかしら? 私は丸腰じゃないわよ」
「なに?」
ラウズの顔に疑問符が浮かぶ。仮面の男が言う、『さっきの戦い』とは、センシアル王国騎士団及び義勇軍との戦いのことだろう。
「ふふふ、その様子じゃ、やっぱり見てなかったようね。センシアル王国騎士団と義勇軍を壊滅させた私の実力を」
「何を言っている!? センシアル王国軍と義勇軍を倒したのはゾン――ぐはッ!?」
ラウズが言い切る前に、その腹を巨大なランスが貫いた。
「私だって言ってるでしょ?」
いつの間にか、仮面の男が手にしているのは全長5メートルはあろうかという巨大なランス。丸太のように太い刃がラウズの腹を突き刺している。
「な、なんだ……?」
ラウズは腹に突き刺さった巨大なランスを見た。どこにもこんなに大きなランスはなかった。仮面の男は確かに丸腰だった。暗器の一つくらいは持っていたかもしれないが、こんなに大きなランスは到底隠せる物ではない。
重量にしたってそうだ。大の男が数人かかりでやっと持てるほどの重さだろう。それを仮面の男は軽々と持っている。
(それだけじゃない……。こんな大物の間合いではなかったはずだ……)
ラウズと仮面の男の距離は、ラウズの剣の間合いだった。5メートルはあろうかという大きな武器には、間合いが近すぎて使えない距離だ。にも関わらず、巨大なランスがラウズの腹を突き抜けて伸びている。
「まぁ、坊やには分からないことよ」
仮面の男が不敵に笑った。もう絶命して、何も聞こえないラウズを見ながら、仮面の男は愛おしそうに笑った。
2
薄暗い曇り空からはポツポツと雨が降り出してきた。もしかしたら、これから雨脚が強くなるかもしれない。そんな空の色をしている。
真と別れた美月達は、『王龍』が戦っている戦場へと向かって走っていた。美月達『フォーチュンキャット』のメンバーは、『フレンドシップ』の一団に混ざって先頭を走っている。
地図を見た限りではもうすぐ『王龍』が戦っている、ヴァリア帝国軍右翼との戦場に着く頃だろう。まだ戦闘音が聞こえてくるほどの距離ではないが、かなり近くまで来ていることは間違いないはずだ。
「…………」
俯きながらも美月が走る。もうすぐ戦場に着くというのに、心ここにあらずといった表情をしている。ちゃんと前を見ているのかさえも怪しいくらいだ。
「…………」
美月が走る速度はそこからどんどん下がっていった。その異変に真っ先に気が付いたのは翼だった。
「美月……?」
翼も美月の速度に合わせて速度を落とす。
「どうしたの……?」
遅れて彩音も心配そうに美月の方へと駆け寄ってきた。この間にも美月はどんどん速度を落としていく。後続の義勇軍は横目に様子を見ながらも、誰も声をかけることなく先に進んで行っている。
「……真君のこと?」
華凛も美月の様子が気になって声をかけた。美月が不安に駆られるのは大体真のことが心配で堪らない時だ。
美月の足は歩く速度にまで落ちており、とうとう立ち止まってしまう。
「……うん。……みんな、ごめん。私、真のところに行ってくる!」
顔を上げた美月が言い放った。瞳には若干の迷いが見えるが、意志は固いようだ。
「えっ!? 美月さん? でも……」
彩音が驚いた声を上げた。美月が真のことを気にしていることは分かっていたが、義勇軍としての役割を放り出すような行動を取るとは思ってもいなかった。
「いいわよ。行ってきな」
逆に翼は分かっていたというような感じで、あっさりと了承する。
「ちょっと!? 翼ちゃん、私たちは今、ミッションの最中なんだよ!」
美月を止めようともしない翼に対して、彩音がさらに驚いた声を出す。だが、この答えは、翼ならあり得るものだ。
「いいじゃない。真だってミッション中なんだしさ、そっちに行ったって、ミッションをやってることに変わりはないでしょ? それにさ、心がここに無いのに戦場になんか出たら危ないわよ。だったら、真のところに行った方が安全よ」
「いや、それは……。でも、千尋さんの許可も取ってないよ?」
翼の言うことは正鵠を射ている。だが、集団で動いているのにも関わらず、勝手な単独行動はしてはいけない。彩音は翼の意見を通すことには反対だった。
「私から上手く言っておくわ。美月、こうしてる時間が勿体ない。今すぐ――」
「待ってっ!? そんな、どういう風に言うつもりなの?」
行き当たりばったりな翼の言葉に彩音がすぐさま反論した。
「素直に、真のところに行ったって言えばいいじゃない」
「何も上手く言ってないよ、それ……」
案の定といったところか。ほとんど考えなしの翼に彩音が辟易とする。
「それでいいのよ! 美月、時間が勿体ないって言ってるでしょ! 早く行って!」
「うん……、ごめんね……。ありがとう」
翼に後押しされた美月はそう言うや否や、踵を返して走り出した。目的地は真が向かったヴァリア帝国中央連隊との戦場。




