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黒の死人 Ⅰ

重く空を覆いつくす曇天からはポツポツと雨が降り出していた。戦場に纏わりつくような湿った空気が流れていく。


風と雨の冷たさに交じって、真の背中を嫌な汗が流れた。


「こいつら……」


真は攻撃の手が止まっていた。無自覚に大剣を握る手に力が入り、何かを探すかのように周りを囲んでいるゾンビソルジャー達を見回す。


(義勇軍は……? センシアル騎士団は……? どうなっている?)


真が手を止めている間にも、さっき倒したばかりの帝国兵が次々と立ち上がっていく。フラフラと立ち上がるも、剣を構えるとスイッチが入ったかのように真に向かって突撃してくる。


ガキンッ!


飛びかかってきた帝国のゾンビソルファーを真の剣が受け止めると、金属同士がぶつかる嫌な音が響いた。


(くそっ! 考えている暇もなしかよ……)


真が内心毒づく。戦場の真ん中で敵に包囲されている状態で、敵が真に時間をくれるはずもない。しかも、相手はゾンビだ。こっちがどう思っているかなど、感じ取れる心はもう死んでいる。


(落ち着け……。敵を処理しながら考えろ……)


真は大きく息を吸い込むと、それを一気に吐き出す。


<スラッシュ>


またもや飛び込んできたゾンビ帝国兵に踏み込みからの袈裟斬りを喰らわせると同時、周囲を見渡しセンシアル王国騎士団や義勇軍がいないかを探す。


(いない……)


真はさらに攻撃を繰り出すと、そのまま敵の奥へと突き進む。


(いない……)


ゾンビ帝国兵に交じってセンシアル王国騎士団と義勇軍のゾンビがいないかを探すが見当たらない。


<ストームブレード>


完全に敵に包囲された状態から、真が範囲攻撃スキルを放つ。比較的再使用できるまでの時間が短いブレードストームで回りに敵を蹴散らしていく。


周りの敵を排除して視界が良好になったところで、義勇軍やセンシアル王国騎士団のゾンビがいないかを確かめる。


(やっぱり、いない……。こいつらの攻撃でゾンビにはならないってことか……)


世界がゲーム化してから二カ月くらい経過した頃だろうか。キスクという街を拠点にしていた頃だ。グレイタル墓地という狩場で、人がゾンビになるという事件が起こった。


それは、バージョンアップによって、突然、人をゾンビに変えるモンスターが現れたことよる事件だった。特定のゾンビに噛まれた人がゾンビになり、ゾンビになった人に噛まれた人もゾンビになるというもの。


真はその時にゾンビになった美月の仲間を斬り殺した。あの時の悪夢が脳裏を過るが、どうも様子が違う。ゾンビ帝国兵は噛みつこうとはしてこない。武器でもって真を攻撃してきているし、ゾンビになったセンシアル王国騎士団も義勇軍もいない。といういことは、ゾンビ帝国兵の攻撃で、ゾンビに変えられることはないと結論づけることができる。


(だけど……。いくら倒しても起き上がってくるんじゃキリがない……)


グレイタル墓地の時のゾンビは倒せば二度と起き上がってくることはなかった。だが、今、目の前にいるゾンビ帝国兵は何度倒しても復活して襲い掛かってくる。


グレイタル墓地のゾンビも相当厄介なものだったが、今回のゾンビはまた違うベクトルの厄介さがある。


(これもゲームの一部だ。打開策はあるはずなんだ……。ゾンビを作ってる大元を叩けば、ゾンビは復活してこないはずだ……)


真は一つの結論を導き出していた。それは、『ライオンハート』とセンシアル王国軍を破った帝国軍のイレギュラーのこと。その答えはこのゾンビ達だ。見た限り、ここのゾンビ帝国兵は真が担当したヴァリア帝国第二連隊と同じ銀褐色の兵装をしている。身体も腐敗していない。


ということは、ここにいるゾンビ帝国兵は、戦闘が開始する前までは生きている普通の兵士だったということだ。つまり、義勇軍またはセンシアル王国騎士団に倒されたヴァリア帝国兵がその場でゾンビに変えられた。


(どこかにネクロマンサーがいる! そいつが“イレギュラー”なんだ!)


ネクロマンサー(死霊魔術師)は死体からゾンビやスケルトンといったアンデットモンスターを生み出し使役する魔法使いのことだ。真は次々に敵を斬り倒しながら、ゾンビを作り出しているネクロマンサーを探す。


(これだけの数の兵士をゾンビにしてるんだ、一人や二人じゃない……。ネクロマンサーの一団がどこかにいるはずだ)


大量のゾンビが真に押し寄せてきている。ネクロマンサーが戦場をバラバラに動いていては、これだけの数のゾンビを密集させることはできない。だから、近くにネクロマンサーの一団があり、護衛の帝国兵もいるはず。それを探す。


真は何度も何度も大剣を振るが、その数以上に敵が来る。斬っても斬っても敵は起き上がってくる。


「うおおおーー!」


それでも、真は一切気負いすることなく敵を斬り続ける。


<スラッ――


そして、目の前に現れた若い帝国兵に向けて踏み込みからの斬撃を放とうとした時だった。


「う、うあぁぁぁーー!?」


若い帝国兵はガチガチと震えながら盾を構えていた。真の方に目を向けることもできずに、両手で盾を構えながら、情けない悲鳴を上げている。


(ま、まだ生きてる奴か……!?)


真の目の前で蹲るように盾を構えている若い帝国兵は、どう見ても生身の人間もといNPCだった。迫りくる死の恐怖に震えて何もできずに悲鳴を上げている若い新米兵。その姿に真の剣が止まる。


ザンッ!


真の後頭部に剣が振り下ろされたのは、そんな一瞬の迷いの中だった。


「チッ……!」


<スラッシュ>


真が舌打ちしながらも、攻撃してきたゾンビ帝国兵を斬り捨てた。理性の無いゾンビの群れの中で手を止めたらどうなるか。考えなくても分かることだ。


(これ以上ゾンビを増やすわけには……)


真は怯える新米帝国兵のことは無視して、ゾンビになった帝国兵だけを狙って攻撃を再開した。


義勇軍及びセンシアル王国騎士団がヴァリア帝国中央連隊と戦っていた時間を考えると、生き残っている帝国兵がいて当然。むしろ、ゾンビになっている帝国兵の数が多すぎるくらいだ。


おそらくは『ライオンハート』の活躍によって、ヴァリア帝国中央連隊にかなりの痛手を負わせたということだろう。


そのことが仇となって、ゾンビ帝国兵を増やす結果となってしまったと考えるのが自然といえる。


そうなると、真が生き残った帝国兵を倒してしまうということもプラスにはならないということだ。いたずらにゾンビソルジャーを増やすことになりかねない。


かといって、生きている帝国兵も真を攻撃してくる敵であることに違いはない。理性を失ったゾンビを相手にするか、理性がある兵士を相手にするか。結局のところ敵の数は変わらない。


それなら、できるだけ理性がある方を残しておいてた方が、まだマシだ。


問題はゾンビかどうかの見分けが付きにくいこと。ゾンビは血色の悪い青白い顔をしているのだが、兜から除く部分だけで判断しないといけない。フルフェイスの兜をつけている兵士がいないのが救いといったところか。


その他の見分け方とすれば、恐怖を感じることなく一直線に向かって突撃してくることくらい。それも、勇敢な兵士だと、ゾンビよろしく突っ込んでくることもあるだろうから、確実性に欠ける。


冷静に見極めようと手を止めていると攻撃されるため、悠長なことをしている余裕もない。


結論としては、向かってくる奴は全てゾンビと見なして斬るしかない。その結果、新たなゾンビを生み出すことになったとしても、他に手はない。


「おおおおーーーー!!」


真は四方八方から襲い掛かってくるゾンビなのかどうか分からない敵を斬り続けて、敵陣の奥へと向かって進んでいく。文字通り道を斬り開いての単独進軍だ。


そして、一体どれくらいの敵を斬ったのか分からなくなるほど、敵を斬ったところで、ある一団を発見した。


(あれは……。もしかして……)


それは、漆黒の鎧と深紅のマントを纏った一団。銀褐色の鎧を着ている他の帝国兵とは別格のいで立ちだ。数にして100人以上はいるだろうか。その周りにもゾンビ帝国兵がいて正確な数が把握できない。


その漆黒の一団の中の一人、先頭に立っている初老の男が真の方を向いた瞬間、あり得ないほどの速度で突っ込んできた。


「――ッ!?」


キンッ!


綺麗な金属音が響いた。一切の不純物がない透き通った斬撃だった。漆黒鎧の男が放ったのは大ぶりの一撃なのだが、全く隙がない。嵐のような激しさと清流のような静けさを合わせもった斬撃は、真が思わず見とれてしまうほど。


咄嗟に大剣で防がなかったら、首を飛ばされていたかもしれない。レベル100で最強装備の真がもし、今の攻撃を喰らったとしても、実際に首が飛ぶことはなく、死ぬこともないのだが、脳に直接、首が飛ぶと思わせる斬撃だったのだ。


(つ、強い……!?)


たった一撃だが、真は敵の強さを身に染みて感じていた。これだけの攻撃をしてくる敵が果たしてゾンビなのか。真は漆黒鎧の帝国兵の顔を見た。


長い金髪は後ろに束ねられ、顎には髭を蓄えている。顔色は青白い、初老の男。手にした剣には巧みな意匠が施されている。


「ガァッ!!」


漆黒鎧の男は呻き声と共に剣を振りかざしてきた。大振りのようでまるで無駄がない綺麗な動き。


キンッ!


再び真が大剣で攻撃を受け止めると、戦場には不釣り合いなほど綺麗な金属音が響いた。


「こいつもゾンビなのかよ……!?」


呻き声と顔色から判断して、この漆黒鎧の兵士はゾンビで間違いないだろう。だが、真はそのあまりにも綺麗な剣技に驚嘆していた。


ゾンビとなって理性を失くしてもなお残っている技術。これほどまでに洗練された剣技にはもはや人間性は必要としないのだろう。まさに人であることを超えた剣技だ。


それは、戦闘技術だけで言えば、アルター信教最強の教徒、ガドルをも上回る腕を持った敵が現れたということだ。

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