義勇軍 Ⅲ
1
そこら中で鳴り響いていた金属音は、やがて断末魔の悲鳴へと変わっていく。
真が橋の上の均衡を破り、ヴァリア帝国軍に大きな風穴を開けると、後続のセンシアル王国騎士団が雪崩れ込むようにして橋の上を制圧。
その時点でこの戦場での勝敗は決していた。後は掃討戦。河川を渡ろうとしていたヴァリア帝国兵は、センシアル王国騎士団による橋の上からの弓と魔法の攻撃を雨あられと食らうことになった。
ヴァリア帝国軍からしてみれば、まったくの想定外だった。橋の上は互いの兵力が団子状態になっており、ほぼ膠着していた。だから、遊ばせている兵力を奇襲のように河川を渡らせた。
普通に考えて、膠着している橋の上の戦況はすぐには動かない。動いたとして、それはかなりの時間を要する。これは甘い考えでもザル勘定でもない。常識的な思考に基づいて導き出された結論だ。
ただ一点、ヴァリア帝国軍が考慮していなかったことは、常識外の存在がいるかもしれないということ。
そのただ一点だけだった。例えるなら、地域の少年野球の試合に、メジャーリーグが参戦してくるかもしれないというような、常識外れの考えを持っていなかったことが敗因になってしまった。
そして、開戦した当初は鳴り響ていた金属同士がぶつかり合う音はなくなり、センシアル王国騎士団による一方的な蹂躙へと変わった。
橋の上と河川のヴァリア帝国兵は瞬く間に殲滅されていき、残ったヴァリア帝国兵は退却することなく戦ったが、大半の兵力を失った状態であった。数の勝負だけでも数倍の差が付いた状況になっており、最早なす術はなかった。
「「「うおおおおおーー!!!」」」
ヴァリア帝国軍を殲滅したところで、センシアル王国騎士団が一斉に勝鬨を上げた。中には逃げていったヴァリア帝国兵もいるようだが、ほぼすべて壊滅させたと言ってもいいくらいだった。
「…………」
真はそんなセンシアル王国騎士団を後目に義勇軍の陣地へと歩いていく。真は途中から手を抜いていた。橋の上を占拠した時点で勝負が決まったことを察した真は、敵の大将と思わしきNPCを倒した後は騎士団任せにしていたのだ。
(嫌な雲が出てきたな……)
真は空を見上げていた。いつの間にか空には一面の雲が広がっている。どんよりとした鉛色の空は、いつ雨が降り出すのか分からない。
【メッセージが届きました】
そんなことを考えている真の頭に直接声が響いた。ゲーム側から何か連絡がある時に聞こえてくる声だ。何度も聞いている声だが、頭の中に直接聞こえてくる感覚は未だに気持ちが悪い。
真はその声に辟易としながらも、目の前に浮かぶレターのアイコンに手を伸ばした。
【センシアル王国軍がヴァリア帝国第二連隊を撃破しました】
メッセージの内容はこれだけ。相も変わらず簡素な内容だ。
(ヴァリア帝国第二連隊? ああ、俺たちが左翼って呼んでた部隊の正式名称か)
ヴァリア帝国軍左翼というのは、あくまで『ライオンハート』の同盟が便宜上そう呼んでいたにすぎない。
(第二連隊っていうことは第一は中央のことかな? いや、中央はそのまま中央連隊っていう名前かも――)
「真ー!」
聞き覚えのある声に真がハッとなり思案を中断した。声の方に目をやると、美月や翼、彩音、華凛が真の方へと走ってきていた。
「真!? 大丈夫だった!?」
真っ先に声をかけたきたのは美月だった。真を一人だけ、激戦区に残してきたことが心配で堪らなかった。
「ああ、大丈夫だ」
当然のことながら真は無傷。何にも心配するようなことはなかった。
「だから、言ってたでしょ。真なら問題ないって。美月もそれくらい分かってるでしょ?」
少々呆れた顔で翼が言う。真の強さを一番近くで、一番長い間見てきたのは美月だ。その美月が今もまだ真に対して心配をしている。過保護もいいところだ。
「真君なら当然よ」
翼に続いて華凛も言う。身近で真の雄姿を見ることはできなかったが、橋の上で大きな衝撃があったことや炎が巻き上がったのは見えていた。それで真が動いたことが分かり、案の定、戦況が激変した。
「わ、分かってるけどさ……。でも、そういうことじゃないでしょ!」
翼の言うことは美月だって分かっているのだが、感情は理屈のようにはいかない。どれだけ真が強かろうが心配なものは心配なのだ。
「まあまあ、真さんは予想通り無事だったわけですし、いいじゃないですか――それより、メッセージの内容を確認しないと」
彩音が美月を宥めると、話題を変えた。
「まだメッセージを見てないのか?」
真は若干不思議そうに美月達の顔を見た。
「ええ、真さんのところに来る方を優先させてましたので」
少しはにかんだ様子で彩音が答えた。すぐにメッセージの内容を確認しても問題はないのだが、美月は真の安否確認を優先させることは明白だったし、ギルドの暗黙の了解で、メッセージの内容はまず真が確認をしてからとなっている。
「メッセージは、『センシアル王国がヴァリア帝国第二連隊を倒した』っていう内容だ」
真がメッセージの内容を説明した。非常に簡単な説明であるが、書いてあったことのすべてなので他に言いようがない。
「『ヴァリア帝国第二連隊』って?」
若干聞きなれない単語に翼が疑問符を浮かべる。
「俺たちが左翼部隊って呼んでたやつのことだろう。正式名称が『ヴァリア帝国第二連隊』っていうことだと思う」
「ああ、なるほどね。そういうことか――ということは、私たちの仕事はこれで終わりっていうことね」
「まだ終わってないだろ。勝ったのは俺たちの部隊だけの話だ。中央部隊や右翼担当の戦況が分からない」
真はすぐさま反対の意見を出した。
「ああ、そっか……そうだよね……。私たちの担当が終わったっていうだけだったよね……。応援に行かないとだよね……」
翼にしては暗い表情で返事をした。
「翼ちゃんの気持ちは分かるよ……。私だって戦争なんて早く止めたいって思ってる……。けど……」
彩音が静かに声をかけた。思っていた以上に呆気なく終わったが、それは真がいたことと、地形やヴァリア帝国軍が取った作戦の失敗によるものが大きい。他の戦場ではまだ戦っている最中だろう。それなら、仲間を助けに行かなくてはならない。それが戦場であったとしても。
「あ、ごめん……。大丈夫だから……」
「翼ちゃん……本当に大丈夫?」
彩音が心配そうに翼の顔を見る。どう見ても苦い笑顔でしかない。
「あぁ……っと。その……。私さ……多分……殺しちゃってるんだよね……。世界を元に戻すためだって、戦争なんだからって割り切ってたつもりだったんだけど……。ごめん……ちょっと、逃げ出したくなった……」
タードカハルでもNPCと戦った経験があるが、あの時は真が直接敵を倒してくれていた。今回は戦場で、不特定多数のNPCに対して攻撃をしている。誰に攻撃が当たったのかは分からないが、殲滅したということは、NPCの誰かを殺しているということだ。
「翼……」
美月も翼の顔をじっと見つめた。美月は今回の戦争でNPCに対して攻撃をしていない。後方支援として傷ついた仲間の回復に専念していた。だが、翼の気持ちは理解できる。もし、自分が攻撃をしていたら、誰かは分からないが、NPCを殺していたはずだ。
「もう大丈夫だから。気持ちを吐き出せて、落ち着けた。皆も同じ気持ちなんだし、私だけが逃げてちゃ駄目だよね。ちゃんと向き合うから。大丈夫だから!」
翼が自分を鼓舞するように言った。ここで立ち止まるわけにはいかない。戦争という特殊な環境で、人間ではないNPCを殺したということがどういうことなのか、それを考えても頭はぐるぐると回るだけ。そんなことをしている場合でもない。
「うん……そうだね……」
彩音も翼と同じ気持ちだった。NPCを殺した数でいえば、範囲攻撃スキルが豊富なソーサラーの彩音の方が多い。NPCはゲームの存在といっても、人間そっくりなNPCを殺したということを割り切るのは難しい。
「……とりあえず、いったん陣地に戻ろう」
黙って話を聞いていた真が口を開いた。ゲームの一部であるNPCを殺したことについて、それをここで議論していても仕方がない。自分たちにはまだやらないといけないことがある。
「……うん」
翼も真の意見には納得したようで、素直に従う。ほかの3人も同様に自分たちの陣地へと向かって足を運んだ。
2
義勇軍の陣地へと戻ってきた真達はすぐさま『フレンドシップ』のマスターである千尋とサブマスターの小林を探した。
千尋も小林も自分たちのテントの前にいたため、簡単に見つけることができたのだが、その周りには大勢の人が囲んでおり、簡単に話ができるような状況ではなかった。
そうこうしているうちに、人はどんどん集まってくる。これからどうすればいいのか。撤収してもいいのかどうかの判断を、みんな待っているのだ。
そんなところにやってきたのはリヒター宰相の遣いとして派遣されたNPCだった。
「義勇軍の諸君、休んでいる暇はない。まだ戦いは終わってはいないのだ! これより、名誉あるセンシアル王国騎士団と共に、中央のヴァリア帝国軍を叩き潰しに行く! すぐに出発の準備をされたし!」
リヒター宰相の遣いは言うだけ言って、センシアル王国騎士団の陣地の方へと姿を消した。
「なんだよあれ、完全に上から目線じゃないか」
「もっと他に言うことあるでしょ?」
「そもそも、あいつはなんで俺らと一緒にいようとしないんだ? 遣いの者じゃないのか?」
自分の言いたいことだけを言って、すぐさま騎士団の方へと行ってしまう。自分たちとは極力関わろうとしないNPCに義勇軍の中からも不満の声が出ていた。
「なんて言うかさ、最初に会った時から気に食わなかったのよね」
華凛も嫌な顔をでリヒターの遣いを見送った。中学校の時に嫌いだった先生に似ている。生徒の気持ちをまるで考えず、学校のことや地域に迷惑をかけるなということばかり言っていた先生だ。
「ああ、それは分かるわ。最初から私たちを相手にしたくなかったっていうかさ、本当は騎士団の方に付いていきたかったんでしょうね」
翼も華凛と同じ意見だった。宰相が遣いに出すくらいなのだから、王城内でもそれなりの役職に就いている者たちなのだろう。だから、どこの馬の骨とも分からない義勇軍に付くことが嫌なのだろう。
そこに一通り話を終えた千尋が前に出てきた。
「みんな、聞いての通りだ。疲れているところとは思うが、もうひと踏ん張りだ。中央は『ライオンハート』が受けてくれてはいるが、敵の主力でもある。この部隊にはまだ余力がある。場所もそう離れてはいない。中央主力さえ叩いてしまえば、ほぼ決着がつくはずだ。こんなミッションはとっとと終わらせるぞ!」
千尋が言うとおり、この部隊には余力があった。真がいたおかげで、義勇軍の被害というのは皆無に等しい。そのこともあってか、これから『ライオンハート』の応援に行くということに対しては反対はなかった。




