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王都の夜

        1



雲がゆっくりと流れて三日月を隠していく。この日は静かな夜だった。


誰もが静かな眠りについている。聞こえてくるのは時折吹く風の音くらい。そんな夜なのだが、彩音は一人宿泊している部屋の窓際に座っていた。


ヴァリア帝国がセンシアル王国に侵攻を開始するまであと4日の夜。もうすぐ日付が変わり、夜が明ければ戦場へ向けて出発する予定をしている。


真達が所属する所謂“その他の同盟連合”が担当するのはヴァリア帝国軍の左翼部隊。事前に『フレンドシップ』との会議をしていたこともあり、先日開かれた“その他同盟連合”での会議は、真が最前線に立つことで可決し、あとは戦場に出る日を待つのみとなった。


そのため、真達は翌朝の出発に備えて、早めの就寝となったのだが、彩音はまだ寝付けずに窓の外を眺めていた。


「…………」


彩音はただじっと窓の外を眺めていた。最近よく宿泊している宿から見る景色は見慣れたものなのだが、今はどこか知らない風景を見ているような気がする。


それは彩音の心情が不安定だからだろう。見下ろした先にある道も、向かいの商店も、その隣の屋根も、ここ最近毎日のように見ているのだが、ここが自分の居場所ではないような疎外感を覚える。


「はぁ……」


無意識のうちに彩音の口から溜息が漏れた。この夜だけで何度目になるだろうか。溜息の数など数えてはいないが、いい加減止まってほしいと思うくらいに溜息をついている。


「寝れないのか……?」


「ひゃっ!?」


意識の外から声をかけられて彩音は変な声を出してしまった。


「あっ……悪い。驚かせたな」


声をかけた真がベッドから起き上がりながら言った。


「いえ……私の方こそ……。起こしてしまいましたか?」


彩音はそう言いながら、さっきの声で他の皆を起こしていないか確認した。どうやら真以外は全員静かに寝息を立てているようだ。


「そういうわけじゃないよ……。ただ、目が覚めてしまって……」


「真さんでも緊張しますか?」


「そりゃ緊張もする――」


真がそう返事をしようとした時だった。


「う、うぅん……」


誰の声かは分からないが、寝言のような声がした。


「ちょっとだけ外を歩きませんか? ここで話してると起こしてしまいますし……」


少し照れたような顔で彩音が言った。


「あ、ああ……そうだな」


月明かりに照らされた彩音の表情。少しはにかんだ儚げな微笑み。普段は地味な印象のある彩音だが、地顔は綺麗だ。ふとした瞬間に見せる顔は他の3人にはない魅力があり、真は不意打ちを食らったように心臓が鳴っていた。


「行きましょうか」


彩音はそう言いながら、静かに部屋を出ていく。真も音を立てずに部屋を出ていった。



        2



もうすぐ日付が変わる時刻となると、王都グランエンドといえども寝静まっている。これが現実世界であれば、眠ることのない街として栄えていたのだろうが、ここは中世をモチーフにしたゲーム世界だ。


店の明かりもなく、夜道を照らすのは月と星の光だけ。それでも視界は十分だった。ゲーム化した世界の特徴として、夜になっても完全な闇に覆われることはない。


真と彩音が歩く石畳の道も、石と石の繋ぎ目まで見えるくらいに視界は確保されている。


「今回のミッション……。真さんでも緊張するんですね……」


先に口を開いたのは彩音だった。コツコツと靴が石畳を鳴らしながら真の方へと視線を向けた。


「緊張はしてるさ……。戦争に行くんだからな……。ただ……」


「ただ?」


「なんだろうな……、眠れなかったわけじゃないんだよ……。俺にもよく分からないんだけど、なぜか目が覚めたんだ……」


真は戦争に参加することに対する不安で目が覚めたのではないかとも思っていたが違う気がしていた。緊張はあるが、恐怖から来るものではない。だから、不安かと聞かれたら、違うと答えるだろう。


「そうなんですか……」


「彩音は不安か?」


「私は不安でいっぱいです……。今でも凄く怖いです……。明日はもっと怖いと思います……」


「そうだよな……」


普通はそうだろう。戦争に行くのだから。そもそもミッションは命を落とす危険がある。彩音は何度もミッションを経験してきたが、その都度恐怖と戦ってきたのだろう。それは、彩音だけではない。ミッションに参加した人なら、必ずその恐怖と直面することになる。


「真さんは、今回のミッション……どう考えてますか?」


「どうって……? 戦争に行くことか?」


「ええ、そうですね……。すみません、漠然とした質問で。ただ、何のための戦争で、何のために私たちは戦争に参加するのかなって……」


彩音の頭の中はぐるぐると回っていた。センシアル王国とヴァリア帝国の戦争。言ってしまえば『勝手にやってろ』なのだが、ミッションである以上そうも言えない。


「この戦争の意味か……。何もないだろうな」


真はほとんど考えることなく答えを出した。最初から分かっているというようにも見える。


「何もない……ですか?」


「ああ、何もない。どこまでいっても、これはゲームだ。戦争をしようがゲームであることに変わりはない。だから、意味もない。この戦争に意味を求めても、それこそ無意味だ」


「でも、意味がなくても、戦争に参加するんですよ! ゲームでも戦争に参加するのに意味がないって……」


「そう割り切るしかない。俺たちがやってる――やらされてるゲームはそういうゲームなんだ。紫藤さんや赤嶺さんが戦争に対してここまで冷静に対応しているのも、割り切っているからだと思う。世界を元に戻すっていう目的のために、やらないといけないことをやってる」


「真さんが言っていることは、間違っていないと思いますが……、本当に割り切ってると思いますか……?」


確かに総志や姫子、それに時也と悟。二大ギルドの中心人物は、ミッションに関しては非常に冷静に対応している。だが、ここに至るまでには多くの仲間を失ってきた。彩音にはそう簡単に割り切れるものだとは思えなかった。


「100%割り切っているかって言われると、それは分からないよ……。でも、表向きは割り切っているように見える。心の中でどんなことを思ってるかは想像はできるけど……。それでも、割り切って前に進むしかない……」


「真さんはどうなんですか……?」


「俺か? 俺は……割り切れて……ないだろうな……。なんでこんなことやらないといけないんだって、憤ってる。でも、やれることは決まってるんだ……」


「やれることは決まってるから、それをやるだけ……」


「そういうことになるかな……。それにさ……もう俺だけの話じゃないだろ?」


真は少しだけ悲し気な顔で答えた。


「皆の期待を背負ってるっていうことですか?」


なぜ真が悲し気な顔で答えたのか、彩音は理由が分からなかった。真だけの話ではないというのは、責任が重いということであって、悲しいという感情とは違う。


「そこまでのことは思ってないよ。ただ……、俺の目の前で死んでいった人がいるからさ……。助けられなかった人とか、俺の身代わりになってくれた人とか……。俺はさ、託されたんだよ……。ただ単に、仲間を守りたいっていうだけじゃなくなったんだ」


「そう……ですよね……」


真が悲しい顔をした理由が分かった。エル・アーシアでのミッションでは木村明が命を落とし、命の指輪を取りに行くミッションでは『ライオンハート』のメンバーが何人も命を落とした。特に『ライオンハート』のナンバー3の座についていた剣崎晃生は真を庇って命を落とした。死ぬ間際に真に意志を託した叫び声は彩音も覚えている。


「内容はどうあれ、ミッションはこの世界を元に戻す鍵なんだ。死んでいった人たちのためにも……いや、違うな……。生き残った人が、このゲームを許せないから、ミッションをやってるんだ」


「それは分かります。私もこのゲームが嫌いです。人の命でゲームをするなんて、狂ってます。許せないって思います……。それでも……」


「それでも?」


「それでも……やっぱり、怖いんです……。私は……死ぬかもしれないことが怖いんです……」


「それは当たり前だろ。誰だって死ぬのは怖いよ」


「でも、真さんは戦ってます。いつも一番危険な場所に立って、戦って……」


「俺は、まあ……。あれだ……」


レベルカンストに最強装備をしているから。他の人とは命に対する危険度が違い過ぎる。


「真さんの力でも、死んでいたかもしれないことは何度もありましたよね? それでも、真さんは前に出続けた……。今回のミッションでも先頭に立つんですよ……。私にはそんな勇気……」


「彩音だってミッションをクリアしてきたんだ。勇気っていうことなら、並大抵の勇気じゃないぞ」


真は彩音が頑張ってミッションに参加してきたことを知っている。大人しく引っ込み思案な性格の彩音が、この世界を元に戻すために危険なミッションに全力で挑んできたのだ。強大な敵に対しても得意の攻撃魔法で応戦してきた。


「そ、そう言われると、ちょっとくすぐったい気もしますが……。でも、昔の私が今の私を見たら信じられないでしょうね……。なんせ、戦争に行くんですから。でも、それは皆が……真さんがいてくれるから……」


彩音が真の顔をじっと見つめた。


「いや……俺は、大したことは……」


「真さんがいてくれるから、私は……私たちは戦えるんですよ。真さんは強いだけじゃないんです。優しいし、賢しい……人付き合いは苦手ですが、皆の心の支えになってるんですよ」


彩音の髪を夜風が梳かす。サラサラと流れていく髪と月光に照らされた笑み。幻想的なその微笑みに真は思わず言葉が出なくなる。


「真さん、そんなに見ないでくださいよ! 恥ずかしくなるじゃないですか!」


「えっ!? あ、いや……彩音が急にそんなこと言うから……俺だってそんなこと言われるとは思ってなかったから!?」


思わず見とれてしまったとは言えず、真は慌てて言い訳をした。


「私だって、こんな時じゃなかったら言いませんよ!」


「ま、まぁ、そうだよな……」


「そうなんです! ――でも、こうして話ができて落ち着きました。明日は早いのでもう帰りますか」


「ああ、そうするか」


こうして真と彩音の夜の散歩は終わった。次に目が覚めた時は戦場へと赴く時だ。真は束の間の安息を噛みしめながら宿へと帰っていった。



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