帝国黒騎士団
1
ヴァリア帝国の軍組織は皇帝を頂点として、大まかに分けると3つの軍隊が存在する。
一つは帝国陸軍。重装歩兵や軽装歩兵、騎馬兵に弓兵を揃えた戦争の中心的な軍だ。
もう一つは帝国海軍。操船技術に長けた兵で構成される海兵隊。海上での戦闘を想定しているため、ほぼ軽装歩兵と弓兵で構成されている。
3つめは帝国魔道軍。魔法による攻撃と支援をするため、陸軍にも海軍にも応援として参加する。
それぞれの軍はさらに細分化されており、指揮系統がその数だけ存在している。なお、センシアル王国の場合、軍隊は全て王国騎士団の所属としてまとめれている。その中で、兵種や職責に応じて○○騎士団という所属に分かれるという組織形態だ。
ヴァリア帝国兵は原則として、上述した3つの軍のどれかに所属することになるのだが、例外が一つだけあった。それが帝国黒騎士団と呼ばれる皇帝直轄の騎士団だ。
陸、海、魔道の三つの軍隊の中から選りすぐりにエリート達で結成された特殊部隊。魔道の知識を持ちながら操船技術にも優れ、白兵戦も可能。個人によって多少の得手不得手はあるが、不得意な分野であっても、ベテラン兵と同等の働きをする。それが帝国黒騎士団だ。
歴代の黒騎士団の団長は決闘によって決められる。在任中の騎士団長が次の騎士団長に相応しい者を指名し、決闘を行う。これに勝利した者が次の騎士団長となる。決闘に不服がある者は名乗りを上げて、勝者に挑むこともできるが、帝国黒騎士団の歴史の中で決闘に不服を申し立てた者は一人たりとも存在していない。
なぜなら、代々、騎士団長が次の騎士団長として指名する者は誰しもが納得する人選だったから。過去何度も行われてきた、騎士団長の決闘において、恣意的な指名をしたということは一度たりともない。
決闘によって騎士団長が交代しなかったという例もない。次の騎士団長として指名される者は、黒騎士団最強の騎士であり、騎士団長が自分を倒せる力を持った騎士だと認めた者だからだ。
逆に言えば、現役の騎士団長に勝てる騎士がいない場合、次の騎士団長の指名がされないということでもある。
他の帝国軍の中では私利私欲や権力争い、派閥争いということは当然にあるものなのだが、帝国黒騎士団において、そういった利己的な行動は一切見られない。それは、黒騎士団の特殊性からくるものだった。
黒騎士団はそこに所属するというだけで、貴族か平民かという身分の枠を飛び越え、軍隊内における階級の枠にも入らない。皇帝直属の騎士団という特別な地位を与えられることとなる。
これは、帝国軍や貴族達に対して権限を行使できるというようなものではないが、軍や貴族からも身分、階級による圧力を受けることもないということだ。
平民出の一兵士だった者であっても、黒騎士団に任命されることになれば、貴族でも手出しすることができない身分となるのだ。
要するに身分や階級による権力争いの外に出てしまう。そのため、黒騎士団の中における唯一の権力は個人の強さのみとなった。
ただし、腕っぷしが強いだけでは黒騎士団でのし上がることはできない。黒騎士団に入った時点で、全員が並外れた腕を持っている。新米はまずここで打ちのめされる。
元居た軍では最強と言われていようが、黒騎士団に入った途端に並み以下になる。
だから、黒騎士団においては心の強さも重視される。戦場では特殊部隊として最も危険な任務にあたるのが黒騎士団だ。生き残るだけでは不十分。求められる戦果を上げたうえで生きて帰ってくることが、最低限度の合格ラインだ。絶対に信頼できる仲間と上官が必須となるため、黒騎士団の結束は非常に強い。
そういった黒騎士団の特色があって、歴代の騎士団長は誰しもが納得をする者が選出され続けたのである。
そして、帝国黒騎士団の長い歴史の中でも最強にして、剣聖と呼ばれる男が現在の黒騎士団団長に任命された。名前をゼール・ヴァン・ヘイムという。
2
センシアル王国への出陣を控えた夕方。帝国黒騎士団の本部にある執務室では、一人の男が頭を抱えていた。長い金髪は後ろで束ね、蓄えた髭は少々乱れている。
「……ん」
執務室で頭を抱える男、ゼールは、いつの間にか入ってきた西日に顔を照らされ、目を顰めた。ふと窓の方に目をやると、雨が上がったばかりのヴァリア帝国の空を夕日が赤く染めていた。
帝国黒騎士団の本部はヴァリア帝国の中心部にある。他にも各種軍隊の本部や内政の本部もある区画なのだが、帝国黒騎士団の本部は他と比べるといささか規模が小さい。そもそもの人数が他の軍に比べて圧倒的に少ないため、仕方がないことなのだが、他の帝国軍人からはクロヒョウの巣と呼ばれ畏怖されている。
そのため、帝国黒騎士団の本部に来る者は黒騎士団の関係者以外にはほぼ皆無に等しい。だから、この日の来客にゼールは驚いた。
コンコンコンコン
「入れ」
ノックの音が聞こえるとゼールはぶっきらぼうに返事をした。
「お忙しいところ失礼させてもらいますよ、ゼール卿」
執務室に入って来たのは壮年の男性だった。ブロンドの長い髪はゼールのように束ねず、背中に流してる。顔は優男といったところか。
「ロ、ロズウェル魔道将軍!? これは失礼いたしました」
ゼールは驚き立ち上がり、非礼を詫びる。訪ねてきたのは黒騎士団の騎士だと思っていたから、いつも通りの不愛想な返事で済ませてしまっていた。
だが、やってきたのはロズウェル魔道将軍。帝国魔道軍のトップだ。名門貴族の出身で、幼少の頃から魔道の英才教育を受けてきた。魔道の才能も優れているが、それ以上に政治の才能が突出していた。多少黒い噂もあるが、その才覚によって瞬く間に帝国魔道軍を登りつめた男だ。
「ゼール卿、楽にしてください。私との間に身分差はないのですから。こちらこそ、約束もなしに突然訪ねて来て申し訳ありません」
ロズウェルと呼ばれた男が笑顔で返す。帝国黒騎士団という特殊な身分は、名門貴族で魔道将軍の地位に対しても優劣は存在しない。
「とんでもございません。ただ、事前に仰っていただければ、こんなむさ苦しい部屋でなく、相応の部屋を用意いたしましたのに」
ゼールは申し訳なさそうに辺りを見渡した。ゼールの執務室はお世辞にも綺麗とは言えない。軍用本は床に置いたままで、何やら書かれている羊皮紙も雑多に散らかっている。身分に差がないと言っても、こんな部屋に魔道将軍を入れるのは礼がなさすぎる。
「私としても急に訪ねる非礼をしたくはなかったんですが、事が事だけにそうも言っていられず……」
ロズウェルの方は部屋が散らかっていることをまるで気にしない様子。というより、もっと他に重要なことがあった。
「……此度の戦争のことですかな?」
ロズウェルの目が変わったことをゼールは感じ取っていた。こんな時に魔道将軍が一人で黒騎士団の団長を訪ねてくる理由など他にない。
「ええ、そうです……。率直に申し上げます。私はこの戦いに意味があるとは思っていません」
「ロズウェル卿ッ!?」
ゼールは驚愕に声を上げた。今のロズウェルの発言を誰かに聞かれでもしたら大事になる。ゼール自身も先日、センシアル王国との開戦を止めるように陳情しに行ったが、危うく愛する家族をこの手にかけないといけないところだった。
皇帝の信が最も厚い黒騎士団の団長の陳情であってもこの様だ。魔道将軍といえどもゼールと同じ結果になるのは目に見えている。
「ご心配いただき感謝しますが、それは不要です。こういう話をしたいからこそ、突然訪れたのですから」
「左様ですか……。ただ、いきなりそういう発言は心臓に悪いですな……」
「ははは、これは失礼。ですが、帝国最強の騎士、剣聖ゼール卿を驚かせることができたとなれば、我が家の自慢として語り継ぐこともできますな」
「買い被りしすぎますな……。私は臆病な人間です」
「またまたご謙遜を」
「謙遜などではありません。それに、臆病であることを憎んだことはありません。戦場で生き残るためには何より臆病であることが重要ですからな」
ゼールは恐怖というものを知っている。だからこそ、ここまで生きてこれた。生きてこれたということは、より強くなれるということ。そうして手にしたのが今の地位だ。
「知っていますとも。臆病というのなら私も同類。だから、こうして本音で話をしたのです。臆病者は賢いですからね、下手な策を巡らすより、最初から本題に入った方がいい」
「なるほど。それは同意見ですな」
ゼールはこの場のロズウェルを信用していいと判断していた。余計なことを言わずに直球で勝負しに来ている。政治にも長けたこの男がそんな手で来るということはよほど重要なことなのだろう。
「それで、話のつづきなのですが。ゼール卿はイルミナという女をどう見ていますか?」
ロズウェルはここでも直球で来た。自ら臆病で賢い人間であると言っておきながら、蛮勇で愚かな質問をしてきた。なんとも食えない男だ。
「魔女……ですな」
ゼールも率直に答えた。ロズウェルは食えない男だが、実力は本物だ。
「魔女ですか……。なるほど。流石はゼール卿といったところでしょうか」
ロズウェルは満足げに返事をした。
「ロズウェル卿はどのようにお考えで?」
「イルミナという女が皇帝に取り入ってから、私が最も信を置く部下に探らせていたのですが……。すぐさま行方が分からなくなりました。当然相手に察知されたということなのですが、問題はなぜ察知されたのかということです。こちらは魔道によって遠隔調査を行っておりました。非常に隠密性が高く、我が魔道軍の秘術と言ってもいいほど高度な術式を用いております。にも関わらず、イルミナはいとも簡単に術者を割り出して、こちらに気付かれることなく消した……」
「我が帝国の魔道技術を……」
ゼールは額から嫌な汗が出ていた。ロズウェルが送り込んだのは最も信を置く部下だという。実力は帝国内でもトップレベルだろう。そんな術者が簡単にやられたということだ。
「イルミナという女は、ゼール卿が仰った通り、魔女と言ってもいいでしょう。その実力は帝国の魔道を凌駕している。おそらく裏に私がいることも把握していると思います」
「なッ!? ロズウェル卿、それでは卿の身が――いや……、今ここにおられるということは、イルミナに卿を害する意思はないということか」
「そうです。イルミナに私をどうにかする意思はない。おそらく、私もイルミナの駒の一つなのでしょう。駒が使えるのなら有効に使うというのがイルミナの考えかと」
「そうでしょうな……」
ロズウェルが言った“駒”という言葉。それはゼール自身も身をもって体験した。皇帝に陳情に行った際に殺されなかったのは、ゼールを“駒”として使うためにすぎない。
「結局のところ、イルミナについて分かったことはほとんどありません。肌の色からタードカハルの出身だろうということくらい」
「タードカハルか……。最近アルター正教と真教がいざこざを起こしたという話も聞きましたが、すぐに鎮静化していますな」
「時期的には、イルミナが帝国に来た頃とタードカハルでのアルター教徒の揉め事は近いのですが、関係しているかどうかは不明です」
「時期的なことで言いますと、センシアル王国で起きた怪現象も同時期に起きた事件ですな」
「そうですね。あの事件は当時の宰相アドルフが古代の秘術の実験をしていて失敗したとか。もしかしたら、この秘術の研究にイルミナが関わっていたという可能性はありますが……」
「確たる証拠はなしということですかな……。どちらにせよ、我が帝国の魔道をも凌駕する術者がタードカハルにいたとして、今の今までその存在に気が付かなったというのは、なんとも不可思議なこと」
ゼールが髭に手を当てながら考え込む。センシアル王国の属国であるタードカハルの情報を蔑ろにしていたわけではないが、イルミナという術者の情報は何もなかった。
「ええ、私も同じことを考えておりました。アルター教の教義の中に自身を鍛えて浄化するというものがあるそうです。ですから、アルター教徒は潜在的な兵士と言ってもいいくらいの戦闘能力を持っています。ですが、イルミナの力は桁違い。これだけの実力を持っていれば、センシアルの属国にならずとも、他国からは十分な脅威となるほどです」
「それほどの化け物が表に出て来ることなく、帝国に入ってきた……」
「そういうことです……。ゼール卿……。この戦い、勝ったとしても、イルミナが帝国に入っている以上、未来はありません!」
ロズウェルはあえて帝国が滅ぶということを口にした。ゼールならばこの状況を理解していると確信したうでの発言だった。
「ロズウェル卿……。今は、目の前の戦いに勝つことだけを考えられよ……」
ゼールもロズウェルが何を考えているのか理解できる。イルミナと戦おうという意志を持ってきたのだ。だが、ゼールはそれに応えることはできなかった。愛する家族を人質に取られている状態では、ただ従順にセンシアル王国と戦うことしかできなかった。




