緊急通知 Ⅰ
岩砂漠の上を場違いなほど不釣り合いな豪華馬車が行く。揺れを吸収する機構を備えた馬車であっても、ゴツゴツとした岩砂漠の道ではガタガタと揺れてしまう。
タードカハルの街は後1時間ほどすれば見えて来るだろう。雲一つない空から降り注ぐ太陽光がピークを迎える頃に到着する予定だ。
日が昇ると同時に気温はぐんぐんと上り続けるため、ピークの時間でなくても十分暑いのがタードカハルの砂漠気候。
そんな灼熱の大地の真ん中で、真は言い知れない冷たいモノを感じていた。それは外的な要因ではなく、体の中から来る寒気。突然届いたメッセージの内容に戸惑いを隠すことができずにいた。
「ど、どうしたの……? メッセージに何が……?」
不安な目で美月が真を見つめた。真はメッセージを睨みつけたまま苦い顔をしている。その様子から、碌でもない内容であることは容易に想像がついた。
「ああ……、メッセージだ……。少し待ってくれ……どう判断していいか分からない……」
メッセージの内容から目を離さずに真が答えた。訝し気に顔を歪ませながらもじっと考えている。
「…………」
どうしていいか分からない華凛が美月の方を見た。だが、美月もどうしていいか分からない。真が待ってくれと言うのであれば待つしかない。その間はメッセージを確認しない方がいいだろう。真が何かしらの回答を出すまで待った方がいい。
それから数分の沈黙が流れた。美月達はじっと真の方を見ながら待つと、ようやく真がメッセージから目を離して顔を上げた。
だが、その表情は依然として訝し気なものだ。
「えぇと……。すまない答えは出てないんだけど……」
「……うん」
美月が静かに頷く。
「まず、メッセージの内容は、『今ら12日後にヴァリア帝国が侵攻を開始する』っていうものだ……」
「侵攻……!? 何それ?」
真の報告の意味が分からず翼の眉間に皺が寄る。
「そのままの意味だろうな……。ヴァリア帝国が攻めて来る。それが12日後のことだ……。とりあえず皆もメッセージを見てくれ」
真が言ったのを合図に美月達もメッセージの内容を確認する。書いてあることは真と一緒。『12日後にヴァリア帝国が侵攻を開始する』というもの。ただそれだけが書いてある。
「えっ……ヴァリア帝国はどこに攻めて来るの……?」
美月から率直な疑問が出て来る。書いてあることは侵攻が開始されるとうことだけ。どこが攻めらるのかは全く分からない。
「それは俺も考えてたんだ……。俺が思う最有力候補はタードカハル。ここにヴァリア帝国が侵攻してくるんじゃないかって……」
真が美月の質問に答えた。さっきから黙って考えていたことの一つが、侵攻してくる場所のことだ。ただ、真は煮え切らない顔をしている。
「タードカハルの歴史は防衛の歴史でしたよね。四方を他国に囲まれていて、高い山もないから攻める側からしたら攻めやすい地形になっていますし……。でも、それはセンシアル王国の属国になる前の話では……?」
彩音が反対意見を出してきた。真の言う通りタードカハルに侵攻をしてくる可能性はあるだろう。歴史的にも侵攻を受けてきた国だ。
「うん……そこは俺も引っかかってる……。ヴァリアとセンシアルの関係は不明だから何とも言えないところなんだよな……。ただ、あくまで可能性が高いということであれば、タードカハルは候補として上がると思う……」
「えぇ……まあ、確かに。可能性ということであれば、高い方だと思いますね……」
彩音は真の意見に一定の納得をしていた。だが、真は迷っているようにも見える。あくまで可能性の話をいているだけなのに、何を迷っているのかは分からない。
「ねえ……そもそも、ヴァリア帝国なんて、今まで一度も聞いたことないじゃない? どうして、そんな国がいきなり攻めて来るの?」
状況を把握できていない華凛の顔に疑問符が浮かんでいる。ヴァリア帝国の名前を知ったのはこの前のバージョンアップがあった時のことだ。
「今回のバージョンアップでヴァリア帝国が追加されたことで、ゲーム化した世界の認識が書き換えられているはずだ。バージョンアップが実施される前まではヴァリア帝国は存在していなかったから、誰もそのことを口にすることはなかった。だけど、バージョンアップでヴァリア帝国が追加されたことで、ずっと前から存在していたのと同じになったはずだ」
真が起きている現象を説明するも、華凛は今一つ分かっていない様子。確かにバージョンアップによってゲーム化した世界が過去から書き換えられるなんてことは簡単に理解できるものではないだろう。
今までのバージョンアップでも同じことは何度かあった。最初のバージョンアップでゴブリンの砦ができた時にも、前からゴブリンには困っていた様子だった。また、エル・アーシアでのミッションも、2,000年前からエルフ達の争いがあったということが、バージョンアップによって追加された。
「話を戻しますけど、真さんはヴァリア帝国の場所がタードカハルに隣接していると考えてるんですよね?」
華凛の疑問も分かるが、今はもっと優先すべき話がある。彩音は若干強引に話を戻した。
「それな……。タードカハルに侵攻してくるっていう前提なら、ヴァリア帝国の場所はタードカハルの近くっていうことになるんだけど……」
「推測の域を出ないっていうことですか?」
「そういうことだ……。ヴァリア帝国がタードカハルに侵攻してくる証拠はなにもない。全部仮説に過ぎない……」
真は諦観しながら言う。ヴァリア帝国がどこに侵攻してくるのかというのは全ては推測でしかない。情報が少ない現状ではヴァリア帝国の場所も特定できない。
「タードカハル以外だったどこに攻めて来ると思う……?」
今度は美月が質問した。美月も真が言うようにタードカハルが狙われる可能性が一番高いと思う。その理由も真と同じ。歴史的な理由だ。
「タードカハル以外だとセンシアル王国しか候補がないんだが……。センシアル王国に侵攻してくるか……? いや、分からないけど……」
「センシアル王国が侵攻さる可能性は低いってこと?」
「と思う。センシアル王国は大国だからな。いきなりそんな大国にぶつかって来るようなことをするだろうかって……な」
「そうだよね……。だったらさ、エル・アーシアとかに侵攻して来ることはないの?」
続けて美月が質問を投げる。侵攻を受ける候補地ということであれば、現状で実装されている各地域も含まれるはずだ。
「エル・アーシアは大高原だ。自然の要塞と言っていい。同じ理由でコル・シアン森林もそうだろう。ゴ・ダ砂漠は……まだ考えられなくもないが、砂漠に侵攻する理由が考えらない」
「ゴ・ダ砂漠に侵攻しない理由が砂漠だからっていうなら、岩砂漠のタードカハルに侵攻する理由もないんじゃないの?」
「確かにゴ・ダ砂漠もタードカハルも不毛の地だけど、タードカハルは一定レベルで繁栄してるだろう。四方を他国に囲まれているっていうことは、逆に言えば交易路にも使えるっていうことだ。実際にセンシアル王国との行き来はできているわけだしな。歴史的にタードカハルが狙われてきたのもそういう旨味があるからなんだろう」
かつて、シルクロードを渡ってきた人もタクラマカン砂漠の中央を縦断することは極めて困難であった。そのため、北の端か南の端を通るルートが確立された。タードカハルの気候も非常に厳しいが、人が生活を営むことはできているし、中継地点としてのタードカハルは非常に重要な場所にある。タクラマカン砂漠の様な死の砂漠というわけではないのだ。
「でもさ、タードカハルはセンシアル王国の属国なわけでしょ? センシアル王国も真が言う旨味があるから、タードカハルを属国にしてるわけじゃない? だったらさ、そのタードカハルにヴァリア帝国が攻めてきたら、それこそ――ねぇ……真……。まだ私たちに言ってないことあるよね?」
翼が自分なりに話を整理していた時だった。翼はあることに気が付いた。そして、そのことは真もとっくに気が付いているということも。
翼はずっと疑問だったのだ。ヴァリア帝国がどこに侵攻してくるのか分からないということだけで、真がここまで悩むだろうかと。それくらいだったら『ライオンハート』や『王龍』の情報網から情報を聞き出せば答えを出すことくらいできるだろう。最初に真が見せた表情。顔が青ざめていた理由。それに気が付いた。
「……まだ、そうと決まったわけじゃ――」
「あんた、それ、本気で言ってるわけ? 本当はもう確信を持ってるんでしょ! 答えが出てないっていうのは嘘でしょ? そうと決まってるって分かってるから言えないんでしょ?」
はっきりと言わない真に対して翼がまくし立てた。
「…………」
「ごめん……。真も言いにくいことだって分かってるのに私……最低だよね……」
何も言い返さずに黙りこむ真に翼が申し訳ない気持ちになった。真一人だけに抱えこませる問題ではないことは分かっているのだが、感情が先に走ってしまったことに自己嫌悪する。
「いや……いいんだ……。俺が話さなくても、近いうちに紫藤さんか赤嶺さんから聞くことになる。だったら、今、俺から話をしておいた方がいい」
真が静かに口を開いた。迷っていたが、言わないわけにはいかないと思った。
「真君……その、何なの? 言いにくいことって……」
華凛も真の様子は気になっていた。真が何を抱えているのかは分からないが、真から伝わってくる悪寒のようなものは分かっていた。
「……タードカハルに侵攻するっていうことは、即ち、センシアル王国と戦争するっていうことだ……」
「うん……」
さっき話をしていたことだ。華凛もそれは分かる。
「今回のミッションの内容――」
「ァッ――!?」
美月の喉から悲鳴のような声が漏れた。ここで美月も気が付いたのだ。黙っているが彩音も気が付いている様子だ。
「俺たちは、その戦争に参加する可能性がある……」




