バージョンアップ会議 Ⅱ
昼下がりの午後、王城前広場に隣接するホテル『シャリオン』のロビーには数十人が集まっていた。それらは全てギルド『ライオンハート』の同盟だ。
まだ全員が集まったわけではないが、結構な人数がいる。それでも狭いと感じることがないのは、『シャリオン』のロビーがそれだけの広さを備えているから。
『シャリオン』のロビーはベージュの大理石に複雑な模様の絨毯が敷かれている。上を見上げればキラキラと光る大きなシャンデリアが見る者を圧巻する。
煌びやかで豪華なホテルなのだが、威圧感はない。どこまでも上品であり、それでいて優しい印象を与えてくれる超一流のホテルだ。
当然のことながらその料金設定も超一流。現実世界の人達が日々稼ぐ金銭ではまず利用は不可能だ。それ故、気密性に優れており、下手に情報が漏れないように、重要な会議は『シャリオン』の会議室を借りているのである。
そのホテルを利用できるのは最大規模のギルドである『ライオンハート』だからこそ。『ライオンハート』は攻城戦により、支配地域を二つ持っている。支配地域を持っているギルドには税収があり、その金額が莫大なものになるため、これだけ豪華なホテルを利用するこが可能になっていた。
「なんだか……ピリピリしてるよね……」
美月が回りを気にしながら小声で呟いた。ホテルの優雅さに反して、流れている空気は張りつめているのが分かる。
「そうだな……。魔人が暴れたのが数カ月前だからな……。まだ記憶に新しい分、今回のバージョンアップも不安があるんだろうな」
真も周りを気にしながら返事をした。前回のバージョンアップでは、王都の中に突如現れた魔人の群れのせいで多くの犠牲者が出た。『ライオンハート』の同盟に参加せず、ミッションに関しては人任せだった人達も、否応なしに魔人との戦いに巻き込まれることとなった。
『ライオンハート』の同盟であっても、直接ミッションに参加することなく裏方で支援する人は多い。情報収集や支援金集め、物資の調達などをする人達だ。むしろ裏方支援の方が多い。
「そうだね……。みんな不安だよね……。今回のミッション……どんな内容なんだろう……」
「……ミッションの内容な……。それが一番の問題だよな……」
どんなミッションが待っているのか、それが想像もつかない。ゲームだったら初見殺しでゲームオーバーになったとしても、それが面白いが、ゲーム化した世界では実際に死ぬことになる。事前に攻略情報があるわけでもなく、毎回初見で対応しないといけない。そのせいで実際に命を落とす者が出てしまう。
「うん……」
美月が俯きながら返事をする。真の強さは知っている。どんな強大なモンスターでも真よりも強いと思ったことはない。だが、ミッションでは、真がどれだけ強くても関係なく死に追いやる手段が存在している。それは、敵の攻撃であったり、時間制限というゲーム的な要素であったり様々。
何をしてくるのか予想ができないということが一番不安なところだった。
「…………」
結局黙ってしまった真と美月の間にも重い空気が流れてしまう。そんなところに一人の女性が声をかけてきた。
「蒼井真、真田美月、ミッション前にそんな暗い顔をしていてどうする」
凛とした声の女性だ。長い黒髪をポニーテールに纏め上げたパラディンの女性。声に負けず顔つきも凛々しい綺麗な女性だ。
「あっ、千尋さん!? それに小林さんも」
美月はその声にすぐ反応した。声をかけてきたのは、ギルド『フレンドシップ』のマスター御影千尋だった。その横にはサブマスターの小林健もいる。
『フレンドシップ』の活動は、ゲーム化した世界で生きていくことが困難な人達への支援だ。そのためにゲーム化した世界を駆けまわって資金を稼いでいる。本来の活動はもう一つあり、世界がゲーム化した瞬間から姿が見えなくなった幼児や自立できない高齢者や障害者の探索なのだが、それは情報が全くなく完全に頓挫していた。
「やあ、久しぶりだね。元気そうで――っていう風じゃないか。やっぱりミッションは緊張するよね……」
小林は少しだけ苦い顔で微笑んだ。
「ええ……まぁ……ミッションですし……」
美月も小林と似たような顔で返事をしうた。普段の同盟会議に参加しない美月にとって、千尋と小林と会うのは久々のなだが、それを喜んでいる心の余裕はない。
「蒼井真は何を緊張しているんだ? お前なら問題はないだろう?」
美月と同じく緊張した様子の真に千尋が問いただす。圧倒的な強さを持っている真が今更何に緊張しているというのか。
「俺だってミッションは毎回緊張するよ。死にかけたことだって一度や二度じゃないんだ」
すかさず真が反論した。カンストレベルと最強装備があっても関係なく殺しにくる罠がミッションにはあるのだ。
「そうか……。それはすまなかった。王都に来てから、うちのギルドはミッションに参加することがなくなったからな。よく考えたら、お前と一緒にミッションを遂行したことはなかったな」
「そういえば、ゴ・ダ砂漠にいた頃は『フレンドシップ』さんもミッションに参加してたんですよね?」
今度は美月が千尋に質問をした。
「ああ、そうだ。ミッションだけでなく、タイラント・ジャヌークという巨大な三つ首蛇の討伐にも参加した。だが、今は『王龍』も蒼井真もいる。だから、私たちは『フレンドシップ』の活動に専念させてもらっているんだ。それに……」
「それに?」
「それに、信也もいなくなったからな……。紫藤総志はそのことも考慮してくれているんだろう」
「あっ……すみません……」
千尋の顔が少し曇ったことを感じ取り、美月がバツを悪くした。『フレンドシップ』の初代ギルドマスターは真辺信也という大柄の男だった。性格も豪快な人で、周囲からの信頼も厚い人だった。だが、ギルド『テンペスト』とのいざこざがあり殺されたという過去がある。
「気にしなくていい。信也は自分の信念を貫いただけだ。魂まで死んだわけじゃない。それに、前回のバージョンアップでは、さすがに駆り出されたしな」
千尋はすぐに持ち直して言葉をかけた。信也の死は今も悲しみとして残っているが、受け入れて前に進むことができている。
「千尋さんって、変わりましたよね」
美月が千尋の顔を見ながら言う。
「そうか? 私はずっと変わっていないと思うが」
「変わりましたよ。初めて会った時はもっと堅かったですもん。いい加減な信也さんを支えるために、自分がしっかりしないといけないっていう意志が伝わってくるくらいでしたから」
「ああ……なるほどな。そう言われてみればそうかもしれないな。私も優秀な副官を手に入れたからな。とりあえず小林さんに任せておけばいいから気持ちは楽になったよ」
千尋はいたずらな笑みを浮かべて小林を見た。
「千尋さんが変わったというか、信也化したというのが正しいですね」
小林がすぐさま返してきた。それを聞いた真も「なるほど」と合点がいった。
「なっ!? 私はあんな大雑把な人間ではないぞ!」
予想外の反撃を食らい千尋がたじろいだ。信也のことは好きだが、信也化したと言われるのは心外だ。信也は器の大きな人間なのだが、如何せんガサツだ。
「『フレンドシップ』のマスターらしくなったということですよ」
小林がいたずらな笑みを返した。そのやり取りに美月も「ふふふ」と笑っている。
「褒めているのか、それ……?」
千尋は納得がいかないという感じだが、表情は少し嬉しそうにしている。こういう感情が豊になったのも、美月が変わったと思うようになった要素だ。
そんな会話をしたおかげで、真と美月の緊張も和らいだのだが、再び緊張することになる。それは、一人の男が『シャリオン』のロビーに現れたからだ。
ざわついていたロビーは一瞬で静かになり、現れた一人の男に視線が集中する。
「取り決めの通り、迅速に集まってくれたことを感謝する」
現れたのは漆黒の軽装鎧を身にまとったベルセルクの男。最強最大のギルド『ライオンハート』のマスター、紫藤総志だ。
「早速で悪いが、ここでは話ができない。今から会議室に移動する。付いてきてくれ」
総志は必要なことだけを言い、会議室へと向かって歩き出した。
王都にいる現実世界の人間で紫藤総志の名前を知らない者はいない。カリスマ性や統率力だけでなく、一個人としての戦闘能力も別格の強さを持つ。前回のバージョンアップで出現した魔人との戦いでは、最前線に立って、魔人どもをなぎ倒していく総志の姿を目にした人も多かった。
そのことにより、紫藤総志及び『ライオンハート』の持つ影響力はさらに強大になり、同盟内だけでなく、同盟外にも強い影響力を持つようになった。
魔人討伐において最重要任務に就くことになった真は、当初、その強さが噂になるのではないかと懸念されていたが、センシアル王城で異界の扉を閉じることに専念していたことと、グランエンドの街中が混乱していたこともあり、真が人目に付くことはなく、その強さが噂として出回ることもなかった。
その結果、真のことを知っているごく一部の人間を除けば、紫藤総志こそ最強というのは揺るぎないものになっていた。




