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裏事情

異界の扉から魔人が出現した事件から数カ月が経っていた。その間にバージョンアップが実施されることはなく、人々は比較的落ち着いた時間を過ごすことができた。


『ライオンハート』と『王龍』の同盟は、バージョンアップがなかったとしてもやることは変わらない。いつ来るか分からない次のバージョンアップに備えて戦力の強化のために動いている。


異界の扉が開いたことによる被害は大きかったが、この数カ月で多くの人たちは持ち直してきた。仲間を失ったことでゲーム化した世界での生き方を大きく変えられた者もいるが、それは今回の事件に限ったことではない。


仲間を失った者でも、新しい出会いを得て、次の一歩を踏み出していく。人々は少しずつ形を変えながらもこの狂った世界を必死で生き抜いている。


こうした動きは何も現実世界の人間に限った話ではない。NPCも異界の魔人が出現した事件により、形を変えることとなった組織がある。


それはセンシアル王国だ。異界の扉が開いたことで、多数の下級魔人が出現し、王都中を暴れ回った事件。その主犯としてアドルフ宰相の名が挙がった。


当然のことながら、その責任は追及されることとなる。アドルフはセンシアル王国の元老院に召還され、弾劾された。


アドルフは元老院の査問で、以前より古代の失われた秘術を研究していたと証言した。それは極秘裏に行われており、とうとう失われた秘術を復活させる日が来た。だが、そこで誤算があった。その秘術は扱いが非常に難しいということ。結果として異界の扉を開いてしまった。全て独断で進めてきた計画であることを自白した。


結果、元老院から下された判決は“島流し”だった。誰もが極刑を言い渡されるものと思われたが、これまでのアドルフの宰相としての働きを認められ極刑は免れた――というのが表向きの話。


事実はだいぶ違う。本当の計画は伝説のサマナー、イルミナ・ワーロックを復活させて操る計画であり、古代の秘術などアドルフは研究していない。そして、このイルミナ復活の計画にはセンシアル王国騎士団総長、センシアル王国教会の大司祭も関わっていた。


行政、軍、教会の三つが手を組んで極秘裏に進められてきた計画だった。中心となって動いていたのがアドルフであり、もし失敗した場合には全ての罪をアドルフが被る代わりに、騎士団と教会が元老院に圧力をかけることで極刑は免れ、しかも設備の整った“島”へ“流される”というのが筋書きである。


この計画が成功すれば、センシアル王国内では軍も教会もアドルフに逆らえる者はいなくなる。確固たる地位を築くことができたのだが、それも儚い夢だった。


アドルフにとっては宰相という地位に未練がなかったわけではないが、手に入る権力と、失う地位を天秤にかけた結果、全ての責任を負うことを決意した――とういのが裏の話だ。


アドルフ宰相の失脚は、表の話とともに瞬く間に王国領を駆け巡った。NPC達からはアドルフを糾弾する声も上がったが、それだけで終わる。


表立って動くことがなかった騎士団と教会は全くの無傷でこの事件は終わることとなった。


現実世界の人達はというと、そもそもアドルフ宰相のことを知っている者が少ない。テレビもインターネットもない世界でアドルフ宰相の情報が入ってくるようなことはほとんどないからだ。


センシアル王国の内政を誰が担っていたかなど、ゲーム化した世界に放り込まれた人々にとっては関心が薄い。それよりも日々の生活をどうするか、どうしたらこのゲーム化した世界を元に戻せるのかという方がよっぽど重要なことだ。


直接アドルフ元宰相と会って話をしたことのある真達でも、それほど関心が高いものではなかった。


アドルフに対しては不信感を持っている真達も、アドルフが“島流し”になったと聞いて一応納得していた。日本の司法制度に馴染んでいる分、極刑にすべきだと憤慨するまでには至らなかった。


そして、センシアル王国が新たに宰相として任命したのはリヒターという名の男。リヒターは王国騎士団との繋がりが強いことで有名なのだが、現実世界の人々にとってはあまり関心がなかった。


現実世界の人達にとってはリヒターが宰相になったことよりも、王立武具管理所に新たな装備が追加されたことの方が関心が高かった。


王立武具管理所とは、王国の軍部が使用する武具の一部を一般にも開放し、販売している王国直営の店だ。


この王立武具管理所に新たな装備が追加されたのはリヒター宰相が王国騎士団と話をした結果なのだが、そんなことは現実世界の人達が知る由もない。


新たに追加された装備は『〇〇騎士団兵装』という装備。〇〇の中には弓術や魔道といった、各職の名称が入る。『王国騎士団式』との一番の違いは、ガチの戦闘装備であること。


『王国騎士団式』装備は王都内の治安維持の象徴的な装備なのだが、『〇〇騎士団兵装』は戦うための物だ。だから、デザインも見た目よりも戦闘重視で作られているため、男女によってデザインが変わることもない。女性用の装備でも脚部はボトムスだ。


「もっと可愛いデザインにしてほしかったよね……」


昼前のオープンテラスで椎名翼が柑橘のジュースを啜りながら愚痴をこぼした。翼は癖のある紺色の髪を肩口まで伸ばした快活そうな美少女だ。翼が今装備しているのは『弓術騎士団兵装』という新たに王立武具管理所で販売された装備。深緑色のジャケットと灰色のインナーにボトムス。


「かと言って、『宮廷騎士団』を着て歩くわけにはいかないしね……」


翼と同じく柑橘のジュースを飲みつつ真田美月が溜息をこぼした。茶色いミドルロングが時折風に揺られている。あどけなさの残る顔だが、綺麗な顔の美少女だ。


美月が装備しているのは『治癒騎士団兵装』というもの。白いローブに黒いインナー。黒いボトムスもセットなのだが、今は昔使っていた『王国騎士団式』の赤いスカートを履いている。


「確かにビショップの『宮廷騎士団』装備は露出が多いもんね。私もあれを普段使いはできないよ」


ビショップ用の『宮廷騎士団』装備は脚部に大きなスリットが二つ入っている。橘華凛は恥ずかしそうにしていた美月の姿を思い出していた。


華凛の装備していたサマナー用の『宮廷騎士団』装備も大きなスリットが一つ入っているのだが、ハーフ特有の綺麗な顔と長いシルバーグレイの髪からすごく似合っていた。


だが、今、華凛が装備しているのは『召喚騎士団兵装』。灰色のローブに黒いインナーの装備だ。美月と同じく脚部は黒いボトムスではなく、赤い『王国騎士団式』のスカートを履いている。


「ごめんね、翼ちゃん。私たちに合わせてくれて……。翼ちゃんは『宮廷騎士団』装備気に入ってたのに……」


八神彩音が申し訳なさそうに言った。翼が装備していたスナイパー用の『宮廷騎士団』装備は、社交場に出るドレスの様なビショップやサマナー用の装備と違い、実用的でオシャレな物だった。


美月や華凛、彩音が社交場に出る様な『宮廷騎士団』装備を普段使いできないため、翼もそれに合わせて『〇〇騎士団兵装』の装備をしてくれていた。


彩音が今装備しているのも『魔道騎士団兵装』だ。デザインは華凛と同じ。灰色のローブに黒いインナー。ただ、脚部はセットになっている黒いボトムスを装備していた。


スカートが嫌いというわけではないのだが、長い黒髪に眼鏡で地味な印象のある彩音としてはこっちの方が落ち着く。とはいえ、彩音も地顔は美少女であるため、少し変えればかなり印象が変わるだろう。


「そんなこと気にしなくていいわよ。どうせなら皆で合わせたいしね。この装備も悪くないし」


翼が笑って返事をした。『宮廷騎士団』装備は今も持っているので、着ようと思えば何時でも着替えられる。それに性能面で言っても『弓術騎士団兵装』は優秀な装備だ。


「注文決まったか? 店員呼ぶぞ?」


どうせまだ決まってないだろうと思いながら、蒼井真は髪をかき上げ嘆息する。


真は赤黒い髪をショートカットにしたボーイッシュな美少女――にしか見えない男だ。非常に綺麗な顔をしているため、どう見ても美少女なのだが、これは世界がゲーム化された際に強制的に姿をこのアバターに変えられたためだ。


このことを真はもの凄く不満に思っているのだが、解除する方法がないためどうしようもない。


「あっ、ごめん。ちょっと待ってね」


美月が慌ててメニューに目をやった。このオープンテラスのある店に来たのは昼食を摂るためだ。装備の話をしていて、ついついそっちが盛り上がってしまった。


「ああ、大丈夫だ……待ってる」


『〇〇騎士団兵装』が追加されてから、この話は何度目になるのか。真は溜息交じりにそんなことを思っていた。


美月達が言うように『宮廷騎士団』装備で外を出歩くことには抵抗があるのだろうが、『〇〇騎士団兵装』もそこまで見た目が悪い物ではない。真が装備している『狂戦騎士団兵装』も、名称はアレだが、灰色のコートに銀の胸当て。黒いインナーとボトムスはボーイッシュな真によく似合っていた。


(俺としてはこいうマジで戦うためのデザインの方がカッコいいと思うんだけどな)


美月達の不満は『〇〇騎士団兵装』装備のデザインが男女共通という点だ。男性にスカートを履かせるわけにはいかないため、どうしてもデザインが男性よりになってしまっている。


「私これにするね。サーモンの香草焼きっていうやつ」


翼がすぐにメニューを決めたようだった。翼は食べ物のメニューを決める時にはほぼ迷わない。直感で今食たい物を決めれる。


それに反して迷うのが彩音と華凛だ。美月も迷う方だが、この二人ほどではない。


「ああっと、どれにしようか――」


真を待たせていることで焦っている華凛が呟いた時だった。空から大音量で声が聞こえてきた。


― 皆様、『World in birth Real Online』におきまして、本日正午にバージョンアップを実施いたします。 ―





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