異界の扉 Ⅶ
1
日が沈んだ王都グランエンドの空は月と星を浮かべている――はずなのだが、紫紺色に染まった空の下ではそんなことに目をやれる余裕は微塵もない。
王都グランエンドで繰り広げられている死闘。一向に数を減らす気配のない魔人との攻防はもう30数時間も続いている。もはや立っていることができずに倒れる者。戦うことを諦める者。そして、生きることを諦める者達が次々と地面に横たわる。
聞こえてくるのは魔人の奇声。人が上げる声はほとんどない。人が上げるとしたら死ぬ前の悲鳴だけだ。もはや声を上げることすらできないほどの消耗戦。
いや、一人だけ声を上げる者がいた。百獣の王のような風貌で大剣を振り続ける紫藤総志だ。総志だけはまだ声を張り上げていた。
王都グランエンドの城門前。一番の激戦区となっているその場所の最前線で声を出して、仲間を鼓舞し続けている。
総志が声を上げている以上、『ライオンハート』の誰一人として諦める者はいない。椿姫も咲良もただ一心不乱に目の前の敵を倒し続ける。己の限界などとうに超えている。それでも、総志が剣を振るい続ける以上は、限界など知ったことではない。
誰よりも多くの敵を斬り、誰よりも前に出るのが総志だ。どれだけ状況が悪くなっても、総志がやることは変わらない。目の前の敵を斬るだけ。
残された時間はあと僅かだ。総志は体内時計で残り時間を計りながらも魔人を斬っていく。ほとんどの人が制限時間を超過してしまうのではないかという不安に駆られているだろうが、総志にそんな不安はなかった。真は異界の扉を閉じることができる。そう確信していた。
残り時間は僅かだとしても、確実に残されているのだ。残り一秒になったとしても、諦めるには早すぎる。
いったいどれだけの敵を斬っただろうか。最初から数える気などまったくなかったのだが、総志は今更ながらにそんなことが気になった時だった。
「「「キィイィヤエェェェェーーーッ!!!」」」
突然、魔人達が一斉に金切り声を上げた。悶絶するかのように頭を抱ええ、苦渋に満ちた奇声を上げる。そして、のたうち回るようにして地面に転がると、次々に魔人が蒸発していった。
そう、それは文字通り蒸発していったのだ。突如魔人達が苦しみだしたと思った矢先、一瞬でその身体が崩壊し消えていく。まるで焼けた石に一滴の水を垂らしたように消えていった。
「何が……起こってる……?」
総志と同じく最前線で戦う姫子が驚きに口を開けている。あれだけ数多く蠢いていた魔人の群れが、僅か数秒で跡形もなく消え去ったのだ。驚くなという方が無理がある。
「…………」
姫子の横にいる悟も目を丸くしていた。姫子が悟の方を見ているが、答えることができずにいた。
「蒼井だ」
総志が一言だけ言う。それだけで、姫子と悟は魔人が突然消失したことの理由を理解した。
【メッセージが届きました】
全員の頭の中に声が響いたのはその直後のことだった。いつの間にか空の色は元に戻っており、月と星が雲の間から顔を覗かせている。
「終わったな」
メッセージの内容を確認し、総志が呟いた。
「終わった……終わったんだな……」
姫子が噛み締めるようにして言う。
「終わりました……」
その横で悟も同じ言葉を繰り返した。
「あああああああーーーー!!!」
「助かったー!!!」
「よかった……うぅっ……よかった……」
数秒遅れて一斉に声が上がった。歓喜に叫ぶ者もいれば、泣き崩れる者もいる。精魂尽き果てて地面に寝そべる者もいれば、生き残った仲間と抱き合う者もいる。
それぞれが思い思いに、魔人との戦いが終わったことを実感していった。
「総志様ーー!! あああぁぁぁー、総志様ーー!!」
近くで戦っていた咲良が泣きながら総志にしがみついてきた。いつもなら振り払う総志だが、そっと頭に手をのせて撫でてやる。
「よくやったな」
「ああぁぁぁぁぁーーッ!」
咲良が総志に抱き着いて大声で泣いた。いくら戦闘技術に優れていたとしても、咲良はまだ15歳の少女だ。今回の戦いでも仲間を失ったことだろう。迫りくる制限時間という恐怖の中でも必死で戦い続けていた。いつどこで、すぐそばに転がっている死体と同じになるかもしれない中を戦い抜いた。
『ライオンハート』の精鋭部隊として何度も死線を超えてきた経験があったとしても、少女が抱えるには重すぎる。
総志にはそれがよく理解できていた。理解したうえで咲良を精鋭部隊に入れた。非情と言われようと、実力のある者が前に出る。そうしなければ世界を元に戻すことなどできないと分かっているから。
「総志、お互い無事だったようだな」
総志とは少し離れたところで戦っていた時也がやってきた。時也の顔は疲労の色が濃くでていたが、何とか歩いて総志のところまでやってきた。
「ああ、お互いにな――疲れているところ悪いが、被害状況はどれだけ把握している?」
互いの健闘を称えるものそこそこに、総志は時也に聞いた。
「悪いが、まったく把握できていない。『ライオンハート』もかなりの被害を受けただろうっていうことくらいだ。被害状況の確認はこれからやる」
戦いが終わったばかりだというのに人使いの荒い総志なのだが、時也は一切の不満を言うことなく、自分のやるべきことに向かっていた。総志に出会った時からずっとしてきたことだ。
「和泉、お前も被害状況の確認をしてくれ。疲れているとは思うが、迅速にだ」
椿姫は咲良とともに総志の近くで戦っていた。今は疲れ果てて声を出す気力すら失くして、地面にへたり込んでいるところだ。
「えぇ……マジですか……?」
無茶苦茶なことを言う総志に対して椿姫が不満を漏らした。いつもなら素直に従う命令なのだが、今回の戦いは本当に疲れていた。
「他に動けそうな奴が見当たらない。和泉、やってくれ」
辺りをざっと見渡して総志が言う。
「いや、他にもいるじゃないですか……」
総志と同じように椿姫は辺りを見渡した。へたり込んでいる椿姫とは違い、立っている者もちらほらいる。それなのに自分に被害状況の確認を命じたのが腑に落ちない。
「能力的な問題だ。いち早く正確な情報が欲しい。今、俺の視界にいる奴で、それができるのは葉霧とお前だけだ」
「それは……」
椿姫は『それなら刈谷さんだってできるじゃないですか』と言おうとしたが止めた。刈谷悟の所属は『王龍』だ。しかもギルドのサブマスター。『ライオンハート』が『王龍』のサブマスターに命令する権限はない。
「他に動ける奴を見つけたら、その都度声をかけていく。お前ら二人で被害状況の確認をしろとまでは言わんさ」
「……分かりました……被害状況の確認、できるだけ早く報告します……」
渋々だが椿姫は了承した。能力を買われてのことなのだから、椿姫としては悪い気はしないのだが、これだけ疲労が蓄積している状況では辛いものがある。それでも、椿姫以上に疲れて憔悴している者も多いように思える。そうなると、やはり椿姫がやらなければならない。
「こちらも全力で被害状況の確認を急ぎますね」
話を聞いていた悟が申し出てきた。『ライオンハート』ばかりに押し付けるわけにもいかないし、『王龍』もナンバー2のギルドとしての責任を果たさなくてはいけない。
「そうしてくれると助かる」
総志は短く礼を言うと、今やるべきことのためにその場を後にした。
こうして、長かった魔人との戦いは幕を閉じたのである。
2
真達がアドルフ宰相に異界に扉を閉じたことを報告し、センシアル国王の居場所について聞きだした。そこで出てきたものは朗報といっていいものだった。
まず、国王は私室に軟禁されている状態であること。イルミナは国王に一定の利用価値があると見ていて、殺すようなことはしなかった。同時に、王城に住まう王族も同様に国王の私室に軟禁されていた。
そして、もう一つの朗報は、メイドや執事、兵士たちの生き残りがいるということ。真達は国王や王族を開放した後、地下牢に閉じ込められていたNPCの開放に向かった。
イルミナが殺したメイドや兵士達の数はかなり多いが、王城で働く者はもっと多い。アドルフ宰相の話では、イルミナは青鈍色の怪物を呼び出すのに必要な触媒もとい生贄としてメイドや兵士達を殺した。
必要な数の生贄以外のNPCは殺さずに地下牢に閉じ込めていたということだ。逆に言えば、必要があれば怪物の召喚に使うためのストックとして置いていたということになる。
それが幸いして、生き残ることができたNPCの数も多かったのだが、もし、真達が異界の扉を閉じることができていなかったら、イルミナは何をしようとしていたのだろうか。
真はその、“もしも”を考えていた。
もしも、異界の扉が完全に開いていたら。イルミナの話では無限に魔人が沸いてい出て来るということだ。そうなれば、真達はミッション以外にも常に魔人と戦い続けなければならない。
真はバージョンアップがあった当初、制限時間を超過したら全員がゲームオーバーの判定を受けて死ぬと思っていた。だが、その推測は誤りだったかもしれない。
無限に魔人が沸いて出てくれば、ほとんど詰みの状態になるだろうが、即ゲームオーバーということで死ぬわけではなさそうだ。
ただ、それもあくまで推測の話。実際に制限時間を超過してみなければ確かめようがないこと。気にはなることだが、それを確かめる意味はない。




