異界の扉 Ⅴ
<ソニックブレード>
真が咄嗟に大剣を振った。初手で使用したソニックブレードが時間経過により、再度使用できる状態になっていた。それを無暗に撃たずに温存しておいたのである。
ソニックブレードはその名の通り音速で敵に飛んでいく見えない刃だ。いくら青鈍色の怪物の動きが素早いといっても音速には遠い。
0.1秒にも満たない時間で、真が放った不可視の刃が青鈍色の怪物を斬りつける。
「ケェエェェェェーーーッ!!」
真の攻撃の直撃を受けた青鈍色の怪物は標的の華凛に喰らいつくことができず、けたたましい声を上げると、すぐさまその場から離れていった。
それから数秒の後、華凛を包んでいたシャボン玉が弾けて消えると、中にいた華凛は無造作に床へ落された。
「華凛、大丈夫!?」
すぐさま美月が華凛の元へと駆け寄り、回復スキルをかける。
「う、うん……大丈夫」
床に落とされた時に尻もちをついたようだが、それ以外には問題はなさそうだった。シャボン玉に閉じ込められたことによるダメージも少ないように見える。
「ギリギリ間に合ったか……」
距離を離した青鈍色の怪物を見ながら真も声をかけた。
「ま、真君……その、ありがとう……助かった」
か細い声ながらもしっかりと華凛が返事をした。やばいと思った次の瞬間に何か見えないものが飛んできたように思えた。それが真のソニックブレードだと気が付いたのはシャボン玉が消える直前。あまりにも短時間に起こったことで頭が付いていけていなかった。
「あのシャボン玉……見た目以上にやばいわね」
同じく駆け寄ってきた翼が声を漏らした。ただのシャボン玉を吐いてくるわけがないとは思っていたが、まさかシャボン玉の中に閉じ込められて、それをそのまま丸飲みにしてこようとは思ってもいなかった。
「あれは、絶対に喰らわないようにしないと……」
少し遅れて彩音が言う。その表情は暗く、苦いものだった。
「彩音、大丈夫よ。あんなことは二度とさせないから」
彩音の心情を察した翼が声をかけた。翼の言う『あんなこと』とは、エル・アーシアでのミッションで、ウル・スラン神殿に行った時のことだ。そこでダークエルフ達の邪神、ミーナスと戦った。ミーナスはランダムで一人をカエルに変化させ、その後、カエルとなった人を丸飲みにしてしまった。
その時に犠牲になったのは木村明という男性。ギルド『フレンドシップ』のサブマスター小林健や同ギルドのメンバー園部美由紀と共に行動をしていた人物だ。
彩音はその時の光景が今と重なって見えた。それは、彩音自身もカエルにされたからに他ならない。あと数秒でもミーナスを倒すのが遅ければ、彩音も食われていた。彩音が食べられる直前に真がミーナスを倒してくれていたからこそ、今もこうして立っていることができる。
「私も……あんな光景は二度と見たくない!」
彩音は青鈍色の怪物をしっかりと見据えて武器を構えた。ミーナスが持っていた、人をカエルに変えてから食べる攻撃は即死攻撃だった。なら、青鈍色の怪物に丸飲みにされた場合はどうなのか。それを確かめる術は実際に喰らってみるしかない以上、絶対に食らうわけにはいかない。
青鈍色の怪物の動きを全員が注視している中、当の怪物はまだ残っている泡の山の中へとその姿を隠した。
「また来るぞ!」
真が警告の声を発すると、一斉に泡の山からの距離をさらに離した。泡の中に姿を隠されてしまっては、青鈍色の怪物の動きを見て対応することはできない。
そうなると、対応策はできるだけ距離を取ること。距離を取ることで反応するまでの時間と避けるだけの猶予を得ることができる。
全員が距離を取った時だった。泡の山の中から大きなシャボン玉が発射された。狙われたのは美月。だが、美月は横に大きく飛びのくことでシャボン玉を回避。
しかし、シャボン玉は一発はでは終わらない。次から次へとシャボン玉は発射されてくる。その狙いはバラバラ。誰を狙ってということもなく、当てずっぽうに大きなシャボン玉が飛んでくる。そんな中――
「翼、シャボン玉を壊せるか?」
シャボン玉を避けながら真が言った。青鈍色の怪物が撃ってくるシャボン玉はまだ尽きることなく飛んできている。いつ打ち止めになるのか分からない状態だ。
「えっ!? あ、うん、やってみる!」
突然言われたことで戸惑った翼だが、真の言っていることは理解できる。シャボン玉を矢で射って壊せないかということだ。
ゲーム化した世界で攻撃スキルを発動させるための条件は、それがゲームとして攻撃対象であると判定されていること。敵ではない人に攻撃スキルを発動させることはできないし、街や自然物を破壊することもできない。
逆に言えば、ゲームとして攻撃対象であるという判定を受けているものであれば、攻撃することが可能であり、つまりは破壊することも可能であるといことだ。
(やってみるって言ったはいいけど……速いし、避けないといけないし……)
翼が内心歯噛みしているのはシャボン玉が飛んでくる速度だ。人間を一人包みこめるほどの大きさのシャボン玉が空気抵抗を無視して飛んでくる。しかも、その速度が速い。
それでも、翼は意識を集中させて弓を構える。自分を狙って飛んできたシャボン玉を狙う算段だ。
(きたッ!)
シャボン玉の一発が翼に向かって飛んできた。翼はそれをまず横に飛んで、その軌道から逃げる。同時に攻撃スキルを発動させる。
<スラッシュアロー>
攻撃スキルは問題なく発動した。シャボン玉の速度は速いが、矢の方が段違いで速い。大きな的でもあるシャボン玉に向かって一直線に矢が刺さると、シャボン玉は弾け飛んで消えた。
「いける!」
一発でシャボン玉を壊した翼が声を上げた。避けるだけだったのが、壊すという選択しもできた。
とはいっても、高速で飛んでくる巨大なシャボン玉を迎撃できるのは即発動できる遠距離攻撃職のスナイパーくらいのものだろう。真のソニックブレードは連発ができないし、美月や彩音、華凛のスキルでは魔法の詠唱時間があるため、迎撃は不可能だ。
「翼、援護を頼む! 華凛、泡の正面に向けてフレアボムだ!」
シャボン玉が壊せると分かった途端、真が叫ぶようにして言った。
「ちょっ、ちょっと、あんた何考えてるのよ!?」
真が何をしようとしているのか察した翼が声を荒げた。
「真君、そんな無茶なこと!?」
華凛も真の考えが分かった。分かったからこそ止めたかった。
「このシャボン玉がいつ止まるのか分からない! 俺に考えがある、今がチャンスだ!」
「真、ダメ! 待って――」
美月も真が何をしようとしているのか分かったため、慌てて止めようとしたが――
「行くぞ!」
真はすでに走り出していた。大きなシャボン玉が飛び出してくる泡の山に向かって。そのシャボン玉に当たれば、閉じ込められてしまう。それを狙って青鈍色の怪物が口を開けて襲ってくる。食われてしまえばどうなるのかは分からない。
「もう、なんなのよあいつは! 無茶なことばかりして!」
<イーグルショット>
真はもう走り出しているのだから仕方がない。文句を言いながらも翼がシャボン玉の一つを破壊する。
<サラマンダー>
<フレアボム>
続いて、華凛が言われたとおりに泡の山の正面に範囲攻撃スキルを発動させた。サラマンダーのフレアボムは位置指定型の攻撃スキルだ。これは、攻撃スキルの発動条件の例外スキル。本来であれば、攻撃スキルは攻撃対象がいないと発動させることはできないが、フレアボムはその例外だ。任意の場所を指定して、そこに範囲攻撃スキルを発動させることができる。当然のことながら、ダメージを受けるのは攻撃対象に限定させるため、攻撃対象でなければ、木の葉一枚燃やすこともできない。
しかし、シャボン玉は攻撃対象として判定されているため、フレアボムの爆炎によりことごとく破壊されていく。
「うおおおおおーーーーー!!!」
サラマンダーが発現させた核熱の炎に真が飛び込んでいった。
<ソードディストラクション>
真が跳躍とともに体ごと斜めに一回転させて大剣を振る。そこから放たれるのは破壊の衝動をそのまま具現化させたような激しい衝撃。あまりの衝撃の強さに周りの空間ごと震撼させる。
「キョオアアアァァーーーーッ!!!」
耳が痛くなるような甲高い絶叫を上げながら、青鈍色の怪物が泡の山から飛び出してきた。真が放つ強烈な衝撃でその場にいることができなくなったのだ。
<レイジングストライク>
青鈍色の怪物は泡の山から外に出てきただけで、真との距離はそれほど離れてはいない。真はこれを好機とみて一気に距離を詰める。
真が猛禽類のように青鈍色の怪物に襲い掛かると、青鈍色の怪物は堪らず後退。今度は大きく真から距離を取るようにして飛んだ。
「逃がさねえよ!」
射程範囲内から逃げられたが、真は構わず青鈍色の怪物に向かって走り出した。散々逃げ回られた相手だ。これ以上逃げ回るのに付き合ってられる余裕はない。ここで一気に勝負をつけたい。
猛然と走ってくる真に対し、青鈍色の怪物は大きく息を吸うように胸を張った。そして、一気に吐き出すように大きく口を開けて顔を前に突き出しすと、大きなシャボン玉が吐き出された。
全速力で走ってきた真との距離はすでに10メートルもない。高速で撃ちだされるシャボン玉との距離としてはほぼ至近距離と言ってもいいくらいだ。
<ブレードストーム>
飛んできたシャボン玉に当たる直前。真は横薙ぎに大剣を一閃させた。その勢いで体ごと横に一回転する。
ブレードストームはベルセルクが使える範囲攻撃スキル。同心円状に広がった斬撃の嵐が、効果範囲内に入った敵をズタズタに引き裂いていく。大きいとはいえシャボン玉など、斬撃の嵐の前には風の前の塵よりも脆い。
「ゴポォッ……!?」
青鈍色の怪物が白目をむいて泡を吹きだした。両手はだらんと垂れ下がり、もはや力を感じることはできない。
ブレードストームの最大の特徴はその攻撃範囲の広さ。その分威力は落ちるのだが、レベル100で最強装備をしたベルセルクが放つと話が違ってくる。
これまでの戦いで蓄積されたダメージもあって、青鈍色の怪物はその場に崩れるようにして倒れた。




