異界の扉 Ⅲ
「何やってんの……こいつ……!?」
華凛が悲鳴にも似た声を上げる。後から現れたのっぺりとした顔の青鈍色の怪物は、ものの数秒で周りにいた龍頭の怪物を食らいつくした。異形の怪物同士の共食いは何ともグロテスクなものがある。
「共食い……!?」
異様な光景に真も一歩下がってしまう。なぜ共食いをしたのかも分からない。イルミナが呼び出した怪物であること以外に分かることはない。いや、あのイルミナが呼び出した怪物なのだ、まともなわけがない。それだけは分かった。
「フシュルル……」
青鈍色の怪物は、5体いた龍頭の怪物を平らげただけでは足りないと言わんばかりに真達の方へと向いた。
「来るぞ!」
<ソニックブレード>
真は叫ぶと同時にスキルを発動させた。ゲームとしてのイベントが終わり、戦闘が開始されたタイミングを勘で見極めていた。
目に見えない音速のカマイタチは青鈍色の怪物へと飛んでいく。
「キャエェェーーー!!!」
真のソニックブレードが直撃した青鈍色の怪物が奇怪な声を上げると、大きく横に飛んだ。
<クロスソニックブレード>
真は追撃のスキルを発動させる。十字に剣を振ると、再度、音速のカマイタチが飛んでいく。
青鈍色の怪物が着地したところを狙って放ったスキルだが、青鈍色の怪物は着地した瞬間に跳躍。寸前のところで音速の刃から逃れた。
「なんだよ、こいつの動きは!?」
真は内心舌打ちしながらも、青鈍色の怪物の動きを見ていた。着地と同時に跳躍した。跳躍するために体のバネを利用するという動きは全くなかった。ゲーム化した世界だから、物理法則が無視されることがあるにしても不自然すぎる動きだ。
青鈍色の怪物は再度着地すると、すぐに飛んで真へと襲い掛かってきた。
「ッく!?」
不意打ち気味の攻撃だが、真はこれに対応して横に飛ぶ。
<スラッシュ>
そして、青鈍色の怪物を狙い、踏み込みからの袈裟斬りを放つ。
「キョッ!!」
だが、真の放ったスラッシュはいとも簡単に避けられてしまう。青鈍色の怪物は大きく後ろに飛んで、真との距離を開けた。
(繊細な動きはできないようだけど、速いな……。あの動きに合わせるのは無理だぞ……)
真としては距離を開けられるのはあまり歓迎したくない。青鈍色の怪物の動きは俊敏だ。それに加えて巨体であるため、一回の動作で動く距離が大きい。そのため、真の間合いからいとも簡単に抜け出してしまうのだ。
青鈍色の怪物は背を丸めて、獣のような立ち方をしているが、背筋を伸ばせば4~5メートルほどの大きさがある。
普通の生物であれば、これだけ大きいと、自重が重くなって動きが鈍くなってしまうのだが、この青鈍色の怪物は、そんな生物学的な事情など知ったことではないとばかりに機敏な動きをしている。これもゲームの存在だからということだろう。
「真、私たちが動きを止めるから!」
声を上げたのは翼だった。翼は真の返事を待たずに弓での遠距離攻撃スキルを放っていた。だが、これも青鈍色の怪物は素早い動きで回避している。
「私たちがなんとかしますから!」
<フレイムバースト>
続いて彩音もスキルを発動させた。青鈍色の怪物を狙っての炎の範囲攻撃スキルだ。一定の範囲に爆炎を巻き起こすスキルであるため、回避も容易ではない。
だが、これも青鈍色の怪物は一瞬で距離を離して回避してしまう。
「的が……絞れない……」
華凛もなんとか攻撃をしようとするが、青鈍色の怪物の動きは速い上に移動距離が長い。狙いを定めてもすぐに別の場所に行ってしまうため、攻めあぐねていた。
当然、青鈍色の怪物は逃げてばかりではない。隙を見て攻撃に転じてくる。
狙いは真。しかも、直線的な動きではなく、ジグザグに動きながら真へと迫ってきた。
左右に振れながらの突進は標的を定めることが難しい。それが何の前触れもなく来るのだから、真の判断も遅れてしまう。
青鈍色の怪物はジグザグの動きを利用して、鋭い爪を真に振りかざした。
真は咄嗟に大剣を盾のようにして、爪撃に対応する。
ガキンッと金属が鳴る音がした。何とか青鈍色の怪物の爪を真は防御することに成功。だが、攻撃は一度だけではない。青鈍色の怪物は止まることなく、二撃、三撃、四撃と繰り出してくる。
青鈍色の怪物の攻撃は雑だが、速く鋭い。それを真が大剣で捌く。
突然来た予想外の動きで反応が遅れたが、それは一撃目の時だけ。二撃目からは、想定の範囲内の攻撃となる。
だから、いくら青鈍色の怪物の攻撃が速いといっても、来るとわかっている攻撃への対応は難しくない。しかも、巨大な体故に真からしてみれば大振りの攻撃だ。
五撃目となる爪撃が来る直前。真は前に出た。そこは真の距離。巨大な青鈍色の怪物からしてみれば、懐に入られた形だ。
<スラッシュ>
真はそこからさらに踏み込んで袈裟斬りを放つ。爪撃を放とうと振りかぶっていた青鈍色の怪物はこれを回避することはできずに直撃することとなる。
「キョオオオオーーー!!!」
青鈍色の怪物は一撃を受けた次の瞬間には大きく後ろに飛んでいた。巨大な体をしているため、一挙動で離れることができる距離も大きい。
「逃がさない!」
<イーグルショット>
翼がすぐに反応してスキルを放つ。イーグルショットは高速で飛んでいくことと射程距離が長いことが特徴だ。しかも、威力も高い優秀な単発スキル。
翼は青鈍色の怪物が飛ぶのを待っていた。いくら動きが速く、狙いが定められないといっても、空中にいる間は無防備だ。羽のない怪物に避ける術はない。
翼の狙い通り、イーグルショットは青鈍色の怪物に腹部に突き刺さる。
<ブレイズランス>
少し遅れて彩音も魔法攻撃スキルを発動させた。収束した炎が槍となって飛んでいくが、その時には着地していた青鈍色の怪物はこれを簡単に回避してしまう。
「単純に厄介ですね……」
苦虫を噛み潰したような表情で彩音が言う。
「ソーサラーやサマナーとの相性は最悪だな」
青鈍色の怪物を注視しつつ真が返した。青鈍色の怪物はすぐに反撃してこようとはせず、こちら様子を伺いながら周りを迂回し始めている。
「そうですね……。魔法には詠唱時間がある分、あんな動きをされたら対応が難しいですね。飛んだタイミングを狙えるのもスナイパーだからこそといったところですね」
ソーサラーとサマナーの魔法攻撃スキルは発動させるまでに詠唱時間を必要とする。その分、一発の威力は大きいのだが、即時対応ということはできない。逆にスナイパーの攻撃は即発のものだ。一発分の威力は劣るが、臨機応変な対応ができる。
「真もあいつが空中にいるところを狙ったらどうなの?」
翼がそうアドバイスするが、真は素直にそれを聞くことができなかった。
「簡単に言うなよ。ベルセルクの遠距離攻撃スキルは限られてるんだ。連発できるものもない」
真も青鈍色の怪物が空中にいるところを狙いたかった。だが、初手でソニックブレードとクロスソニックブレードを使ってしまっている。ベルセルクが使える遠距離攻撃スキルはこの二つだけ。しかも、再度使用できるまで時間がかかるので、連発はできない。
「レイジングストライクとかショックウェーブは?」
これは美月が訊いてきた。ベルセルクが離れた敵に対して攻撃できるスキルは他にもある。
「使えるとしたら、その二つくらいだろうな……。ただ……」
「ただ?」
「レイジングストライクはここぞという時に距離を詰めるために使いたい。ショックウェーブはそれほど射程距離が長くない」
悩みながらも真が答えた。レイジングストライクは離れた敵に飛び込んでいくスキルだ。接近戦専門のベルセルクにとっては自分の距離に持っていける重要なスキル。再使用までの時間はそれほど長くないにしても、いざ使いたい時に使えないのでは困る。
ショックウェーブは直線範囲攻撃スキルだが、射程距離はソニックブレードほどではない。
「チャンスが来るまで粘るしかないわね……」
翼が下唇を噛みながら言う。どちらかといえばスナイパーは青鈍色の怪物との相性は良い方だが、それでも一発当てるのに苦労させられた。
「あいつは一撃食らうと即離脱する動きをする。連続攻撃スキルを入れるのは難しいと思った方がいい。連続攻撃スキルは牽制で使うしかない。威力の高い単発スキルは温存しておこう」
真にとっては一撃を受けたら即離れるという青鈍色の怪物の行動パターンも厄介なものだった。ベルセルクも単発で威力の大きなスキルを幾つか持っているが、主なダメージソースは連続攻撃スキルだ。それが、起点となるスラッシュを入れた時点で大きく距離を離されると、続く攻撃を入れることができない。
巨大モンスターでこういった行動パターンをするものは珍しい。一撃を受けたらすぐに距離を離そうとするのは知性のある人型の敵の特徴だ。モンスター、特に大型のモンスターは攻撃を加えても、逃げようとせずに反撃してくるのが普通だ。
「作戦会議は終わりだ。また来るぞ!」
青鈍色の怪物から目を離さなかった真が声を上げた。真たちの周りを回っていた青鈍色の怪物が動きを止めて、構えを取ったのだ。
そして、真が声を上げたのほぼ同時に、青鈍色の怪物は口を大きく開けて突っ込んできた。




