迷いの魔人 Ⅰ
「美月、翼、時間だ。起きてくれ」
真が横になっている二人の少女の肩を揺らした。美月も翼も泥のように眠っているため、まったく反応がない。
「翼ちゃん、起きて」
彩音が翼の上半身を起こしてゆさゆさと体を揺らす。横になっている時よりも大きく体を揺らすことで眠りから覚まそうという作戦。
「ぅ……うぅん……」
その効果もあってか翼が目を覚ました。寝起きが良い翼にしては珍しく、まだ意識がはっきりとしていない。
「美月も起きて」
華凛も美月の上半身を起こして体を大きく揺らした。ただ、それだけでは目を覚ますことがなかったため、何度か頬を叩いたりもすると、ようやく美月も目を覚ました。
「あぁ……ごめん、寝てたみたい……。私……どれくらい寝てたの?」
ぼーっとした頭のまま美月が呟いた。そのままゆっくりと立ち上がって眠気を飛ばそうとする。
「1時間くらいかな」
徐々に目が覚めていく美月に対して真が答えた。本当はもっと長い時間休ませてやりたかったが、制限時間があるため、1時間の休憩が限界だった。
「1時間か……。ごめんね、時間はもうないのに……」
美月の体と脳は睡眠を強要しているが、無理矢理に起こして前を向く。
「いや、大丈夫だ。必要な休憩は取らないと逆に時間を取られるしな」
「うん……そうだね……。ありがとう、もう大丈夫だから」
美月は真の言っていることが合理的で正しいと分かっているが、どうしても申し訳ないという気持ちがある。
「真、私も大丈夫。すぐにでも動けるよ」
翼は完全に目を覚ましていた。1時間の休憩だったが、熟睡したおかげだろう、体力の回復は思っていたよりも大きかった。
「ああ、寝起きのところ悪いが時間が迫ってるからな。もう行くぞ」
真の言葉に美月と翼が大きく頷いた。
そして、真を先頭にして大部屋の奥にある両開きの扉の前まで進む。この両開きの扉は鍵がかかっていたため、開けることができなかった扉だ。
二つあるスイッチを同時に押したことでこの扉は開錠されているはず。
真は力を込めて扉の取っ手を握ると、静かに引いた。
すると、扉は何の抵抗を示すことなくあっさりと開いた。仕掛けを解いたのだから当然といえば当然のことなのだが、美月と翼を休ませないといけなかったことで、確認ができなかったため、本当に開いているのか少し不安なところがあった。
両開きの扉の先には大広間があった。床は色分けされた大理石で綺麗な紋様を作っている。高い天井にはキラキラと輝く大きなシャンデリア。
映画だったら大勢の貴族が集まってダンスパーティーを開くような場所だろう。だが、この場所には貴族どころか使用人の影も見当たらない。代わりにいるのは――
「ようこそおいでくださいました。皆様のご到着、首を長くしてお待ちしておりました」
大広間に芝居かかった声が響く。広間の中心にはタキシード姿にシルクハットをかぶり、顔はピエロのような面を付けた男が立っていた。
「お前がアルラヒトの本体だな?」
真がピエロ面の男を睨みつけた。散々迷路の中を彷徨い続けた原因を作った魔人、アルラヒト。またの名を迷いの魔人。
「左様でございます。私が正真正銘、本物のアルラヒトでございます。お客様方の様子を見るに、私の用意したおもてなしは十分堪能していただいたようで、恐悦至極にございます」
アルラヒトは仰々しく頭を下げた。大袈裟な仕草にはわざとらしさがあり、丁寧な口調も下品なものに見えてくる。
「お前の言葉遊びに付き合うつもりはねえよ! 時間がないんだ、さっさと来い!」
真は大剣を構えて戦闘態勢に入った。それに合わせて美月達も一斉に戦闘態勢に入る。
「おやおや、それは残念ですね。まあ、よろしいでしょう。当初より私の本体と相まみえる時は戦いになると約束しておりましたからね。たった5人でここまで来れるということは、それなりの実力も持っているということですから」
「能書きはいいんだよ! そっちが来ないならこっちから行くぞ!」
<ソニックブレード>
真は言や否や、大剣を振り払った。剣先から発生するのは真空のカマイタチ。見えない刃が音速でアルラヒトに向かって飛んでいく。
「おっと!?」
突然の真の攻撃に対して、アルラヒトはサイドスッテップでこれを回避。真が近づいてこなかったことから、遠距離攻撃スキルであることを瞬時に判断しての行動だ。
<クロスソニックブレード>
真は手を止めることなく大剣で十字を斬ると、真空のカマイタチが再びアルラヒトへと牙をむく。
アルラヒトは元の位置に戻るようにして横に飛び、クロスソニックブレードも回避してみせた。
真は攻撃を避けられたことに対しては微塵も動揺することなく、アルラヒトに向かって走り出した。初手で使う音速の刃を回避することができるということは、戦闘技術が高いと見ていいだろう。それが分かったことが何よりの収穫だ。
アルラヒトは向かってくる真を正面にして、右手の掌を前に突き出した。
「おおおおーーー!!」
<スラッシュ>
真が踏み込みからの袈裟斬りを放つ。
それに対してアルラヒトは、付きだした掌の先、何もない空間から突然鉄の盾を出現させた。
ザンッ! 鉄が擦れる嫌な音が広間に響く。真の大剣がアルラヒトの盾を両断した音だ。
「ッ!?」
ピエロのような仮面の上からでもアルラヒトが動揺したのが見えた。アルラヒトは咄嗟に大きく後ろに飛ぶと、真の次の攻撃に備えて構えを取った。
真は追撃を止めて、いったん仕切りなおすことにした。
「どうした? 顔色が悪いんじゃないのか?」
アルラヒトの白い仮面に顔色も何もないのだが、真が煽るようにして言う。
「…………」
饒舌だったアルラヒトが何も言ってこない。ただ、戦闘態勢を維持したまま、真の方へと向いている。
(こいつも俺の実力を測ってたな。今ので油断はなくなったと見ていいか)
アルラヒトが出した鉄の盾を真が一撃で斬り裂いた。おそらく、アルラヒトはそんなことができるとは想定していなかったのだろう。予想以上の攻撃力を持った相手に、余裕を見せることはできないと判断したようだ。
真としてはよくない状況だ。戦闘技術の高い敵の油断を突くことはもうできないと考えていい。
「みんな、あいつの足止めを頼む」
真が振り返らずに、後ろにいる仲間に声をかけると、返事を待たずしてアルラヒトの方へと駆けていった。
「くっ……」
アルラヒトの口から苦い声が漏れてきた。その声を真は聞き漏らさない。アルラヒトは自身の状況の悪さをすでに理解している。
アルラヒトは真から距離を取るために後退するが、そこには翼の矢が先回りしており、その回避にも動きを制限されてしまう。
さらには彩音の範囲攻撃スキルを避けるためにも、大きく回避行動を強制されてしまい、逃げた先には華凛と美月の攻撃が飛んでくる。
そうなると、アルラヒトが逃げる場所がなくなる。以前、イルミナの迷宮で戦った、魔人ヴィルムは真以外の攻撃を全て無視するという戦法を取ってきた。
致命傷を受ける真の攻撃だけを回避するという苦肉の策だったが、結局のところ、真の攻撃から逃げ切ることができず、決着を早めることとなった。
それに対してアルラヒトは全ての攻撃に対して回避行動を取っている。だが、美月達の連携は真の攻撃を当てるためのもの。アルラヒトの選択は真の攻撃に直面することになる。
<スラッシュ>
間合いを詰めた真が踏み込んで斬撃を放った。
昔の真の戦い方は、自身の攻撃力に任せて無暗に剣を振っていた。しかし、それでは戦闘技術の高い敵には通用しなかった。特にそこのことを思い知らされたのは、タードカハルでのアルター真教の上僧達との戦いだ。
アルター真教の上僧との戦いを通じて、真の戦い方は大きく変わった。力任せに戦えるのは知性の低いモンスターだけ。敵の攻撃を受けても平気だという甘えが剣を鈍らせる。
だから、真は無駄に剣を振ることを止めた。一撃一撃を狙い澄ますこと、二手三手先、それよりも先の手を見越して剣を振る。そして、何よりも間合いを制することに集中するようになった。
その結果、戦闘技術の高いアルラヒトに対して放ったスラッシュは、その肩から腹部にかけてを袈裟斬りにした。
「ぐっ……!?」
スラッシュの直撃を受けたアルラヒトから苦悶の声が漏れてきた。アルラヒトは堪らず後退を余儀なくされる。そこに、真が詰め寄ってくる。
<シャープストライク>
真はアルラヒトとの距離を一定に保ったまま、素早い二連撃を放った。
後退しても、同時に真が同じ距離を詰めてくることで、間合いは変わらない。そのため、シャープストライクからもアルラヒトは逃げることができず、またもや直撃を受けることとなる。
それでも、アルラヒトは後退した。だが、真が間合いを支配している以上、後ろに下がったところで意味はない。真はアルラヒトの動きに合わせて、同じ距離を保ち続ける。
<ルインブレード>
真の目の前に幾何学模様の魔法陣が出現した。真はその魔法陣ごとアルラヒトを斬り裂くべく、大剣を振り上げた時だった。
アルラヒトは両手を突き出し、その手の先から盾を出現させた。それは鏡でできた盾だった。
楕円形の鏡の盾には曇り一つなく、真の綺麗な顔が映し出されてる。
真は魔法陣ごと、アルラヒトが出現させた鏡の盾を斬った。
ガシャンッ! 鏡が割れる大きな音がした。アルラヒトが出した鏡の盾も真の攻撃によりあっさりと砕け散ってしまった。ルインブレードはスラッシュよりも攻撃力は高く、しかも攻撃対象の防御力を下げる効果まで持っている。
鉄で防げなかったスラッシュよりも、さらに上の攻撃を鏡でどうにかなるわけがないのだが――
「ガァッ――!?」
膝をついたのは真だった。今までに感じたことのない強烈な痛みに立っていることができなくなっていた。




