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迷路 XIII

        1



「終わった……」


ようやく倒れたミノタウロスを前に、華凛がへたり込むようにして座り込んだ。仲間の誰かが犠牲になるかもしれないという極度の緊張感から、未だに手が震えている。


「彩音ーッ! どうして逃げなかったのよッ!」


フラフラになりながらも翼が彩音の方へと向かっていく。痛みはまだ引いていないが、そんなこと気にもしないとばかりに怒っていた。


「どうしてって……それは……」


激怒している翼に対して、彩音が言葉を紡ぐことができずにいた。それに、自分でも無茶なことをしたという自覚があるため、余計に言い訳がしにく状況にあった。


「あれで倒せたからよかったものの、倒せてなかったらどうなってたか分かってんの!」


涙目の翼が彩音に詰めよる。ガシッと両肩を掴み、今出せる最大限の力で翼が叫ぶ。


「ご、ごめんね……翼ちゃん……。私……、翼ちゃんと美月さんが追い詰められて……それが、どうしても許せなくて……そしたら、頭が攻撃することにいっちゃって……気が付いたらすぐ近くまで来てて……」


何とか頭を整理しながら彩音が説明した。自分は臆病で危険を回避することを優先する人間だと彩音自身も思っていた。だが、大切な仲間の危機を前にして、頭に血が上っていたのだと自覚する。でなければ、こんな無茶な立ち回りは絶対にしない。


「だからって、こんなギリギリのことしないでよ……」


「うん……ごめんね……」


彩音は素直に謝ることにした。翼だって美月をかばって無茶なことをしたが、あの時はそれ以外に方法がなかったから、それを言うわけにもいかない。逃げることができたのに逃げなかった彩音とは状況が違いすぎる。


「ねえ、こんな所からは早く出よ……。真が待ってる」


翼と彩音がひと段落したところで美月が声をかけた。死闘だったが、みんな無事だった。そのことを早く真に知らせたい。


「そうね……あいつずっと待ってるだろうし――っあ!?」


翼が言いながら歩きだそうとした時、膝がガクッと折れ、近くにいた彩音に寄り掛かってしまった。


「だ、大丈夫? 翼ちゃん!?」


慌てて彩音が翼を支える。


「ご、ごめん……安心したら、腰が抜けちゃって……」


恥ずかしそうに笑いながら翼が答えた。死に直面した極限状態から脱したことと、真に会えるという安心感で完全に緊張の糸が切れてしまった。


「ふふっ、肩貸してあげるから一緒に行こ」


彩音はそう言うと、翼の腕を自身の肩に回して、ゆっくりと立たせた。


「華凛……。ごめん、私も……肩を貸してもらっていいかな?」


恥ずかしそうに美月が言う。気丈に振舞っていた美月だが、実は立っているだけで限界だった。その原因は翼と同じ。すぐ目の前まで迫ってきた死を乗り越えたことと、真に再開できるという安心感で、完全に力が抜けてしまった。


「あ、うん。いいよ」


華凛が微笑みながら肩を貸す。美月は我慢する方なので、こうやって素直に人に頼ることは少ない。そんな美月が自分を頼ってくれたことが、華凛には嬉しかった。


そうして、4人は歩き出し、閉められた扉の前までくる。


スイッチの仕掛けが発動したのと同時に閉まった扉だ。ミノタウロスを倒したのだから、もうここに閉じ込められる必要はなくなった。


彩音が扉に手をかけてゆっくりと押すと、扉は何の抵抗をすることなく、あっさりと開いた。


「――ッ!? みんな、大丈夫か!?」


すぐさま真の声が響いた。ずっと扉が開くのを待っていたのだろう。扉が開いたとたん、真は駆け寄ってきた。


「まぁ……何とかね……」


彩音に寄り掛かりながら翼が返事をする。


「ちょっと手こずったかもね……」


華凛に肩を貸してもらっている美月も答えた。青白かった顔も、真を見たら血の気が戻ってきた。


「そうか……。彩音も華凛も大丈夫か?」


状態が悪そうな美月と翼でもなんとか返事をしてくれている。そのことで真は一定の安心は得ることができた。それでは、残り二人はどうなのか。肩を貸しているということは、余裕があるということだろうが。


「私は見ての通り大丈夫ですよ」


無傷の彩音が答える。とはいえ、間一髪危なかったことは言わない。


「わ、わた、私は……別に心配してくれなくても……」


真が自分のことを心配してくれたことが嬉しい華凛だが、それを素直に言葉にできない。


「そりゃ、心配するだろ。華凛は大丈夫だったのか?」


「ひゃッ!? 大丈夫! 大丈夫だから!」


直接的な言葉で真が心配してくれた。そのことで華凛が変な声を出してしまった。慌てて言い繕うように大丈夫であることを連呼する。


「お、おう……大丈夫なのか」


妙な勢いの華凛に押されて真はそれ以上言うことはなかった。


「真……。奥の扉はこれで開いたかな?」


少し間を置いてから美月が問う。ミノタウロスの前にあったスイッチは、二つ同時に押した。ミノタウロスも動き出して倒した。


「開いたはずだけど……」


真が部屋の奥にある両開きの扉を見ながら答える。今ので扉の鍵は外れたという確信は持っていたが、言葉を濁していた。


「それなら、先に進もう。こんなところでモタモタしてる時間はないでしょ?」


真が先に進むように言ってこないため、翼が先に進むよう促してきた。どうして真が先に進むように言わないのか、その理由は想像がつく。


「ダメだ」


すぐに真が返事をした。そう言うだろうと翼も思っていた。


「私なら大丈夫よ! 痛みも大分引いてきてるし!」


「美月は大丈夫だと思うか?」


「それは……」


翼は反論できなかった。自分のことなら大丈夫じゃなくても大丈夫だと言える。だが、美月はどうか。ミノタウロスの猛攻に晒され続けた美月も大丈夫だとは翼には言えなかった。


「私は大丈夫よ! 受けたダメージはもう残ってないから」


それは嘘だった。美月が受けた痛みはまだ残っている。


「翼は大丈夫だと思うか?」


「…………」


美月も何も言えなくなった。美月の受けたダメージが残っているということは、翼が言っている『痛みが引いている』ということが嘘だということも分かってしまう。そうなると、翼が大丈夫なわけがないということも分かってしまう。


「ほら見ろ。こんな状況で先に進めるわけないだろ?」


何も言い返せなくなった美月と翼に対して、真が説教じみた口調で言う。彩音と華凛はまだ動く余力が残ってそうだが、美月と翼はどう見ても無理だ。


「……分かったわ。仕方ないよね……」


渋々といた感じで美月が同意する。自分のことならまだしも翼のことを出されては手も足も出ない。


「分かったわよ……なんか言い方はムカつくけど……」


口をとがらせながら翼も真の指示に従う。真が言っていることが正論なだけに余計に悔しい。


「というわけだ。彩音、華凛。ここで休憩するぞ」


真の提案に彩音と華凛は何の不満もなく賛成の意を示した。



        2



迷路の中で休憩を開始してから、わずか5分ほど。美月と翼は静かに眠っている。眠りについたというより、気を失ったという方が正確だろう。


「よほどきつかったんだな……」


そんな二人の顔を見ながら真が呟いた。


「二人とも直撃を受けましたからね……。それでも、必死になって戦って……。真さんが休憩を言い出さなかったら、私が無理矢理にでも休ませてましたよ」


彩音もピクリとも動かない二人をじっと見ながら言った。


「直撃を受けてたのか……」


美月と翼が何らかのダメージを受けていたことはすぐに分かった。ミノタウロスの攻撃は大ぶりだが、その分威力は大きい。掠っただけでもダメージはあるだろう。そんなものが少女の体に直撃していた。真はミノタウロスの攻撃を思い出してゾッとする。


「真君はどうなの……?」


ちらりと真の方を見ながら華凛が訊いてきた。


「俺は大丈夫だ。一発ももらってない」


「一発も……。どうやって戦ってたの?」


「ああいう大きい奴は懐に入ってしまったら楽なんだよ。小回りが利かないから、こっちのペースで戦える」


「……え!? 懐に入るの……!? あっ……でも、真君ならそうするか……。そっか懐に……」


巨大な斧を持ったミノタウロスの懐に入って戦うなど正気の沙汰ではない。華凛は一瞬何を無茶苦茶なことを言っているんだと思ったが、すぐに思い直す。真はそうやって戦ってきた。


「いや、華凛さん……。真さんの戦い方を参考にしたらダメですからね!」


何やら真剣に考えている華凛を見て、彩音が思わずツッコミを入れた。真と同じ戦い方をしていたのであれば、とっくに全滅している。真だからできる戦い方なのだ。


「そもそも、ベルセルクとサマナーだと戦い方が違うだろ? 俺のやり方はあくまでベルセルクの戦い方だよ」


「いやいや、真さん!? それもどうかと思います。そんな戦い方、真さんにしかできませんから!」


彩音が再びツッコミを入れる。巨大なモンスターに対して積極的に懐に入るなど、狂戦士しかやらないことだ。そして、そんな本物のベルセルクなど、真以外に思い当たる人間はいない。紫藤総志だって、いくらか距離を取るだろう。


「そうか? まぁ、ベルセルク自体が少ないからな……。アサシンの戦い方もヒット アンド ウェイになるだろうしな」


真はベルセルクと同じく近接戦闘職のアサシンを思い浮かべていた。アサシンの戦い方として敵の背後に張り付くことはあるだろうが、危なくなったらすぐに退避するのがアサシンのセオリーだ。


「でもさ、真君。最後の方でミノタウロスが無茶苦茶に斧を振り回したでしょ? あれはどうやって避けたの?」


一発も受けていないという真の話で、華凛は一つ疑問に思うところがあった。それは、ミノタウロスを倒す間際。我武者羅に両手斧を振り回し始めたところだ。最後の力で暴れまわったようにも見えたその攻撃で、ノームが沈められたのだ。


「無茶苦茶に斧を振り回す? そのなことしてこなかったぞ?」


最後の方でそんなことしてきた覚えのない真は疑問符を頭に浮かべていた。


「え? そんなことないって。最後の最後で斧を振り回して暴れてたじゃない」


真もミノタウロスと戦っていたのだから、行動は同じはず。なのに真が戦たミノタウロスは最後に暴れることはなかったという。


「えっと、真さん。ミノタウロスが赤くなったのは知ってますよね?」


お互いの認識がずれていることに気が付いた彩音が確認のために質問をした。


「ああ、それは知ってる。俺がミノタウロスを倒したのが丁度その直後だ。あれは何だったんだろうな?」


そんなこともあったなと思い出しながら真が答えた。ミノタウロスが赤くなって湯気を出し始めたのは覚えているが、それがどういう意味だったのか真は知らない。それを知る前にミノタウロスを倒してしまっていたから。


「えっとですね、華凛さん……。答えを言いますと……。真さんはミノタウロスが赤くなったところで倒してたんですよ……。だから、ミノタウロスが斧をブンブン振り回した姿を見ることがなかったんですね……。ちなみに、真さん。ミノタウロスが赤くなるトリガーは何だと思います?」


真の発言から彩音が答えを導き出した。要するにミノタウロスがその力の全てを出し切る前に、真があっさりと倒してしまったということだ。


「発動のトリガーか……。戦い出してすぐに赤くなったから、時間経過じゃなくて、ダメージ量だろうな」


「だそうです……」


真の話では、ミノタウロスの行動が変わるのは与えたダメージの量によるようだ。一定量のダメージをあたえると行動が変化し、さらにダメージを与えて、一定量に到達すると、また行動が変わるということだろう。だが、あまりにもダメージ量の多すぎる真の攻撃で、ミノタウロスの行動の変化が追い付かずに倒れてしまったということになる。


「真君ならおかしい話じゃないわよ」


少し自慢げに華凛が返した。ミノタウロスが真の前にあっけなく倒れたという事実を彩音は驚愕しているようだが、華凛にとっては不思議なことではない。真なら当然やってのけることだ。


「まぁ、褒めてくれてるってことでいいよな?」


「わッ!? べ、別に褒めてるわけじゃないわよ! 褒めてるわけじゃないわよ! 私もちょっと横になる!」


華凛は自分の失態に気が付いた。何も考えずにポロっと真のことを自慢気に話してしまったが、当の本人が目の前にいるのだ。真のことを誇りたいという気持ちが前に出てしまったが故の失敗。華凛は顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。


「私も少しだけ横になりますね。真さんはどうします?」


「俺は大丈夫だ。待ってる間に休むことができた。それに、休憩時間も長く取れるわけじゃないし、起きてるよ」


「そうですか。それではお言葉に甘えて」


彩音はそう言うと横になって目を閉じた。眠りに入らなくても、ただ横になって目を閉じているだけで体を休める効果はある。


真は束の間の休息を取る少女たちを見ていた。ただ、あと1時間もしないうちに起こさないといけない。時間的な余裕はもうない。休憩として取れる時間はこれが最初で最後だろう。






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