合流 Ⅰ
真達が王都にあるカフェ『トランクイル』にやってきた頃には大勢の人が集まっていた。
総志が『トランクイル』に居たことと、王都中がパニック状態にあるため、このカフェを拠点に指示を出さざるを得なくなったのだが、元々は静かなカフェだ。それほどの広さがあるわけではなく、かなり手狭で、店内に入ることができない人で溢れている。
もっと余裕があれば、拠点として相応しい場所に移るのだが、それができる状況ではない。
総志が『トランクイル』の常連であることは『ライオンハート』の同盟ギルドにも知れ渡っている。だから、『トランクイル』に行けば総志がいるという普段の行動を利用した。
「通してください! 蒼井さんを連れてきました! 通してください!」
篠原が『トランクイル』に集まっている人だかりに声をかけた。その声に周りの人々はすぐに反応を示した。
「例のベルセルクが来たぞ! 道を開けろ!」
甲冑と片手斧を装備した大柄の男が声を上げる。ここに集まっているのは『ライオンハート』と何かしらの繋がりがある者達で間違いないだろう。ただ、そのほとんどは真が見たことのない顔ばかり。
「すみません、通ります。道を開けてください!」
篠原も声を上げて道を開けてもらうように頼む。かなりの人数が集まっているので、『トランクイル』に入るにも人の整理をしないといけない。
その場にいる各々が自主的に道を開けていき、両脇を固める形で、『トランクイル』までの道を作る。
「蒼井って、紫藤さんと同じベルセルクなんだよな?」
「ああ、そうだけど……。えっ!? でも、連れてきたベルセルクって……あの子のことか……?」
当然の疑問が声として上がってきた。魔人を倒して、異界の扉を閉じる鍵となる人物として、蒼井を探してくるように通達されている。
そして、やって来たのは大剣を背負った美少女。
「あの子らって、『フォーチュンキャット』だろ? ん? どういうことだ?」
「あの子も確か蒼井って名前のベルセルクだけど……。間違って連れて来たにしては、酷すぎるだろ……」
今、『トランクイル』の外で待機しているのは、『ライオンハート』の同盟ギルドのメンバー。『ライオンハート』の第一部隊はカフェの中に、第二、第三部隊は真を探すために奔走中。
『ライオンハート』の同盟の方針として、真の力は隠しておくということになっている。そのため、真が強いということを知っているのは、『ライオンハート』の精鋭部隊と第二、第三部隊、同盟の幹部、その他一部の者であり、真の本当の強さを知っている者はさらに少ない。
だから、『トランクイル』の外で待機している者の中で、総志が連れて来いと言った蒼井というベルセルクと実際に来た真が同一人物であることを認識できる者はいなかった。
ただ、『フォーチュンキャット』は実は有名なギルドだったりする。それは5人の美少女達で構成されたギルドだから。奇麗な顔のボーイッシュなギルドマスター蒼井真の名前は意外と知られている。
それでも、真が男であることは知られていない。全員が美少女のギルドとしか認識されていない。
しかも、『ライオンハート』の紫藤総志が直々に会いに行く相手という情報が広まっており、さらに『王龍』の赤峰姫子とも繋がりがあるという情報もあるため、おいそれと近づくことができない。いわば高嶺の花だ。
(なんか気まずいな……)
悪意のある声ではないにしろ、緊急事態で連れて来たのが、ある意味有名な美少女ギルドだった。それに対して声が出るのは仕方がないにしても、真としては早く店の中に入ってしまいたいという思いがある。
「蒼井さんをお連れしました!」
『トランクイル』の扉を開けた篠原が店内に向けて報告した。その様子を周りの人だかりが固唾を飲んで見守る。この緊急事態で、こんな間違いをしたら、紫藤総志は激怒するだろうと覚悟をしていた時だった。
「蒼井さん! ありがとうございます! 紫藤さんがお待ちです。どうぞ中へ」
入口付近にいた『ライオンハート』の第一部隊の女性が歓喜の声を上げた。そして、そのまま真達が『トランクイル』の中へと入っていった。
「えええッーー―――」
バタンッ。外から驚きの声が上がるが、第一部隊の女性はすぐさま扉を閉めて、声を遮断させる。くだらないことで一々騒いでいるのが情けないといった表情だ。
店内には所狭しと人が屯していた。『ライオンハート』の第一部隊として最前線で戦う面々だ。中には知っている顔もある。
(『ライオンハート』の第一部隊だけじゃないな……)
『ライオンハート』の第一部隊はギルドの精鋭部隊だ。ギルドマスター紫藤総志と肩を並べて戦うことを許された歴戦の強者たち。だから、その数は限られており、大規模を誇る『ライオンハート』の中でも、20人前後しかいない。
だが、今いる人数はその倍以上。50人ほどはいるだろうか。店内一杯に人がいる状態だ。
「どうぞこちらへ」
第一部隊の女性は真達を店の奥へと案内する。店内にいる人達は可能な限り道を開けてくれるが、満員電車のような店内をかき分けて何とか奥へと進んでいく。
「坂下、篠原。早かったな。ご苦労だった。次の指示があるまでここで待機だ」
店の奥のテーブルに座る総志が満足気な声をかける。しっかりとした身体つきで眼光は鋭く、百獣の王を思わせる風貌の男だ。
「はい。了解しました」
坂下と篠原も紫藤に褒められたことで士気を上げている。機敏な動きでその場を後にした。
「紫藤さん――それに、赤峰さんも刈谷さんも!」
4人掛けのテーブルに座っていたのは『ライオンハート』のマスター紫藤総志とサブマスターの葉霧時也。その二人に加えて、『王龍』のマスター赤峰姫子とサブマスターの刈谷悟もいる。
「久しぶりだな蒼井」
長くウェーブのかかった髪をした姫子が軽く手を挙げて挨拶をする。奇麗な顔をしているのだが、目つきが悪いことで損をしている。
隣に座る長髪の男性、悟も軽く手を挙げて挨拶をしてきた。
「時間がない。早速本題に入る。俺はギルドメッセージを更新するから、その間に蒼井達に話をしてくれ」
挨拶もそこそこに、総志はそう言うと、すぐさまギルドメッセージの更新作業に入った。ギルドマスターしか内容を変更できないメッセージであるため、雑用でも総志がやらなといけない。
「分かった――では、まず今ある情報から現状を説明しよう」
総志に代わって、時也が話を始めた。メガネの位置を修正しながら説明を開始する。
「今回のバージョンアップで追加されたのは異界から召喚されたという魔人だ。今、街中で暴れ回っているのが魔人ということだろう。ただ、こいつらは既に何体か倒したという報告が入っている。危険な相手ではあるが、対処できる敵だ」
真達は時也の話を食い入るように聞いている。『フォーチュンキャット』と『ライオンハート』の最大の差は情報の差だ。5人しかいない『フォーチュンキャット』とは違い、『ライオンハート』は人海戦術でありとあらゆる情報を集めてくる。
「だから、問題はもう一つの方だ。“異界の扉が完全に開くまで”という文言。これは、制限時間を過ぎれば、異界からの魔人が際限なくやって来るということだろう。おそらく、今いる魔人よりも危険な奴も押し寄せてくると考えている」
「葉霧さん、ちょっといいか?」
時也の話は真の推測とほぼ同じだった。だが、真は気になることがあり質問を投げた。
「どうぞ」
「異界の扉については、俺も同じ考えだ。だけど、気になるのは制限時間を超過した場合、即アウトなのかどうかってことなんだけど――」
「蒼井、即アウトってどういうことだよ?」
真の質問に割って入ってきたのは姫子だった。真の言うことに強いひっかりを覚えて割り込んできた。
「今の葉霧さんの話だと、制限時間内に異界の扉を閉じることができなかった場合は、魔人と戦い続けないといけないことになるってこと……だよな?」
「ああ、そうだ」
時也は敬語を使わない真に若干の苛立ちはあるものの、今そのことを言っている場合ではない。総志も真がタメ口で話をしているのを気にしていないので、捨て置くことにする。
「俺は違うことも考えていて、異界の扉が完全に開いたら、その時点で詰み。もうゲーム化した世界を元に戻すことができなくなる――」
「おい! なんなんだよそれ! そんなこと一言も書いてないじゃないかよ!」
姫子が真に対して声を荒げる。
「姫、落ち着いてください。今は冷静にならないといけない時ですよ」
悟が宥めるように声をかけた。姫子が声を荒げる気持ちも理解できるが、今は冷静に物事を見ないといけない。
「ッチ……分かってるよ! あと、姫って呼ぶな!」
姫子はキッと悟を睨むが、悟は嬉しそうな顔をするだけ。意に介した様子もない悟は真に話しかけた。
「蒼井君。その話なんだけどね。可能性としては僕も考えてたんだよ。制限時間内に異界の扉を閉じることができなかった場合、異界からの魔人を理由に即ゲームオーバーになるってね。だけど、僕は口にしなかったんだよ。理由は分かるかい?」
「バージョンアップの告知に書いてないから……?」
「まあ、そうだね。それもある。異界から魔人が来て、しかも時間制限まで付けられてるんだ。誰でも制限時間を超えたらヤバイっていうことくらい分かる。最重要事項だと認識できる。だから、時間超過で即ゲームオーバーになることを伏せる意味がないんだ。だから、僕は時間超過で即ゲームオーバーはないと思っている。だけど、それだけが理由じゃない」
「他に理由が……?」
「僕が姫にもこの考えを言わなかった理由は、パニックを助長するからだよ。この世界でゲームオーバーになるっていうことは要するに死ぬっていうことだろ? ミッションに参加した人だけでなく、全員が無差別に死ぬことになるなんていう憶測を口にしたらどうなる? ここに居る人は大丈夫にしても、他の誰かが聞いてたらどうする? パニック状態で人は正常な判断を下すことができない。恐怖は一瞬で広がるんだ。昔、アメリカで火星人が襲来するっていう噂が広がってパニックになったことだってある」
1938年、アメリカで放送されたラジオ番組で、火星人が襲来したきたというフィクションを流した。リアルに作られたその番組により、聴衆は本当に火星人が襲来したと思いこんでしまった事件だ。恐怖によって冷静さを失えば、火星人が襲来するという茶番劇でも信じてしまう。
「あっ……悪い……」
真は不用意な発言にバツを悪くした。そこまで考えてはいなかったのだ。
「いや、蒼井君は悪くないよ。その考えは当然出てくることだからね。『ライオンハート』さんも同じことを考えてたんじゃないかな? でも、口にしなかった」
悟が時也の方を見ると無言で頷いていた。ただでさえパニック状態にあるのだ。火に油を注ぐようなことをして得することなど何もない。
「おい、悟! そんな大事な話を私にも黙ってたっていうのはどういうことだ?」
姫子が悟を睨んだ。悟が言うことの理屈は分かる。余計な情報を出したらパニックが収集のつかない状態にまで悪化してしまう恐れがあるからだ。だからといって、マスターである姫子にも黙っているというのはどういう了見か。
「いや、あの……なんて言いますか。姫には別のことに集中してもらいたかったので。それに、分析は僕の領分でしょ? だから、姫がパニックになるなんて思ってませんよ! 余計なことで煩わせたくなかっただけですから!」
悟が弁明をする。悟には悟の考えがあって姫子に黙っていたということは分かっている。だが、姫子はナンバー2の規模を誇るギルドのマスターだ。実質、ギルドを動かしているのは悟だが、ギルドの象徴として動いているのは姫子だ。隠し事をされていたことに不満を覚えるも、今の状況を考えれば、これ以上不満をぶつけることはできない。
「その話は終わりにして、本題に戻るぞ」
そこにギルドメッセージを更新し終えた総志が話に入ってきた。ただでさえ、時間がない状況だ。憶測を飛び交わすような余裕はない。
「ああ、そうしてくれ」
時也が返事をして、話の主導権を総志にバトンタッチした。姫子も舌打ちしながらそれに従う。
「今回のバージョンアップ。蒼井も分かっているとは思うが、異界の扉を閉じることが最優先だ。そこで、その任務を蒼井達『フォーチュンキャット』にやってもらいたい」
端的に必要なことだけを言う。総志は真の目を見て言ってきた。




