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サーラム寺院 Ⅱ

地平線と交わるようにして太陽が空を赤く染めている。黄昏時には少し早いといったところか。夕陽が赤茶けた岩砂漠をさらに赤く染め上げる。


砂漠の一日が終わりを告げようとしていた。上がり切った気温は、これから来る夜が全て奪い去っていく。それほど一日の気温の差が激しい気候だ。


だが、砂漠で行動を起こすなら夜の方が良い。特に激しい戦闘をするのであれば、余計に暑い日中は避けるべきだ。


「見えました! あれがサーラム寺院です!」


伸びきった岩壁の影から、サリカが覗き込んだ。その目線の先には半壊した古い寺院の跡がある。距離にして300メートルほど先。


「あれがサーラム寺院……」


真もサリカの横から覗き込む。真達が通ってきた岩壁の向こうに、その寺院だった物はあった。石で作られた寺院の屋根は半分以上が無くなっており、外周を囲んでいたであろう、壁の残骸が転がっている。


入口はどこか分からない。壁が壊され、入口であった場所も壊されてしまっている。辛うじて残っている、建物の形から、おそらく、あそこが正面の入口だったのだろうと推測するしかない。


「予想以上に崩壊してるな……。本当にこんなところに――ッ!?」


こんな崩れた寺院跡に浄罪の聖人が運ばれたのだろうか? という疑問を抱いた直後。真はあるものに気が付き、バッと岩壁の影に身を隠した。


「どうしたの?」


慌てて身を隠した真に美月が声をかける。同時にサリカも身を隠していた。二人とも何かに気が付いたようだ。


「見張りだ。見張りが巡回してた」


焦りを落ち着かせつつ、真が答える。見張りと目が合ったわけではないので、気付かれてはいないはずだ。


「み、見張りって、それじゃあ……」


「ああ、ここに浄罪の聖人が運ばれていると考えて間違いないだろう」


こんな崩落した寺院跡に見張りを巡回させる理由など一つしかない。浄罪の聖人が運び込まれたからだ。


「アルター真教の人で間違いないの?」


美月が確認のためにも訊いてくる。これにはサリカが答えた。


「はい。服装もアルター真教のものですし、帯剣も確認しました。歩き方を見ても相当な修行を積んでいると見受けられます。アルター真教で間違いないと思われます」


「サリカ、見張りは何人ですか?」


続いてナジも質問する。


「私が確認できたのは二人だ。建物の影から二人一組で出てくるところを見た。おそらく、他のペアも巡回してるだろうと思う……」


「俺も同じだ。二人一組で姿を現したから、咄嗟に身を隠した。それ以上は確認できてない」


サリカの情報に真も補足する。確認できた見張りの数は二人。だが、それ以外は確認する前に身を引いた。当然、見張りが二人だけしかいないとは考えにくい。


「どうする? 突っ込む?」


話を聞いていた翼が端的に言う。非常に分かりやすい、翼らしい作戦。だが、根拠もなく突っ込むか訊いたわけではない。真がいるということを考慮しての発言だ。


「いえ、ここは僕が囮になります」


答えたのはナジだった。


「そうか、それなら当初の予定通り、私も囮として動こう」


サリカがナジに続いた。浄罪の聖人が修練場に運ばれたと推測した時の作戦は、ナジとサリカが囮になるというものだった。それが、予想に反して見張りがいなかったため、囮作戦が無くなってしまったのだが、今回は見張りがいる。そうなれば囮作戦を決行できる。


「いや、ここは僕だけで囮になります。サリカはアオイマコト様達と一緒にサーラム寺院の中へ入ってください」


だが、ナジはサリカも囮になることを認めなかった。


「はあ!? 何を言ってるんだナジ!? 私だけが囮になっては生き残れないから、一緒に囮になると言ったのはナジだぞ! それとも私だけだと死ぬが、ナジだったら生き残れると言いたいのか? それなら、最初からナジが一人で囮になると言えばいいだろ!」


ナジの言葉に、自分を低く評価されたようで、サリカは頭に来ていた。サリカだって戦士の端くれだ。いつでも死ぬ覚悟はできている。それなのに、ナジだけで囮役をやるという発言には納得ができない。


「お、落ち着いてください。そういう意味じゃないですよ!」


「では、どういう意味だと言うのだ!」


ナジが宥めようとするもサリカは頭に血が上ってしまっている。


「サリカさんの戦力はガドルとの戦いに必要なんです。単純な戦闘能力でいえば、僕よりもサリカさんの方が強い。囮としてその戦力を割くのは合理的ではありません」


「うっ……。だったら、どうして最初にナジも一緒に囮になると言ったんだ……?」


ナジが言う理由を聞いて、サリカは少し冷静さを取り戻した。けして低く見られていたというわけではなく、その逆で、高く評価されているからこその作戦ということだ。しかし、それならそれで一つの疑問が湧いてくる。ガドルとの戦闘にサリカを必要としているのなら、修練場での囮作戦も同じようにすべきではないのか。


「アルター真教の秘術ですよ。ダウードがあの秘術を使ったということは、おそらくガドルも使えます。当然、ダウードよりも上手く秘術を使いこなしてくるでしょう。そうなると、できるだけ囮に戦力を割きたくない。だから、僕だけが囮になるという作戦に変更したわけです」


「そうか……。言われてみればそうだな……」


サリカが落ち着いて返事をする。ナジの言うことは正しい。ナジも戦闘能力が高い方だが、それでもサリカには一歩及ばない。


「そうですよ。それに、どちらかと言えば、一人で囮になる僕より、サリカさんの方が負担が大きいですし……」


「そう……だな。確かにそうだ。秘術を使ったガドルと戦う方がよっぽどきついだろうな……。私の方が戦えるから――ん? そう言えば、ナジ。『単純な戦闘能力』では私の方が上と言ったが、単純な戦闘能力ではない戦闘能力とはなんだ?」


ふとナジが言ったことを思い出したサリカが尋ねる。さっきは聞き流していたが、どういうことを言っているのだろうか。


「あ、それはですね。頭の……良さと言うか……。賢さと言うか……。ほら、僕の方が囮役として上手く立ち回れるでしょう?」


笑って誤魔化そうとするナジをサリカが睨む。要するに知能を使った戦闘はナジの方が上ということを言いたいのだ。


「ぐぬっ……。頭の良さを言われると言い返せないな……。だが、ナジ。このことは覚えておけよ!」


自分が賢いとは言い難いことをサリカは自覚している。直接的にバカだとまでは言われていないので、これで治めることにした。


「作戦は決まったようだな。俺としては秘術を使ってくれた方が戦い易かったんだけどな。まぁ、ナジなら一人でも上手くやれるだろ」


ナジとサリカの話が纏まったようなので、真が声をかけた。ダウードとの戦いでは、アルター真教の秘術で人から化け物に変わってくれたおかげで、技術的な部分が落ちていた。ナジの言葉を借りるなら、単純な戦闘能力は飛躍的に向上したのだろうが、技が荒くなってしまって、真が戦い易くなってしまったのだ。


だから、サリカ一人の戦力がないとしても、真にとってはさほど問題にはならない。とは言っても、おそらくゲームのイベントとしてナジが囮役になるということなのだから、その役をやってもらわないと先には進めないということだろう。


「はい。アオイマコト様の期待に応えられるように尽力致します!」


「そんなに力まなくていいよ。と、取りあえず生きて帰って来い」


相変わらず畏まるナジに対して、少し照れながらも気遣いの言葉をかける。


「ご命令承りました! では、囮役努めさせていただきます。皆さま準備はよろしいですね?」


真の言葉に士気を高めたナジの声には力が籠っていた。何としてでも囮役を全うするという意志が見える。


そんなナジに応えるようにして、全員が首を縦に振る。


「敵を引き付けた後の突入のタイミングは、サリカに任せていいですか?」


「ああ、大丈夫だ。任せておけ!」


サリカも力強く返事をする。その表情に満足したナジは、飛び出すタイミングを計る。見たところ巡回のペアは複数いるようだ。サーラム寺院までの距離はおよそ300メートル。真達が隠れている場所を特定されないように、見張りの巡回が途切れた時を狙う。


「では、行きます!」


姿勢を低くし、勢いよくナジが大地を蹴る。沈みかけた太陽が疾走するナジの影を伸ばす。太陽を背にするよう迂回してサーラム寺院へ駈けていく。


サーラム寺院の見張りが異変に気付いたのは、ナジが駆け出してから数十秒ほど経過した後。真達が隠れている場所とは全く違う方向に回ったナジが見張りの一人に対して飛びかかった。


「な、何者だー!?」


ガキンッ! 鋭い金属音が響く。間一髪、見張りの一人がナジのシャムシールを剣で受け止めた。


すぐさま、ペアの一人が抜刀し、ナジへと斬りかかってくる。それをナジは冷静に躱す。


「正教の犬だー! 浄罪の聖人を狙ってきたぞ!」


「賊はこっちだ!」


見張りの二人は大声を張り上げて仲間を呼んだ。すると、ぞくぞくと巡回していた見張りが集まりだす。


「くっ……。見つかったか……」


若干わざとらしさがあるにせよ、ナジは迫真の演技で追い詰められたように見せかける。じりじりと近づいてくる見張り達に対して、ナジはシャムシールを振り上げると、見張り達に緊張が走った。


その瞬間をナジは見逃さない。見張りが怯んだ隙を見て、踵を返し、脱兎のごとく明後日の方向へと向かって走り出した。


「に、逃げたぞ! 追えーー!!」


見張りの一人が声を上げると、一斉に逃げたナジを追いかけて走り出した。





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