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修練場 Ⅶ

真の攻撃を回避したダウードは、逃げるように聖堂の壁を移動していた。カサカサと長い手足を壁にめり込ませて、聖堂の上の方まで平然と移動している。


「そ、そんな……」


自分の攻撃が意味をなしていないことに、悔しくて華凛が下唇を噛んだ。ようやく真の役に立てる機会が来たと思った矢先のことだ。


ダウードが蜘蛛人間に変身する前の戦闘では、華凛のスキルで麻痺させたことが決着を早める結果に繋がった。それに続く戦闘でも状態異常を引き起こすスキルが有効であると思っていたのに、まるで効果が出ていない。


「華凛、気をしっかり持って! 大丈夫、私達の攻撃は通じてるから! 意味はあるから!」


手が止まってしまっている華凛に美月が声をかける。真に頼られた分、期待を裏切ってしまったことへの失意の念が強いことが見て取れた。


「う、うん……」


華凛は美月の言葉に力なく返事をするのみだった。得意のからめ手が通用しない。だったら、どうすればいいのか分からないでいた。


「華凛! 手を止めないで! 美月の言う通り、私達の攻撃は通じてるの! スキルが一つ効かなかったくらいで凹む必要なんてないんだから!」


翼はそう言いながら、聖堂の壁に張り付いているダウードに向けて矢を射る。


「そうですよ、あの位置では真さんの攻撃は届かないんです。ソニックブレードも連発できないんですから、私達があの蜘蛛を地面に落としてやりましょう!」


彩音も言いながらスキルの詠唱を始めた。自分のスキルが効いていないことは、彩音だって悔しい。だが、できることは他にもある。敵が真の手の届かない位置にいるからこそ、遠距離攻撃専門の自分たちの出番なのだ。


「分かった……。大丈夫……。私、やれるから!」


華凛は真の方を見ていた。真は壁を上っていくダウードに手をこまねいている。遠距離攻撃スキルであるソニックブレードはまだ再使用できるだけの時間は経過していないようだ。クロスソニックブレードは派生技であるため、それ単発だけを使用することはできない。


結局のところ、真はソニックブレードが使えるようになるまで、ダウードの動向を見ていることしかできない。


「どこまでできるか分からないけど!」


<シルフィード>


<トルネードスマッシュ>


華凛はウンディーネの召喚を解除して、新たに風の精霊シルフィードを召喚した。シルフィードはからめ手と遠距離攻撃スキルに特化した精霊だ。サラマンダーよりも攻撃力は低いが、その分、射程距離の長いスキルが豊富。


シルフィードが発生させた竜巻は、蛇のようにうねり、天井にまで移動していたダウードに襲い掛かる。


地上に居た時と違い、天井での移動は制限がかかる。蜘蛛と体を融合させたからといって、巨体で天井を素早く移動するということは不可能なのだ。


そこに、美月や翼、彩音も一斉に攻撃スキルを浴びせる。


「小癪なッ!」


断罪の光が聖堂を照らし、矢が風を切る。炎が爆ぜて熱波をまき散らすと、ダウードは天井に張り付いていることもできなくなり、地面に着地した。


「おらぁーーー!」


ようやく手の届く距離にまで降りてきたダウ―ドに対し、真はすぐさま駆け寄り、大剣を振りかぶった。


<スラッシュ>


着地に合わせた、踏み込みからの袈裟斬り。いくら動きが速くても、着地したその一瞬は硬直が生じる。


「ぐあッ!?」


真の斬撃をまともに受けたダウードの喉からは苦悶が漏れた。


<フラッシュブレード>


間髪入れずに真が大剣を真横に振る。閃光が瞬くような一撃。これをダウードは人間離れした速度で後ろに飛び回避した。


再び、ダウードと真の距離が開くと、ダウードはまたしても壁に上り始めた。


「そこは的になるだけよ!」


<アローランページ>


翼が連続で矢を放った。数本の矢が壁にしがみ付く蜘蛛人間に向かって飛来する。


スナイパーの攻撃スキル、アローランページは多段攻撃スキルであり、与えるダメージも大きい。壁に逃げることで、真の射程からは外れても、回避行動が制限されるため、遠距離攻撃の恰好の的だ。


「ほんと、いい的よね!」


<ウィンドブレス>


<スペルバレット>


当然、華凛も見逃しはしない。シルフィードが手のひらに息を吹きかけると、翡翠色の風が渦巻き、鋭い爪となってダウードを斬りつけていく。それと同時に、華凛が無属性の魔法の弾丸で追撃を入れた。


「小娘どもが!」


ダウードが怒りに声を震わせる。かなり追い詰められているのだろう。怒りの中に焦りも伺える。


「その奇麗な顔ごと潰してくれるわ! 死ね!」


ダウードが叫ぶと、壁を力いっぱい蹴って、真へと飛びかかってきた。真との距離は離れているのだが、それをものともせずに、一気に飛びかかってきた。


6本の尖った腕を大きく振りかぶり、真へと迫る。


「そういうのを待ってたんだよ!」


<イラプションブレイク>


タイミングを合わせて真が飛ぶ。そのままダウードではなく、地面に大剣を叩きつけると、四方八方にひび割れ広がった。


「なにッ!?」


ダウードの腕が真に突き刺さるのと、ほとんど同時に、ひび割れた地面から灼熱の業火が噴き出した。まるで大地が怒りを爆発させたかのような激しい炎の噴出。それは一瞬で聖堂を真っ赤に染め上げた。


「相打ちなら俺の勝ちなんだよ!」


真がダウードを見上げる。その目は獲物を捕らえた目。勝を確信した、狩る側の目だった。


「貴様、本当に人間かッ!?」


紅蓮の炎に身を焼かれながらも、ダウードは何とかその場から離れようと後方へ跳躍する。


「お前に言われたくはねえよ!」


<ブレードストーム>


真は真横に大剣を振り、その勢いで体ごと一回転させる。放たれるのは斬撃の嵐。その剣戟の中に入った者はズタズタに引き裂かれる。


ダウードが距離を取ることは想定の範囲内。攻撃のためにはダウードも近づかないといけないが、リスクはダウードの方が大きい。すぐさま逃げることは今までの行動を見ていれば分かる。


問題は、その移動距離の長さ。大きな蜘蛛の力を得たその跳躍力は、助走なしでも一気に距離をあけられてしまう。だが――


「がはッ!」


ブレードストームの最大の特徴はその効果範囲の広さ。その分威力は下がるのだが、レベル100の最強装備である真が使うと、話が違ってくる。


後方に飛んで、距離を取ったはずのダウードでも、ブレードストームの領域から逃げることはできなかった。


「お……おの……れぇ……」


ダウードは喉から声を振り絞った。これが、今できることの精一杯だ。


「もう、いいだろ……」


真が静かにダウードへと近づいた。地面に伏したダウードの身体はボロボロと崩れ落ちている。蜘蛛になった部分が崩壊し始めているのだ。徐々に人間の姿に戻っていく。


「ダ、ダウード様が、まさか、そんなこと!?」


「あ、あり得ない! ダウード様が破れるなんてことは!?」


「何者だあいつら!?」


「ひ、退け! ここは一旦退け! ガドル様に報告だ!」


ナジとサリカが相手をしていたダウードの部下たちは悲鳴にも似た声を上げた。ダウードが倒されたことが信じられないといった表情だが、手下の中のリーダー格の男が退却を指示すると、這う這うの体で聖堂から出て行った。


それを、ナジとサリカは静かに見送る。


「部下は逃げたよ……」


逃げて行ったダウードの部下を冷めた目で見送った真が、倒れている男に視線を戻した。


「見捨てられたな……。で、浄罪の聖人の遺骸をどこに運んだ?」


もう半分以上が人間の姿に戻っているダウードに真が大剣を突きつけた。ただ、戦闘が終わっているので、スキルを発動させることはできない。あくまで威嚇として大剣を向けているにすぎない。


「ふふふ……。見捨てられた、か……。私を憐れんでくれているんかね……? だが、その必要はない……。生き残った教徒がいずれお前の首を斬りに来る。それが、アルター真教だ……」


ダウードの目に絶望はなかった。不敵な笑みをこぼして真の方を見ている。自分が部下に見捨てられたとは考えていない。復讐を果たすための刃を残したと思っているのだ。


そこに、ナジがやって来た。敵は追い払ったが、まだ油断なくダウードを睨む。


「御託はいい! 浄罪の聖人をどこに運んだ? 言え!」


ナジは冷酷に言葉を投げつけ、倒れているダウードにシャムシールを向けた。


「素直に教えれば命だけは助けてやる」


続いてサリカがダウードに剣を向ける。


「ふっ……、相変わらず正教の考えは甘いな……。我々だったら、このまま監禁して、傷を癒した後に拷問するがね……」


「貴様ら真教と一緒にするな! 私達はそんな残虐な方法は使わない! 早く言え! どこに浄罪の聖人を運んだ? このままだと本当に死んでしまうぞ!」


サリカが声を荒げる。ダウードは死ぬことに対して何ら恐怖を感じていない様子だ。このまま死なれては情報を引き出すこともできない。


「もう手遅れだ……。私はもうすぐ死ぬ……」


「いいから言え! 命は助けてやると言っているんだ!」


サリカは焦っていた。完全に優位な状況にあるのだが、その優位性がダウードに通じない。


真達は黙って見ているしかなかった。平和な現代日本で過ごしてきたため、命のやり取りがある交渉に入ることができない。


「手遅れだと言っただろ……。アルター真教の秘術はな……一度きりの切り札だ……。その意味が分かるか……?」


「まさか……、もう……」


ナジが何かに気が付いたように口を開いた。


「そうだ……。もう、助からない……。人間の身体が耐えられる術ではないのだよ……。私が勝っていても……時が来れば体が……崩壊を始める……。だから……もう…………」


ダウードはその言葉を最後に、目から光が消えた。


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