修練場 Ⅳ
ダウードの合図で現れたアルター真教の教徒たちは、素早く聖堂内に位置取り、真達を囲んだ。
「くっ……、退路が……」
苦虫を噛み潰したようにサリカが呟く。
現れたアルター真教の教徒の数は10名。その内6名が聖堂の入口側に陣取った。残り4人はダウードの側に位置を取る。手には刃物を持ち、全員が麻の服とターバン。口元は布で覆い、目だけが鋭く覗いている。その殺意に満ちた目は、砂漠で生きるサソリを連想させる。
「やるしか……ないですね……」
ナジも静かに覚悟を決め、構えたシャムシールをアルター真教に向ける。相手は戦闘特化のアルター真教。ダウードの手下でも油断ならない難敵だ。
「アオイマコト殿。私とナジで入口側の6人を相手します。すみませんが、ダウードの方を任せてもよろしいでしょうか?」
横目で真を見ながら、サリカが口を開いた。相手にする数だけで言えば、真達5人対ダウード達5人。サリカとナジの2人でアルター真教6人と戦うのだから、サリカとナジの方が負担が大きいようにも思える。だが、サリカは真に負担を押し付けて申し訳ないという風な口ぶりだ。それほど、ダウードという男が強いということなのだろう。
「当然、そうなるよな……。あのおっさんに近づきたくないんだけどな……。くっそ……、嫌だな……」
もの凄く嫌そうな顔で真が応える。ダウードが強いかどうかなど、どうでもいい。強敵と戦うことに対して抵抗はない。だが、命ではない、別の大切なモノを狙っている相手となると話は違う。流石に戦いの最中に色を求めてくることはないだろうが、それでも嫌なものは嫌だ。
「私だってあんな奴と戦うのは嫌よ! でも仕方ないでしょ。戦わないと先に進めないじゃない!」
二の足を踏んでいる真に対して、翼が言い放った。翼としてもダウードという男には心底虫唾が走る。だが、そんなことを言っていられる場合ではない。ここで戦うことが求められているのなら、戦う以外に選択肢はないのだ。
「翼は遠距離攻撃で、近づく必要がないから言えるんだよ……」
翼の言っていることが正論だということは真にも理解できる。だが、翼は近づかなくても攻撃ができるスナイパーだ。真とは精神的な負担が違う。
「あんたがベルセルクを選んだんだから、仕方ないでしょう!」
ベルセルクは近距離専門職だ。世界がゲーム化した時に最初の村で職業を選べと言われて、翼はスナイパーを選んだ。ただ、真がベルセルクをやっているのは、半分強制であることを翼は知らない。
「いや、まぁ……そうだけどさ……」
真としても、ベルセルクであることに不満はない。ただ、こんな奴と戦うなんてことは一切想定していなかった。
「ちょっと、二人とも! いい加減、敵に集中して!」
見かねた美月が苦言を呈してきた。これから戦闘が始まろうという時に、くだらないことでモタモタしている場合ではないのだ。
「うっ……、ごめん……」
「あぁ、悪い――ん?」
翼が謝り、真がそれに続いた時だった。真があることに気が付いた。
「襲って来ないな」
ダウードとその手下は真達を取り囲んではいるが、全く動きを見せていない。まるで時間が止まっているかのように、黙って真達の方を見ている。
「こいつら、何してるの……?」
華凛が不思議そうにアルター真教の教徒達を見る。真と翼がゴタゴタしている間も、攻撃してこなかった。これから戦うというのにそれは不自然ではないのか。
「あの、ナジさん……。これは一体どういう状況なのでしょうか……?」
彩音も何故ダウード達が襲ってこないのかは分からない。アルター教では戦う時に何か決まり事でもあるのだろうか。それをナジに訊いてみた。が――
「気を付けてください。ガドルほどではないにしろ、ダウードは強敵です」
ナジは彩音の質問に対してズレた回答をしてきた。
「あの、サリカさん……。今はどういう状況なのですか?」
ナジの回答がズレていたこともあり、今度はサリカに訊いてみる。
「ヤガミアヤネ殿。申し訳ありません。ダウードはお任せします」
サリカの答えもナジと同様だった。彩音の質問に対して全く答えられていない。
「ああ、そういうことか……」
一早く状況を理解したのは真だった。赤黒い髪をかき上げて嘆息している。
「真、どういう状況なの?」
まだ分からない美月が真に質問をした。
「ゲームの仕様だ。俺達が前に出ないと戦闘が始まらないんだよ」
真が端的に説明をする。RPGで敵が目の前に現れた時、敵との会話をした後、主人公を操作して敵に接触してから戦闘が始まるというのがよくある。
「なんでそんなことを……? 敵の方から戦いを挑んできてるのにどうして?」
翼がさらに疑問符を浮かべる。今までにも、自分たちから近づかないと戦闘が始まらないということはあった。ウル・スラン神殿のガーゴイルの像や巨人像なんかがそれだ。ただ、あれは侵入者を迎撃するための、いわば防衛装置としての働きがあったから、近づくまで戦闘にならなかった。だが、今回の場合は全然違う。敵が待ち伏せして襲い掛かろうとしてきているのだ。
「RPGだとよくあるんだけどな。強敵と戦う前に、回復とか装備の変更とか、そういう準備をするための時間を用意してくれるんだよ。だから、こっちから近づかないと戦闘にならないっていうのがあるんだよ」
不意に戦闘が始まる演出に対する救済措置。それが今の状況なのだろう。当然、ゲームによっては、そんな救済措置など一切なく、初見殺しをしてくる物もある。
「でも、私達無傷よ。それに、最初から準備もできているしさ。なんでこんなことしてくるわけ?」
真が言っていることが正しいのだろうと華凛も思うのだが、やはり、腑に落ちないところがある。その最大の理由は、この間を置く必要性が皆無であるということ。ここに至るまで全く戦闘がなかったのだ。真が言うように回復をする必要もないし、装備を変更する必要もない。
「なんでって聞かれてもな……。ゲームだからそういうのがあるとしか言えないよ……。特に意味がなくても、用意するものなんだろうさ……」
ゲームでは多くのプレイヤーがいるため、人によって、この措置が必要かどうかは変わってくる。だから、戦闘前の準備の時間を用意してあるのである。今回、真達にはそれが必要なかったというだけの話。
「そうなんだね……。それならさ、華凛の言う通り、私達はいつでも戦えるよ」
美月が敵を見据えて言う。敵はずっとこちらを見たまま動かない。取り囲んだ状態を維持しているだけだ。
「ああ、分かった……。こんな奴らさっさと倒してしまおう――行くぞ!」
真が声を上げると、一直線にダウードに向かって走り出した。それを見たダウードとその手下も動き出す。同時にナジとサリカも入口を塞いでいる敵に向かって行く。
<ソニックブレード>
ダウードを射程範囲内に捉えた真が大剣を振り払った。斬撃から発生する真空のカマイタチ。それは見えない刃となって、離れた敵に飛来する。
ソニックブレードはベルセルクが使える数少ない遠距離攻撃スキルで、不可視の斬撃が音速で飛んでくるため、回避行動は非常に困難だ。
「フンッ!?」
だが、ダウードは身を翻して、ソニックブレードを回避して見せた。
「チッ……」
真が思わず舌打ちする。目には見えない音速の刃を回避するには、最初から攻撃の種類を予測して、真の剣の振りに合わせて避けるしかない。しかも、ダウードの回避行動は最小限の動きだ。無駄な動きが一切ない。
イルミナの迷宮で戦った、ヴィルムもソニックブレードを回避して見せた。だが、その時の動きは大きく跳躍するというもの。攻撃の種類を見分けることができていても、攻撃の範囲がどれだけなのかは分かっていなかったのだ。だから、大きく回避することしかできなかった。
(戦闘技術はヴィルムより上か……)
<クロスソニックブレード>
続けて、真は十字に大剣を振ると、追撃の刃が発生し、甲高い音を立てながら、再度ダウードに襲い掛かっていく。
クロスソニックブレードはソニックブレードから派生する連続遠距離攻撃スキルだ。
「甘いな」
この攻撃をダウードは軽くサイドステップするだけで回避してしまう。避ける距離は最小限。完全に攻撃の範囲を見切っている証拠だ。
<レイジングストライク>
数少ない遠距離攻撃が避けられるのであれば、真には接近戦しか残されていない。
真がスキルを発動させると、猛禽類が獲物に襲いかかるような猛襲でダウードに飛びかかって行った。
「甘いと言っただろ!」
ダウードは真の攻撃を体を捻って避けると同時、交差するようにして、持っていたシャムシールーでカウンターの一撃を入れた。




