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聖域 Ⅲ

静まり返った夜半過ぎの回廊を歩く。石の床を叩く靴の音が反響しても、静寂が支配した世界に吸い込まれて消えていく。


スマラ大聖堂はゲーム化した世界の建物であるため、光源がなくても問題なく進むことができる。周りが青白く見えるのは夜であることを演出しているのだろう。


10分くらい歩いただろうか。ただでさえ広いスマラ大聖堂。その奥まで行き、地下へ続く階段を下り、さらに奥にまで進んでいく。案内がなければ迷うレベルの構造だ。


その間、誰も口を開く者はいなかった。真夜中の隠密行動であることも意識しているのだが、それ以上に、スマラ大聖堂の持つ荘厳さに緊張しているところがあった。浄罪の聖人が安置されている場所だけあって、その場所に流れる空気は張り詰めたような硬さがある。


「こちらが聖域です」


案内をしてくた僧侶風の女性が静かに口を開く。やってきたのは、スマラ大聖堂地下の奥の奥。アルター教にとって聖域とされる場所だ。そこには両開きの大きな石扉があった。扉には紋章が彫られている。アルター教の紋章なのか、呪術的な印なのか。真には分からなかったが、扉から伝わってくる物々しさは分かる。


「開けます……」


ナジはそう言うと、サリカに目を向けた。ナジが石扉の右側を、サリカは左側について、無言で扉を引く。


ズズズ……。


石と石が擦れる音がする。重量のある石扉に見えたが、意外なほどにあっさりと開いていった。見た目よりも重くはないのかもしれない。それとも、聖域に掛けれた結界が解かれているからだろうか。そんな真の疑問をよそに、ナジが声をかけてきた。


「どうぞ、中へ」


「ああ……」


言われるがままに半開きの扉をくぐると、広い霊廟があった。


「――」


霊廟に入った瞬間、真達は声を失っていた。この空間は一切の不浄を許さない、厳とした空気。世界の浄化というアルター教の教義を体現したかのうよな、冷たく鋭い空気だ。そんな中に入ってしまうと、自分が穢れた不純物のように思えてしまう。潔癖なまでに研ぎ澄まされた空間。それが聖域と呼ばれる場所だった。


「行きましょう……」


固まっている真達にナジが声をかけた。そこでようやく我に返った真が「ああ……」と力なく返事をし、聖域とされる霊廟の中を進み始める。


霊廟には真っ直ぐ伸びる石畳の通路が奇麗に敷かれており、その両脇を石柱が並ぶ。目線の先には石の祭壇があり、ミイラが鎮座していた。ミイラが身に着けているのは、白いローブと金糸が織り込まれた黒いストラ。


「あれが……浄罪の聖人……」


ミイラを見た真の声が上ずっていた。それは、聖域を支配する冷厳な空気だけではない。浄罪の聖人と言われたこのミイラが発している存在感だ。死してなお、世界を浄化し続けているかのように、真達を圧倒している。


問題はその浄化のやり方。他国からの侵略とはいえ、残虐な方法で殺戮を繰り返したという浄罪の聖人。真は背中に寒い物を感じていた。


「はい……。このお方こそが、我らアルター教の聖人。浄罪の聖人の遺骸です」


サリカの声には冷たさがあった。これから、この聖人の遺骸をセンシアル王国に運び出すのだ。平和を望むとはいえ、アルター教徒であるサリカが何を思っているのかは容易に想像がつく。


「どうやって運ぶの?」


素朴な疑問を呈してきたのは華凛だった。ミイラなので、それほど重さがあるわけではないが、担いで運ぶのだろうか? 何か布に包んだとしても、ミイラに触りたくはない。


「どうやって運び出すんだ?」


華凛に続いて、真がナジに問いかけた。


「もう時間は残されていません、早く浄罪の聖人を運び出しましょう」


「ん……?」


どこかズレた回答をしているナジを翼が不思議そうに見つめた。どうやって運ぶかを聞いているのに、『早く運び出そう』というとぼけた回答はナジらしくない。


「サリカ、運ぶ準備はあるのか?」


真は仕方なく、サリカの方へと質問を投げる。


「お気遣いは無用です。これがタードカハルのためだと理解しております……」


「……」


全く聞いてもいないことを答えたサリカに真達は顔を顰めた。


「これって、もしかしてさ……、センシアル王国に行く時の御者のおじさんと同じ……」


美月には思い当たることがあり、真の方へと視線を向けた。


「ああ、それだと思う。NPC特有の反応だ。聖人の遺骸の運び方をNPCが答えられないんだろうな」


以前も同じようなことがあった。ウィンジストリアからセンシアル王国に向かう馬車でのことだ。馬車がゲーム化した世界から現実の世界に入って来た時に、『現実世界に入れるのか』と御者に訊いた時にも、ナジやサリカと全く同じ反応を示した。


「えっ、でも、あの時は現実世界のことをNPCがしゃべれないからでしょ? ここはゲーム化した世界の中よ? しかも聞いてることも現実の世界とは関係ないことじゃないの?」


翼もセンシアル王国に向かう馬車のことを思い出していた。だが、あの時とは事情が違う。誰も現実世界のことを聞いてなどいない。


「運び方を聞いて答えることができないんだ。だとしたら、俺達がやる運び方はNPCでは答えられない運び方なんだろう」


「それって、どういう運び方なの?」


真は何やら分かっている様子だが、翼にはまだ分からなかった。


「たぶん、アイテムとして持ち歩くことになるんだろうな。浄罪の聖人の遺骸に触れたら、アイテムとして、所有物に中に入るんだ。そんなことNPCが言えるわけないだろ。あくまで、ゲーム化した世界の住人として、世界観を維持しないといけないからな」


質量を無視して持ち運びできるのが、ゲームのアイテムだ。多少大きな物でも、ゲームだとアイテム欄に入って、持ち運べる。それが人間サイズのミイラだとしても、アイテムとして情報化されてしまえば、重要アイテムというカテゴリーに入るだけで、薬や食料、装備と同じように運べてしまうのだ。


「NPCがゲームのシステムを知っているのもおかしな話ですしね……。ゲームの住人と言っても、自分たちがゲームであることを自覚しているわけではないから、あくまでリアルにその世界に住んでいるという設定が優先されるんですね……」


一早く理解を示したのは彩音だった。おそらく、真が言っている方法で聖人の遺骸を運び出すので間違いないとも思っていた。


「そういうことだ。ゲームによっては、システムにまで言及してくるNPCもいるけど、これはそういうタイプのゲームじゃない」


真はそう言うと、浄罪の聖人が祀られている祭壇に近づいていった。


「ゲームとは分かってても、凄い威圧感だな……」


真の額から汗が流れた。浄罪の聖人の遺骸はゲームの産物であることは間違いのだが、それが発しているオーラは、ビリビリと肌を焦がすようだ。


そもそも、現実の霊廟もただの建築物だ。物質を寄せ集めて形にしたに過ぎない。神は存在しないのだから、その神聖さに慄くこともないはずだ。それでも、人はその神秘性を感じ取ってしまう。それはゲームであっても同じことが言えるのだろうと、真は考えていた。


その時だった――


「動くなッ!!!」


突如、粛然とした聖域に怒声が響く。


「ッ!?」


真達は突然響いた大声にビクッと体を強張らせて、声の方を向いた。


「動くな! 浄罪の聖人の遺骸は我々、アルター真教が預かる!」


声の主は髭を蓄えたがっしりとした体つきの男だった。服装はナジやサリカと同じような麻の服装。手にはシミターを持っている。


その男以外にも、ドタドタと足音を鳴らして、聖域の扉を越えて入ってきていた。その数は数十人。全員が手に武器を持っている。完全に戦闘態勢が整っている状態だ。


「ガドル……貴様、何故ここに!?」


ナジが驚愕に声を上げる。ギリッと歯を食いしばり、怒声を上げた男の名を呼ぶ。


「何故ここにだと? 知れたことよ! 我らが聖人の遺骸を守るのは、アルター教徒の務め! 貴様らの方こそ何故ここにいる? アルター教徒の誇りすら忘れたか! 愚か者ども!」


ガドルと呼ばれた男はさらに怒気を露わにしていた。


「アルター教徒の誇りを忘れたわけではない! ただ……」


サリカが食い下がろうとするが、途中で言葉が止まってしまっていた。ガドルが言っていることがどういうことなのかを理解しているから、言い返せなくなっていた。


「なんだと言うのだ。貴様らはアルター教徒でありながら、その魂をセンシアルに売り渡したのだ! それがどういうことか分かっていないとは言わせないぞ! 貴様らは穢れているのだ!」


サリカが何を思っているのか、それはガドルも分かっていた。分かっていて、そこを攻め込んでいく。サリカにも迷いがあることはお見通しだった。


「うるせえ声だな! 御託はいいから、さっさとかかって来いよ!」


真が大剣を構えて前に出る。アルター真教が妨害に来ることは想定済みだ。どこで襲って来るのかまでは分からないにしても、戦う心づもりはしていた。


「ほう? やるっていうのか? 小娘にしては見上げた根性だ! だが、安心しろ、今回は見逃してやる。貴様らには生き証人になってもらうからな。アルター真教が浄罪の聖人を守ったという生き証人にな!」


ガドルは顎髭に手をやりながら、真の方を値踏みした。かなり余裕のある表情だ。自分が圧倒的に強いと確信てしているからこその表情だ。


「悪いが、こっちは見逃すつもりなんてないんだよ!」


だが、実際には真の方が圧倒的に強い。ガドルの強さは知らないが、知る必要などないくらいの差があるのは確かだ。


「アオイマコト様、ここは退いてください……」


「はぁっ!?」


ナジの言葉に真が驚いて声を上げた。退く必要などない相手だ。ここで、アルター真教の妨害を止められるのだ。


「アルター真教は正教よりも戦闘特化した宗派です。その中でもガドルという男は、手練れ中の手練れです。本物の一騎当千です……。それに、ここに来ている他の連中も、おそらくは、相当な手練れでしょう。数の面でも圧倒的に不利です……。見逃してくれるというのであれば、ここは一旦退きましょう……」


「何言ってんだよ! ここで退いたら、遺骸はどうするんだ?」


信じられないという顔で真が訊き返した。


「それは、後で考えます……。我々がここで殺されてしまえば、対策を考えることもできません……。ですから、お願いします、ここは一旦退いてください……」


苦痛の表情でナジが答えた。ナジにはどうすることもできないのだ。それが酷く悔しいのだろう。その気持ちは伝わってくる。


「倒せるよ、これくらい! 退く必要なんてないんだよ!」


「そうよ! 真君がいるんだから、こんな奴ら相手にもならないわよ!」


真とそれに続いて華凛が声を張り上げた。真さえいれば、敵の数など問題ではない。ガドルという男がどれだけ強いか知らないが、真の足元にも及ばないはずだ。


「お気持ちは分かります! ですが、ここは……」


ナジはなおも真を止めようとする。


「しかし、ナジ。このままでは……」


サリカもナジに意見しようとした。ただ、言葉は詰まり、目線は合わせてこない。


サリカが考えていることは真にも分かる。迷いと屈辱にまみれているのだ。浄罪の聖人がセンシアル王国の手に渡らないかもしれないという期待と、属国であるタードカハルの平和。そして、アルター教徒としての誇り。それらが複雑に入り混じっている。


「ハハハッ! ナジ、貴様は賢い男だな! そうだ、そうやって我々の偉業を後世に伝える役割を果たすんだ!」


ガドルが勝ち誇ったように嗤う。そして、


「全員、浄罪の聖人を運び出せ! グズグズするな!」


部下に浄罪の聖人を運び出すよう命令を下す。ガドルの部下たちは、声に出さず、すぐに命令に従って、祭壇の方へと駆け寄っていった。


「やらせるかよ!」


真が叫びを上げながら、祭壇へと迫るガドルの部下に向かおうとした。だが――


ガンッ!


「ッ痛ってえ!? なんだ!?」


走り出した真を止めたのは見えない壁だった。その壁に勢いよくぶつかってしまったのだ。


「くっそ! なんだよこれ!?」


真がガンガンッと見えない壁を叩く。


「どうしたの……?」


なにやら様子のおかしい真を見て、心配そうに華凛が声を上げる。


「なんか、見えない壁みたいなのがあるんだよ!」


真が顔を顰めながら言う。こんな大事な時に、見えない壁に阻まれて行動が制限されるのはかなり痛い。


「そっちはどうだッ?」


真は後方に控えている美月達に声をかけた。祭壇に向かう方向に見えない壁があるのなら、反対側はどうなのか。


「こっちもダメ!」


指示通り、真とは反対側を美月が試してみたが、同じだった。見えない壁のようのものが行く手を阻んでいる。


「ここも通れません!」


彩音も声を上げた。いつの間にか、見えない壁ができていて、祭壇に近づくどころか、真達がいる一部分だけが閉じ込められた状態にされていた。


「ハハハッ! 殊勝な心掛けだな。そうだ、大人しくしていれば、命までは取らない。貴様らは大事な生き証人なのだからな!」


ガドルは大きな笑い声を上げる。そうしている間にも、ガドルの部下は浄罪の聖人の遺骸を運び、ガドルと共に聖域の外へと向かう。


「おい! 待てッ!」


ガンッガンッと見えない壁を叩きながら、真は叫び声を上げるも、虚しく響くだけ。結局、ガドル率いる、アルター真教の妨害を止めることができず、ただ、見えない壁の中から見送るしかなかった。






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