迷宮 XXV
パキンッ
金属が割れる音が響いた。それは、真が放ったレイジングストライクによって、ヴィルムの仮面が割れた音だった。
「こんな……こんな奴に……私が……私が……敗れるなど……あり……得ない……」
割れた仮面の下から出てきたのは髑髏。ヴィルムの顔に表情はなく、白骨化した頭蓋にある目は、空虚な闇の色。なにも無い、ただ哀れな屍。
「終わりだな……」
真は静かに構えを解いた。もう攻撃スキルは発動させることはできなかった。それは、ヴィルムが攻撃対象ではなくなったから。勝負はついたのだ。
「き、貴様……ごときに……」
ヴィルムの膝がガクッと折れ、そのまま前倒しに倒れる。倒れたその身体からは白い靄が出てきた。敵を倒した時に何かしらのアイテムを落とした場合は、この白い靄に手を翳すことでアイテムを入手することができる。
「真ーッ!」
勝敗が決まり、まず駆け寄ってきたのは美月だった。他の仲間も真の方へと近づいてきている。どうやら、ヴィルムが最後に放った、黄色く光るパネルの爆発で、下に落とされるようなことはなかったようだ。
「もう、終わっ――」
真が最後まで言葉を言い切る前、美月はガシッと真に抱き着いた。思いのほか力強く抱き着かれた真は、少しバランスを崩してしまうほど。
「み、美月……?」
美月の肩が小刻みに震えていることに気が付き、真はどうしていいか分からずにいた。
「馬鹿ッ!」
真の胸に顔を埋めながら、美月が叫ぶ。
「えっ……?」
美月が怒っていることは真にも理解ができた。だが、何に怒っているのかが分からない。
「馬鹿ッ!」
「な、なんだよ……?」
「どうしてあんなことしたのよッ!!!」
美月が顔を上げて真を睨む。目にはいっぱいの涙をため込んで、それでも、泣かないように必死で堪えて、真を見る。
「あんなこと……って?」
真が思い当たることはなかった。おそらく真が取った行動のどれかが、美月を心配させるようなことだったのだろう。
「どうしてあんな無茶なことするのよッ!」
「えっと……、ナイフを避けなかったこと……?」
無茶なことと言われて、最初に思いついたのは、ヴィルムが放った無数のナイフを避けずに突っ込んでいったことだ。傍から見れば無茶なことをしている様にも見えるだろうが、真にとっては大したことではない。
「違うわよ馬鹿ッ! それもだけど、違うわよ!」
涙目の美月が必死で訴えてくる。思いのほか、顔が至近距離まで近づいてきているが、美月は気が付いていない様子だ。それほど美月は必死になっているのだ。
「えっと……」
「黄色の光よ! わざと避けなかったでしょッ!」
まだ分からない真に業を煮やした美月が怒りながら言う。
「あっ……ああ、あれか……」
「あれか、じゃないわよ! 真が落ちそうになった時、本当に心臓が止まったと思ったわよ! どうしてあんなことしたのよ!」
ヴィルムが最後に使った、黄色く光るパネル。真のすぐ横のパネルが黄色く発光したが、真が位置を決めた場所は確実に穴へ落とされる場所だった。それは、離れたところから見ていた美月にも分かった。
だから、黄色く光るパネルが爆発を放た時に、美月は真が奈落の底に落とされると直感した。心臓が激しく跳ね上がり、頭が真っ白になった。だが、真は次の瞬間には、吹き飛ばされながらレイジングストライクで反撃を仕掛けていた。
その時に美月は気が付いたのだ。真はわざと落ちる場所にいたんだと。
「あいつの裏をかかないと倒すのに時間がかかるから……。ああすれば引っかかると思ったんだよ」
至近距離から見つめてくる美月を直視できないまま、真が答える。
ヴィルムは戦闘技術が高く、回避能力も優れている。単純な攻撃は簡単に避けられてしまうので、何とか敵に裏をかいて奇襲することが有効な手段だった。
それに、ヴィルムを倒すのに時間をかけていては、また厄介な攻撃を仕掛けてくるに違いない。そうなると、危険度も増していくため、早く倒すための手段は選んでいられなかったのだ。
「だからってあんな無茶なことしないでよ!」
「いや、それほど無茶なことは……」
していないのだが、それを言っても美月は怒るだけだ。黄色く光るパネルが出た時、真は安全地帯がどこかもすぐに判断することができていた。だが、咄嗟にわざと落とされることを思いついた。後は爆発のタイミングに合わせてレイジングストライクを発動させるだけ。ゲームのスキルは、そこに踏ん張る足場があろうがなかろうが、敵が射程内にいれば物理法則を無視して発動する。完全に狙った行動なのだ。
「……すまない」
結局、真は謝ることにした。美月に対してはそれ以外に方法はない。真は美月の泣き顔にはめっぽう弱かった。
「…………」
美月は、なおも真の目を見続ける。真もどうしていいか分からないといった表情をしている。
「まあまあ、真田さん。それくらいでいいじゃないか。蒼井君も反省しているようだしさ」
声をかけてきたのは悟だった。悟も美月が言っていることの意味はよく分かっているが、真からしてみれば何も無茶なことはしていないということも分かっていた。ここは第三者が入って、取りあえず治めるのがいいだろうと判断した。
「…………」
だが、悟の言葉を聞いているのか聞いていないのか、美月は真の方を見たままである。
「真田、もういいだろ。悟の言う通りだ。それに、ミッションはまだ終わっていない。こんなところにいつまでいるつもりだ?」
続いて姫子が声をかける。姫子も真が死んだと思ったが、どうやらそれは狙ってやった行動らしい。凄いを通り越して呆れるしかない。
「……はい」
美月は一言返事をし、すっと真から離れる。完全に納得したというわけではないが、姫子の言う通り、今はまだミッションの最中なのだ。状況を弁えないといけない。
「ねえ、何か出たんでしょ? 取るわよ?」
一部始終を傍観していた、咲良が近寄ってきた。ヴィルムの身体からは未だに白い靄が立っている。何かアイテムを落としているのだから、戦利品として持ち帰るべきだ。咲良は誰の返事も待たずに、白い靄に手を翳した。
『イルミナガーディアン マジックワンド』
『イルミナガーディアン プレートメイル』
『イルミナガーディアン プロテクトリング』
「ソーサラー用のワンドとパラディン、ダークナイト用の鎧とリングね」
自分の使える装備が出なかったことに少し残念な表情を浮かべて咲良が報告してきた。
「ワンドは八神が使え。鎧とリングはこっちでもらう」
報告を聞いた姫子が言う。配分としてはこれ以外にないだろう。
「それでいいよ」
真も異論はなかった。出た装備を使える人がもらうのは当然のこと。できれば、防具もフォーチュンキャットの誰かが使える物が欲しかったが、武器がもらえるだけでも収穫だ。
他のメンバーも配分については文句ない――のだが、ただ、一人、別のことでモヤモヤとしている者がいた。
「…………」
華凛が真の方を見ながらムズムズとしている。だが、何も言わないし、真の方にも行こうとしない。真も美月のことやアイテムのことに意識がいっており、華凛の方は見ていなかった。
そんな、華凛に椿姫がそっと寄って、声をかける。
「話がややこしくなるから、今は我慢してね」
「ええっ!? な、なによ! べ、ベ別に、我慢することなんてないし!」
椿姫に言われて、華凛が慌てて反論をする。
「蒼井君に抱き着きたいんでしょ? 心配したのは皆同じだからね」
「ッ!? そ、そんな、そんなことないし!」
華凛は耳まで真っ赤にしていた。椿姫が言ったことは完全に図星だった。華凛も真が本当に死んでしまうのではないかと思った。その時、華凛の心臓は本当に停止したのではないかと思ったくらいだ。
だから、戦いが終わって、真が生きていて、嬉しかった。すごく嬉しかったのだが、駆け寄って抱き着けない。抱き着きたいが、難儀な華凛の性格上、本当に好きな相手に素直な感情を表現することはできない。
「咲良だったら、紫藤さんに飛びつくんだけどね」
その後、簡単にあしらわれて終わるんだけどね。とは言わず、椿姫は華凛の方を面白そうに見る。
「あいつのことなんか関係ないでしょ……」
犬猿の仲の咲良を引き合いに出されて、華凛がムッとした表情を返す。確かに、咲良なら素直に感情を表現して、ぶつかっていくのだろう。それは時として羨ましいと思うこともある。
華凛がそんなことを思っている中、突然視界が暗転した。
ワープする時に起こる暗転現象だ。ここは出口のない部屋だ。ヴィルムを倒してアイテムを手に入れたのであれば、もうここに用はない。
強制的にワープが発動し、真達は別の場所へ飛ばされた。




