迷宮 XVIII
広い広い地下貯水施設。そのコンクリートの床で姫子や悟、美月、椿姫たちは、腰から根が生えているのではないかと思えるほど、沈むように座り込んでいた。
戦闘による疲労は非常に大きい。体力が増強されているゲーム化した世界でも、激しい戦闘の後は疲労困憊になる。普段の狩りでも、長時間歩いた後にモンスターと何度も戦闘を繰り返す。これを一日中やるわけだから、疲労を回復させるというのは世界がゲーム化したとしても重要なことに変わりはない。
ただ一人、立って辺りを警戒しているのは真だ。仲間たちは激闘による疲労を回復させている最中。もし、先ほどのキマイラのような敵が来た時、余裕のある真が、すぐに対処できるようにしている。本当は偵察に行きたいところなのだが、それをやって落とし穴に落ちてしまったという経過があるため、動かずに警護することにした。
「ねぇ、真はどうやってここまで来たの?」
どれくらい休憩しただろうか。キマイラの襲撃以降は何も襲ってこないまま時が過ぎていた。そんな中、美月が真に話しかけた。
「え? ああ、どこから話せばいいかな?」
「落とし穴に落ちた後から全部でいいんじゃないの?」
翼が思案している真に対して言う。翼も真が落とし穴に落ちてからどうなったのかは気になっていた。
「そうだな……。落とし穴の先は地底湖になってて、俺は水の中に落ちたんだよ……。それで、そこに甲冑魚がいたから倒して、その後は一本道だったな……。なんか全然違う方向に進んでるから、合流できるか疑問だったけど、しばらくしたらこの貯水施設に出たんだよ。そしたら、戦ってる音が聞こえてきたからさ、急いでそっちに行ったら皆がいたっていうわけだ」
「えっと、甲冑魚ってシルル紀からデボン紀にかけて生息していたっていう、あの甲冑魚ですか?」
甲冑魚という名詞が出てきて、彩音が真に質問をした。
「その甲冑魚だ。ってか、彩音詳しいな」
「ええ、まぁ、授業で習ったので。インパクトが強かったのでよく覚えてるんです。かなり大きな肉食魚類だったとか……」
「たしかに、でかかったな……」
真は思い出してもゾッとする。余裕で勝てるが、動きに制限のかかる水中で、鋭い歯を持った巨大肉食魚類に襲われる体験と言うのは歓迎できるものではない。
「どれくらいの大きさなの?」
ふと疑問に思った華凛が訊いてきた。
「7~8メートルくらいあったかな?」
「なッ、7メートルから……そんなに……」
華凛は真の返答に驚愕の色を隠せなかった。甲冑魚というものを華凛は知らないので、そこまで大きなものだとは思ってもいなかった。
「あんた、それを話の中でサラッと流してたわよね……」
若干呆れた表情で翼が言う。7~8メートルほどの大きさの肉食魚類といえば、映画に出てくるレベルの人喰い鮫だ。実際に存在する世界最大のホホジロザメでも6メートルほど。
「いや、結構焦ったんだぞ! 水中だったから機動力では圧倒的に負けてるし!」
「強かったの?」
これは美月が訊いた。その巨大な甲冑魚は真の敵になり得るほどだったのかどうか。
「いや……雑魚だった」
「そうでしょうね」
若干呆れた顔のまま翼が嘆息する。水中で襲われたにも関わらず、真の評価は『雑魚』だった。相手がどれほどの強さを持っていたのかは翼には分からないが、自分との力の差を感じて溜息が出るしかない。
「他は大丈夫だった?」
美月が質問を続けた。真の話の中で登場した敵は甲冑魚だけ。ここまでの道中、他に遭遇したモンスターはいないのだろうか。
「ああ、そうだな。他に目立った奴は、サイクロプスがいたくらいだな」
そういえばそんな奴がいたな、というような感じで真が応える。サイクロプスは目立ちはしたが、同じフィールドで戦える分、甲冑魚よりも楽だったから印象も薄い。
「サイクロプスって?」
聞きなれない単語に華凛が質問をする。
「一つ目の巨人だ。たしか、ギリシャ神話に出てくる奴」
ゲームに登場するサイクロプスは馴染みがあるが、元ネタを聞かれると真も詳しくは説明できない。
「そっちの方が甲冑魚よりインパクト強いでしょうが! なんでスルーしてるのよ!」
思わず翼が声を上げた。確かに巨大な甲冑魚が襲ってきたというのも強い印象を受けるが、一つ目の巨人など、もっと強く記憶に残っているはずだ。それなのに真は今思い出したくらいの感覚で言っている。
「いや、サイクロプスは本当に見た目だけっていうか、弱かったから」
真がここまで来る経緯について、サイクロプスのことをスルーした理由。単に雑魚だったから。
「蒼井君……。そのサイクロプスとさっきのキマイラ……。どっちが強かった?」
これは椿姫だ。真から見て、さきほどのキマイラはどれくらいの位置づけになるのか。それを知りたかった。
「う~ん……。そうだな……。サイクロプスは無傷で倒したから攻撃力はよく分からないけど……。攻撃を避けにくいっていう点を考えれば、厄介なのはキマイラの方だろうな」
真からしてみれば、単純な攻撃しかしてこなかったサイクロプスは生命力が多いだけの雑魚だった。それに比べてキマイラの方は獅子と山羊の連携攻撃があり、初見では対応しきれないところがあった。純粋な強さだけでいえば、どちらも似たようなものだろう。
「そうか……。蒼井君からしてみれば、どっちも大差はないんだね……」
真の口ぶりから察するに、弱かったと言っていたサイクロプスと比べても、キマイラは攻撃が避けにくい程度にしか感じられないのだ。
真の強さはどれくらいなのか。椿姫はそれをずっと考えていた。真は自分の武勇伝を殊更に主張して話すようなタイプではない。むしろその逆で、注目されるのが苦手なところがあり、言わなかったりする傾向ある。ただ、訊かれれば正直に答えるため、その強さの片鱗は見えてしまう。
紫藤総志の強さを100とした場合、真の強さを数値化するとどれくらいになるのか。それを椿姫はこのミッションで見極めたいと思っていたのだが、真と対等に戦える敵がいないため測りようがない。
前のミッションで戦った、シルディアやルフィールも純粋な戦闘能力だけでいえば真の強さを測る材料にもならない。人を氷に変える特殊な攻撃を持っていたから、真を追い詰められただけなのだ。
「総志様がいれば、キマイラなんか相手にもなってないわよ……」
真の強さばかりの話題になっていたのが面白くない。そこまで大きな声を出したつもりではなかったのだが、咲良の呟きは意外と地下貯水施設に広がった。ここにいないだけで、総志がいれば、キマイラに苦戦を強いられることはなかったと主張したかった。
「実際にはどうなんだ? あたしは紫藤さんの強さっていうのを直に見たわけじゃないけど、ゴ・ダ砂漠の英雄なんだろ? あたしと紫藤さんの両方を知ってる奴に訊いても、最強は紫藤さんで間違いないって言うしな。それに、紫藤さんよりも強い人の候補も聞いたことがない。対抗馬すらいないのがあの人なんだよ」
咲良の呟きを聞いて、姫子が思っていたことを口にする。もし、真ではなく総志がミッションに参加していたとしたら。先の戦いはどうなっていたのだろうか。
「実際もなにも、私が言った通りです! 総志様がいれば――」
「かなり苦戦していたと思います」
咲良が言い切る前に、椿姫が言葉を重ねてきた。
「椿姫さんッ!」
言葉を遮られた咲良が椿姫の方を睨んだ。年上で何かと世話になっている椿姫なのだが、総志のことに関しては譲れないところがある。
「苦戦していたか……。勝てないとは言わないんだな?」
姫子が椿姫の顔を見ながら言う。椿姫の表情は複雑なものだった。自らのリーダーが真よりも弱いと認める発言だ。こんな表情にもなるだろう。
「はい……。苦戦はしますが、紫藤さんがいれば、あのキマイラにも勝てます!」
椿姫もどちらかと言えば、紫藤総志を信奉していると言ってもいいくらいだ。それは、ゴ・ダ砂漠で実際にその強さを実感しているから。単なる戦闘能力だけではない、知性や判断力、人間としての強さを目の当たりにしたからだ。それでも、冷静かつ中立的に判断して、総志がいれば苦戦はするが勝てるという結論に至った。
「なるほどな……。分かった。この話はこれで終わりにしよう。蒼井がなんともいえない顔になってるからな」
姫子はどう反応していいか分からないといった表情の真を見ながら揶揄うような笑みで言う。
「べ、別に俺は……」
事実、真はどう反応していいか分からなかった。自分の強さを主張するのも恥ずかしいし、総志に対する絶対的な信頼を置いている『ライオンハート』の椿姫と咲良もいる。そうなると、真から口を開くことはできなくなる。
「ああ、別にお前が気にすることじゃない。それにミッションに参加しているのは紫藤さんじゃなくて、蒼井だ。ここにいない人のことを言っても仕方ないことだ」
姫子はそう言うと再び休息に入った。余計なことを気にするな、今は目先のミッションのことに集中しろと言いたいのだろう。
(あんたが訊いたんだろ……)
真は口には出さずに独り言ちた。総志がここに居たらどうなっていたのかと質問をしたのは他でもない姫子だ。それがなかったかのような態度で終わっている。
ふと、悟の方を見ると苦笑しているのが分かった。『王龍』はこのサブマスターがいてこそのギルドなのだろう。日頃の悟の苦労が伺える。現状で第二位の勢力を誇るギルドのサブマスターはやはり優秀だ。変態だが、悟がいてこそ、姫子という神輿を担げるのだろう。
真はそんなことを思いながら、再び警護にあたった。




