迷宮 Ⅻ
鎧の像はなおも姫子に斬撃を加えてきた。相変わらず予備動作があり、大振りで隙も大きいが、姫子は反撃よりも防御に専念していた。防御に専念させられていたと言った方が正確だろうか。鎧の像から繰り出される剛剣を目の当たりにすればカウンターを狙うことを躊躇してしまう。もし、当たってしまったらと想像すると、一歩が前に出にくくなる。
「やああーーッ!」
<ストロングアタック>
そんな相手にも声を張り上げて攻撃してきたのは椿姫だった。鎧の像の側面から近づきバトルスタッフを叩きつける。
<シューティングスター>
椿姫は止まらずにバトルスタッフを高く掲げると、一気に振り下ろした。同時に見えない衝撃が鎧の像の頭上からぶつかる。
<ブルクラッシュ>
さらにバトルスタッフを振りかざすと、鎧の像に大きな物がぶつかったような強烈な衝撃が襲い掛かった。
「分かってたことだけど、全然効いてる様子ないわね……」
鎧の像は攻撃を受けても椿姫の方には見向きもしない。姫子が敵のターゲットをしっかりと取っているのだから、歓迎すべきことなのだが、何の反応もないというのは、何度戦いを経験していても違和感が残る。
「そういう奴なんだから仕方ないですよ! それより、椿姫さん、バトルソングお願いします!」
咲良が鎧の像の背後に回り込んで短剣を構える。
「分かってるって」
椿姫が前に来ているのは、エンハンサーのスキルであるバトルソングを前衛に届けるためだ。バトルソングはエンハンサーを中心に広がる範囲支援スキル。その効果範囲内に仲間がいないと効果が発揮されないが、攻撃力を高める効果があるため、重要なスキルだ。
椿姫を中心にバトルソングの効果が発揮されると、咲良はすかさず攻撃を開始した。
<シャープエッジ>
咲良は音もなく背後から短剣を突き刺す。シャープエッジはアサシンが使える基本的な攻撃スキルだ。ここから様々なスキルに派生していく。
<ウィンドエッジ>
逆手に持った短剣を斜め上に振りかざすと風の刃が鎧の像に纏わりついた。ウィンドエッジはシープエッジから派生する二段目の連続攻撃スキル。モータルブローとは別ルートの連続攻撃だ。その特徴は単発のダメージに加えて一定時間継続的なダメージを与えるというもの。
<ライトニングピアス>
息もつかさず、短剣を順手に持ち替えると紫電が迸り、瞬く稲妻のような刺突が鎧の像に突き刺さる。
ライトニングピアスはシャープエッジから派生する連続攻撃スキルの三段目だ。強力な攻撃力に加えて継続的なダメージも与える。さらにはスタン効果もあるのだが、巨大な鎧の像には効いていないようだった。
「お前ら、前に出過ぎるな!」
勇猛果敢に突撃してきた椿姫と咲良。それを見て姫子が声を上げた。相手は強烈な一撃を持った敵だ。しかも、ただのモンスターではなく、達人ともいえる技のキレを持っている。そんな相手に迂闊に近づけさせるわけにはいかない。
「大丈夫です! 私達だって潜り抜けた修羅場の数では負けません!」
手を休めることなく椿姫が返事を返した。『ライオンハート』の精鋭として、戦闘専門の部隊に所属している。それでも今まで生き残ってきたのだ。これしきの壁にぶつかったところで身を引くなど考えられない。
「そうですよ、それに私達は『ライオンハート』の看板を背負ってるんで。総志様の顔に泥を塗るわけにはいかないんですよ!」
小柄な咲良の姿は鎧の像に阻まれて姫子からは見えないが、はっきりとした声が返ってきた。
「そうだったな……。お前らは『ライオンハート』だったな」
何物にも屈しない強い心。恐怖を知らないわけではない。恐怖を知っていてもなお立ち向かえる獅子の心。それが最強のギルドの精鋭だ。敵の強烈な攻撃に足を下げてしまった姫子は自分が情けなくなった。それと同時に力が芽生える。
「だったら、あたしらに負けんなよライオンハートッ!」
姫子は自信を奮い立たせるように叫ぶと、鎧の像の剛撃を直前で躱した。手に持った剣を再び強く握り直すと、今までのお返しとばかりに連続攻撃スキルを叩きつける。
だが、鎧の像もそれだけでは倒れない。なおも烈烈とした斬撃を繰り出してくる。ブンッと空気を切り裂く音が姫子の耳の横で鳴る。それでも、姫子はしっかりと動きを見据えて反撃を繰り出していく。
「赤峰さん! 私達もやれます! 真がいなくても、私達だって負けません!」
姫子の声に呼応するようにして美月が叫んだ。真がいないことに対する不安を払拭するかのうように叫ぶ。今は真がいてくれるという心の支えがない。それは試練なのかもしれない。真に付いていくことで強くなろうとしたが、結局は真に頼りっぱなしだ。ここで何もできなければ今まで真に付いていった意味がない。
だから、『フォーチュンキャット』のメンバーも負けじと遠距離から攻撃を放つ。彩音の魔法が、翼の矢が、華凛の精霊が豪雨のように鎧の像へと向けて降り注ぐ。
美月も傷ついた姫子を懸命に回復していた。盾で斬撃を防いでもダメージはある。直撃でないだけましだが、それでも傷ついていることは変わりない。
「いけるぞ! 押せーッ!」
士気が高揚している今が好機と見た姫子が雄叫びを上げた。さらなる猛攻を加えるべく指示を出した。
ところが、鎧の像は急に動きを止めると、後方に跳躍。部屋の奥への方へと移動した。
「どうした? 良いところに水を差しやがってッ!」
勢いづいたところに肩透かしを食らって姫子が怪訝そうな表情を浮かべる。この流れを止めるのは良くないと判断し、鎧の像を追って部屋の奥に行こうと走り出した時だった。
「姫、待ってください!」
「なんだよ、悟!?」
またもや水を差されたことに苛立ちを隠せない姫子が悟の方を睨む。
「増援です」
「なに!?」
再び姫子が鎧の像へと視線を向けると、部屋の奥の方から黒い靄が立ち込めていた。その靄はすぐに形を成して、兵士の姿になった。
真っ黒の肌と紫色に光る眼。変色した銀色の鎧とハルバート。大きさは成人男性と同じくらい。それが8体現れた。
「ここで敵の増援かよ……。仕方ない、悟、雑魚は任せたぞ!」
「了解しました!」
姫子は状況を理解すると、すぐさま判断を下す。複数の敵を同時に相手にするのはパラディンである姫子の方が得意だ。だが、もうすでに鎧の像の標的は姫子に固まってしまっている。雑魚とボス格を同時に相手にすることは危険すぎる。だから、複数の雑魚は悟に任せるしかなかった。
そして、鎧の像と新手の兵士達は態勢を整えると再び姫子に向かって突撃してきた。
「君たちの相手は僕ですよ!」
<マリスヴォーテクス>
一直線に姫子へと向かって行く兵士に悟がスキルを放つ。足元からどす黒い渦が発生すると、鎧の像ごと巻き込んだ。
すると、新手の兵士達は悟へと標的を変える。鎧の像は姫子に向かったままだ。鎧の像の敵対心は姫子が圧倒的に高い。悟がマリスヴォーテクスを一発入れたところで、標的が変わるようなこともなく、兵士の標的だけを悟に向けさせたのだ。
<ガーディアンソウル>
続けて悟は防御スキルを発動させる。パラディンとダークナイトが共通して使用できるガーディアンソウル。防御力を高めると同時に攻撃スキルに敵対心を高める効果が付与される。
<リフレクトアーマー>
さらに悟はダークナイトの固有スキルであるリフレクトアーマーを展開した。リフレクトアーマーは防御力を上げるだけでなく、敵の攻撃の一部を反射する特性を持っている。
より自己防御スキルの豊富なパラディンの方が集団戦には向いていると言われているが、ダークナイトが集団を相手にできないわけではない。パラディンに劣るだけで、十分集団戦の盾になりうるポテンシャルを持っている。
<アクスストライク>
悟は新手の兵士から一体を標的にして片手斧を叩きつけた。アクスストライクはダークナイトの基本スキルだ。
<ブラックアクス>
続けざまに片手斧を振り下ろす。ブラックアクスはアクスストライクから続く連続攻撃スキルの二段目。ダメージを与えるとともに、敵の命中率を下げる効果がある。
<ブラッドレイジ>
さらに手を休めることなく、斧を振りかざす。ダークナイトの連続攻撃スキルの三段目、ブラッドレイジは攻撃に加えて敵の生命力を吸収する。攻撃と同時にダークナイト自らを回復することができるスキルだ。
一対一ならパラディンよりもダークナイトの方が優れていると言われるのはこのスキルによるところが大きい。敵を弱体させつつ、攻撃と回復を同時に行えるのがダークナイトの強みだ。
「雑魚から片づけろ!」
戦況が固まったことを確認して姫子が指示を飛ばした。ダークナイトは複数を相手にするのが得意ではないにしても悟なら問題ない。実力を考えれば、そこらのパラディンよりもよっぽど複数相手に戦える。それに、いつまでも雑魚を放置しておくと、ヒールが二分されてしまう。さっさと雑魚を処理してしまった方が戦いが安定するのだ。




