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迷宮 Ⅴ

「開けるぞ……」


迷っていても選択肢は一つしかない。罠があることが分かっていても、進まないといけない。姫子は木製の扉についている金具に手をかけてゆっくりと引いた。


ギギギと扉と壁が擦れる音が下水道に響く。


開かれた扉の先には石畳が敷かれた大きな部屋があった。かなり年代が経っているようで、乾いた黄土色の石畳はところどころ風化している。


天井も同じ石材で造られているようで、こちらも風化が激しく、時折、細かい砂が落ちてきていた。


そして、部屋の奥には大きな木の扉がある。よく見ると扉の上には台座があり、天秤が台座の上に置かれている。ただ、それだけがある朽ちた石の部屋。


「あたしが中を確認してくる。いいと言うまでここで待機だ」


緊張した声だが、力の籠った声で姫子が言う。


「は、はい……」


返事をしたのは椿姫だ。見える範囲には何もない。石畳の部屋と奥にある扉とその上にある天秤。こういう何もないようなところが一番嫌だ。何に警戒をしていいのか分からない。


「ふぅ……」


一度呼吸を整えてから、姫子は一歩を踏み出した。周囲に注意を張りながら、少しずつではあるが、確実に歩みを進める。


「……ん? これは天秤の絵か……」


部屋の中央に差し掛かったところで、床に大きな天秤の絵が描かれていることに気が付いた。大きさは10メートルくらいあるだろうか。大きな天秤の画だが床の石材を掘って描かれているため、遠目では分からなかったのだ。傾いた大きな天秤の絵。片方には土なのか砂なのか分からないが、何かが山のように乗っており、もう片方は何も乗っていない天秤の絵。


その絵が何を意味しているのか今は分からない。とりあえず、何も起こらないので、姫子はそのまま奥へと進み出口の扉の前まで来る。


「開いて……くれるわけがねえよな」


扉に手をかけて引いてみるが扉はびくともしない。押してみても、横にスライドさせても一切動かない。扉は硬く閉ざされたままだ。


「仕方ねえな……。こういう頭を使うのは苦手なんだよ……。悟に任せるか」


どういう仕掛けになっているのか分からないが、どうやら扉の上に置いてある天秤と床に描かれた天秤が関係しているのだろう。その仕掛けを解かないと扉が開かない。頭を使う作業はサブマスターの悟の役目。変態でも頭は良いので、期待はできる。


「大丈夫だー! みんなも中に入ってくれ」


扉が開かないということ以外は特に何もなかった。安全を確認できたので、入口で待機させているメンバーを呼ぶ。


姫子の呼び声にすぐ入ってきたのは真だった。真も部屋の中央にある巨大な天秤の絵に気が付き、扉の上の天秤と見比べている。後続も真が何かに気が付いたのを見て、同様の反応をしていた。


「悟、これが何か分かるか?」


部屋の中央に戻ってきた姫子がさっそく悟に問う。


「えっと……。奥の扉は開かないんですよね?」


姫子の様子を一部始終見ていた悟が尋ねる。奥の扉の前で必死で開こうとしていたが、びくともしていなかった。


「そうだ。たぶんだけど、この絵と扉の上にある天秤は関係してるんだと思う」


「天秤ですから、何かを測るんだと思いますよ……。それか、両方の皿が釣り合うようにするとか……」


悟も床に描かれた天秤の絵は気になっていた。意味もなくこんなところに天秤の絵を描くとは考えられない。何かしら謎を解く鍵がこの大きな天秤の絵と扉の上にある天秤なのだ。


「絵の天秤でどうやって測るんだよ? それともあれか、扉の上の天秤を使うのか?」


姫子はそんな分かり切ったことを聞きたかったわけでない。一般的な天秤の用途くらい姫子でも知っている。


「絵に乗るんじゃないですか? ほら、何か山積みに乗っている皿と、何も乗ってない皿があるでしょ。何も乗っていない方に僕らが乗れば、釣り合って、扉が開くとか」


「絵だぞ?」


「絵がスイッチになってるんですよ。たぶん……」


おそらく言っていることは当たっていると思うが、悟には確信がない。だが、他に考えられるものはない。大きさも人が複数乗るには十分な大きさで天秤は描かれている。


「たぶんかよ……」


今一つはっきりしない悟の言い方に姫子は不満を覚える。物事は白黒はっきりとさせたい性格だ。


「天秤の絵がスイッチていうのは当たってると思う」


悟の意見を後押したのは真だった。悟が姫子の質問に答えている間も真は考えていた。考えた結果として、悟が出した結論と同じ。何も乗っていない方の天秤の絵の上に人が乗って、天秤を傾けると扉が開くという仕掛けだと推論していた。


「私も絵の上に乗るのが正解だと思います」


続いて意見を出したのは美月だった。ゲームの知識を問われるものは美月も分かりにくいが、天秤は理科の授業でも使ったことがある。さっきから言っているように、重さを測る以外に用途はないのだから、何も乗っていないところに人が乗るというのは当然の発想だった。


「そうか。それなら、全員で空いてる皿の絵の上に乗るぞ」


姫子が他のメンバーを見渡す。どうやら全員納得しているようで、素直に首肯した。


「よし、あたしの後に続いて絵に乗れ」


姫子はそう言うと床に描かれた巨大天秤の上を歩き出した。立ち止まった場所は何も乗っていない皿の絵の上。皿の大きさは約3メートルといったところ。


「全員乗るのはさすがに狭くないですか?」


皆が絵の上に乗り出したのを見ながら咲良が言った。大きな天秤の絵であるが、乗るのは薄い皿の上。平面に描かれているため、奥行きがなく、皿の上に乗ろうと思えば一列に並ばないといけない。


「いや、多少はみ出しても大丈夫だ。よく見てみろ、この皿の絵は一枚のパネルの上に描かれてる。おそらく、このパネルの上だったらセーフだ」


咲良の疑問に答えたのは真だった。平面に描かれた皿は横から見たものになる。そのため、細長くなっているが、その周りをよく見ると、正方形の大きなパネルの上に描かれていることが分かる。大きさにして4メートル四方ほど。この上だったら皿の上に乗っているという判定になるのだろう。


「本当に……?」


真に言われて咲良は不満気な表情で返した。真の言ったことはすぐに理解し、それで間違いないと思ったのだが、それはそれで悔しい。総志に認められた真に対してはどうしても嫉妬が邪魔をして素直に従えない。


そうは言いつつも咲良は皿の上から少しはみ出したところで待機した。


そして、最後に華凛が天秤の皿が描かれたパネルに乗る。


「…………」


全員が黙って扉の方へと視線を向ける。数秒の沈黙が部屋を支配するが、何も起こらない。


「ちょっと!? 開かないじゃない! やっぱり皿の上にきちんと乗ら――」


咲良が真に向かって文句を言った時だった。


バタンッ!


入口の扉が大きな音を立てて閉まった。突然の大きな音に全員がビクッと反応をする。そして、次の瞬間、


ガコッ!?


天井から何かが外れるような音がした。


今度はその音に全員の意識が天井に向けられる。


ゴゴゴゴゴゴゴ


床と同じ石材でできた天井が大きな振動音を発しながらゆっくりと下がってきた。風化して脆くなった石材からはボロボロと砂が落ちてくる。


「て、天井……天井が……ッ!?」


美月が信じられないものを見ているかのように目を見開いている。状況はすぐに理解した。罠が発動したのだ。


「扉は!」


姫子が叫んだ。姫子も今の状況はすぐに理解できた。


「あ、あ、開いてませんッ!」


悲鳴のような彩音の声が響く。扉を開くために天秤の絵の仕掛けを解く必要があった。だから、絵の上に乗ったのだが、扉は開く気配もない。それどころか、なぜか天井が下がってきている。古いボロボロになった石材の天井だが、人を押し潰すだけの重さは十分にあるだろう。


「おい! 乗ったら開くんじゃねえのかッ!?」


姫子が悟を怒鳴りつけた。入口の扉も閉まり、出口の扉も開いていない。完全に閉じ込められたうえに、天井が下りてきている。


「いや、ほ、他に思いあたることはありませんよッ!」


悟にしては珍しく慌てて弁明している。姫子にどやされてもいつも飄々としている悟だが、この時ばかりは状況がまずい。


「ね、ねえ、どうするのッ!? 降りた方がいいの?」


どうしていいか分からず華凛が半分パニックになっていた。絵の上から降りていいのか降りない方がいいのか、それも判断できない。


「仕掛けが発動したんだ、絵の上に乗ったことに間違いはない! 扉を開くためにはまだ何かやらないといけないことがあるんだ!」


真の経験上、RPGでこういう罠が発動すると、なにかしらの抜け道があり、その抜け道を通るのが正解のルートとなる。だから、まだ何かやらないといけないことがあるはずだ。だが、それが何なのか分からない。


「あ、あれ、なにッ!? なんかこっちに来てる!」


翼はパニックになりそうなのを全力で抑えながら指をさした。その方向に目をやると白い半透明の人影が近づいて来ていた。


「ゆ、幽霊ッ!?」


悲鳴にも似た美月の声が響く。最初はぼんやりとした白い人影だったが、だんだんその姿が現れてくる。手にはシミターと丸盾。肌の露出が多い鎧を纏った幽霊が近づいてきていた。


「こっちからも来てるッ!?」


別の方からも現れた幽霊を発見したのは椿姫だった。最初に現れた幽霊と同様、最初は白くぼやけた人影だったが、今は半透明だが、戦士の姿を見せている。


「こっちにもいるぞ! くそッ! どんどん出てきやがった!」


真も新たに出現した幽霊を見つけていた。そして、その幽霊の数はどんどんと増えていっている。何もない空間からぼやけた白い人影が現れては徐々に形を明確にして、最終的には戦士の幽霊の姿になって近づいて来る。それが、部屋のいたる所で発生していた。




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