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鋼鉄蟹 Ⅲ

        1


巻き上がる水竜巻と噴出する地獄の業火。真が放ったイラプションブレイクは大地の怒りを爆発させたかのように燃え上がり、轟音を響かせて水竜巻と激しくぶつかり合う。


無秩序にばら撒かれるエネルギーの奔流が、静かだった滝つぼをぐしゃぐしゃにかき乱す。


巨大なフルメタル ザガドの身体をも飲み込むその灼熱の大炎は、ほどなくして、渦巻く竜巻と対消滅をするようにして消えた。


残されたのは動かなくなったフルメタル ザガドの遺骸。事切れた巨大なカニの身体は、まるで岩のように水辺に沈み込んで動かない。そして、その身体からは白い靄が沸き立っている。


モンスターを倒して時に出る靄だ。この靄に手を翳すと、そのモンスターが落としたアイテムを入手することができる。


真はその靄に手を翳すことはなく、やってくる人影を待った。


「おいッ! どういうつもりだ!」


真が予想していた通り、怒りの籠った赤峰の声がぶつけられた。最初に会った時から赤峰という女性は怒っていたような気がするが、今はさらに怒りのゲージが高い。


「いきなりのことだったから、他に方法が思いつかなかった……」


真は巨大な水竜巻と化したフルメタル ザガドに突撃した。それは傍から見たら相当危険な行為だっただろう。だが、あの時は『王龍』のメンバーが狙われており、回避できるかどうか分からないという状況にあった。だから、真が飛び込んで注意を引き付けた。


「それだけじゃねえよッ! 最初に言ったよな? あたしの指示に従ってもらうって! お前、全然あたしの指示を聞いてないじゃないかッ!」


怒り心頭の赤峰はさらに怒声をまき散らす。最初に真がフルメタル ザガドに狙われた時も赤峰に代わらずに攻撃を続けていたし、その後も戻れと言っても戻って来なかった。


「い、いや……。あの状況じゃ無理……」


「お前が乱したからそうなったんだろうがッ!」


真の言い訳など聞く耳持たないというように赤峰は声を荒げている。ここは謝っておけばそれでまるく治まるところなのだが、真はそれほど器用に立ち回ることはできず、反論して火に油を注いでいる。


「まあまあ、姫。それくらいにしておきましょうよ」


「なッ!? あ、あたしを姫って呼ぶんじゃねえよ!」


怒鳴り散らしている赤峰に声をかけてきたのはサブマスターの悟だった。 


「姫……?」


赤峰が姫と呼ばれたことに真は訝し気な表情で訊き返した。たしかに赤峰は奇麗な方だが、年齢と容姿から見て女王と言った方が適切に思える。


「赤峰 姫子さん。僕たちのマスターであり姫でもある人だよ」


「悟、てめえ、コラーッ!!! 何勝手に人の名前ばらしてんだ!?」


唐突に自分の名前をばらされたことに赤峰 姫子が怒鳴る。怒りによるものなのか、恥じらいによるものなのか分からないが、顔が真っ赤だ。それに加え、怒りの矛先が真から悟に移っている。


「姫子さんって言うんですか。可愛い名前じゃないですか」


姫子という名前を聞いた翼が言った。戦闘が終わり、真が姫子に怒鳴られているのを見て、美月達は悟と一緒に駆け寄ってきたのだ。


「か、可愛い名前だから呼ばれたくないんだよッ!」


歯をギリギリと鳴らしながら姫子が答える。


「嫌なら改名すればいいじゃない」


翼と並んで恐れを知らぬ華凛が呟いた。その言葉に美月と彩音が、ぎょっとして華凛の方を見るが、当の華凛は気にもしていない。


「親が付けてくれた名前を変えられるわけねえだろッ!」


姫子という名前は両親が愛情を持ってつけてくれた名前であることには違いない。それを改名するなんてことは姫子にはできない。そういうところは妙に律儀であった。


「いいじゃないですか姫。それに、姫子っていう名前も、姫が思っている以上に似合ってると思いますよ」


「だからその名前で呼ぶなって言ってるだろうがッ! 悟、お前は後でひどい目に遭わせるからな!」


真っ赤な顔の姫子が悟を睨み付けて言う。怒りに歪んだその顔はまさに鬼の形相といったところ。


「は、はい。ありがとうございます」


『ひどい目に遭わせる』と言われたにも関わらず、悟の表情は何故か嬉しそうだった。


「何悦んでるんだよお前はッ!」


姫子がさらに怒鳴る。イライラしている時に悟のこういう態度は余計に苛立ってくる。


「僕にとってはご褒美ですから」


怒鳴られているのにも関わらず、悟はうっとりとした笑みを浮かべている。


「えッ!? 何こいつ……気持ち悪い……」


思わず口にしてしまったのは華凛だった。汚い物を見るかのような冷たい眼差しで悟を見る。


「あぁ……ッ!? その目ッ!? 良いですねぇ……」


華凛のドン引きした目に気が付いた悟がさらに悦んで声を上げた。それが、さらに華凛をドン引きさせ、美月や翼、彩音もドン引きする。


(こいつ……ドMか)


呆れ顔の真が赤黒い髪をかき上げて悟の様子を見ていた。性格のきつい姫子とドMの悟。最初は行動力の姫子と頭脳の悟だと思っていたが、もしかしたら、悟の性癖によるものがバランスを取っているのではないかと思えてきた。


「こいつはな、女に罵られたりするのが好きな気持ち悪い奴なんだよ……。それが分かってるんだがな……どうしても口が出てしまう……」


腰に手を当てて、俯きながらかぶりを振る姫子。罵倒しても悟が悦ぶだけと知っているが、怒鳴らずにはいられない。気が付いたら怒鳴ってしまっている。姫子はそういう性格なので器用に止めることなどできない。


「蒼井さんも遠慮せずに言いたいことを言ってもらっていいですよ」


真の顔は美少女だが、気の強そうな顔をしている。悟の性癖からすればそういう女性から罵倒されるのが一番いい。年下の美少女から罵られるというのも悪くない。


「俺は男だぞ……」


だが、真は男だ。女性から罵られたいという悟の願望はこの時点で潰えることとなる。


「はあッ!? お前男なのかッ!?」


姫子が驚愕の表情で真を見やる。男と言われたらそう見えないくもないが、それは髪形がショートカットという部分的なもの。顔はどう見ても奇麗すぎるほどに美少女だ。


「お、男だったのか……!? でも、それは…………新しい扉が……」


「開くんじゃねえよ!」


咄嗟に真が声を上げた。だが、それは失策だと思い知る。こういう反応こそが悟の求めているもの。この時、真は姫子の気持ちが理解できた。悦ぶと分かっていても思わず口にしてしまう。


「大丈夫なのか……?」


真は『王龍』のことが本気で心配になりだした。この人がサブマスターで本当にいいのかと。それに付いて来ている人達とは一体どういう人達なんだろう。しかも、コル・シアン森林出身では最大のギルドだ。


「お前が心配するようなことない……。悟は変態だが、それ以外は優秀過ぎるくらいに優秀だ。これくらい変態でようやくプラマイゼロだ」


「誉め言葉だと受け止めておきますね」


悟が誉め言葉と受けたのは『これくらい変態』というところだろう。だが、実際に悟の手腕というのは真も見てきている。『ライオンハート』との会合でも悟の意見が通って纏めているのも確かだし、今回のフルメタル ザガド討伐に関しても悟の動きは的確なものだった。


「そんなことよりも蒼井! お前のことだ! 勝手な行動ばかりしやがって! 生きてるからいいものの、あんな無茶なことして今後無事でいられると思ってんのか!」


再び当初の怒りの矛先へと向い、姫子が怒鳴る。怒りの矛先を変えられたのは、悟にいいように操られたみたいで気に喰わないが、それも含めて優秀な奴だということは分かっている。


「いや、だから、あれは――」


「姫、それはもういいじゃないですか。助けられたのはこっちなんですよ。蒼井君が動いてくれなかったら、犠牲者が出ていたのはこっちです」


宥めるようにして悟が言う。フルメタル ザガドが水竜巻と化した時に狙われていたのは『王龍』のメンバーだ。それを助けてくれたのは間違いなく真だ。


「だからといってあんな無茶なことを許していいわけないだろ!」


真に助けられたのは事実だが、そのせいで真が犠牲になっては本末転倒。そんな危険なことを了承できるわけがない。


「無茶じゃないんですよ……」


「無茶じゃない……だと?」


悟の言うことが今一つ理解できずに姫子が聞き返した。水竜巻になった巨大な化け物蟹に突っ込んでいくことが無茶でなくてなんというのか。


「前回のフルメタル ザガド討伐の時、何時間かかったか覚えてますか? どれだけ攻撃しても一向に倒れる気配がなかったフルメタル ザガドをようやくの思いで倒したんですよ。それが、今回はどうです。1時間もかかってませんよ」


「何が言いたい……」


「蒼井君の力によるものです。だから、蒼井君は無茶なんてしてないんですよ。あくまで彼の基準で、とういうことですがね……。それに、『ライオンハート』の紫藤さんが言っていたことは本当だったんですよ。彼はあの紫藤総志よりも強い」


(しかも桁違いにね……)と悟は心の中で呟くが声には出さなかった。


「……」


「確かに蒼井君は姫の指示に従いませんでしたよ。でも、それは『王龍』のメンバーを助けるためでもあったんです。こちらとしては借りを作ったということになりますね。それを責めるのは筋違いでしょう」


「ッ……。ああ、そのことについてはあたしの間違いだ……」


悟の言うように仲間を助けてもらっておいて、それを責めるのは筋が通っていない。姫子としても筋の通らないことは許せないので、撤回せざるを得ない。


「でしょ。無事にフルメタル ザガドの討伐に成功したんですから、これでいいじゃないですか。それに、みんなも疲れてるようですし姫、今日はこれで撤収しましょう」


「……ああ、そうだな……。それと悟……、姫って呼ぶんじゃねえよ」


筋の通っていないことを言ってしまったことでバツの悪そうな顔で姫子が返事をする。だが、ギルドのマスターとしてみんなに指示を出さないといけないので、ここは切り替えていく。


「蒼井君。今回のフルメタル ザガド討伐は君の力を見定めるっていう目的もあるのは周知の通だ。その件に関しては一旦持ち帰って検討したうえで連絡をさせてもらうよ」


「ああ、分かった」


既に撤収を開始し始めている『王龍』のメンバーを見ながら真が返事をした。自分達も帰ろう。真はそう思い、美月たちの方へと声をかけた。



        2



「ねぇ、咲良……どう思う……?」


離れた安全な場所で真の戦いを見ていた椿姫がボソッと問いかけた。その表情はなんとも難しい顔をしている。どう解釈していいのか分からない。そういう顔だ。


「どうって……。命令違反に無茶な行動。総志様なら絶対にあんなことはしてませんッ!」


問われた咲良が答える。その声はどこか必死さが感じられた。何か認めたくないものを力ずくで押さえつけているような言い方。


「そう……だよね……。紫藤さんならあんなことしない……よね……」


水竜巻になった巨大な化け物蟹に突撃して狙いを自分に向ける。その後、正面からぶつかって倒す。無謀にもほどがある。こんな危険な行為を総志がするはずがない。そう、絶対にするわけがないのだ。そんなことをすればタダで済むわけがないのだから。


それを何の迷いもなく真はやってのけた。


(あのお化けカニでも蒼井君からしてみれば、危険を感じる相手ではなかった……。正面からぶつかっても問題がないと分かっていた……。ドレッドノート アルアインを一人で倒せるほど強いから……)


椿姫は黙って考えこんでいた。ドレッドノート アルアインというドラゴンを見たことはない。だが、同時期に現れたと思われる、ゴ・ダ砂漠のタイラント ジャヌークのことはよく知っている。あの化け物に何人もの人が犠牲になったのだ。両者を同等の化け物だとした場合、真の力は想像できる範疇を超えている。


となれば、前回のミッションでシルディアとルフィールを倒せたのは『ライオンハート』の力によるところが大きいという理解は修正しないといけない。ただ、どれほど修正しないといけないかは分からない。理解の範疇を越えているものを基準に修正などできるはずがないのだから。









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