表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
161/419

鋼鉄蟹 Ⅰ

朝から渓谷の底を流れる川を歩き続けてもう昼間過ぎになっている。ミナン渓谷の奥地は、ゴツゴツとした大きな岩が転がる川の上流。周りも大きな岩壁に挟まれ、岩の隙間からはしがみ付くようにして木が何本も生えている。


その最奥ではいくつかの小さな滝が複数合流し、大きな滝つぼを形成していた。大きさからすると学校のグラウンドほどはあるだろうか。そして、生い茂る木と硬い岩と澄んだ水に囲まれたその中心に鎮座するようにして“それ”は待ち構えていた。


「いたぞ! フルメタル ザガドだ!」


険しい声色で赤峰が声を上げ、眼前にどっしりと構えている巨大な蟹を睨み付ける。高さは大人の男性の倍ほどあり、横幅は車数台分。鋭い棘が何本も生えた鉄紺の甲殻。何よりも目に付くのは、身体の半分はあるのではないというくらいに大きな二つのハサミ。そのハサミをゆっくりと動かしている様は特殊な超大型重建機を思わせる風貌だ。


「あれがフルメタル ザガド……」


圧巻の大きさに真から声が漏れた。遠巻き囲んでいるこちらの様子を静かに眺めているその姿には余裕すら見える。


「お、大きい……」


想像していたよりも遥かに大きなその姿を見て、美月も声が漏れていた。NMなのだから、かなり大きなカニが出てくるとは想定していたが、この大きさは規格外だ。


「あたしがカニの注意を引き付ける。ビショップとエンハンサーは回復に専念しろ。ソーサラー、サマナー、スナイパーは絶対に近づくな。その他はカニが泡を吹いたらすぐに離れろ。やつの泡には毒がある。泡が消えるまであたしがあいつを引き回す」


(場に残るタイプのAOEか……。泡が消えるまで引き回すってことは、しばらく泡を吹き続けるんだろうな……)


赤峰の説明を聞きながら真が考えていた。AOEとはエリア オブ エフェクトのこと。指定した場所に魔法などのスキル効果を発揮するものだ。爆発のように瞬発的な効果を発揮するものもあれば、毒の沼を発生させるような継続的に効果を発揮するものもある。フルメタル ザガドの泡はどうやら後者のようだ。その効果が消えるまで近づくことができなくなるので、その間、泡がない方へと赤峰がカニを引き連れていくのだろう。


「このカニには物理攻撃が効きにくい。魔法が主力になるが、その分ソーサラーとサマナーに狙いが飛びやすい。あたしが合図するまでソーサラーとサマナーは攻撃禁止だ。いいな!」


赤峰の言うことに後衛職が『はい』と返事をする。パラディンである赤峰が敵のヘイトを上げるスキルを重ね掛けして十分に敵対心を稼いでから魔法攻撃を開始するという作戦。パラディンにも魔法属性の攻撃スキルはあるが、メインとなるスキルは物理だ。その物理攻撃が効きにくいため、どうしても敵の注意が強力な魔法攻撃を使うソーサラーとサマナーに飛んでしまうので、しばらくは手を出せないのだ。


(まぁ、俺もすぐに攻撃したらタゲが飛ぶんだろうけどな……。合図があるまで待機しておくか)


相手がいくら物理攻撃耐性のある敵だとしても、真はレベル100の最強装備。桁違いの攻撃力を持っているから、赤峰が十分にヘイトを稼いでないとすぐにターゲットが真に向かう。


(それでも、何発耐えられるかっていう話になるんだよな……)


いくら赤峰が敵のヘイトを蓄積させていようが、圧倒的な火力を持つ真が攻撃を繰り返していれば、いずれ真のヘイトが赤峰を上回ってしまう。その前に倒せるかどうか。


「よし、エンハンサーは支援スキル開始!」


隊列が整っていることを確認した赤峰が指示を出す。その指示が発せれるとすぐにエンハンサーたちは攻撃力増加、防御力増加、水攻撃耐性付与などの支援スキルを全員にかける。


その間もフルメタル ザガドは動かずにじっとこちらを見ている。まるで岩山のようにどっしりと構えている。おそらく攻撃範囲内に入らない限りその場から動かないのだろう。


「準備はいいな?」


「「「はい!」」」


「第一陣行くぞーッ!」


赤峰の号令とともに前衛が動き出した。


<アンガーヘイト>


まずは赤峰が先制をきる。パラディンの基本スキルともいえるアンガーヘイトは敵対心ヘイトを増幅させる効果があるスキルだ。スキルを使うだけで無条件にヘイトを増幅させることができる盾役には必須のスキル。


<ガーディアンソウル>


続いて赤峰がパラディンの中に眠る守護者の魂を開放させる。ガーディアンソウルは一定時間防御力を高めると同時に攻撃スキルにヘイト増加の効果を付与する。同様のスキルはダークナイトも持っており、アンガーヘイトに並んで盾役の必須スキルだ。


先陣をきった赤峰にフルメタル ザガドの注意は一気に集中した。勢いよく走ってきた女パラディンに向かって、大きなハサミを振りかざした。


これを赤峰が大きな盾で持って応戦。ガキンッと不快な金属音が渓谷に響く。


<ファストブレード>


フルメタル ザガドの攻撃を防いだ赤峰がすかさず反撃に出た。ファストブレードはパラディンが最初から使える物理攻撃スキル。威力は低いのだが、このスキルから派生する連続攻撃スキルが強力だ。


<ライトブレード>


赤峰の剣が白く光を放ち、フルメタル ザガドに斬りかかる。ファストブレードから派生する二段目の攻撃スキルは物理と神聖属性の複合攻撃。本来は対アンデット用のスキルなのだが、神聖属性は魔法攻撃に分類させるため、物理攻撃が効きにくい相手に対しても有効だ。


<バニッシュメント>


連続攻撃スキルの三段目。赤峰が剣を振りかざすと、白い断罪の光が爆ぜた。これもアンデット特効が付いたスキルだが、ライトブレードと同様に神聖属性が付与されている。しかも、ライトブレードよりもさらに攻撃力は高い。


真はその様子を少し離れた場所から見ていた。赤峰以外にも前衛職は一斉にフルメタル ザガドに攻撃を仕掛けている。そんな中で、真は一応剣は構えているが何もしていない状態だ。


真が何もしていないことに、待機している後衛職はすぐに気が付く。真の実力を測るという目的もあるが、その真が何もしていないことに訝し気な表情を見せ始めた。


(ちょっと気まずいな……。実力を見せないとミッションに参加することを認めてもらえないし、力を出し過ぎたら簡単にタゲが飛ぶし……案外難しいな……)


モンスターは自身にとって最も嫌な行動をする者を標的にする。その嫌な行動というのが、攻撃や回復というものであり、それが敵対心として蓄積されていくのだ。盾役はその敵対心を増幅させるスキルを持っているのだが、無尽蔵に敵対心を増やせるわけではない。


真が赤峰と一緒になって攻撃に参加していれば、その大きすぎる攻撃力により一瞬で真にターゲットが移る。この戦闘でそれはさすがに不味い。『王龍』には『王龍』のやり方があり、安全のためにも赤峰が攻撃を一心に受けているのだ。それを真が乱すのはよくない。


最初から真が注意を引き付けるという作戦や誰がターゲットにされようが構わず速攻で倒してしまう作戦であれば問題ないのだが、下手に敵の注意を分散させると、敵の前方範囲攻撃があらぬ方向に飛んでしまい、周りに被害が及ぶ可能性がある。


戦っている相手、置かれている状況を考慮して、全力を出していいかどうかを判断しないといけない。前のミッションで戦ったアイスゴーレムやシルディア、ルフィールとは状況が違う。


「第二陣、魔法攻撃開始ーッ!」


十二分に敵のヘイトを稼いだ赤峰が叫ぶように声を上げた。その合図でソーサラーとサマナーが一斉に攻撃を開始した。


<ブレイズランス>


<ライトニングボルト>


<ファイアブレス>


<スペルバレット>


収束した炎の槍が、迸る稲妻が、火蜥蜴から放たれる炎の息が、魔法の弾丸が怒涛の如くフルメタル ザガドの巨体に押し寄せてくる。


それでもフルメタル ザガドの注意は赤峰から一切離れることはなく、鋭いハサミをパラディンの女へと向けて振りかざしている。


(そろそろ俺も行くか)


敵のターゲットが安定していることを見て真が攻撃開始を決めた。


<スラッシュ>


巨大カニの背後、真が踏み込みからの斬撃を加える。十分にヘイトが稼げていないと、この一撃で真にターゲットが飛んでしまうのだが、そうはならなかった。依然としてフルメタル ザガドは赤峰に狙いを定めている。


(大丈夫そうだな)


<シャープストライク>


振り下ろした大剣から切り返す刃で素早い二連撃を放つ。スラッシュから派生するスキルであり、一段目のスラッシュよりも威力が高いスキルなのだが、ターゲットが真に向かうことはなかった。


<ルインブレード>


目の前にルーン文字と幾何学模様の刻まれた魔方陣が出現すると、それを両断するようにして斜めに斬りつける。シャープストライクから派生する三段目の連続攻撃。ルインブレードはダメージとともに敵の物理防御力を一時的に下げる効果がある。ただでさえ物理耐性のある敵なのだから、防御力は下げておきたい。


真はさらに続けて攻撃を仕掛けようとした時だった。巨大なカニはぐるんと体を回転さて真の方へと向き直った。


<ショックウェーブ>


フルメタル ザガドが真の方へ向くまでのほんの数瞬。真は次の攻撃スキルを発動させていた。真が大剣を振り下ろすと、獣の咆哮のような激しい剣圧が正面から巨大カニに襲い掛かる。


ベルセルクの攻撃スキルであるショックウェーブは一直線上にいる敵を巻き込んでダメージを与える。攻撃範囲は直線状に限られるが、その分威力は高い。


「あ、やっべ……ッ」


ルインブレードを入れた時点で真のヘイトが赤峰を上回っていたのだ。そして、防御力が低下した状態でさらにショックウェーブを入れてしまった。まだ大丈夫だと思っていたため、咄嗟にスキルを止めることができなかった。


「おい、どういうことだッ!? なんでカニが後ろ向いてんだよッ!?」


突然向きを変えたフルメタル ザガドの行動が理解できずに赤峰が怒声を上げた。魔法攻撃によって、後衛の方へ向かって行くわけでもなく、ただ単にカニが後ろを向いたのだ。ということは前衛職の誰かにターゲットが移ったということになる。


(なんでだッ!? こっちは全力でやってたんだぞ……。今までこんなことなかったぞ……クソッ!)


<アンガーヘイト>


すかさず赤峰が敵対心を増幅させるスキルを使用する。どういう理由で赤峰からターゲットが外れたのはかは不明だが、赤峰以外の者が狙われているのなら、すぐにターゲットを取り返さないと危険だ。


「……ッ!?」


だが、フルメタル ザガドは赤峰に後ろを向けたまま、別の誰かに向けてハサミを振りかざしている。


<ライトオーラ>


アンガーヘイトでもターゲットを取り返すことができなかったことに苛立ちを覚えながらも赤峰は片手剣を掲げた。そこから発せられる眩い光は周囲の敵の注意を引き付ける効果があり、これも敵対心を増幅させるスキルだ。


「なんでだよッ!?」


フルメタル ザガドは赤峰の存在を忘れているかのように、スキルの効果がない。いや、効果は発揮しているのだが、その効果がまるで追いついていない。


今まで安定していたのに、何が原因なのか分からないまま、突然フルメタル ザガドが赤峰をターゲットから外したことに苛立ちと動揺が走った。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ