一悶着 Ⅰ
月に群がる雲は、時折吹く強い風に流されて、刻一刻と形を変えていく。それでも、月が顔を覗かせることは少なく、全体的にどんよりとした夜だった。
椿姫と咲良に連れられて来たのは王城前広場にある豪奢なホテル。このホテルは以前にも『ライオンハート』の精鋭部隊の決起集会の時に真達が呼ばれて来たことがある。王城前広場の周辺で営業を許可されているだけあって、非常に品の高いホテルだ。
立派な門をくぐるり、庭師による巧みな仕事が施された庭園の道を進む。夜も更けてきたにも拘わらず、ホテルのドア前にはドアマンが直立して出迎えてくれる。この時間になってこのドアを通る客もほとんどいないはずなのだが、なんとも仕事熱心なことだ。
そして、いつぞやの白髪の執事が出迎えてくれる。柔らかく丁寧な物腰の老紳士。豪華なホテルの内装にふさわしい執事だ。美月達女性陣は初めて訪れた時には執事が付いていることに驚いていた。
「こちらでございます」
白髪の執事に連れてこられたのは、前に『ライオンハート』の精鋭部隊の決起集会を行った会議室。見覚えのある重厚な木製のドアの前で一同が立ち止まる。
コンコンコンコン
執事が会議室のドアをノックするとすぐに中から『入れ』という言葉が聞こえてくる。低い声色だが、力強さを感じる声には聞き覚えがあった。
「失礼いたします。紫藤様、お客様をお連れいたしました」
執事は会議室に入ると深く頭を下げる。何気ない所作だが、その一つ一つが奇麗で丁寧だ。
会議室の中に入るとそこには大きな四角いテーブルがあり、今はそのテーブルの両端に並ぶようにして座っている者と、後ろに控えて立っている者が合計40~50人ほどいた。
「ああ、ありがとう」
紫藤は執事に一言言うと、執事の方は静かに部屋を後にした。
「蒼井、こっちに来てくれ」
総志が真に声をかける。総志が座っているのは入口から向かって左側の席の真ん中。その横には時也が座っており、もう一つの席は空席。この空いている席に座れと言っているのだろう。
何やら重苦しい空気を感じながらも真は総志の隣に座る。その後ろに控えるようにして美月達も並んだ。
どうも居心地が悪い。そう感じているのは真だけではない。美月も彩音もそうだった。総志が苦手な翼も同様だが、華凛だけはあまり気にしていない様子。というより、『フォーチュンキャット』の中以外はどこにいても華凛にとって居心地が悪い。
その居心地の悪さの原因は分かっている。対面に座っている女性から睨まれているからだ。総志の真向かいに座っているのは30前後の女性。長いウェーブのかかった髪に鋭い目線。顔は奇麗な方なのだが、目つきが悪いことで損をしている。装備しているのは白銀の重装鎧。一般的には出回っていない装備だ。
「紹介しよう、こちらが――」
「待ってくれ紫藤さん!」
総志が真を紹介しようとしたところこを白銀鎧の女が止めた。眉間には皺がより、今にも噛みつきそうな顔をしている。
「どうした?」
「どうしたもこうしたもないだろ! まさかこいつが蒼井真っていうんじゃないだろうな!?」
白銀鎧の女の声には怒気が混じっている。女の方はそれでも抑えているようなのだが、その努力もあふれ出てくる苛立ちには勝てていない。
「そのまさかだ。さっき話をした蒼井真で間違いない」
相手が何に怒っているのか、それは総志も分かっていた。分かっていたが、淡々と事実を述べる。
「間違いないって……。ふざけてんのか? あたしたちはこんな与太話に付き合うために同盟を組んだわけじゃないんだよ!」
最初の方こそ抑えていたが、白銀鎧の女の口調は既に荒くなっている。あまり自制の効く方ではないのだろう。
「ふざけてなどいない! 蒼井真の実力は本物だ! だから、こうしてこの席についてもらっている」
相手の怒声には全く動じていない総志が言い切る。真っ直ぐ相手の目を見て一歩も引かない。
「赤峰さんの言いたいことはよく分かりますよ。ですが、この世界で常識が通用しないことくらい、赤峰さんもよくご存知でしょう?」
時也が勤めて冷静に話をした。相手を落ち着かせるようにゆっくりとした口調で話をする。
「そういう問題じゃない! どう見ても未成年だろ! 紫藤さんの代わりに行くのが未成年だってのは聞いてないよ! 実力があったとしても、紫藤総志よりも強いって言うのか?」
赤峰と呼ばれた女の苛立ちはまだ収まっていない。もう赤峰が何に怒っているのかは真達にも容易に想像できた。大事なミッションに呼ばれたのが未成年の少女であることに怒っているのだ。当然、実力があるのかも怪しい。だが、一つ気になることを言っている。
「紫藤さんの代わり?」
真は思わず総志の方を見て声を上げた。気になるのは『紫藤さんの代わりに行くのが未成年』というくだりだ。この話を聞くに、今回のミッションに総志は参加しないということになる。
「そうだ、俺の代わりに蒼井にミッションを遂行してもらう」
「それは構わないけど、紫藤さんはどうするんだ?」
「俺は参加しない」
エッ!? という驚きの声と顔をしているのは真だけではない。美月達も同様なのだが、それ以上に驚いているのは椿姫と咲良だ。特に咲良の動揺の仕方は尋常ではない。
「そ、総志様!? ど、どう、どう、どういうことですか!? どうして総志様の代わりにこんなやつが?」
震え声の咲良が縋りつく様にして総志に問う。絶対的な英雄である紫藤総志を差し置いて、小さな小さなギルドのマスターがミッションに参加するというのだ。納得できるはずがない。
「俺よりも蒼井の方が強いからだ」
咲良にとって一番聞きたくなかった言葉が出てきた。紫藤総志よりも強い人間がいるはずない。そう信じてきた。誰が何と言おうと、咲良は総志が最強だと言い張るのだが、当の総志が自分よりも強いと言っている。
「紫藤さん……、あんたふざけてるわけじゃないんだよな? この小娘が最強のギルドのマスターより強いって言うんだよな?」
睨み付けるようにして赤峰が言う。
「そうだ」
迷いなく総志が言い切る。あまりの迷いのなさに赤峰も続く言葉が出てこず、じっと総志を見ていた。
「ちょっと待ってくれ! 話が見えない。俺がミッションに参加することに異存はないよ。だけど、どうして紫藤さんは参加しないんだ?」
状況が飲み込めず真が声を上げた。真の実力は総志の比ではないのは確かだ。圧倒的というのも控えめな表現だろう。だから、真がミッションに参加することには何の疑問もない。だが、ミッションを遂行するにあたって中心となるべき総志が参加しないとはどういうことなのか。
「それは、僕が説明しよう」
声を出してきたのは、赤峰の横に座っている長髪の男だ。この男が装備している黒い重装鎧も一般的にみられるものではない。
「あ、そうそう、自己紹介が遅れてたね。こちらのお姉さんが赤峰さん。僕ら『王龍』のギルドマスターだ。そして、僕がサブマスターの刈谷悟」
「あ、どうも……」
真は軽く会釈をした。赤峰と違い刈谷悟と名乗った男は軽い感じがする。ヘラヘラしているわけではないが、あまり緊張している様子もない。
「で、今の話なんだけどね。まず説明をしておかないといけないことがあってね。今回のミッションの内容なんだけど。蒼井さんは知ってる?」
「いや、まだ確認はしてない……。王都にはさっき帰ってきたばかりだし……」
「だろうね。それで、ミッションの内容なんだけど、新しく追加された地域は分かるよね?」
「タードカハルだったかな? 今回のバージョンアップで追加された地域だ」
通知された文言を思い出しながら真が答える。いつものように簡素な文章だから覚えやすい。
「そう、そのタードカハルにあるイルミナの迷宮に行って、とある魔書を取ってこいって言われたんだよ」
「魔書?」
「うん。かつてタードカハルにはイルミナ・ワーロックっていう伝説のサマナーがいたんだ。そのイルミナが記した魔法の書。それをイルミナ自身が封印した。その場所がイルミナの迷宮ってわけだ」
悟はミッションの内容を説明してくれている。赤峰と違い落ち着いて話をしているため、非常に分かりやすい。悟が説明役をかって出たのも冷静に話ができるからだろう。
「だったら、皆で取りに行けばいいだろ?」
真が腑に落ちないという顔で質問を投げる。迷宮なのだから、前のミッションみたいに大人数で行動するには向いてないだろうが、それでも総志が行かない理由が思い当たらない。
「それができないんだよ。王城で宰相から聞いた話では、イルミナの迷宮に入れるのは9人。しかも、各職1人ずつっていうことだ」
「人数制限か……しかも、職かぶりなしってか……」
MMORPGではよくあるダンジョンの仕様だ。一度に入れる人数が決まっている。ゲームだと、インスタンスダンジョンと呼ばれるものだ。既定の人数でPTを組んでダンジョンの中に入る。入ったダンジョンは完全にプライベートダンジョンとなり、他の人は入って来れないのだ。ただ、職業の制限まではないことが多い。
「補足説明をさせてもらうと、イルミナの迷宮に入るために9人揃える必要があるから、8人以下では迷宮に入ることもできない。パラディン、ダークナイト、ベルセルク、アサシン、スナイパー、ソーサラー、サマナー、ビショップ、エンハンサー。これらを各一人ずつ集めて合計9人だ」
眼鏡の位置を直しながら時也が説明を加えた。こういう細かい所まで確認をしているのは時也の几帳面さならではといったところだ。
「どうして各職1名ずつの9人なんですか……?」
質問をしたのは美月だ。説明の内容は理解できるのだが、9人という制限の理由が分からない。
「それは不明だ。宰相に訊いても9人でないと迷宮に入れないとしか答えてもらえなかった。色々と聞き方を変えてみたが、返ってくる答えは同じだった」
「じゃあ、9人がイルミナの迷宮に入った後に、別の9人が入ったらダメなのか?」
真はふと思ったことを口にした。MMORPGは大人数でやるゲーム。だから、インスタンスダンジョンに誰かが入っていて、他の人達が入れなくなるというようなことがないようにしてある。一つのPTがダンジョンに入っていたとしても、別のPTが同じダンジョンに入れば、誰も入ってないダンジョンが個別に用意されるのだ。
「何を言ってるんだ? 一度に入れる人数が9人までなんだぞ」
真が言っていることの意味が理解できずに時也が顔を顰める。
「あ、そ、そうか……」
ばつの悪そうな顔で真が返事をした。MMORPGの仕様を言っても、ゲームをしたことがなければ分からないだろう。それによく考えてみれば、別の9人が並行して迷宮に挑む理由もない。ただ悪戯に犠牲を増やすだけだ。
「今回のミッションに挑めるのは各職1名という制限がある。だから、ベルセルクの枠には俺の代わりに蒼井に行ってもらおうと思う」
目の前に座っている赤峰を見据えて総志が静かに言った。これが揉めている原因なのだ。『王龍』の赤峰からしてみれば、『ライオンハート』のギルドマスターが最強と聞いている。それが、ここに来て覆っているのだから、納得のいく説明をしてほしかった。だが、やってきのは、気が強そうな顔をしているが、どう見ても未成年の美少女だったということだ。




