大同盟の噂 Ⅱ
― 繰り返します。本日正午を持ちまして、『World in birth Real Online』のバージョンアップを実施いたします。バージョンアップの内容につきましては、皆様それぞれにメッセージを送付いたしますので、各自でご確認ください。 ―
大音量の声は唐突に始まり、唐突に終わる。真達は昼食の手を止めて不安まじりにも真剣な表情でお互いの顔を見合わせていた。
【メッセージが届きました】
空からの声が終わってから少し待つと、頭の中に直接声が聞こえてきた。これはバージョンアップがあるといつもこのように頭に直接声が届き、バージョンアップの内容を記したメッセージがあることを伝えてくる。もう慣れたとはいえ、気持ちの悪い現象であることには違いない。
「確認するぞ……」
バージョンアップがあるとまずその内容を真が確認することになっていた。正式に決めたことではないが、いつの間にかギルドマスターである真が最初にバージョンアップの内容を確認することになっている。
真は目の前に浮かんでいるレターのアイコンにそっと手を伸ばした。
【バージョンアップ案内。本日正午を持ちまして、『World in birth Real Online』のバージョンアップを実施いたしました。バージョンアップの内容は以下の通りです。
1 センシアル王国領の属国タードカハルを追加しました。
2 新たなミッションの追加しました。ミッションの内容については、王都グランエンドの王城にいる宰相から内容を確認することができます。
3 新たなダンジョンの追加しました。】
バージョンアップの内容は以上だった。
「新しい地域の追加とミッションとダンジョンが追加されたんだが…………どう判断していいんだろうか……?」
眉間に皺を寄せながら真が言う。
「前のバージョンアップとあまり変わらないけど……何を悩んでるの?」
美月が聞き返した。真から知らされた内容は前のバージョンアップとさほど変わらない。変わらないといっても、バージョンアップで追加されるものに安全なものなどほとんどないため、悩むのは当然なのだが、それでも真の表情からいつもと違う不安が感じられる。
「とりあえず、内容を見てくれ」
軽く手で促すようにして真が言った。真が何に悩んでいるのかはバージョンアップの内容を見てもらえば分かる。
「ああ……なるほど……。確かに判断に迷いますね……」
バージョンアップの内容を確認した彩音も複雑な表情になっている。
「素直に受け取っていいのかな……?」
口に手を当てて美月が考え込んでいる。
「え? どういうこと?」
バージョンアップの内容を確認しても真が何を言っているのか分かっていない翼が質問を投げた。
「翼ちゃん、2番目に書いてある新しいミッションのことなんだけどね。どこに行けばいいかまで書いてあるでしょ」
「うん、そうだね。だから、そこに行けばいいんでしょって、あッ!? そういうことか!」
彩音が言った内容に合点がいった翼が声を上げた。
「真が言ったのはそういうことなのよ……。本当にそこに行って大丈夫なの? 罠じゃないの? っていうこと」
美月が補足説明をすると、翼の横にいた華凛が何かに気が付いたような表情になっている。おそらく華凛も言われるまで理解していなかったのだろう。
「そういうことだ。王城にいる宰相からミッションの内容を聞いたとたんにタイムリミットを設けられたら堪らないからな。明らかに誘導してきている内容には注意が必要だと思うんだが……」
「思うんだが?」
話の最後の方で歯切れの悪い物言いになっている真に美月が疑問符を上げる。明らかに誘導してきている内容なのだから注意をしないといけない、ということでいいのではないのかと思う。
「あからさま過ぎるんだ……。今までのパターンだと情報がないことで罠に嵌ってきたんだよ。エル・アーシアのミッションもタイムリミットがあることを知らされてなかったしな。もし、これが誘導だとしたら下手すぎる」
「ねえ、真君。それってつまり罠じゃないってこと?」
真の言っていることに対して華凛が質問した。
「断定できるわけじゃないが……、ミッションの内容を確認することは安全なんだと思うけど……」
「まだ気になることがあるの?」
未だに歯切れの悪い物の言い方をしている真に対して美月が訊いた。ミッションの内容を確認するだけでタイムリミットを設定されるような罠が仕掛けられているとは思っていないようだが、他に気になることがある様子だ。
「……一番最初のミッションのこと覚えているか?」
「え……、あ、うん……覚えてる」
美月は低い声で応えた。一番最初のミッション。マール村でゴブリンを退治しろと言われたミッションだ。真と出会うきっかけになったミッションであると同時に、初めて人の死に直面したミッションでもある。
「あの時のバージョンアップの通知には、村長からミッションの内容を確認しろって書いてあったんだ。それは、最初のミッションで何をしたらいいか分からないから教示されてたんだろうけど、俺達はもう何度もミッションを経験してるのに、わざわざどこに行けばいいか教えてくれてるんだよ。それこそ、誰でも簡単にミッションの内容を確認できるってことだ」
「確かに不自然だよね……。罠だと警戒されるようなことを仕掛けてくるとは考えにくいよね……」
真の話を聞いて美月も考え込んだ。何故、ここにきて親切に行先を教えてくれているのだろうか。その親切さが逆に不安を煽る。
「で、真はどう考えてるの? 何か思うことあるんでしょ?」
腕を組みながら翼が声をかけてきた。翼は直感で生きている分、真が何かしらの答えを持っていることを感じ取ることができた。
「…………言いにくいことなんだが」
「べつにいいわよ。あくまで推測なんでしょ? 私も真がどう考えてるか聞きたいし」
言いにくそうにしている真のことは気にせず翼が話をするように促してきた。
「そうですよ真さん。推測は推測なんですから、考えを出すことは悪いことじゃないですよ」
彩音も真がどう考えているのか聞きたかった。言いにくそうにしている理由は分からないが、推測なのだから言ってもいいはずだ。
「まぁ……、確かに推測だからな……。えっとだな……、誰でもミッションの内容を確認できることは、ミッション自体の難易度には関係ないくらいなんだと思う……」
「ん? 要するにどういうこと?」
真が言う推測の内容がいま一つ理解できない翼が疑問の声を出す。
「要するにだな……タダでミッションの内容を確認させても影響がないくらいに、今回のミッションの難易度が高いってことだ……。少なくとも前回のミッションより難易度は上だろうな……」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「いや、だ、だから推測だからな! そもそもミッションは危険なものなんだから、注意をしないといけないことに変わりはないだろ!」
真の意見に全員が黙り込んでしまったことで、慌ててフォローに入る。余計な不安を与えたくなかったから『言いにくい』ことだったのだ。
「あ、ごめん……真が悪いわけじゃないんだよ……。ただ……、言われてみればそうなのかもしれないって……」
美月も慌ててフォローに入る。真が言ったことの理屈が分かるので、余計に不安になってしまったのもあるが、そもそもミッションというものは危険なものだ。
「真の言ったことは一理あるのよね……。罠に誘ってるっていうよりは、挑発されてるって感じかな? 教えてやるからやってみろよって言われてる感じ?」
腕組みをしたまま翼が言う。どこでミッションの内容が確認できるのかということは、今回は些末なことなのだろう。
「真君でも危険なの……よね?」
一番不安そうな顔をしているのは華凛だった。単独でドレッドノート アルアインという巨大なドラゴンを倒せる力量を持った真でも、前回のミッションで死にかけている。それだけではなく、真は今までにも何度か死んでいたかもしれないということも聞いている。
「それは、何とも言えないが……。俺も危ないっていう意識は持っておくべきだろうな……」
真は敵よりも圧倒的に強い。それなのに死んでいたかもしれない罠が仕掛けられているのが、このゲーム化した世界だ。
「真さん、どうします? 一度王都に戻りますか?」
彩音の表情にも不安の影が見えている。この世界はゲームを元にしている。ミッションの内容が回数を重ねるごとに難しくなっていくのは、まさにゲームの通りだろう。
「そうだな、一度王都に戻ろう。『ライオンハート』と合流して、紫藤さんの意見を聞いてみよう」
真がそう言うと、皆は黙って首肯した。




