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大同盟の噂 Ⅰ

この日は青空から注がれる優しい光が大地を包み込む気持ちのいい天気だ。時折吹いてくる微風も暖かな空気を乗せてやってくる。背の短い草の揺れる音が微かに聞こえてくると、大地に寝そべっている赤黒いショートカットの少女の髪を梳かした。


赤黒い髪をしたそのボーイッシュな少女は、気の強そうな顔をしているが、非常に奇麗な顔をしており、誰が見ても美少女だ。


だが、実際には美少女ではない。赤黒い髪をした蒼井真はれっきとした男だ。世界がゲーム化した時に付与された専用アバターのせいでボーイッシュな美少女の見た目に変えられている。そのせいで色々と苦労をしたり誤解をされたり、変な注目を集めたりと苦労が絶えない。


この見た目のせいで何かと気苦労が絶えない真だが、今はそんな気苦労からは解放されている。ぽかぽかとした陽気に浮いている小さな雲はどこに行くのだろうか。そんなことを考えながら真は緩やかな丘陵に身体を預けてぼんやりと空を眺めていた。


(眠くなってきたな……)


晴れた日の昼前。真は特にすることもなく、草のベッドに寝そべっているだけ。たまにはこういうのも悪くないと思いつつも、やはり暇ではあった。


(昼飯喰った後だったら寝てるなこれ)


風に流される赤黒い髪を手で押さえつつ空を見る。目を閉じてしまえば本当に寝てしまいそうだ。だが、寝るわけにはいかない。


ドーンッ! と、少し離れたところから爆発音が響いてきた。この爆発音は炎系のスキルを使った時に出る音だ。おそらくソーサラーのスキルのどれかだろう。


「か、華凛さん!? こっちに来てます! こっちに来てます!」


慌てて声を上げているのはソーサラーの八神彩音だ。黒く長い髪に眼鏡。地味な印象はあるが、顔は良い方で、ちゃんと身だしなみを整えたらかなり化けるだろう。その彩音に向かって小型の地竜が突進していく。


「彩音がそんな強いスキル撃つからでしょ!」


文句を言っているのは橘華凛。長いシルバーグレイの髪とハーフの顔立ちが特徴的。非常に奇麗に整った顔をしている、絵にかいたような美少女。今は、華凛が召喚した地属性の精霊、ノームが敵を引き付けていたところに彩音が攻撃をして、注意が逸れてしまった状態。


サマナーが使役する精霊のうち、地属性のノームは盾役だ。敵の攻撃を受け止めて主人であるサマナーを守る能力を持っている。ただ、パラディンやダークナイトといった、盾役の本職に比べると、敵の注意を引き付ける能力が弱いため、今のようにソーサラーの強力な一撃で簡単に敵がターゲットを変えてしまう。


「倒せればいいのよ! 倒せれば!」


特に何も考えずに弓を撃っているのは椎名翼だ。肩まで伸ばした癖のある紺色の髪。活発そうな見た目から想像できるように、性格も豪快。細かいことは気にしない、というよりは考えない。


「今は真抜きでやってるんだからもっと慎重にやってよ!」


怒りながらもヒールで回復しているのはビショップの真田美月。茶色いミドルロングは風に揺られながらも急いで回復スキルをかける。あどけなさの残る顔だが、美しい顔立ちの美少女だ。


「よっと……」


真は反動をつけて起き上がると、大きく伸びをして脳に酸素を送り込む。それだけで眠気が取れるわけではないが、やらないよりはましだ。


真は赤黒い髪をかき上げて、騒がしい仲間の方を見やった。今は王都から少し離れた場所にある丘で、『フォーチュンキャット』のメンバーはモンスターを狩ってた。真と一緒に狩りをしたのでは訓練にならないため、今は真抜きの4人で狩りをしている。


前回のミッションでは真を含む5人全員がミッションに参加した。その時にギルド『ライオンハート』の精鋭部隊として迎えられてミッションにあたったのだが、結局のところ真頼りになっていた。


真以外が役に立たなかったというわけではないが、『ライオンハート』の精鋭達を目の当たりにして、このままではいけないという思いが強くなり、こうして真抜きでモンスターを狩っている。


「おーい、そろそろ飯にしようぜー!」


モンスターを倒し終わったタイミングを見計らって真が声を上げた。この辺りのモンスターは比較的強い。しかも好戦的で、モンスターの索敵範囲内に入ると途端に襲ってくる。だから、真抜きの訓練でも真が護衛として横についている。


「えっ!? もうそんな時間?」


返事をしたのは美月だった。必死でモンスターと戦っていたため、どれくらいの時間が経過したのかも意識の外にあった。


「まぁ、昼にはちょっと早いかもだけど、ちょうど倒したところなんだろ? キリの良いところで休憩しようぜ」


キリの良いところというのは本当のことだが、真の本音は暇だからさっさと休憩に入ってほしい。何かと騒がしく狩りをしている4人の少女達だが、狩り自体は安定している。


『フォーチュンキャット』のメンバーのほとんどは後衛職であり、前に立って戦うのは真しかいない。その真を抜きにしているのだから、PT構成としてはバランスの悪いものになっているのだが、そこを華凛のノームが補っていた。ノームが疑似的な盾役をすることによって、バランスを取っているのだ。


ただ、たまに火力を出し過ぎた彩音に敵のターゲットが飛んでいく事故は仕方ないといえば仕方のないこと。とはいえ、真が助けに入らないといけなこともない。


「確かにお腹も減ったし、ここで一度休憩しましょうか」


翼はそう言いながら、さっそくアイテム欄から柑橘系のジュースを取り出して喉を潤す。


「じゃあ、一旦休憩場所に戻ろうか」


美月が周りを見渡しながら言う。美月たちが狩りをしている場所はいつまた小型の地竜が襲ってくるか分からない場所なので、ここで休憩することはできない。


基本的に狩場となる場所にはモンスターが徘徊しないスポットがいくつかあった。狩りをする場合はそこを拠点として動くことになるため、今回もそこを休憩場所と決めている。


休憩場所に戻ってきた真達はすぐに昼食の用意を始めた。用意と言っても、ゲーム化しているアイテムを、取り出して食べるだけなので、手間は何もかからない。ゲーム化の影響で物理的な質量を考慮せずに持ち運びでき、取り出すことができる。何もない空間から、いきなり物が現れるという魔法のような現象を今となっては当たり前のように使っている。


「そういえば聞きました? 『ライオンハート』と『王龍』の話」


サラダをフォークで突きながら彩音が話を振った。


「『ライオンハート』と『王龍』の話って?」


干し肉に齧りつこうとしたところを止めて真が質問をする。『ライオンハート』と言えば、前のミッションで一緒に行動をした、現状では最強最大のギルドだ。そして、『王龍』はその『ライオンハート』に次ぐ勢力を持ったギルド。


「えっ!? 真知らないの? すっごい噂になってるわよ!」


驚いたように声を上げたのは翼だ。王都では『ライオンハート』と『王龍』の話で持ちきりになっているのになぜ真はそのことを知らないのか。


「そ、そんな噂聞いたことねえよ!」


「真はあまり他のギルドと関わりがないからね……。『ライオンハート』の人たちとも連絡取ってないでしょ?」


若干困ったような顔で美月が言う。真の人間関係の狭さは出会った頃からあまり変わっていない。ほとんど『フォーチュンキャット』の中で完結している。そこは美月としても少し心配なところでもあった。


「た、多少は付き合いくらい……ある……かもしれない……」


「ないでしょ?」


ズバッと斬ったのは翼の言葉だ。翼から見ても真が他の人と関わりを深めているというようなことは見受けられない。『フレンドシップ』との関係も真辺信也という強引に輪の中に入れてくれる人と元々知り合いだった小林と園部がいてこその関係だった。


「う、うるせえな! それだったら、華凛だってその噂知らないだろ!?」


「えっ……!? いや……ごめん、知ってる……」


少しばつの悪そうな顔で華凛が応えた。華凛は真以上に人間関係の構築が難しい性格。なので、そういう噂話については情報が入ってくるような網がないと真は思っていた。だが、


「まじかよ……!? なんで知ってるんだ?」


「真さん、それはさすがに失礼かと……」


素で驚いている真に対して彩音が注意をする。人間関係の狭い華凛になぜそんな情報が入っているのかという疑問は声に出して言うことではない。


「あ、いいの。私は他の人と関わりたくないから。――それで、噂を知ってるのは、たまたま前に居たギルドの人から教えてもらったからで……」


華凛は『フォーチュンキャット』に加入する前は複数の大手ギルドに所属していた。目的は復讐を果たすために協力してもらえるギルドを探して渡り歩いていたのだが、結局ギルド内で問題を起こして去っている。華凛を知っている人のほとんどは華凛とは関わりを持とうとはしなくなったのだが、一部の物好きというか、お人好しは偶然出会ったら話しかけてくることもあった。


そのため、『ライオンハート』と『王龍』の話も偶然出会った、元ギルドメンバーのサマナーの少年(名前は忘れた)から聞いていたのだ。


「で……噂って……?」


一人だけ取り残されたような気分になった真がボソッと呟く。華凛の『他の人と関わりたくない』という発言も問題ではあるが、華凛の性格上、それでいいのだろうし、真も人のことは言えない。


「『ライオンハート』と『王龍』が同盟を結んだのよ」


美月も華凛のことは気になるところではあるが、性格を知っているので仕方ないと思いつつ、真の質問に答えた。


「まじかッ!?」


真は目を見開いて驚いた。言葉を出したまま閉じることを忘れた口がまだ開いている。それくらい噂の内容が衝撃的だった。


「本当ですよ。『ライオンハート』の椿姫さんにも確認を取りました」


彩音は『ライオンハート』の精鋭部隊に所属する和泉椿姫とは仲が良い。椿姫からは同志と呼ばれるほどの仲だ。その椿姫からの情報であるのならまず間違いないだろう。


「それって、つまり事実上、絶対的な同盟ができたってことだよな……。まぁ、でも『王龍』のことは知らないけど、『ライオンハート』が同盟を組むくらいだから、心配するようなことはないんだろうけど」


『ライオンハート』も『王龍』の対人戦エリアにおいて支配地域を持っている強力なギルドだ。現状で対人戦エリアの支配地域を持っているのはこの二大ギルドだけ。その二つが手を組んだということは、もはや太刀打ちできるギルドは存在しないと言っていいだろう。


「椿姫さんの話では、紫藤さんが『王龍』のギルドマスターの赤峰さんに話をしにいったそうですよ。今後のミッションのことで協力体制を組みたいってことらしいです」


「なるほどな……。『王龍』もコル・シアン森林では中心になってミッションを進めていたんだっけ? なら、『ライオンハート』と同盟を結ぶっていうのも必然ってことか」


以前、『ライオンハート』が真に協力要請をした時にも、エル・アーシア出身でミッションに参加していたギルドがないか聞いていた。当然のことながら、コル・シアン森林出身のギルドもあたっていたのだろう。


彩音の話を聞いて真が納得していた時だった。時刻はそろそろ正午という頃、穏やかに晴れた空からは似つかわしくない大音量の声が響いてきた。


― 皆様、『World in birth Real Online』におきまして、本日正午にバージョンアップを実施いたします。 ―






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