話の続き
1
ゼンヴェルド氷洞の最奥で『命の指輪』を手に入れた『ライオンハート』と『フォーチュンキャット』の一行は翌朝から早々にベースキャンプへと帰る道を歩き出していた。
ベースキャンプに戻るには狼の原住民が住居として使っているログハウス群を通らないといけないが、もうそこに狼の原住民の姿はなかった。ゼンヴェルド氷洞で戦って蹴散らしたのだから当然と言えば当然なのだが、誰一人として残っていないことには不自然さを感じずにはいられない。
だが、残りの道のりを考えると、ここで一泊していかないといけない。狼の原住民は既に蹴散らしていることと、見張りを強化することで野営を敷くことを決断した。
特に何事もなく迎えた翌朝には、そんなログハウス群からすぐに立ち去り、アイスゴーレムが徘徊する絶壁に挟まれた道を通って帰る。先遣部隊はこのアイスゴーレムに苦戦を強いられて、退却に追い込まれたが、真と総志がいる精鋭部隊にかかれば相手にもならない。
一度通った道でもあるため、帰りは非常に順調に進んでいった。そして、ベースキャンプに戻ってきたのは夕方にはまだ早いという時間だった。
傾きだした日差しがベースキャンプのテントを照らし、影を少しずつ伸ばしている頃、ベースキャンプの見張りが総志達を見つけると大声でキャンプ中に精鋭部隊の帰還を知らせたのだった。
真や総志達がベースキャンプの入口に着くころには『ライオンハート』のメンバーが勢揃いで迎えてくれる。そこで総志から伝えられたミッション成功の報告に一同が歓喜に沸き立った。
しかし、朗報と共にもたらされたのは剣崎晃生の死という事実。喜びに沸いた声がその訃報に一気に沈みかえる。
だが、悲しみに打ちひしがれることはない。剣崎晃生は彼らにとって英雄だ。その英雄が命を懸けてミッションを成功に導いた。そのことに感謝し、誇りとする。今まで何人もの英雄が命を懸けて戦ってくれてきた。そして、残された者がその意志を引き継ぎ、絶対に世界を元に戻すと誓う。
『ライオンハート』のナンバー3の死は大きな打撃だ。だが、次の者が剣崎晃生を引き継ぐ。紫藤総志も生きている。葉霧時也も健在だ。それならば獅子の心は決して砕けることはない。
2
総志は王都グランエンドに戻るやいなやその足で王宮に行き、『命の指輪』を宰相に渡した。その時点でメッセージが発せられ、全員にミッション終了の報告がされた。
ミッション終了の報告に王都中にいる現実世界の人々が悦びの声を上げた。特にゴ・ダ砂漠の出身者はお祭り騒ぎだ。自分たちの誇るギルド『ライオンハート』がミッションを成功に導いたのだと声高らかに自慢する。
今回のミッションではゴ・ダ砂漠の出身者が多く関わっていた。決起集会に参加していない者でも寄付をしたり、ボランティアで手伝いをしたりと大小さまざまだが、何かしらの関わりを持っている者が多い。
当然、コル・シアン森林の出身者もミッションの遂行にあたって裏方で尽力をしていたことには違いないが、実際に戦ったのは紛れもなくゴ・ダ砂漠の『ライオンハート』だ。
ミッションについてはどこか他人事のように思っているエル・アーシアの出身者からしてみれば、その光景は少し異様に思えるところがあった。ミッションが終わってくれたことは確かに嬉しいことであるが、関与が薄い分どうしても実感も薄くなっていた。
そんな王都の騒ぎがまだ収まりきらない昼前。真は安宿の一室の窓から王都を行きかう人達を眺めていた。もうすぐ正午になろうかという時間。そろそろ昼食を食べに出かける時間なのだが、真はまだ外を眺めていた。
「…………」
無言で街の喧騒を眺める。ミッションの成功でいつも以上に賑わっている。だが、真は喜び騒ぐ気にはなれなかった。
真を庇って死んだ晃生のことが頭から離れない。それほど多く話をした相手でないが、晃生が死んだことを考えてしまう。自分のことを一人の男として認めてくれた晃生の死を受け止められずにいる。
(俺のせいで…………。いや……そうじゃない……。俺のために死んでくれたんだ……)
頭では理解している。晃生が真に意志を託したことを。何のために晃生が命を捨ててまで真を助けたのかを。頭では理解しているのだが……。
「ミッション終了おめでとう、という言葉はあまり聞きたくないようだな」
考え込んでいたところに不意に入ってきた少女の声。感情の乏しい声だが、どこか権高なものの言い方。
真は少女の声を聞いてハッとなり、部屋の中心に目をやった。
「お、お前は……管理者ッ!?」
そこに居たのは血のように濃く、長い髪をした少女。気の強そうな顔をしているが、あまりにも奇麗に整った顔立ちはまるで人形のように現実味がない。その姿は記憶に鮮明に残っている。真のアバターの元となった少女の姿。管理者が再び真の前に現れた。
「久しぶりだな、蒼井真」
「てめぇ……」
真は思わず身構えて管理者を名乗る少女を睨み付ける。そう忘れもしない、以前も突然現れて、管理者を名乗り、しかも、美月達だけでなく他の全ての人がいなくなっている状況を作り出されて慌てふためいたのだ。そのせいで美月たちに妙な心配をかけてしまった。
「ッ!? 覚えてる……。覚えてるぞ!?」
真は全て覚えていた。管理者に会ったことも、その時にミッションをクリアすれば世界が元に戻るのかどうかと質問をしたことも。そして、そのことを美月に話そうとして、誰もいないことに気が付いたこと。その後、記憶が抜け落ちたことも。
「ああ、私がここにいるのだからな。お前の記憶は元に戻している」
「俺の記憶を操作したのか……?」
真の額から冷や汗が流れる。恐怖に似た感情なのだろうがどこか違う。今までに体験したことのない不快感と不安感。何もない宇宙空間に放り出されて帰れなくなった、というのが感覚としては近いだろうか。
「操作というほどのことはしていない。ただ、私に会ったという事実を切り取っただけだ」
「どういうことだ……?」
真は訝し気な顔で管理者を見る。事実を切り取ったとはどういうことなのか。記憶を操作したと言われた方がまだ理解ができる。
「私はお前を操るつもりはない。切り取った事実はここに来れば元に戻してやる」
「何故そんなことした? 事実を切り取ったことで俺の記憶が無くなることに何の意味がある?」
「フェアじゃないだろ。お前が私と話をしたことによって答えに近づく。他の者は知らない答えを一人だけ知っているのは不公平だ。言っただろ? この世界が元に戻るかどうかはお前が正しいと思った選択をし、行動した結果だと。だから、私と会ったという事実を切り取った。ただ、切目は残ってしまったようだがな」
「ああ、おかげで仲間には変な心配をかけた……」
真の記憶から管理者と会ったという事実は消えてなくなっていた。だが、何か重要なことがあったということだけは残っていた。そのせいで、何が何でもミッションをやらないといけないと思ってしまい、美月達には心配をかけた。
「当然、今この瞬間の事実も切り取ることになる」
「…………記憶が消えるなら教えてくれ。どうして世界をこんな風にした? そのせいで何人が死んだと思ってる? 分かってるんだろ? 何人死んだのかくらい分かってるんだろ?」
再び晃生の死が真の頭をよぎった。信也が殺されたと知った時の怒りを思い出した。木村が喰われたこともだ。美月の仲間を手に掛けたこともある。何のためにこんなことをしたのか。納得のいく理由を聞かせてもらえるのか。
「お前と人の生死について話し合うつもりはない。世界を変えた理由についても今はまだ話す時ではない。前にも言っただろ、時が来れば答えると」
「どうして? 何のためにこんなことをしてるんだ!? お前は神なのか? 人間を試しているのか? 人類に試練を与えてるのか? どうなんだよ!?」
「一つだけ答えてやる。私は神などという存在ではない。神とは人の空想が作り出した虚構の存在だ。実在するものではない」
「神じゃ……ない!?」
「そうだ」
「だったら……」
真はさらに背筋が寒くなったのを感じた。神という何もかもを超越した存在が世界をゲーム化したというのならまだ納得というか諦めがついた。だが、世界をゲーム化したのは神ではないという。そもそも神は存在していない。だったら、何者が世界をゲーム化したのか。それを聞きたいと思ったが、おそらく答えてはくれないのだろう。だから、言葉が止まっていた。
「お前の思っている疑問は分かるが、それも含めて時期が来れば答えてやる」
真の考えていることを見透かした管理者が言う。幼い少女の出で立ちだが、何もかもが手のひらの上だ。
「…………」
真は言葉に詰まっていた。何か核心を突く質問をしたい。だが、それこそ答えてもらえないだろう。
「俺だけに会ってるのか……?」
ようやく出てきた質問はこれだけ。世界のゲーム化に結び付くような質問でもなんでもない。だが、無意味というわけでもない。
「お前だけだ」
これには管理者もすぐに答えてくれた。真以外に管理者が会っている人間はいない。
「どうして……俺なんだ?」
真はMMORPG『World in birth Online』で最強のボスを一番最初に倒したプレイヤーだ。そして、この世界は『World in birth Online』の世界を模して造られている。だが、それだけの理由で最高レベルと最強装備を引き継がせたのか。もしかしたら本当の理由は別にあるのか。それが分からない。
「それについては近いうちに話してやろう。だが、今回はこれで終わりだ。また会える時を楽しみにしている」
能面のような表情は崩さずに管理者がそう言うと部屋の扉を開けて外に出て行った。そして、部屋に残されたのは真一人だけ。
「ふぅ…………」
緊張の糸が切れて安堵と共に息が漏れる。畏怖しているとまではいかないにしても、得体のしれない存在には心許せるわけがない。管理者は真に対して危害を加えるようなことはないと分かっていても身構えてしまう。
「ねぇ、真……」
「うわっ!?」
美月に声をかけられた真が驚いて声を上げた。身体がビクッとなり大きな反応を示す。
「わっ!?」
あまりにも真の驚き方が大きかったため、声をかけた美月も驚いて声を上げてしまった。
「急に声をかけてごめんね。びっくりしちゃったよね……」
「いや……大丈夫だ……」
「そう、ならいいんだけど……。あのね、剣崎さんのことは……その、残念だと思うよ……。でもね、剣崎さんは真に責任を感じてほしいわけじゃないっていうか……ごめんね、なんか上手く言えなくて……」
心配そうな顔で美月が真に話しかけてきた。ミッションが終わってからというもの真は窓の外を眺めていることが多くなった。ずっと何かを考えている。何を考えているのかは美月達には分かっていた。真の力になってあげたいという気持ちは美月だけでなく、翼も彩音も華凛も同じだ。でも、どう声をかけていいか分からない。
「ああ、大丈夫だ。俺も頭では分かってる……。分かってるんだけど……まだ気持ちが整理できないっていうかさ……。でも、ありがとう…………」
真は美月に返事をしながら違和感を感じていた。何かが抜け落ちている感覚がする。何が抜け落ちているのかは分からない。それは、一度経験があることだった。今回のバージョンアップでミッションが追加される直前。宿の入口で真が急に驚いた時のことだ。それと同じ感覚。あの時は結局何が原因なのか全く分からなかった。今もあの時と同じような抜け落ちた感覚がある。それは不快であり、不可解なものであったが、前回の経験と同様、真にはどうすることもできなかった。




