氷の精霊 Ⅱ
「クダケロ」
シルディアはまるで感情のない氷のような声とともに手を掲げると、何もない空間から2本の巨大な氷の槍が突き出してきた。一直線に伸びた氷の槍が狙うのは、処罰の対象者。氷の像へと変えられた『ライオンハート』の二人だ。
「ッ!?」
喉の奥まで叫び声が出てきたが、真はそれを必死で堪える。氷の像を壊していた白狼ルフィールはもう倒している。それなら、もう一度氷の像にされても壊す敵がいないのではないか。もしかしたら氷から人間に戻せるんではないかと淡い期待を抱いたところを氷の槍が打ち砕いた。
「キンキコレヲトク」
シルディアはそう言うと、スッと地面の方へと降りてきた。
「くっそッ!」
最初に声を張り上げたのは真だった。その声を聞いて、周りが驚愕の表情を浮かべていた。この状況で声を上げるなど自殺行為ではないのか。そんなことをして大丈夫なのかという大きな不安を抱いていた。
そんな周りの不安とは裏腹に、声を上げた真には何の変化もない。
「もう、声を上げて大丈夫だ!」
真が再び声を上げた。シルディアが言ったの言葉は『禁忌 声をあげる』だ。声を出すことを禁じられた状態になったのだが、シルディアが何を言ったのか理解をしていなかった二人が禁忌に触れて氷の像にされた。
そして、シルディアが最後に言った言葉、『禁忌 これを解く』。つまり、声を出してもそれは禁忌に触れることではなくなったということ。
「…………」
だが、周りの反応は鈍い。様子を見渡してどうでるか迷っている。真に何の変化もない以上、声を上げても問題はないのだろうが、先ほど仲間が声を上げて氷の像にされたのを目にしている。大丈夫だと分かっていても簡単に声を上げられる状況ではなかった。
そんな中で真が確信をもって声を上げられたのは、これがゲームの世界だから。普通に考えれば禁忌を解く意味はない。禁忌を課せられるのであれば、それをどんどん増やして相手の行動を封じていけばいい。
それでも、禁忌を解いたのはゲームだから。初見殺しをしてきても、クリアできるように調整してあるのだ。ただ、それを理解できるのはこの中に何人いるだろうか。
「禁忌は解かれている! 反撃に回るぞッ!」
大きく声を張り上げたのは総志だった。突然の出来事に攻撃の手が止まってしまっている。シルディアはこちらの様子などお構いなしに次の攻撃の体勢へと入っている。ここで手を休めるわけにはいかなかった。
「は、はい……ッ!」
総志の声で何とか気持ちを持ち直して『ライオンハート』の精鋭部隊が声を上げる。
「やられた分をやり返すぞッ! 反撃だ! いけーッ!!」
総志に続く様にして晃生が雄叫びを上げた。気持ちで負けていてはやられてしまう。周りを鼓舞するだけでなく、自分自身も奮い立たせるために晃生は喉が裂けんばかりの声を上げたのだ。
「精霊の声に注意しろ! 次も何かしてくるぞ!」
時也が冷静に注意喚起をする。同様のパターンで攻撃を仕掛けてくるのは予測できていた。ただ、どんな内容を言ってくるのかが分からない。おそらくは『声を上げてはいけない』以外のことを言ってくるだろう。
「「「はいッ!」」」
再び勢いを取り戻した『ライオンハート』の精鋭達がシルディアに向かって猛反撃を繰り出す。その中には美月や翼、彩音、華凛も奮闘している姿があった。美月達も踏んできた場数は『ライオンハート』の精鋭に負けてはいない。真についていくということは、少なからず真の基準で動くということ。格上の敵と戦うことは慣れている。
「マダサカラウカコノウジムシドモメ」
シルディアが発した言葉を全員が注意深く聞いた。『まだ逆らうかこの蛆虫どもめ』と言ったのを理解し、次の言葉を待つ。
「キンキマブタヲアケル」
「全員目を閉じろー!」
シルディアが言った言葉の意味をすぐに理解して総志が声を上げた。総志の声で『禁忌 瞼を開ける』という言葉を理解し、全員が目を閉じた。
「……ッ!? やばい! 横に飛べッ!」
咄嗟に何かに勘づいた真が声を荒げる。考えている暇は微塵もない。『横に飛べ』という指示が的確かどうかなど全く分からない。ただ、勘でそう動くしかなかった。
(目を閉じている状態のまま放置してくれるわけがねえだろ……ッ!?)
素直に目を閉じていたことに内心毒づきながらも真は力いっぱい横に飛んだ。真がシルディアの攻撃を受け止めている関係上、周りに人がいない位置取りが幸いし、誰にもぶつかることなく、氷の地面へとダイブした。
「ぐあァーッ!?」
真が飛びのいた数瞬後に男性の悲鳴が響き渡った。誰の声かは分からない。目を閉じている状態では大人の男性の声がしたということと何かしらの攻撃を受けたのだということしか判別できない。
「キンキコレヲトク」
シルディアが禁忌を解いたことで、全員が目を開ける。そして、真っ先に悲鳴の原因となったものを確認する。
目に入ってきたものは巨大な氷の槍が一人の男性を貫いている光景。真の指示に対して反応が遅れてしまって避けきれなかったのか、それとも、避けた先に槍が飛んできたのか。目を閉じていたため分からないが、一つだけ判明していることは、氷の槍で貫かれたアサシンの男が絶命しているということだけ。
(ランダムターゲット……。やっぱりこうきたか……ッ!?)
真が心中で毒づいた。シルディアの狙いは真一人に集中している。だから、目を閉じたとしても回避行動を取るのは真だけのはずなのだが、実際には別の人間が狙われた。
敵の行動パターンの一つに誰を狙うかランダムで決まるものがある。それがランダムターゲットと呼ばれるもの。いくら敵対心を集めていても、ランダムターゲットである以上、狙われる対象は予想不可能。真一人が狙われていると思わせておいて、目を閉じさせる。そこでのランダムターゲットは実に狡猾だ。真は咄嗟に気が付いたが、それでも犠牲は出てしまった。
「怯むなッ! 俺たちはまだ生きている! 反撃の手を緩めるな!」
総志が大声で喝を入れると、『ライオンハート』の精鋭達はすぐさま攻撃を再開させた。もうすでに何人もの仲間を失っている。次は自分の番かもしれないという恐怖が付きまとう中でも、必死に食らいついて攻撃を繰り出している。『ライオンハート』にとってミッションで仲間を失うことは常だ。だからといって慣れるものでもなければ、動揺もする。だが、絶対に諦めない心を持っている。能力だけでなく、それが最強と呼ばれる所以なのだ。
(安全策を取ってる場合じゃねえな……)
<バーサーカーソウル>
真が内に眠る狂戦士の魂を呼び起こす。ベルセルクのスキルであるバーサーカーソウルはその効果時間中に自身の攻撃力を大きく上げることができる。その反面、防御力は半減するハイリスクハイリターンのスキルであり、ベルセルクを象徴するスキルともいえる。
強大なボスの攻撃を引き受けている状態で自身の防御力を下げる効果のあるスキルは悪手と言える。だが、真はそんなバーサーカーソウルを使ってでも早く倒した方がいいと判断した。
真の攻撃さらに苛烈さを増す。できる限りダメージを加えるためにも、シルディアの攻撃はギリギリのところで回避して、すぐさま反撃に出るようにする。一歩間違えれば直撃する危険性もあるが、真であればそれで死ぬようなことはない。とはいえ、バーサーカーソウルを使っている状態だ。できる限り喰らわない方がいいだろう。
「コザカシイムシドモガ」
またもシルディアが言葉を発し、中空へと浮かび上がっていった。『小賢しい蟲どもが』と言ったのだろう。かなり苛ついている様子が伺える。シルディアの方もかなり追い込まれているのだ。
シルディアが何を言ってくるのか聞き漏らせば死に繋がるため、全員が黙りこんで集中する。
「ジュンシュアシヲトメル」
シルディアが発した言葉に一同が疑問符を浮かべた。『キンキ』という言葉を使っていない。何かを禁じられると思い込んでいたところで急にパターンを変えられた。そのことで思考がパニックに陥る。
「『遵守 足を止める』だ! 一歩もその場を動くな!」
すぐさま総志が大きな声を張り上げた。シルディアが言っていることの意味は難しいものではない。冷静に判断すればすぐに内容を理解することができる。
「モットモニクキムシメオマエヲコオリヅケニシテヤロウ」
全員が足を止めている中、シルディアが真の方へと向いて手を翳した。すると、一瞬カッと瞬いた後、青く光る玉が出現した。
それはルフィールが遠吠えと共に放つ青い光球。既に倒しているはずのルフィールが使ってくるものと同じ青い光球が真の頭上に現れた。




