狼の集落 Ⅱ
ログハウスが建ち並ぶ区画の入口の広い場所を借りて『ライオンハート』と『フォーチュンキャット』の一行は野営を敷いていた。
一日中空を覆っていた雲は夜になってもまだ晴れることはなく、空一面に大きな布が被せられているようだった。
快晴の夜に比べれば月と星の光がない分、薄暗くなるが、それでもゲーム化した世界の夜は真っ暗になることはなく、肉眼で周りを見ることができる。
今はどれくらいの時刻だろうか。真夜中であることは勘で分かる。夜明けまでにはまだ時間もあるだろう。
不意に目を覚ました真がテントの隙間から入る微光に目をやる。青白い闇の光に混じって入ってきているのは揺れる橙色の光。それともう一つ、聞きなれた少女の声が入ってきた。
「私……まだ何もしてなくて……せめて見張りだけでも手伝えたらなって……」
頼りないその声の主は美月だ。野営には見張りを立てている。交代で見張りをすることになっているのだが、精鋭中の精鋭部隊である『フォーチュンキャット』のメンバーは見張り役には当たっていない。
「お嬢ちゃんがそんなこと気にする必要はねえよ」
もう一つテントの中に入ってきた声は渋い中年男性の声。おそらく剣崎晃生の声だろう。
「でも……」
微かだが美月が言い淀んでいる声が聞こえる。フォローしてもらってはいるのだが、役にたっているのかどうか分からない現状に無力感を抱いているようだ。
その声を聞いて真が思わずテントの外に出てきていた。
「あっ、真。どうしたの!?」
真がテントから出てきたことに美月が意外そうな顔を向けた。こんな時間に起きてきてら朝の弱い真には大変だろうと心配もする。
「いや……何となく目が覚めてしまって……。で、声が聞こえたから……」
真は目を覚ました直後だったためか、美月の声を聞いて考えなしにテントの外に出てきていた。だから、どうしたのか聞かれても、特に理由なく出てきたとしか言いようがない。
「おう、そうか。それなら蒼井、お前もこっちに来い」
そう声をかけてきたのは晃生だ。今は見張り役をやっているのだろう。他に見張り役をやっている人の姿は見えない。どうやら晃生が一人で見張りをしていたところに美月が来たようだ。と、そこでふと疑問に思う。
「剣崎さんが見張りを……?」
晃生は『ライオンハート』のナンバー3だ。そんな人が見張り役をやっていることに真は疑問を抱いた。他に見張りをやる人はいっぱいいるだろう。それこそ第三部隊の誰かがやるのではないのか。
「ああ、そうだ」
「どうして?」
「どうしてって、あれか? 『ライオンハート』の重鎮が見張りをやってることが不思議なのか?」
晃生が微笑を浮かべながら答える。
「ええ……まぁ……」
「見張りなんて下っ端がやる仕事って思ってるんだろうが、俺はそうは思わねえ。俺は世界がこんなおかしなことになる前は警察をやってたんだがよ。俺がペーペーの時にはいつも上司が遅くまで残って若い連中を先に帰してたんだよ。だから年長者の俺が若い連中を休ませてやるのが努めってわけだ」
焚き火に照らされる晃生の顔はどこか誇らしげだった。昔、世話になった上司と同じように自分も若い世代を見てやる。世界がゲーム化してしまったとしてもそれは変わらない。
「でも、それじゃあ剣崎さんが疲れるんじゃないですか?」
これは美月が言った。年長者として若者を手助けしてくれるのは嬉しいことだが、それでは年長者が疲労で倒れてしまうのではないのか。
「警察を舐めてもらっては困るな! 凶悪な事件が起こった時なんざこれくらいは日常茶飯だ。むしろ、今の方が休めてる方さ!」
ドヤ顔の晃生の声は少し大きくなっている。真夜中なのでもう少し声量を落としてほしいところだが、武勇伝を語る時の男とはこういうものだから仕方がない。
「凄いですね……」
「へへ、そうだろ。……でもな、結局若い奴らに頼らざるを得ないのは事実なんだよな……。本当は俺ら人生の中堅が若い奴らのためにこの世界を元に戻さないといけなんだが……この世界じゃあ力不足だ……。総志や時也に頭をやらせてるのも俺の力不足によるもんだ……」
「そ、そんなことはないと思います! 剣崎さんのことはみんな信用してますし、頼りにしてます!」
少し残念そうに語る晃生に対して美月が言う。『ライオンハート』との付き合いは短いが、それでもみんなが晃生を頼っていることは見えていた。総志にしても晃生に対しては態度が違う。
「そうだな……。信頼されてるってのは確かだろう。それでも総志の力には及ばねえし、時也ほど頭が切れるわけでもねえ……。警察の仕事ならあいつらを鍛えてやることに面白さを感じられるんだが、この世界じゃあ俺ができることはあいつらを下支えすることだけだ……」
「そ、そうかもしれませんけど、でも、力不足なんてそんなことは……」
「総志や時也はいいんだよ、あいつらは大人だからな。……でもよ、お前らはこれからだろ……。椿姫にしても咲良にしてもそうだ……。俺はな……本当は大人だけで解決したいんだよ……。だが、そうはいかないのが現実だ。力のある奴には子供で頼らざるを得ない……それが自分でも情けねえ……」
晃生は真の方を見て話す。力のある者に頼らざるを得ない。まさに真のことを言っているのだ。
「それはゲーム化した世界だからそうなってるだけで……」
現実と違い、大人だからといってこの世界で力を持っているとは限らない。それは晃生も分かっていることだろう。真は何とか上手く言えないかと模索するが結局言葉に詰まってしまう。
「それでもだ。お前ら未成年を守るのは大人の務めだ。ゲームがどうかなんて関係ねえよ。お前らも大人になって社会に出れば分かってくる……。あれだな、説教臭くなってるな。年を取ると説教臭くなるってのは最近身に染みて感じてるからへこんでるんだがよ、やっぱこうなってくるわな」
最終的に茶化すような言いようをしているが、前半で言った言葉は本心だろう。
(未成年を守るのが社会に出た大人の務め……)
この言葉は真の心に刺さった。成人を迎えてから5年。何一つ守ってきたものはない。何一つ守ろうとしたものもなかった。
「いいよ剣崎さん……。俺が守る……」
真が晃生の目を見つめて言う。ただ、毎日ゲームをして過ごしてきた無為の日々。後悔すら考えたことがなかった。そこに晃生が言った言葉。自分は美月達を守る義務があるのだと確信する。現実世界では何もやってこなかったが、ゲーム化した世界で自分がやってきたことは正しかったのだ。ここにきて自分がやるべきことがより明確に照らし出された気分になった。
「ほう、いっぱしの男の顔になってやがるな。やっぱりお前も男なんだな!」
晃生がニイっと笑った。最初に真を見た時は女であると疑いもしなかった。椿姫が真を男だと教えてくれなかったら、ずっと女性だと思っていただろう。
「や、やっぱりも何も俺は男だ」
いっぱしの男の顔と言われて真が照れながら言う。そんな言葉は美少女のようなアバターの姿になる前も言われたことがないことだった。
「ああ、そうだったな。それじゃあ、いい男はもう寝てる時間だ。真田もいい女になりたかったらさっさと寝てしまえよ」
「どういう理屈だよ」
「剣崎さんもいい男なんですから寝てくださいね。それじゃあ、おやすみなさい」
ふふっと笑いながら美月が返す。
「俺は寝なくてもいい男なんだよ。おやすみ」
よく分からない理由で寝るように言われるが、真も美月も素直に従ってテントの方へと戻っていった。
晃生と話をしたことで真は完全に目が覚めていたのだが、テントに戻り床に着くと、不思議と自然に眠りにつくことができた。
いつの間にか空を覆っていた雲に切れ目ができている。雪の大地に差し込む月の光に気が付いたのは一人見張りを継続している晃生だけだった。




