モードロイド Ⅲ
1
「総志、どうする? このまま進むか?」
強敵とされていたアイスゴーレムに対して無傷で快勝したことにより、『ライオンハート』のメンバーの士気は高揚していた。この勢いで今まで行けなかったところに探索を進めるかどうか。時也はその判断を総志に仰いだ。
「いや、一旦ベースキャンプに戻る。予定に変更はない」
だが、総志自身はいたって冷静であった。勝利の美酒に酔いしれることもなく、計画されていた通りの行動を取ることを選択した。
「この状態では足元をすくわれる可能性あるか……。妥当な判断だな。一度クールダウンする必要はあるだろう。みなは残念がるだろうがそれも仕方のないことだな」
眼鏡の位置を修正しながら時也が返事をした。総志の力で皆が沸き立っているのは良いことだが、興奮状態で探索をするのは危険だ。慎重さが無くなれば普段は落ちない落とし穴にも落ちてしまう。それなら多少の士気の低下は必要経費として考えて、安全策を取った方が賢明だろう。
「ああ、それに本当の目的はもう達成できた。本格的な探索は明日、第三部隊と合流してからだ」
「本当の目的か……。直に見てどうだった? やはり化け物か?」
周りに聞こえないように配慮しながら時也が問う。総志も時也も最初からアイスゴーレムが障害にならないことは分かっていたことだ。だが、それにしても呆気ない。先遣隊が退却したという情報を考慮すれば、真の力とは一体どれほどのものなのか。
「あいつは化け物じゃない……」
総志の答えは時也の想定していたものとは違った。総志はもっと真の実力に驚き興奮するかと思いきやそうではなかった。真も総志の期待に応えることができる人材ではないのかと、時也は一瞬そう思った。
「化け物以上の何かだ」
総志は笑っていた。内に秘めた昂りを抑えきれずに漏れ出してきているように、獰猛な笑みを浮かべている。周りから見ればそれは強大な敵を圧倒的な強さで打ちのめした強者の顔に見えただろう。だが、それは違う。想像もつかないような奴が近くにいる。そのことを単に楽しいと感じているだけだった。
「そうか……」
時也はそれ以上何も言えなかった。総志の言う『化け物以上の何か』とは一体何なのか。それは想定の範囲を超えている。理解の範疇を越えているものに対して総志のように楽しむことなど時也にはできない。むしろ時也にとって未知のものは恐怖の対象となりうる。
だが、この場でその議論をすることはできない。モードロイドのど真ん中であり、第一部隊と第二部隊が指示を待っているのだ。詳しい話はベースキャンプに戻ってからにした方が良い。
「皆聞いてくれ。道を塞ぐアイスゴーレムは俺たちの障害にはならないことが分かった。今後はもっと奥に進み本格的にミッションクリアを目指して行動してく! だが、今日はこれで一旦帰還する」
興奮状態だった『ライオンハート』のメンバーも総志の声が聞こえると落ち着きを取り戻し、傾注する。だが、少し戸惑いが見られた。このままの勢いで探索を続けることを望んできた者が多いからだ。そこに水を差すように帰還の指示。
「もう一度言う! 当初の目的は達成できた。これから本格的な探索をするために一度ベースキャンプに戻る。以上だ!」
再度総志が声を上げた。その声で一同は納得をしたようで、隊列を組み直して帰還のための準備に入る。真達もその指示に従って隊列の中へと入っていく。
時也は変わらず冷静な対応をしていた。的確に指示を出して、各隊を動かして一路ベースキャンプへと向けて歩き出した。
一見落ち着いているように見える時也だが、内心はそうではなかった。総志のことが時々分からなくなる。目的はこの世界を元に戻すことで間違いはないのだが、それでも総志の中にある獣のような獰猛さが垣間見えることがある。出会って間もない頃はそうでもなかったように記憶している。芯の通った人間だというのが総志に対する第一印象。それは今でも変わらないが、どうしようもない狂暴な獣が顔を見せ始めたのは何時の頃だっただろうか。ここ最近はそれを見る頻度が増えたような気もしていた。
2
モードロイドの奥地の探索に出ていた『ライオンハート』の第一部隊と第二部隊は昼過ぎにはベースキャンプに戻ってきていた。
あまりにも早いその帰還に、べースキャンプの維持に就いていた者からは失敗して早々に逃げ帰って来たのではないかと心配する声も上がったほどだ。
だが、その声はすぐに掻き消えることとなる。圧倒的な強さでアイスゴーレムを倒したという報告はすぐにベースキャンプに広がった。あまりにも呆気なく倒せたから帰ってくる時間も想定以上に早かったというだけだと。
そして、その日の夜。ベースキャンプの中央テントには総志、時也そして晃生の3人が大きな机を囲んでいた。他には誰もいない。総志の指示で会議が終わるまで誰も中央テントの中には入れるなということになっており、そのための見張りも立てている。
「聞いてた割にあっさりと倒せたから拍子抜けした気分だが……。総志、お前の意見を聞かせてくれ」
第一声を発したのは晃生だ。大事な話をしている時でも口髭を触る癖は直らない。
「アイスゴーレムに対して俺と蒼井が最初の一撃を入れた時だ。あの一撃でアイスゴーレムは蒼井に狙いを切り替えた」
総志は事実としてあったことを淡々と話す。今日の戦闘が終わった後のような高揚した状態ではなく、いつもの通りに冷静な口調だ。
「ちょっと待て!? 総志と蒼井君が攻撃を仕掛けたのは後衛火力の一斉攻撃と盾役が敵を引き付けるスキルを使た後だろう!? 近接攻撃職が狙われないように配慮しての作戦だったんだ! いくら蒼井君が強いっといっても……いや、あの不可解な動きは……そういうことなら説明がつくが……そこまで……」
信じられないという風に声を上げたのは時也だ。時也はビショップであり、回復役のエキスパートとして、パーティの命綱を担っている。そのため、常に戦闘中の様子を把握し、適切な回復スキルを使用する。それができなければ、死体の山を築くことになる。だから、時也は疑問に思っていたのだ。どうしてアイスゴーレムの狙いがブレたのかということに。そして、その答えは想定外のものだった。
「それは俺も気になってたところだ。アイスゴーレムが俺の方へと向かなかったのはなんでなんだろうっていうのは疑問に思ってた。後衛の方に狙いが向かないようにと気を配ってはいたが、一呼吸遅れてから攻撃に参加したお前らに向かうとは思ってもいなかったからな……って言ってもそんなこと思っている間もないくらいにすぐ終わってしまったんだがよ」
晃生が今日の戦闘を思い起こしながら話をする。先遣隊のようにフロストワイバーンが集まってくるまでアイスゴーレムを倒せずにいて、収拾がつかなくなってしまうようなことにはならないとは思っていたが、それでもある程度の時間はかかり、アイスゴーレムとフロストワイバーンの両方を相手にすることも覚悟していたほどだ。それが蓋を開けてみればフロストワイバーンの影すら見ることなく戦闘が終わった。
「誰の攻撃やスキルよりも蒼井の一撃が勝っていたということだ。おそらく蒼井一人でも倒すまでの時間はさほど変わらないはずだ。ほとんどあいつ一人で倒したということになる」
先遣隊の実力と『ライオンハート』の第一及び第二部隊の実力を考慮して真の力を計算する。そうして総志が出した答えが『ほとんど真一人で倒した』という結論。真がいなければどう考えてもフロストワイバーンとの戦闘は避けられなかっただろう。
「おい、総志よ。そうなると蒼井一人でもミッションをクリアできるってことになるぞ?」
訝し気な顔で晃生が言う。本当にそこまでの力があるかどうかは定かではないにしろ、総志が言うのであれば間違いはないだろう。だが、そうなると自分たちは必要ないということになる。
「蒼井はドレッドノート アルアインを一人で倒しています。これは実際に見たわけではないので、『フォーチュンキャット』のメンバーの証言ですが、今日の戦闘を見て本当だと確信しました。だから、剣崎さんの言う通り、蒼井一人でもミッションをクリアすることができる可能性はあります」
「はっきりしない言い方だな?」
総志は真が一人でもミッションをクリアできるとは言っていない。クリアすることができる『可能性』があるという曖昧な返答になっている。
「今回のミッションの全貌はまだ見えてません。以前のゴ・ダ砂漠でのミッションのように期限付きのミッションであれば、一人だと目的地の探索だけで期限超過で死にます。なので、蒼井一人だけでミッションをクリアできる内容でなければ不可能です」
「なるほどな……。強いだけではどうにもならないこともあるってことか……。でもよ、明日からは第三部隊も引き連れて奥地の探索にあたるわけだろ。無駄な危険に晒す必要はないんじゃないのか?」
総志の言っていることはもっともだった。それは晃生も経験をしていること。強いからと言っても一人ではどうにもできないことがある。だから皆の協力が必要なのだが、それなら少数精鋭でもいいだろう。奥地の探索に実力で劣る第三部隊まで投入するのはどういう理由か。
「蒼井がいれば安全にミッションに臨むことができるのは事実です。だから、第三部隊の練度を上げるためにも探索に連れて行きます。今後、もっと大規模な人数でミッションに臨まないといけないこともあり得ます。その時に蒼井に頼るしか方法がないでは未来はありません」
「そういうことか。よし、それなら納得だ! 俺もせいぜい後れを取らないように精進させてもらうとするわ」
晃生はそれで疑問は解消したようだが、時也は考え込んでいた。当初から真には総志以上の実力があり、アイスゴーレムを相手にしても真と総志がいれば障害になり得ないだろうとも思っていた。だが、それは他のメンバーの力も含めての計算だ。真と総志がその実力を見せつけることによって士気が上がり、困難に立ち向かえる力となると考えていた。
アイスゴーレムに向けて放たれた後衛火力の一斉砲火に加え、総志自身の攻撃も加わっている。それでもなお、総志の評価は『蒼井一人で倒したようなもの』ということだ。
時也はここにきてようやく真の力を過小評価し過ぎていたことに気が付いた。完全に見誤っていたのだ。それは総志とて同じだろう。だから、総志は言ったのだ。『化け物以上の何か』だと。




