ベースキャンプ Ⅰ
<デモンアクセル>
剣崎晃生が身の丈2m50cmはあろうかという巨大なイエティに向かって斧を振り下ろす。ダークナイトのスキルであるデモンアクセルは振り下ろされた斧から衝撃を放つと共に敵のヘイトを増大させる効果がある。まずは盾役のダークナイトが敵の注意を引き付けるのが戦いのセオリーだ。
<ブレイズランス>
巻き上がる火炎を収束し、放たれた灼熱の槍は白毛のイエティに突き刺さった。
ブレイズランスはソーサラーが使用できるスキルの一つ。単体の相手に対して炎属性の強力な一撃を見舞うことができる。このスキルを放ったのは『ライオンハート』の精鋭部隊の一人だ。
ベースキャンプへと向かって雪山を進行している最中、突然イエティが襲ってきたため、隊の先頭を行く『ライオンハート』の精鋭部隊が応戦している。
<バックスタブ>
炎属性の魔法攻撃の余波が消えていない一瞬のうちに背後に回り込んだ咲良が急所に致命のナイフを押し込む。
アサシンである咲良は敵の虚を突いて、死角から必殺の一撃を入れることを得意としている。非常に攻撃力が高く、手数も多い。今使用したバックスタブは早い段階で修得できるスキルではあるが、背後から攻撃すれば必ずクリティカルヒットする特性上、レベルが上がっても主力として使える。
<スラッシュ>
咲良の攻撃に続いて総志が勢いよく踏み込んでイエティを斬りつける。これが止めの一撃になった。大剣で袈裟斬りにされたイエティが大きな体躯を積もる雪へと沈める。
流石と言うべきか、完璧な連携で難なくモンスターを撃退している。今日何度目かになる戦闘であるが、一度も危ないという場面がない。まだ、ベースキャンプにも辿り着いていないので、そこまで危険なモンスターというわけではないだろうが、それでも向こうから襲い掛かってくるような好戦的なモンスターだ。
『ライオンハート』の精鋭部隊と共に隊の先頭に配置されている真が感心しながら精鋭部隊の戦いっぷりを見ていた。
咲良は真の方を向いて、『どうだ! 見たか、これが総志様の実力だ!』と言いたげなドヤ顔をしている。当の総志はそんなこと気にもしていない様子で、特に真の方を見るようなこともない。
(まだ、出る幕はなさそうだな)
個々の練度もさることながら、パーティーとしての連携が上手い。お互いがどう動くのか熟知しており、信頼しているため、個々が最善の行動を取ることに集中できている。そのため無駄な動きというものがない。
そして、モンスターを排除した後には何事もなかったかのように雪の勾配を進んで行く。
すでに雪山モードロイドの斜面を歩くこと半日。積もる雪は深さを増していき、木々の上にかぶさる様にして積もっている雪も厚みを増している。だが、不思議なことに踏み込んだ足が雪の中に埋もれることはない。圧雪されていない雪に体重を預ければ当然足が深く沈み込むはずだが、それがない。せいぜい足跡が残る程度。木の幹まで積もっているのが見て取れるため、決して浅いわけではなさそうだ。
(そういえば、ゲームをやってて雪に足を取られるっていう描写は見た記憶がないな……)
ゲームで雪山の攻略に行くときに専用の靴を履かないと腰まで雪に埋もれて身動きが取れなくなるということはない。探せばそういうゲームもあるかもしれないが、ほとんどのゲームは深い雪の中でも足跡が残る表現をしているだけだ。真は力強く雪に足を突き刺しても硬い反動が返ってくることに違和感を覚えながらも、雪に足を取られないで済んでいることには助かっていた。
「ここまで来ても全然寒くないって……」
雪の降る曇天を見上げながら美月がボソッと呟く。足取りこそしっかりしているが、顔には不安の色が浮かんでいる。
「寒くないのは助かるって言えばそうなんだけどな……。美月が言いたいことは分かるよ。なんていうか……人工的以上に人工的な……? 現実味に欠けるっていうか……そんな感じか」
「まぁ、そんな感じかな……。本当は実在しないところを歩かされているっていうか……ゲームの世界なんだから現実味がないのは分かるんだけど……今まで以上にそれを実感させられてるっていうかな……そんな感じ」
まるでブルースクリーンの前でCG合成を前提に演技をしているような感覚。演技であれば割り切って役に集中できるが、今やっていることはドラマや映画の撮影ではない。皆真剣にミッションを遂行している。しかも命に関わる危険もあることだ。だから、現実味に欠ける場所に行かされていることが虚仮にされているような気がしてならない。しかし、逆に現実の雪山のように極寒の中を進みたいかと言われれば、そうではない。むしろ、寒くないことを歓迎すべきだろう。そこが気持ちを複雑にさせていた。
「王都とか今まで行ってきた街のNPCって本当に実在する人みたいだったしな。それこそゲームっていう感覚がなくなってしまうくらいにリアルだったから、寒くない雪山っていうのはやっぱりゲームなんだなって思い知らされるよな……」
どのNPCも話をすれば本物の人間と同じように返してくる。定型文しか言えないようなNPCはこの世界には存在しない。だから、相手がNPCだということを忘れがちになってしまう。それほど、この世界のNPCは良く出来ていた。
「そうなんだよね……。いつも愛想よくしてくれてる店のおばさんもやっぱりゲームなんだなって思うとちょっと寂しいっていうかさ……」
美月は浮かない顔で返してきた。真は「そうだな……」と言うことしかできない。こういう時に上手く言える人が羨ましいと思う。
そこで会話が終わると後は黙々と雪山を登っていく。徘徊するモンスターが襲ってくることも数度あったが、『ライオンハート』の精鋭部隊にかかれば雑魚でしかない。障害になりようもなく、多少の手間を取られるくらいで進行は続けられた。
それから登ること数時間。いつの間にか雪は止んでおり、雲の隙間からは橙色の西日が差し込み、白い雪を赤く染めている。
現実にある太陽の光と非現実のゲームの雪。それらが混ざり合い、幻想的な夕映えを見せた。それは昔写真で見たことがある絶景。真は本当にここまで奇麗に見えるのだろうかと疑問に思ったことがある。写真の技術や加工でここまで奇麗に見せているだけの一枚だと思った。
その一枚が目の前にある。ゲームの世界だからここまで奇麗に見えるのか、それともあの写真はこの景色を切り取ったものなのか。それは分からないが、目を奪われたことだけは確かだ。
「ベースキャンプが見えたぞ!」
晃生の一言で真はふと我に返ったように意識を戻した。思わず見とれてしまっていたが、今の目的はベースキャンプに辿り着くこと。早朝からずっと歩き続けてきてようやくここまでこれたのだ。
見えたのは大きなテントがいくつも張られた開けた場所。勾配が緩やかになっていて、視界も十分にある。ベースキャンプを設営するには打って付の場所と言えた。
そして歩くこと10数分。ベースキャンプの正面で見張りをしている若い男が駆け寄ってきた。
「お疲れ様です、紫藤さん」
駆け寄ってきたのは『ライオンハート』のメンバーの一人だ。開けた場所にある分、モンスターの方からも襲いやすい立地だ。こういう見張り役は常に必要なのだろう。
「ああ、早速だが俺たちの到着をキャンプ本部に伝えてきてくれ」
「了解しました!」
若い見張りの男は総志の指示に気合の入った返事で返す。そして、すぐさまベースキャンプの中心へと走って行った。
ベースキャンプの中心には一際大きなテントが張られていた。大きさからすれば20人くらいは入れるのではないかというくらい。それは軍隊が最前線で使うようなテントだ。
「こんなに人が集まってたんだ」
翼が声を漏らした。ベースキャンプがあるのは位置的にはモードロイドの中腹前辺り。深い雪が辺り一面を白い世界に変えている場所。そんな場所にざっと見渡しただけでも50人以上がキャンプを張り、探索基地の維持に努めていた。
「そうよ、今までミッションの調査をずっとしてきてくれた人たちよ。彼らがいてくれるから、私達はこれからやる奥地の探索に集中することができるの」
返事をしたのは椿姫だった。ミッションの中心的な存在は『ライオンハート』の精鋭部隊で間違いはない。だが、自分たちが最前線でミッションを遂行することができるのは、ここに居るベースキャンプの維持をしてくれているような裏方で頑張っている人のおかげだ。
それぞれに役割があり、そのすべてがミッションをクリアするという目的に繋がっている。だから、椿姫は最前線に立っているといことに驕ることはなく、みんなに対して感謝の気持ちを持っていた。




