テンペスト Ⅶ
1
総志は何のためらいもなくレッドゾーンにある『テンペスト』の集団に向けて範囲攻撃スキルを放った。しかもベルセルクが使える範囲攻撃スキルの中でも一番効果範囲の広いブレードストームだ。威力は低いが、レッドゾーンにある者には関係ない。レッドゾーンの状態で何かしらの攻撃を受ければそれで死ぬ。
「なッ……!?」
声にならない呻き声は龍斗のものだ。やばい状況にあるのは分かっていたが、まさかここで総志が攻撃を仕掛けてくるなんて想像もしていなかった。そもそも、何故、紫藤総志がここにいるのかさえも分からない。そんなことを考える余裕もなく、総志の一撃で龍斗の命は終わりを迎えた。
真と美月が総志の攻撃範囲内に入っていてもダメージを受けていないのは、『ライオンハート』の同盟である『フレンドシップ』と同盟関係にあるからだろう。
「えッ……!? そんな……!?」
驚愕に声を漏らしたのは美月だった。総志が放った範囲攻撃スキルによって『テンペスト』の構成員がバタバタと倒れていく。最早立っている者はいない。この場にいる『テンペスト』全員が倒れていた。それが全員死んだものだということは明白だが、思考が追いつかない。
「…………」
真は黙って総志の方を見ている。何を言うわけでもない。ただじっと見つめていた。
「紫藤総志……どういうつもりだ?」
千尋が総志に問い詰める。いきなり現れて状況を把握するやいなや即座に攻撃を仕掛けた。『ライオンハート』のギルドマスターであるため、『テンペスト』とは無関係というわけではないにしろ、あまりにも唐突過ぎる。
「私怨だ。俺の都合で殺した。お前らは関係ない」
総志は端的に言う。余計なことは言わずに、言い繕うこともしない。ただ、真っ直ぐに自分がしたことを答える。
「……。もう一つ答えてくれ……。どうしてお前がここにいる?」
総志が龍斗を含む『テンペスト』を斬殺したことで、千尋は冷静さを取り戻していた。怒り狂っていた相手はもうこの世にはいない。どうしようもない怨みは残っているが、それを向ける相手は今死んだ。
「小林という男がやってきて事の顛末を教えてくれた。後は俺の判断だ」
「小林さんが……」
小林が全て話をしていたのであれば、辻褄が合う。真のことを知っていたのも小林から聞いたのだろう。紫藤総志と『ライオンハート』の精鋭がやってきたタイミングを考えると、小林が総志に話をしたのは、千尋達が王都を出てすぐか、もしくは出る前の夜だろう。
「あ、あの……私達を助けに来て……くれたんです……よね?」
美月の声は震えていた。目の前にはたったいま人を殺した人間がいる。その人間に対して『助けに来てくれたのか』と聞くことに恐怖を感じていた。
「私怨だと言っただろう。お前たちがどうこういう理由で桐山達を斬ったわけではない。俺の個人的な理由で殺しただけだ」
「でも……それじゃあ……」
人を殺した責任は全て総志にあるということになる。あと一撃で殺せるという状況を作ったのは真だ。総志はそのことに一切触れようとしない。あくまで総志個人の責任であると言い張っている。
「今ここで殺さなくても、いずれは決着をつけていた。こいつらを放置しておけば俺達にも被害が及ぶ。だったら今、この場で始末をつけた方がいい。それだけの理由だ」
総志の意見は変わらない。どこまでも自分の責任であることから逃げない。人を殺したという事実を他の人間に背負わせようとはしない。
「だから、御影。俺はお前に謝罪はしない。自分の手で仇を取りたかったのなら剣を止めるべきではなかったな」
「…………ああ、私もお前の謝罪を受けるつもりはない」
総志がそういう男だということは千尋は良く分かっていた。責任を全部受け止める強さを持っている。だからこそ、最強のギルドのマスターであり、ゴ・ダ砂漠の出身者の誇りなのだ。そういう強さは信也とよく似ている。信也と総志が親友である理由もそこにあるのだろう。
「それと、予め言っておく。俺は次の攻城戦でこの要塞を取りに来る」
「…………」
真はずっと総志の方を見ていた。総志が『テンペスト』を斬り捨ててから、ずっと目線を外さない。何を言うわけでもない。何かを言いたいわけでもない。ただ、黙って見ているだけだ。
「蒼井、お前はこれからどうするつもりだ?」
総志が真の方を見て言う。獣王の眼光はまだ鋭さを失っていない。目の前にいる真を見定めるかのようにじっと見ている。
「……俺は攻城戦には興味がない。俺の仲間も同じだ」
そこでようやく真が口を開いた。あまり感情が出ていない平坦な声ではあるが、しっかりとした意思を感じる声だ。
「そうか……。だったら、もう一つ聞かせてくれ。お前はその力で何をする?」
目線を外さず総志が真の目を見つめる。実際に真が戦ているところを総志が見たわけではない。だが、総志には真の強さが分かっていた。
ここに居た『テンペスト』のメンバー全員がレッドゾーンにあった。一斉にレッドゾーンに入る状況など、範囲攻撃の一撃で全員がレッドゾーンに入る以外に考えられない。それができる真の強さは化け物じみている。いや、化け物の方が可愛らしいだろう。化け物であれば人が退治できるのだから。
「俺は……仲間を守りたいだけだ……」
真も総志の目を見て答える。仲間を守るために力を使う。それは紛れもない真の本心だ。
「いいだろう。それならば、お前とはまた会うことになるな」
「どういうことだ……?」
「理由はない。そう思うだけだ」
総志は満足そうな表情を浮かべた。そして、話はこれで終わりといわんばかりに、会議室の入口で待機している精鋭達に声をかける。
「信也の遺体を運ぶのを手伝ってくれ。ここに残しておくわけにはいかない。シース村まで運ぶ」
「了解しました」
『ライオンハート』の精鋭の一人が返事をする。この男も信也とは浅からぬ関係だ。一緒に酒を飲んだこもある。どんな話をしたのかもよく覚えていないが、一つだけ覚えているのは笑いながら馬鹿なこと言っていたということだ。
「信也……すまない。俺がもっと早く動いていれば……」
総志はそう言って信也の遺体を持ち上げた。
「御影、お前も一緒に来てくれ。それと蒼井と真田。お前たちもだ」
「了解した……」
「はい……」
「……あぁ」
総志の指示に各々が返事をする。断る理由はない。シース村は今回の支援活動の対象となっている村だ。以前からも支援をしている場所で信也にとっては馴染みの村でもある。いつも信也に悪戯を仕掛けては返り討ちにされている少年もいる。
「紫藤総志、『フレンドシップ』のメンバーにも連絡をしたいが、ギルドメッセージを使えるのは信也だけだ……」
「俺が連絡をしておく。王都には『ライオンハート』のメンバーが常駐しているからな。『ボヤージュ』に行けばお前らの誰かはいるのだろう?」
「ああ、そうだ。手間をかけさせてすまないが、よろしく頼む」
千尋が丁寧に頭を下げた。『ライオンハート』の連絡網なら何も心配することはないだろう。『フレンドシップ』であれば、大雑把な信也のせいでまともに機能していないかったのだが、そのことを思い出して、ふふと笑い、涙が零れる。だから、頭を下げていたことが幸いした。
「よし、すぐに移動するぞ! 御影、信也は何日経っている?」
「それは……分からない」
「ならば、死後3~4日経過している計算で動く。残り時間は長くても一週間だ。急いでシース村に向かうぞ!」
ゲーム化した世界になってから死亡すると遺体は腐敗しない代わりに、死後一週間から10日で跡形もなく消滅してしまう。だから、信也が完全に消滅してしまう前に何としてでもシース村に送ってやらないといけない。
『ライオンハート』の精鋭たちは一同に返事を返し、一刻も早く信也をシース村まで運ぶために動き出した。
2
ツヴァルンからシース村までは普通であれば一週間かかる。だが、紫藤総志率いる『ライオンハート』の精鋭たちと真と美月、千尋は4日で辿り着いた。夜間もほとんど休憩なしでの強行軍。疲労の蓄積など知ったことかと言わんばかりの足取りで邁進した。
結果、信也の遺体は消滅する前にシース村に辿り着くことができたのだ。
シース村に着いた時には村人は真辺信也の死という衝撃の事実に驚愕した。老人たちは涙を流し、嗚咽交じりに信也の遺体に抱き着く。子供たちは理解できないのか、じっと信也を見ている。それとも子供たちは信也が目を覚ますと思って待っていたのかもしれない。
誰もが信也の死を悲しんだ。シース村の近くには現実世界との境界線に丘がある。そこには小さな木が一本生えている。信也はよくその木を見ていた。この木は『フレンドシップ』の活動そのものみたいなものだと言っていた。いつか大木になって、色々な動物たちの支えになるのだ。今は細く弱い木で、誰かの助けが必要でも、いずれ誰かの支えになる大木になることを期待していると言っていたのを千尋は覚えている。
そこに信也の遺体を埋めようということになったが、何の嫌がらせか、ゲーム化した世界の地形を変えることはできないため、穴を掘ることもできない。
仕方なく、木の横に信也の遺体を寝かせ、消滅するまで千尋と総志がずっとそばにいることとなったのである。




