テンペスト Ⅵ
真の顔から表情が消えていた。見開いた目はまっすぐ龍斗を見据え、瞬きすらしていない。思慮はなく、感情すら欠落している。あるのは透き通るほど真っ直ぐな殺意。背負っていた大剣を抜いたのも無意識だ。
「おい、赤髪、てめえどういうつもりだ! 龍斗さんの話を聞いてなかったのか!? 逆らったら他の二人も殺すっつってんだろうがよお!!」
真が抜刀したことに気が付いた『テンペスト』のサマナーが恫喝の声を上げる。すぐさまサラマンダーを召喚して、いつでも攻撃を仕掛けられるように真の傍で威嚇させた。
<スラッシュ>
真は視界にサラマンダーが入るやいなや、踏み込みからの斬撃を放つ。何の迷いもなく、機械がセンサーに反応したように、即座に斬り込んだ。
その一撃でサマナーが召喚したサラマンダーは消え去る。サマナーが召喚した精霊は人ではないため、対人戦エリアのルールであるレッドゾーンは適応されない。
「なんのつもりだ、コラァッ!!! 龍斗さんの機嫌損ねたら殺すって言ってるだろうが! 分かってんのか?」
周りに居る幹部も真の行動に対して、一斉に武器を抜いた。そして、すぐさま真達の周りを囲んで逃げられないようにする。
「赤髪ぃ。お前は顔が良いから、可愛がってやろうと思ってたのによお。俺の機嫌を損ねたら殺すって言ってんだろうが! 躾が必要か? それとも、他の二人を可愛がってやったら、お前も逆らおうとは思わなくなるか?」
両手にナイフを持って龍斗が真に近づいてきた。その表情は苛立ちが色濃く滲んでいる。力で屈しない相手には、より強い力で無理矢理に服従させるのが龍斗のやり方だ。そのための手段は選ばない。
「お前の機嫌を損ねたら殺すんだよな……?」
「何度も同じこと言わせんな! これ以上俺の機嫌を損ねたら他の二人から先に殺すぞッ!」
<ソードディストラクション>
真は跳躍から大剣を斜めに振るう。そこから放たれる衝撃波が取り囲んでいる『テンペスト』のメンバー全員に襲いかかる。
ソードディストラクションはベルセルクが使用できる範囲攻撃スキルの中でも最も威力が高い。剣撃から繰り出されるのは破壊の化身ともいうべき凄まじい衝撃。空間ごと震撼させる破壊の衝動が辺り一面を蹂躙する。
「ガッ……ッ!?」
真が放った一撃でこの場所にいる『テンペスト』のメンバー全員が例外なくレッドゾーンに突入した。しかも、ソードディストラクションはその威力だけでなく、スタン効果も付与されている、非常に強力なスキルだ。
高レベルのベルセルクのみが使用可能なスキルであるため、ここに居る誰もがこんなスキルがあるなんて知らない。真以外、誰も到達していない領域だ。
ソードディストラクションのスタン効果は数秒だが、その数秒が生死を分ける。真はスッと真横に剣を構え、居合抜きのような体勢を取る。
「……ハッ!?」
程なくして、龍斗の意識が回復した。そこに見たものは真を囲んでいる『テンペスト』のメンバー全員の身体が赤く発光している状態。覚えているのは何かしらの攻撃を受けたことと、記憶が一瞬途切れていること。分かることは今、何かしらの攻撃を受ければ死ぬということ。
「お前の機嫌を損ねたら殺すっていうなら……俺の機嫌を損ねたお前らは皆殺しってことだよなァッ!?」
「へっ……!?」
<ブレードストー
「ダメーーーーーーッ!!!」
美月が大声で叫んだ。抱き着く様にして、真がやろうとしていることを必死で止める。
「真ッ! お願い止めて! こんな奴らのために真が手を汚さないで!」
「…………」
真の動きは止まっているが、返事はなかった。ブレードストームを放とうとした体勢は未だに維持している。いつでもスキルを発動することができる状態だ。
「お願い、真! こんな奴らのせいで真を人殺しにしたくないの! お願い真、もう止めて! これ以上重荷を背負わないで!」
美月は泣きながら懇願する。美月を守るために真が十字架を背負うことになるのはどうしても止めたかった。かつてグレイタル墓地でゾンビと化した美月の仲間を真が斬った。そのことは今でも忘れられない。忘れてはいけない。美月が初めて真に背負わせた十字架なのだから。
また今度も真は美月を守るために十字架を背負うところだった。相手がどんなに下劣な人間であっても、人を殺すということに変わりはない。それは超えてはいけない一線だ。ゾンビになった仲間を安寧の眠りにつかせてやるのとはわけが違う。
「真! お願い! 私は……私は……」
上手く言葉が回らない。それでも美月は必死で訴える。泣きながらも諦めずに、真にしがみ付いて叫ぶ。
「……美月」
我に返ったように真が美月の名前を呼んだ。戦闘の構えを解くが、大剣は抜いたままだ。だが、今すぐ攻撃をしようという雰囲気ではなかった。
「真……!」
真が戦闘体勢を解いたことで、美月が安堵の声を漏らす。だが、殺意を持っているのは真だけではなかった。
「貴様らぁぁああああああーーーーーーッ!!!!」
怒り狂った千尋が吼える。喉が張り裂けるのではないかというくらいの叫び声。抜刀して龍斗に斬りかかろうとしたその時だった。
「そこまでだッ!!!」
突然、聞きなれない声が入ってきた。騒乱状態でもその声は通り、一言で場の支配権を取るような力を持った声だ。真と美月は初めて聞く声だったが、千尋はその声を知っていた。知っていたからこそ、寸前のところで剣を止めることができた。
「紫藤総志ッ!?」
千尋が振り返り入口の方へと向く。そこに居たのはベルセルクの象徴である大剣を背負った背の高い男。信也ほど大柄ではないが、肩幅が広く、しっかりとした体つきをしている。装備しているのは漆黒の軽装鎧。一般的には見られない物だ。支配地域を持っているからこそ手に入れることができた一級品なのだろう。
「紫藤……総志!?」
真が無意識に声を漏らした。会議室の入口にいるのは『ライオンハート』のギルドマスター紫藤総志だという。初めて見るが、分かる。この人が間違いなく最強のギルドを率いているマスターだということが。それは、この男から放たれるオーラというか、纏っている空気。特にその眼光は鋭く、まさに百獣の王というべき目をしている。
「し、紫藤ッ!? てめえ何しに来やがった? ここがどこだか分かってんのか!?」
龍斗が威嚇の声を上げた。敵対勢力の本拠地に乗り込んできたのだ。その意味を分かっていないわけではないはずだ。
「ああ、分かっている!」
総志はそう言うと、会議室の中へと足を踏み入れた。その後に続くように20人近い人間が入ってくる。総志が連れてきた『ライオンハート』の精鋭たちだ。
「おい! 何勝手に入ってきてんだよ!」
怒鳴り声を上げたのは一番近くにいた『テンペスト』の下っ端だ。
「お前らこそ、状況を分かっているのか? 分かっているなら一歩も動くな! 動けば殺す!」
「ッ!?」
総志の言葉に『テンペスト』の全員が黙らされた。龍斗でさえも言葉を出すことができない。全員を一撃でレッドゾーンに追い込んだ化け物がいる。そこに最大の敵である紫藤総志が来た。圧倒的に不利な状態。万事休すというところだ。
「御影、状況を説明しろ」
「……紫藤総志、なぜお前がここに……?」
千尋の頭はパニック状態だった。色々なことが一度に起きすぎている。信也が死んだということも受け止められない状態で、なぜ総志がいるのかさえも分からない。
「状況を説明しろと言っている」
だが、総志は状況説明を要求する。何よりも今の状況を把握することを優先していた。
「……『テンペスト』に私達が襲われて……そのことで信也が呼び出された……」
「それは聞いている。こいつらがレッドゾーンに入った経過を教えろ」
「それは……信也が……」
千尋はそこで言葉が詰まった。これ以上言えない。信也が殺されたということを口にすることができなかった。あまりにも辛いことを自らの口で言うことができない。
察した総志が倒れている信也の元へ近寄る。確認するまでもない、死んでいることは一目瞭然だった。
「信也を殺したのはお前か、桐山!」
「ッ!?」
総志に睨み付けられて龍斗は何も言えなくなっていた。それは総志にとって明確な答えだった。
「お前が蒼井真か? こいつらをレッドゾーンにしたのはお前だな?」
「ああ……」
何故、真の名前を知っているのか。そして、なぜ真がやったことだと分かったのか。初対面の人間のはずだが全て知っているようだった。だが、この男ならそれも不思議ではない。そう思えるほどに紫藤総志という人間は力を持っているように見えた。
「そうか……」
総志は一言そう言うとおもむろに大剣を構えた。そして、何をするのかという疑問が出る間もなく
<ブレードストーム>
総志が範囲攻撃スキルを放った。
ブレードストームはベルセルクが持つ範囲攻撃スキルで、威力は低いがその分広範囲に広がる。身体ごと一回転させて放たれる斬撃は同心円状に広がり、射程範囲内の敵をズタズタに切り裂いた。




