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テンペスト Ⅲ

「おい、桐山……『フレンドシップ』を襲ったことは認めるんだな?」


信也のドスの利いた声が響く。声量は抑えられているが、今までで一番怒気が含まれている。信也を連行してきた下っ端連中は、今の信也に圧倒されてしまっている。


「何回言わせるんだ? そんなことはどうでもいいっつてんだろうが! どっちが先に仕掛けたかなんて話はしてねえんだよ!」


だが、龍斗は信也に怯む様子は微塵もない。横柄な態度を崩さず、筋の通らないことでも平然と言ってのける。


「お前ら『テンペスト』の連中がレッドゾーンで手を止めるのかよ? こっちは死人が出てたかもしれないんだぞッ!!!」


信也の怒声が爆発する。今日一番大きな声が空気を震わす。あまりにも大きな声に周りに居る『テンペスト』の上層メンバーも顔を顰めるほどだ。それでも龍斗だけは信也を睨み続けている。


「それがどうした? 死ぬ奴が悪い。弱い奴が悪い」


「弱い奴が悪いっていうなら、負けて帰ってきたお前らの方が悪いんだろうが!?」


「良いか悪いかじゃねえんだよ! お前らが『テンペスト』の名前に傷をつけたんだよ!」


まるで話が噛み合わない。龍斗の言っていることはまるで理屈が通らない。相手に対しては悪いといいながら、自分たちのことになると、善悪は関係ないと言い張る。


「お前らが勝手に襲ってきて、勝手に負けて逃げただけだろうがッ!」


「なら、お前らとは戦争だ! ツヴァルンに入ってきた『フレンドシップ』は全員殺す!」


「なっ……!?」


信也の言葉が詰まった。戦力はどう考えても『テンペト』が圧倒的だ。人数にしても装備にしても個人の戦闘能力にしても『フレンドシップ』が『テンペスト』に勝てる要素はない。仮に勝てるとしても犠牲を出さない方法はない。


「今後一切、お前ら『フレンドシップ』を通す許可は出さねえ!」


「くっ……」


信也は『クソガキが』と言いそうになるのを必死で堪えた。


「お前らとは交渉決裂だ」


「……何が望みだ?」


歯を食いしばって信也が言葉を出す。あまりにも理不尽極まりないことだが、このままでは支援活動を続けることができなくなる。今でも『フレンドシップ』の支援を待っている人はいるのだ。


「ハハハハハッ! 最初からそう言えばいいんだよ! いいか、真辺。今回の件で俺らが要求するのは謝罪と賠償金だ」


龍斗は嗤いながら言う。最初から龍斗は切り札を持っていた。『テンペスト』からしてみれば、この要求を断られても問題はない。通行料が入らなくなるのは惜しいが、それよりも『フレンドシップ』の言い分を受けることが『テンペスト』にとってはマイナスだ。


「謝罪は俺がする……。賠償金はいくらだ?」


信也ができることは、できる限り『フレンドシップ』のメンバーを巻き込まないこと。信也一人で済む話であるのなら、全て背負う覚悟はできている。


「取りあえず、今ここで土下座しろ! あと賠償金は1,000万な」


「1,000万だと……ッ!?」


金銭を稼ぐ手段の乏しいこの世界で1,000万Gというのは途方もない額だ。海賊討伐で得たお金も合計で110万G。これは海賊討伐に参加して『フレンドシップ』のメンバー22人の分を全部合わせてこの額だ。しかも、これだけ稼げる依頼は滅多にない。


「嫌なら払わなくてもいいぜ」


ニタニタとした笑い顔で龍斗が言う。断らないことが分かっているからこそ吹っ掛けてきたのだ。


「……分かった。1,000万は用意する。だが、時間が必要だ。金を集めている間は今まで通り通行料を払うことで通してくれ」


1,000万Gは莫大な金額だが、なんとかするしかない。シース村には世話になった人がいる。守りたい子供たちがいる。命を助けてもらった恩がある。その人達を見捨てることはできない。何としてでも要求された額の金を集めないといけない。


「金を待ってやるかどうかは、お前次第だ。金の前に土下座しろって言ったのは聞こえなかったか?」


「分かった……」


信也は素直に従って膝を付いた。こんな要求、普通なら誰でも断るだろう。完全に相手が悪いにも関わらず、弱みに付け込んで謝罪と賠償金を要求してきている。千尋でもこんな要求を突き付けられたら断っていただろう。だが、真辺信也という男は違う。見ているところは助ける人の顔。こんなことで挫けるような軟な気持ちで支援活動をしているわけではない。こんな世界になってしまったからこそ、力に負けるようなことがあってはいけない。屈辱に塗れようと理不尽を押し付けられようと、『フレンドシップ』の活動を諦めることの方が信也にとっては苦痛なのだ。


そして、両手と頭を床に付けて土下座をした。だが、信也の顔に屈辱の色はない。目を開き、口を真横に引き締める。ここで負けてなるものかと自らを奮い立たせる。慌てふためいてパニックになることの方が相手の思う壺だ。


「ハハハッ! こいつ本当に土下座したぜ!」


「ただの馬鹿じゃねえか! カッコ悪いー!」


「おい、ちゃんと心込めて土下座しろよ!」


周りにいる『テンペスト』のメンバーから野次が飛ぶ。好き放題に罵っているが、信也はそんなくだらないことに興味はない。


「ところで真辺よぉ。うちのメンバーがレッドゾーンにされたって話なんだが、お前のところの赤髪の女にやられたって聞いたんだがよ。前までそんな奴いなかったよな? 誰だそいつ?」


龍斗が土下座している信也に近づいて話しかけてきた。


「赤髪の女だと? そんな奴はいねえよ!」


土下座したまま信也が応える。赤髪の女など知らない。


「しらばくれんじゃねえよ! お前のところのベルセルクで赤髪のショートカットの女だよ!」


龍斗は苛立った声を上げる。この期に及んでまだ仲間を庇おうとしていることが腹立たしかった。


「だから、そんな女は知らねえって言ってるだろう!」


信也が知っているのは赤黒い髪をしたベルセルクの男だ。女ではない。


「ベルセルクなんて滅多にいないような奴で、赤髪の女が一緒にいたって言ってんだよ! そんな特徴のある奴を知らねえわけがねえだろうが!」


ゲーム化した世界でベルセルクを職業として選ぶ人は稀だ。『狂戦士になりますか?』と聞かれれば、普通は『いいえ』と答える。狂暴なことで悪名を轟かせている『テンペスト』の中でさえもベルセルクはほとんどいない。龍斗もベルセルクではなくアサシンだ。


「ああ、そうだな。そんな女が仲間にいたら知らないわけがないわな。もう一度言うぞ。そんな女は知らない!」


「あぁ面倒くせえな……。おい、お前ら、やれ!」


龍斗は顎をクイッと動かして周りいる『テンペスト』のメンバーに指示を出した。


「了解♪」


すぐに返事をしたのはスナイパーの男だった。嬉しそうに返事をしてる。常に笑顔で飄々としているが、顔の奥底に潜んでいるのは凶悪な本性だ。


「覚悟しろよ!」


「やっちまえ!」


雄叫びのような声と共に土下座している信也に向かて凶器が振り下ろされる。ダークナイトが片手斧を叩きつけ、至近距離からスナイパーが矢を射る。アサシンがナイフを突きつけて、パラディンが片手剣で斬りつける。


信也はそれでも土下座した体勢を崩さない。暴力には絶対に屈しないという意志の強さだ。


周りを囲まれて滅多打ちにされた信也がレッドゾーンに到達するまではすぐだった。信也の身体が赤く発光したことで、『テンペスト』からの攻撃は止まった。


「さてと、真辺。今お前の置かれてる状況は分かるよな? レッドゾーンだ。もし俺の手が滑ったらお前はこれで死ぬんだが……。赤髪の女のこと思い出したか?」


龍斗はかがみ込んで土下座を崩さない信也にナイフを突きつけた。


「何度も言わせるんじゃねえよ! そんな女は知らねえ!」


「うぜぇなお前えぇッ!!!」


龍斗は怒鳴るとナイフを振り上げて、そのまま信也の身体に刀身を突きつけた。その瞬間、赤い発光は消え、元の状態に戻った。


その後、信也はピクリとも動かない。信也は一切悲鳴を上げなかった。頑として龍斗に抵抗し続けた。その結果、龍斗が手を出してしまった。信也は屈しなかったのだ。死の恐怖を前にしても、仲間を売る様なことをしたら、魂が死んでしまう。それだけは死んでもやらなかった。


「龍斗さん……こ、殺したん……ですか?」


「見れば分かるだろうがッ! いちいち聞くんじゃねえよ!」


信也は土下座したままの状態で死んでいる。この世界で死亡すると、死体は1週間~10日で消滅する。その間に腐敗して臭いを発するようなことはない。グレイタル墓地でゾンビ化させられた人は臭いを発していたが、それは例外である。


「あ、あの……どうするんですか?」


人を殺したことにはさすがの『テンペスト』のメンバーでも動揺する者がいた。だが、大半は黙ってこの状況を見ており、取り乱している様子はない。


「赤髪の女を呼び出す! それと御影も来させる! 来なければ真辺を殺すって脅してここに来させる!」


龍斗は興奮状態で叫んだ。実際に人を殺したということで高揚しているようにも見える。


「いや、でも……真辺はもう……」


「死んでることをわざわざ教えてやる必要はねえだろう! 向こうは死んでることを知らねえんだから人質として使えるだろうが!」


興奮状態の龍斗がまくし立てるようにして怒鳴った。それを聞いた『テンペスト』の幹部らは、なるほどなとう表情で笑っていた。






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