不本意な帰還
1
支援物資を届けることは一旦中止し、王都グランエンドに戻ることを決めた『フォーチュンキャット』と『フレンドシップ』のメンバーは、足早に帰路を進んだ。
心理状況からしても一刻も早くこの対人戦エリアから出たいという思いが自然と足の運びを早くさせる。誰も話をしようとする者はなく、黙々と足を前に出し続ける。
先頭を歩く千尋は元々口数が多い方ではないが、今は口が石になっているのではないかというくらいに口を真横に閉じている。ただ、分かることはその表情から今回のことで今後の行動について考えているということ。
幸いだったことは対人戦エリア入ってからそれほど時間が経過していないということ。大した距離を進んだわけではないので、戻るのは早い。だが、その短い距離でも今は千里の道を進んでいるように思えてくる。早くこのエリアから出たいという焦りが感覚を狂わせていた。
対人戦エリアとの境界線上にある関所についたのは、日が傾き始めた頃だった。そこで千尋がようやく口を開いた。
「みんな、疲れているとは思うがもう少しの辛抱だ。できるだけこの場所から離れたい。夜になるまで今のペースで進んでくれ」
千尋が気丈に振舞って声を上げる。だが、その声の奥には不安と疲労の色が滲んでいる。ここにいる者ならそのことはよく分かったが、千尋の指示に従う以上のことができる者はいない。千尋に負担をかけていることは分かるが、今は支えとして先導してもらうしかない。
休憩する時間もなく、疲労した重い足を前に出す。それを苦痛とは思わない。それよりも苦痛なのが対人戦エリアの近くにいるということだから。もしかしたら、『テンペスト』のメンバーが来るかもしれない。対人戦エリアの外であるため戦闘行為こそ行われないが、厄介な話にならないわけがない。
そして、再び千尋が声を出したのは空が黄昏だした頃だった。
「今日はここで野宿しよう。明日も今日のペースで帰路を進む。十分に休養を取ってくれ」
行きは王都から馬車に乗ってきたが、帰りは歩くことになる。『テンペスト』がツヴァルン周辺を対人戦エリアに指定してしまったことで、馬車が途中までしか行かなくなった。その途中に馬車の停留所があるわけでもなく、現代社会で赤字路線でもバスが運行しているのと同じように馬車が行き来しているわけではない。
千尋の指示に皆が力なく『はい』と返事すると、野宿の準備を始めた。準備と言ってもアイテム欄を呼び出して、テントやら薪やら食事やらを出すだけで、手間はほとんどかからない。ただ、それだけの作業でも今は億劫になってしまうほどに精神は摩耗してた。
2
皆が早々に寝静まってからどれだけ時間が経過しただろうか。真はテントの中で一人眠れずにいた。
疲労がないわけではない。不安で眠れないというわけではない。ただ、意識が覚醒している。高揚しているというのにも近いかもしれない。だからと言って今の状況が楽しいとは微塵も思わない。むしろ不快だ。
それでも気持ちが昂っているのは人を斬ったせいだろうか。以前にもゾンビ化した人を斬ったことがある。だが、今回のことはそれとは別。正真正銘の人を斬った。命までは奪わなかったが、人を斬っことは事実だ。
真は人を斬って興奮するような異常な人格ではない。また人を斬りたいなど欠片も思っていないし、恐怖も感じた。だとしたら、今の高揚した気分は何なのだろうか。
おそらくは危機的状況を打破することができたという解放感だろう。今までのようにモンスターとの戦闘ではなく、本気で殺そうとしてきた人に対して剣を振るうという極限の緊張感から解放されたことによる精神の昂り。生存本能からくる精神の自己防衛だろう。
寝付けずにずっとそんなことを考えている時、ふと目を開けるとテントの入口から淡い焚き火の光が入ってきていることに気が付いた。
(火は消えてたはずだけど……)
この日、最後にテントに入ったのは真だ。焚き火が消えたので、眠くはなかったが仕方がなくテントに入ったことを覚えている。
少し気になったことと、寝付けないことから真はテントの外に出ることにした。
真達のテントから少し離れたところで薪が燃えている。雲が広がった夜空には星も月もない。何もない夜に一つだけある道しるべのように儚く揺らめく火が灯る。焚き火の正面には一人の女性が座っていた。蹲るように小さく、膝を抱えて一点に火を見つめている。千尋だった。
焚き火が燃える音だけの世界にザッザッという異音が混ざってきた。真が雑草と砂の地面を踏みしめる音だ。
「あっ……すまない、起こしてしまったか……」
真の足音に気が付いた千尋が真の方へと振り向いた。
「いや、ずっと起きてたからいいんだ……」
「そうか……お前も眠れないのか……。あんなことがあったばかりだからな。それにお前には重責を負わせてしまった……」
千尋の目線が下へと下がる。手伝いに来てくれているギルドに迷惑をかけてしまった。しかも助けてもらった上に、人を斬るという責も負わせた。申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。
「あの時は、ああするしか方法がなかった。俺以外にやれる人はいなかったよ……。それに、殺したわけじゃない」
「そう……なんだが……。それでも、すまない。私達の認識が甘かった……。いくら『テンペスト』でもここまでしてくるとは思ってもいなかった……。今までトラブルがなかったわけではないが、何度も通ってきた道だったんだ……。言い訳にしかならないが……安全に通ることができていたんだ……」
いつも気丈に振舞っている千尋が弱音を吐いていた。サブマスターとして皆を支えているという責任から荷を下ろした一人の時間には年相応の女性としての千尋の姿がった。
「なんで今回に限って襲ってきたんだ?」
真が質問を投げかける。襲われた時から気になっていたことだ。『フレンドシップ』と『テンペスト』の関係が良くないことは聞いているが、それでも通行料を支払って対人戦エリアを何度も通ってきた。『テンペスト』と敵対関係にある『ライオンハート』と『フレンドシップ』が同盟関係であるからという理由なら、今まで通ってこれたことが説明できない。
「……分からない。それがどうしても分からないんだ……。通行料もしっかりと払っているし、そもそも『テンペスト』が襲ってきた時に何も理由を言ってこなかった……。以前に通行料を支払ったことが通知されていなかった時には、向こうから文句を言ってきたんだ……。何も言わずにいきなり襲われる理由が分からない……」
「……襲ってきたのは4人だった。計画的に待ち伏せしていたとしたら人数が少なすぎる……」
「衝動的に襲ってきたということか……?」
「……それは分からないけど……。もしかしたら、あの4人は捨て駒にされたのかもしれないし……」
「『テンペスト』内で何か下手をうった責任を取らされてたのかもしれないと……?」
「もし、今回の襲撃が計画的に行われたものだとしたらということだけど……。襲撃に失敗したら、あの4人に責任を取らせて終わりという風にしたのかも……」
真は自分で言っていて疑問が出てきた。では、なんのために襲撃してきたのかということ。
「仮にそうだとしても襲撃してきた理由は連中にしか分からないということになるな……」
「まぁ、結局そこに行きつくわけだけど……」
あれこれ理由を推測しても確たるものは何もない。当の『テンペスト』の襲撃メンバーが全員逃げてしまっているのだから、確かめる術はない。
「ところで、『フレンドシップ』はこれからどうするんだ? あんなことがあったんじゃ支援活動もできないだろう?」
『テンペスト』が襲ってきた理由はこれ以上議論しても答えは出ない。真は別の話題に切り替えた。
「ああ、そのことをずっと考えていた。このままでは支援活動ができない。信也とも話をしないといけないが、『テンペスト』が襲ってきたことについて正式に抗議をしようと思う」
「抗議を受けてくれるようなギルドか?」
「いや、おそらくは知らぬ存ぜぬで通してくるだろう。『テンペスト』が襲ってきた事実はないと言い張るに決まっている。だが、それでも抗議することは必要だ。『テンペスト』側が一切責任を取らなかったとしても、今後こんなことがないようには話をしてもらわないとな」
「それしかないか……」
相手が自分の非を認めるような集団ではないことを千尋はよく理解している。実際に非を認めなかったとしても、裏で『フレンドシップ』を襲撃しないように徹底してくれれば今後も活動ができるようになる。理不尽ではあるにしても、最低限そこだけは通しておかないといけないことだった。




