対人戦エリア Ⅴ
『テンペスト』からの奇襲の迎撃に成功し、追い返したのはいいが、『フレンドシップ』のメンバーに被害が出ていた。襲われなかったのは真を除く『フォーチュンキャット』のメンバー4人。
翼と彩音は救助活動に。華凛はどうしていいか分からない様子。美月は回復スキルを使って襲われた人の回復をしていた。
「大丈夫ですかッ!?」
矢で射られた小林を心配そうな顔で美月が見ている。相手から放たれた矢は既に消失しており、出血は見られない。対人であっても装備の破損も見られないのは、これがゲームの一部だからなのだろう。
真が早々に撃退してくれたおかげで、大きな被害は出ていないように思われた。救助活動に行った翼と彩音も特にやることがないようで、翼は大きな声で『テンペスト』への文句を言っている。
「あぁ……大丈夫。ちゃんと生きてるよ。でも、痛いものだね……って、矢が刺さったんだから当然か」
小林が軽く笑って返すが、表情は暗い。冷や汗が滲む顔からやせ我慢をしていることは明らかだった。
「まだ、痛むか?」
千尋も心配そうに小林の方を見る。美月が回復スキルを使用しているので、命に関わるようなことはないだろうが、それでも小林の表情を見れば心配にもなる。
「そうですね、痛みの方は治まってますよ。それに、思ってたほど痛くはないです。実際に矢で射られた経験はないですけどね、本当だったらこの程度の痛みではないと思いますよ。モンスターと戦う方が痛いですね」
「そうか……」
千尋が一言呟く。小林がやせ我慢をしているように見えるのはどうやら痛みによるものではないようだ。おそらくは、人に襲われたという精神的な傷が要因だろう。だが、それは小林に限った話ではない。他のメンバーも同様に暗い表情をしている。やせ我慢ができているだけ、小林はマシな方なのだろう。
「たぶん対人戦に対するハードルを下げる仕様なんだろう」
いつの間にか真が戻ってきており、小林の話を聞いて意見した。
「真!? 真は大丈夫だった? 怪我はない?」
戻ってきた真に気が付いた美月が駆け寄る。小林と同様に外傷は見受けられない。
「俺は大丈夫だ。問題ない」
「そっかぁ……。いつもそうだけど、急に飛び出していかないでよ……」
「いや、緊急事態だったし……」
真が言う通り、緊急事態だったのだから急に飛び出した判断は間違ってはいない。だが、美月の不安そうな顔を見てしまうと正論では片づけることができない。真はそれ以上言うことができず困った顔をしてしまう。
「蒼井真、お前のおかげで助かった、礼を言う。ところで、さっき言った意見について詳しく聞かせてくれないか」
真と美月の会話の合間を縫って千尋が声をかけてきた。美月が心配する気持ちも分かるが、今は真の意見を聞きたい。
「さっきの意見って? 対人戦のハードルを下げるって話か?」
「そうだ」
「推測の域は出ないけど、それでもいいか?」
「構わない聞かせてくれ」
「それなら……。今回のバージョンアップのメインは攻城戦だと思う。ただ、実際に人同士が殺し合うなんてことは現代社会の人間がやるわけないんだよ。攻城戦に勝利して支配権を獲得するっていう報酬があってもやる人は少ない」
考えながら真が話をする。真自身もまだ考えが纏まっているわけではなく、実際に対人戦をやってみて率直に思ったことを言っているだけだ。
「だが、攻城戦で支配権を獲得したギルドは3つあるぞ」
真の話を聞きながら千尋が質問を投げる。
「いや、実際に人同士で戦って支配権を取ったわけじゃないだろ。『ライオンハート』が一早く攻城戦に勝利したのも奇襲みたいなものだし、『テンペスト』がどう考えてたか分からないけど、『王龍』は人と戦うことにはならないと分かって攻城戦に臨んだじゃないかな?」
先陣を切って攻城戦に勝利をした『ライオンハート』は状況を把握する能力に優れているのだろう。しかも、それだけではなく、決断力がずば抜けているように思える。ギルドマスターである紫藤総志という男が決断したのだろうが、一体どんな人間なのだろうか、真は話しながら興味を惹かれるものがあった。
「確かに『王龍』が攻城戦に参加するという情報はあったな。『テンペスト』にしても、攻城戦で戦う意志を明確にしていた。今の状況で命を懸けてまでこの二つのギルドに対抗しようとは思わないだろうな」
「実際に命のやり取りをする対人戦っていうのはハードルが高すぎるんだよ。そのハードルを下げるものが痛みの緩和とレッドゾーンなんだと思う」
「そうか……レッドゾーンもそういう意味になるな……」
千尋が合点いったというように呟いた。
「一度はレッドゾーンに入るっていうことが分かっていれば、殺してしまう前に止めることができる。救済措置としての役割ではなくて、対人戦を助長するための機能なんだよ……」
真はそう言いながらもふと思うところがあった。実際に対人戦を体験して今の意見を言っているのだが、『テンペスト』が襲って来た時に真はそこまで考えて行動していたかという疑問。
何もしなければ美月達が襲われると思ったことは覚えているが、それ以外に考えていたことはないように思われる。最初に斬った相手の身体が赤く発光したのを見て、レッドゾーンのことを思い出したくらいだ。
あの時、レッドゾーンというものがなかったら、実際に殺していたのだろうか。冷静に判断しての行動ではなかったということだけを真は理解していた。
「それなら、今回のバージョンアップでは攻城戦をやらないといけないということか……?」
千尋は訝し気に言葉を出す。今回のバージョンアップは新しいエリアもあるが、攻城戦がメインだ。人同士が殺し合うということへの心理的なハードルを下げる措置も施されている。だったら、対人戦を通じて攻城戦をやれというのが、今回のバージョンアップなのではないだろうか。
「やらないといけないっていうのは……分からない」
「どう分からないんだ?」
「なんて言うか……攻城戦をやらせたいのなら、心理的なハードルを下げるっていうやり方はしてこないと思う」
「どういうこと?」
質問をしたのは美月だった。小林の回復を終えて、真と千尋の話を聞いていたのだ。
「攻城戦をやらせたいのなら、もっと無理矢理な手段を使ってくるはずなんだ。例えば、攻城戦に参加しないと死ぬっていうような無茶苦茶な制約を付けてくると思うんだよ」
エル・アーシアが追加された時のミッションは、エルフの長老から話を聞いただけで期限が設定された。その期限を過ぎると死ぬと示唆されていたため、強制的にミッションをやることになった。
ドレッドノート アルアインの時も似たようなものだ。どこから襲ってくるか分からない巨大なドラゴンがいてはまともに狩りができない。狩りができないと生きていくことができないので、これも強制的に討伐をやらされたと言ってもいいだろう。
それらを考えると、バージョンアップで攻城戦が追加され、それをやらせたいのであれば強制的にやらせるような手段を投じてくるはずだ。
「そうだったな……」
真の話に千尋も思うところがあるようだった。ゴ・ダ砂漠方面のミッションは『ライオンハート』が主導して進められてきたが、千尋も同盟ギルドとしてミッションには参加しているし、突然現れた巨大な三つ首蛇のタイラント ジャヌークの討伐もあった。それらを思い出すと、真の言うとおり、無理矢理にでもやらないといけない状況に追い込まれていた。
「何が目的なんだろう……?」
美月が疑問の声を上げる。真と共にエル・アーシアのミッションを遂行した時のように強制的な手段を取らないのであれば、一体何をさせたいのか。
「それは、分からないよ……。ただ、こういう状況で人間がどう動くのか観察してるだけかもしれない……」
「……」
美月としても真の意見に反論するだけのものは持っていない。真が言ったことが正しいかどうかも判断できない。何がしたいのか分からないということしか分からない。
「蒼井真、真田美月。悪いが話はこれで終了だ。襲われた人の応急措置が終わった。この場所に留まるのは危険だ。悔しいがここは一度引き返して王都に戻る。信也にも報告しないといけないからな」
『テンペスト』の襲撃から立て直したことを確認した千尋が指示を出した。このままゴ・ダ砂漠へ入ったとしても、王都に戻る時に再度この対人戦エリアを通らないといけない。それは現状ではリスクが大きすぎる。納得がいく話ではないが、一度引き返す以外に選択肢はなかった。




