海賊討伐 Ⅳ
1
真がキールを倒すと、周りにまだ残っていた複数の海賊のスケルトン達は一斉に倒れた。まるで、何本も束ねて天井に吊るした糸を根元から切るように、同時に崩れ落ちる。
「おおおおおーーーーー!!!」
数瞬の間を置いて勝利の雄叫びを上げたのは王国軍のNPC達だ。現実世界の人達は何が起きたのかを把握するのに戸惑っていたが、それでも崩れて消えていくスケルトンの残骸を目にして、戦いに勝ったことを理解すると、歓喜の声を上げ始めた。
「蒼井、お疲れさん。お前のおかげでこっちの犠牲が出なくて済んだみたいだ、礼を言う」
戦いが終わり、信也が近づいてきて謝意を述べた。その表情には安堵が見える。仲間に被害が出ずに済んだことに安心したのだろう。
「俺は自分の仕事をしただけだ……」
少し照れた様子で真が返事をする。目上の人間から褒められるという経験が少ない真にとっては、むず痒いものがある。
「ああ、そうだな。お前は立派に自分の役割を果たした」
信也がそう言った時だった、何やら走り回っていた千尋が信也の元に戻ってきた。
「信也、どうやら他の参加者にも被害は出ていないようだ」
千尋が端的に情報を伝える。余計なことは言わずに必要なことだけを言う。千尋はあまり感情を出さない女性だが、それでも報告をする口調は喜びが混じっているのが分かる。
「そうか、それは良かったな! 蒼井、お前のところのギルドも無事みたいだぞ!」
表情を明るくして信也が声を出す。元々大きな声がさらに大きくなっている。
「良かった……。まぁ、その……真辺さんとかが守備……してくれたし……」
真が歯切れの悪い言い方をしている。ずけずけと入ってくる信也という人間は嫌いではないが、真にとって苦手なタイプであった。だが、美月たちに被害が出ていないことは素直に嬉しい。
「皆が無事だったのはお前が出した結果だ! もっと胸を張れ!」
信也がバシッと真の背中を叩いて前に押し出す。ゲホっと咳き込む真を見て信也が豪快に笑う。
「い、痛てえよ……」
「細かいことは気にすんな!」
真の苦言に対しても笑って返す信也に対して、諦めるしかないなと心中愚痴をこぼしたが、不思議と悪い気分ではなかった。
「そろそろ戻るぞ」
淡々と様子を見ていた千尋が提案する。ここに居ても仕方がないので、戻った方が合理的だ。
「そうだな、戻るか」
既に撤収作業を開始し始めているNPC達の動きを見て信也が呟いた。ここに居ても仕方がないというのは同意見だ。
(ほんとに気にしない人だな……)
商業連合の船へと戻り始めた信也の背中を見つめて真が心の中で呟いた。真がキールと戦う姿を信也も見ているはずだ。キールの攻撃を受けながら圧倒した戦い方を見て、『役割を果たした』と褒める以外に何も言ってこない。
千尋は疑問に思っているのだろうが、信也が気にしていないから何も言ってこないのだろう。それは真にとっては都合の良いことなので藪蛇を突くつもりはない。
(あの人に付いて行ってたら、余計なことを気にすることもなくなるんだろうな)
信也の豪快な性格を前にすると些細なことなど気にする価値もないと思えてくる。それは出会って間もない真も感じることであった。とはいえ、巨人族の末裔でアンデットで海賊の船長であるキールを圧倒したことを些細なことの括りに入れていいものなのかは考えないことにした。
2
「真ーッ! 大丈夫だった?」
商業連合の船に戻ってきてまず駆け寄ってきたのは美月だった。心配そうな表情をしている。美月の横では翼が勝利の余韻に浸っており、一歩下がって華凛が何か声をかけたくてもじもじとしている。彩音は周りの人に対して何やらお礼を言っているようだ。
真達が戻ってくるとNPC達は忙しなく撤収作業をしており、勝利の美酒に酔いしれることなく各々の仕事をこなしている。時折聞こえてくる怒鳴り声は不慣れな新人船乗りに対する指導の声だ。
「大丈夫だ、問題ない」
いつも通り心配をしてくる美月を見て、真は安堵の表情を浮かべる。事前に無事だとは聞いていたが、やはり実際に見るのとは安心感が違う。
「心配すんな嬢ちゃん。圧勝だよ圧勝。危ない場面なんか欠片もなかったよ!」
真と一緒に戻ってきた信也が笑いながら言う。
「でしょうね。分かってたことだけど、ちょっと見てみたかったかも」
信也の言葉を聞いて翼が応えた。真が敵を圧倒的な強さでなぎ倒すことなど目に見えて分かっていること。後方から援護していた翼はその戦いぶりを見れなかったことが少し残念だった。
「そっか、大丈夫なんだね……」
美月がホッとしたように声を漏らす。美月としても真なら問題なことくらい十分分かっていること。だが、どうしても心配をしてしまう。もし、何か不測の事態が起きたらどうしようかと。
「それほど強い奴でもなかったよ」
表情が柔らかくなった美月に真が返事をする。前に戦ったドレッドノート アルアインに比べれば簡単に倒すことができた。まあ、巨大なドラゴンと比べればいくら巨人族の末裔とはいえ簡単な部類に入ってしまうのだろうが。
真はさっきまで戦闘を繰り広げていたキールのことを思い出しながら振り返り、主を失った海賊船を見る。
「なんか薄くなってないか?」
真が目を凝らして海賊船を見つめる。ぼんやりとした光を放っているのは最初と変わらないが、船全体が半透明になっている。ゲーム化した世界の夜海は光源がなくても周りを見ることが可能な世界ではあるが、決して明るいわけではないため、目の良い真でも見えにくい。
「ほんとだ……もうすぐ消えそうな感じ」
ようやく前に出てくる口実を掴んだ華凛が呟いた。さんざん精霊を召喚しては突っ込ませていた海賊船がもう消えようとしている。
「海賊船に残ってたら危なかったな」
海賊船が消える速度は加速度的に早くなっていた。気が付いた時は薄くなっているような気がする程度だったが、もう目に見えて消えかかっているのが分かる。
そして、そこから数分もしないうちに海賊船は霧散するようにして夜の海からその姿を消した。
「これで仕事は終わりね。帰って報酬をもらいましょう」
翼が意気揚々と声を上げる。翼にとって今回の仕事は満足のいくものだった。生れてはじめて乗る帆船で旅をし、活動内容に感銘を受けることができるギルドとも出会えた。戦闘でも真がいるおかげで誰かが犠牲になる前に片づけることができている。
「そうだね、報酬をもらうのと『フレンドシップ』さんのお手伝いもしないとね」
海賊船が消えたことで美月も笑顔で話をしている。無事に終えることができて嬉しかった。
「おお、そうだったな。荷物運びを手伝ってもらう約束してたな」
信也が思い出したように声を上げた。戦闘のことやギルドメンバーの安否のことで頭がいっぱいでその後のことがすっかりと抜けていた。
「手伝いの申し出、こちらとしてはありがたいが、本当にいいのか? 報酬を出すわけではないし、あくまで我々のボランティア活動だ。一応最終確認をしたい」
生真面目な千尋が硬い口調を問うてきた。美月や翼の申し出は素直に嬉しいし助かるが、他のギルドに無償で手伝ってもらうことには気が引けた。
「そんな、気にしないでください。手伝いたいって言ったのは私達の方なんですから。それに、自分達にできることは、やっぱりやりたいんです」
美月が千尋の問いに即答する。この世界に対する無力感に悩んできた美月にとって、何かできることはやっておきたかった。
「そうか……ありがとう。だが、そちらの方は嫌そうな顔をしているが?」
千尋の視線が華凛の方を向いている。あからさまに嫌そうな顔をしている華凛はその表情を未だに崩していない。
「ちょっと華凛! なに嫌そうな顔してるのよ! 私達のギルドとして手伝いに行くの!」
翼がまくし立てるようにして声を上げた。
「……真君は……行くの?」
翼にどやされた華凛が真に意見を求めた。
「ああ、俺も行くよ。通行料支払うから問題はないだろうけど、一応対人戦エリアだからな。護衛の意味も含めて俺が同行するよ」
「そう……。じゃぁ、行く」
「よし、それじゃあ決まりね!」
華凛の声は小さかったが、それを逃すことなく翼が拾い上げた。彩音はなぜかNPCの撤収作業を手伝っているので、ここにはいないが採決された。
「手伝ってくれるのは俺達にとっても非常にありがたい。詳しい話は王都に戻ってからだ。王都には『フレンドシップ』のたまり場があるから、そこで話をしよう。今はとりあえず仕事終わりの打ち上げのことを考えようか」
信也が嬉しそうに声を出した。相変わらず大きな声は忙しない商業連合の船の上でもよく響いた。




