書籍四巻 販促SS
「バスガス爆発、バスガフ……バスガスバクハス……」
口下手を治そうと早口言葉の練習をしていた千早は結局諦めて、読み上げソフトに文章を打ち込んだ。
『ここは私有地です。即刻退去を要請します』
貸出機のオールラウンダーが発した読み上げソフトの音声に対して、相手の反応はない。
千早は不安を隠しきれない顔でメインモニターを見つめる。
弧黒連峰の南斜面。かつて、海援重工傘下の海援隊とオーダーアクターが互いにつぶし合ったその場所に所属不明のアクタノイド部隊が控えている。
今朝、千早がいつものように畑に水をやろうとしたときに発見した敵か味方かも不明、目的も不明なアクタノイド部隊だ。重ラウンダー系までも含む二十三機の戦闘部隊に見えるが、もう十時間以上も麓に陣取ったまま動かない。
夜を待っているのかとも思うものの、二十三機もいるなら農耕民族な千早が操る貸出機のオールラウンダー程度、簡単に押しつぶせるはずだ。
「狙いが分からない……」
侵略してくるなら防衛戦をするしかないのだが、動きがない以上は千早から動くわけにもいかない。
幸いにも時間があったので敵機の構成や武装を観察する時間もあった。南側はいまだに罠も張ってあるので多少の時間稼ぎもできる。
「罠、増やしておこう」
敵対的な行動ではあるものの、弧黒連峰は千早の私有地だ。咎められるいわれはない。
千早はサブモニターをちらりと見る。
淡鏡の海仮設ガレージから借り受けたオールラウンダーと手榴弾や爆薬を載せた輸送車が東回りでアクタノイド部隊を迂回しながら弧黒連峰の東の麓に到着したようだ。これで予備機としてのオールラウンダーと武装を確保した形になる。
「昨日のうちに、発注しておいて、よかった」
畑仕事中に風雨にさらされるオールラウンダーの交換をしようと思っての発注だったが、実にいいタイミングである。
それにしても、どこの所属部隊だろう。そう思いながら、千早は再びアクタノイドたちへ目を向けた。
※
弧黒連峰の斜面を観察しながら甘沼は部下たちに声をかける。
「定時報告を」
「α、異常なし」
「β、東に輸送車が到着。オールラウンダーと爆薬多数積載の模様」
「迫撃砲弾は?」
「いまのところ確認できません。積み荷を降ろし始めたらまた連絡します」
「頼んだ」
十時間もの睨み合い。集中力を保つのも難しい長時間任務だが、部下はいまも緊張感を持って仕事してくれている。
できれば今日だけでこの仕事を終わらせてほしいと、甘沼は天候を確認した。
本日は海援重工が主催する毎年恒例の静原大川花火大会が行われる。
元は新界に生息する獣を脅かしてガレージから遠ざける目的で始まったものだったが、今ではネット中継も行われる大きなイベントとなった。
だが、今年は少々事情が複雑化している。
その原因が目の前の弧黒連峰。それを領有するボマーだ。
弧黒連峰の立地は静原大川花火大会の会場へ迫撃砲弾を打ち込める。あの爆弾魔が大人しくしている保証がない上に、ネット中継されているため劇場型のボマーにとって魅力的な戦場にもなりかねない。
甘沼たちに下された命令は弧黒連峰の監視。迫撃砲弾はもちろん、ボマーによる何らかの妨害が行われる予兆があれば足止めし、味方の応援まで奮闘することだ。
ボマーは弧黒連峰の山頂付近から甘沼たちを警戒する素振りを見せている。だが、海援隊の総力やオーダーアクターを手玉に取って弧黒連峰を守り抜いたあのボマーが、たった二十三機を警戒するとも思えない。
甘沼たちの頭上を越えて、花火大会の会場を遠望しているのだろう。
花火大会の期間中、静原大川に隣接する海援重工傘下の森ノ宮ガレージは防犯上の懸念から機体の貸し出しを停止している。
ボマーが動くとすれば、弧黒連峰か淡鏡の海仮設ガレージから出発するはずだ。
「よし!」
甘沼は防波堤として気合を入れなおし、時計を確認する。
後二時間ほどで花火大会が開始。その一時間前に周辺にいるアクターへの警告を兼ねた試射が行われるとも聞いている。
程よい緊張感を維持するために深呼吸を挟みつつ、警戒すること一時間。
夕暮れを迎えて薄暗くなっていく空に一筋の光が立ち昇る。
夕暮れ空に飾り気はないがひときわ明るい試射の花火が開く。
ドーンという重々しい爆発音が空気を震わせ、甘沼が操る重ラウンダー系キーパーの装甲を揺らす。
あと一時間。そこからが本番だと弧黒連峰の山頂を見上げたその瞬間だった。
パンッと甲高い発砲音が横から聞こえてきた。
「――は?」
一瞬の間で、甘沼は部下が山頂へ発砲したのだと気付き、臨戦態勢を取る。甘沼の動きを読み取ったキーパーが重量感のある足音を響かせて地面をしっかりと足裏で捉え、突撃銃を山頂に向ける。
だが、おかしい。
山頂のオールラウンダーは動いていなかった。手榴弾を投擲するような素振りさえ見せていない。部下は何故、発砲に至ったのか。
「すみません! AIが試射の爆発音を手榴弾によるものと誤認し、オート発砲しました!」
部下の言葉に、甘沼はゾッとした。
最悪のミスだ。
「このポンコツAI! 花火の爆発音との区別をつけろよ!!」
焦った部下が怒鳴る。
しかし、これはある意味で仕方がない。
本来、アクタノイド戦で手榴弾を使うアクターなどほぼいない。そして、新界で花火が上がるのも毎年一度、今日だけ。
手榴弾と花火の爆発音を区別できるAIなどニッチ過ぎて需要もない。
始末書で済むと良いな。そう甘沼はため息をつく。撃ってしまった以上は言い訳もできない。
「始めちまったんだ。勝つぞ! 勝てば官軍、全部うやむやにできるからな!」
ともあれ、賽は投げられ――爆発した。
※
「――なんで!?」
静原大川で打ちあがった飾り気のない花火に気を取られた一瞬、千早のオールラウンダーは頭部のメインカメラを撃ち抜かれていた。
まるで、その隙を待っていたと言わんばかりの発砲。
黒く染まったメインモニターをサブカメラの映像表示に切り替えてすぐに、千早は麓の部隊を見下ろす。
無数の銃口がこちらを向いている。
「なんでぇ!?」
千早は反射的に感圧式マットレスの上でしゃがみ込む。オールラウンダーが山頂で屈み、銃弾が肩をかすめて火花を散らした。
侵略の二文字が千早の脳裏に浮かぶ。弧黒連峰はどららん達万色の巨竜を守る砦。ここを落とされるということはどららん達の危険を意味する。
そうでなくても、丹精込めて育てている農作物が奪われてしまう。せっかくコツコツと作り上げた平和な依頼の源泉が奪われる。
千早は引きつった笑みを浮かべつつ、右手を握りしめた。
「……全部敵」
感圧式マットレスを踏み込む。オールラウンダーが前傾姿勢で加速し、斜面を一気に駆け下りながら粉塵手榴弾を斜面に転がした。
斜面を駆け上がろうとしていた敵部隊がオールラウンダーの意外な動きに足を止め、左右に分かれるのが見えた。
敵からしてみれば千早のオールラウンダーが高所の利を捨てて突っ込んでくるのは想定外だ。だが、動きを見てからの迅速な反応は部隊の連携が取れていることを意味している。
千早にとって弧黒連峰は詳細な地図を書き起こしてある自分の庭。情報アドバンテージを活かすためにも距離を詰めて粉塵をばら撒き、情報を与えないようにしながら罠に追い込んで迎撃する方が勝率が高い。
千早操るオールラウンダーが方向を転換。右側へ回り込んでいる敵機へ粉塵の中を突き進み肉薄する。
粉塵から出る必要はない。敵機がどんなルートで斜面を登るか、地形情報を知る千早には想像がつく。
足を止め、手榴弾を敵機の予測進路に投げ込む。
派手な爆発音が響いたが、直後に粉塵へと銃弾が撃ち込まれた。万が一に備えて斜面を登って退避していたオールラウンダーにはかすりもしなかったが、千早は予測が外れたことに冷や汗を掻く。
発砲音の位置は予測進路のはるか手前。千早が行動予測して手榴弾を投げ込むことを読んで裏を掻いてきたらしい。
「ふひっ……」
緊張から不気味な笑い声をこぼしながらも千早の手はパソコンのキーボードを素早く叩いた。
すぐにオールラウンダーを反転させて、斜面に手榴弾を転がす。
直後、粉塵の向こうで立て続けに爆発音が鳴り響いた。千早が山頂付近に仕掛けているアクタノイドの腕のみを使った投擲装置、通称タレットハンド君が投げた爆薬によるものだ。
パソコンから直接投擲指示を受けたタレットハンド君たちは敵の後方を広く爆破して、その後はタイミングをずらしながら手榴弾を投擲する。
「ふふ、ふふひ」
面制圧は金がかかる。先ほどの爆発で吹き飛んだのは地面だけではないのだ。
千早はオールラウンダーをおもむろに……地面に横たえた。
「もうやだ……」
※
いける。勝てる。
甘沼は確信を深めていた。
オーダーアクターと潰し合わされた前回とは異なり、今回は正面対決。横やりがなく、相手は一人。
焦らずにじっくりと斜面を登って圧をかけていけばいい。
「いいか、目的は弧黒連峰の制圧ではない。ボマーの撃破と心得ろ!」
所属を隠していることもあり、ボマーの私有地である弧黒連峰を制圧することはできない。海援重工との関係を証明させるわけにはいかないからだ。
これはあくまでも、甘沼たち所属不明のアクタノイド部隊による盗賊的な行為として位置付ける。ボマーの機体さえ破壊すればすぐに撤退していいのだ。
二十三機で守勢に回ればそう簡単には崩されない。敵を正面に捉えているならなおさらだ。
「先ほどの後方での爆発の理由が分かりました。ボマーは山頂付近に多数のタレットハンドを設置している模様です」
「分かった。銃弾をばら撒き、ボマーの思考リソースを奪え。タレットハンドに我々の座標を入力させる時間を与えるな」
二機ほど、スプリンター系を送り出してタレットハンドを破壊した方がいい場面だが、罠が仕掛けられた斜面を装甲が薄いスプリンター系に走らせるのは少々怖い。
無理せず、一歩ずつでも山頂を地道に目指すのが正攻法だ。分散して進んでいる以上、全滅はまずない。
焦るな、と自分に言い聞かせながら、甘沼は愛機キーパーに斜面を歩かせる。重ラウンダー系ゆえに鈍重な歩みだが安定感はぴか一だ。
そう思った矢先、キーパーが不意にバランスを崩して斜面に顔面から転倒した。
ラグではない。足を取られた。その証拠に、ガンッと何かがぶつかる音がした。
経験に裏打ちされた無駄のない動きでキーパーを起き上がらせ、足元を確認する。粉塵で見えにくいが、落とし穴の類はない。
何にぶつかったのかが分からない。だが、正体不明の罠があるなら共有するべきだ。
「総員、足元に注意せよ!」
注意を促した直後、部下の悲鳴が聞こえた。
「やられた! でも、どこから!?」
「冷静に報告しろ!」
AIの誤作動からの不本意な戦闘のせいで部下たちが少し冷静さを欠いている。嫌な兆候だと思いながらも、甘沼は自分こそが冷静にと報告を促した。
「それが、突然の爆発で機体を破壊されました。おそらく、一撃で大破です」
至近距離での手榴弾の爆発と推測できる証言だ。粉塵があるにもかかわらず、やけに正確な爆破である。地雷など環境配慮のない罠はないと思いたいが、ボマーならばやりかねない。
「重ラウンダー系の正面を広く開けろ! 機関銃で地面を耕す!」
作動させられなくても、むき出しにできれば避けることも可能なはずだ。
地雷の場所を確定できれば、逆にボマーの進路をふさぐ罠として利用できる。手榴弾が主体のボマーと違い、弾幕を張れる甘沼たちは交戦距離を広く取れるのだから。
一手、また一手と潰していけば拠点攻略は必ず叶う。
直後、粉塵を避けて左右を進んでいた部下が同時に爆破された。
「タレットハンドが正確に投げ込んできました!」
「くっ……」
いまも部下たちは粉塵の中に銃弾を撃ち込んでいる。ボマーが座標を入力する暇はない。そもそも、粉塵の中にいるボマーが甘沼たちの位置を正確に推測することも、移動先を読むこともできないはずだ。
山頂にレーダーでもあるのか。それとも、粉塵の中のオールラウンダーはすでに捨てて、淡鏡の海仮設ガレージから持ってきた機体に切り替えたのか。だとしても到着が早すぎる。
甘沼の思考が加速する。
ふと、違和感に気付いた。
先ほど、愛機キーパーは何に躓いた?
あのガンッという衝突音はなんだ?
甘沼はサブモニターを切り替え、機体の後方を映す。
日が没して暗くなった山の斜面。かつての酷い戦闘で荒れたその斜面に鈍色の反射光がちらりと見えた。
斜面に伏せ、下草に隠れるようにしてこちらを見るオールラウンダーの姿が、見えた。
「――ボマーは後方! 繰り返す! ボマーは後方!」
甘沼は部下へ告げながらキーパーを振り返らせる。
「あの野郎、斜面を転がって後ろに抜けやがった!」
ボマーはオールラウンダーを地面に寝かせ、そのまま棒状に体を伸ばして斜面を転がった。重量級のキーパーとて、金属の塊が斜面を転がって足にぶつかれば転倒もする。
たった一機で戦うボマーが身を隠せる粉塵から出てくると思っていなかった。ましてや、生身では絶対にできない移動方法で極限まで姿勢を低くして後方へ抜けるなど想像もしていなかった。
細かい傷と泥にまみれたオールラウンダーはキーパーに気付かれたと悟ると寝そべったまま手榴弾を投擲してくる。爆風を確実にやり過ごせるその姿勢は理にかなっているが、甘沼からはバカにしているようにしか見えない。
「寝てても勝てるってか!? 舐めんな!!」
憤慨したところで状況がよくなるわけではない。
オールラウンダーが投擲した手榴弾はキーパーの直上で炸裂し、大破に追い込む。キーパーが散り際に放った無数の弾丸は地に伏せているオールラウンダーを捉えきれず、数発が空しい金属音を響かせた。
甘沼は『NO SIGNAL』と表示されたメインモニターを見てすぐに思考を切り替える。
指揮官にはまだ仕事があるのだ。
「αは頂上を目指して進行、βは後方のオールラウンダーを注意しつつ散開してαの背中を守れ」
山頂を取れば高所から撃ち下ろして勝ちの盤面を作れる。甘沼の判断は間違っていない。
だが、不本意な戦闘に加えて、容易く間を抜かれて後ろを取られた事実。さらには指揮官機までもがなすすべなく撃破されたこの状況は部下たちに多大なプレッシャーを強いていた。
冷静であろうとする甘沼も例外ではない。勝っても負けても始末書は免れないこの戦闘はある意味ですでに勝負に負けているのだから。
なにより、組織人は上の命令に逆らえない。
甘沼の下に海援重工の花火大会責任者から電話が入った。
「……撤退、ですか?」
ここで撤退すればボマーは追撃を口実に花火大会を襲撃するのではないか。そんな甘沼の懸念に答えるように、責任者は告げる。
「ボマーから君のキーパーを買い取るよう打診があった。私有地内に入った盗賊アクターを迎撃しているが、回収の手が足りないそうだ。ボマーは君たちの独断専行を適正価格で手打ちにしてくれるつもりだよ。速やかに撤退し、うやむやにするように」
「了解」
もとより、この勝負は最初から負けている。だが、花火会場へ手出しされないのなら作戦目標は達成している。譲られた形になるが、正直ありがたい。
なにせ、この会話をしている間にも部下のスプリンター系が三機、タレットハンドと粉塵から肉薄してきたオールラウンダーの拳で大破、中破している。
「手が足りない。あぁ、回収する手はないだろうさ。壊す方なら足りているようだけど」
完全に浮足立った自分たちではもう狩られるだけだ。森ノ宮ガレージから迫撃砲の援護があれば違っただろうが、ここに至ってはそれも期待できない。
甘沼は部下たちに指示を飛ばす。
「全機、全速撤退! 破損機体は捨て置け。ボマーと上で話がついたが、あくまでも俺たちは盗賊アクター扱いだ。追撃は覚悟しろ!」
※
千早は撤退していくアクタノイド部隊を斜面から見送って、オールラウンダーに持たせていたキーパーのバッテリーを投げつける。
「二度と来るなー!」
涙がにじむ声で叫び、千早は肩で息をしながらサブモニターに機体の状況を表示する。
メインカメラ破損。右手が中途半端に握った状態から動かない。左足首は斜面を転がり落ちて敵機の裏を取った際に何かにぶつけてプラプラしていて力が入らない。右足は銃弾が貫通した穴がいくつかあるし、胴体の装甲板は傷だらけで凹みも多い。
満身創痍だが動かすことはできる、小破といった状態だ。
千早はバックカメラ映像で斜面を確認し、ため息をつく。
「測量、やり直さないと」
地面が酷い有様だった。畑に被害がなかったことだけでも喜ぼう。
「あ、海援重工さん、買い取ってくれる……よかった……」
護岸工事やらなにやらで忙しそうな淡鏡の海仮設ガレージに引き取ってもらうのが心苦しくてもう一つの最寄りガレージである森ノ宮ガレージに依頼したが、受けてもらえたらしい。
これでオールラウンダーの修理費は稼げる。コツコツ貯めた平和な農作業依頼の実績がこの戦果で再び覆ってしまうだろうが。
その時、打ちあがった美しい花火がボロボロのオールラウンダーを照らし出す。
平和な花火大会の様子を戦場跡からポツンと眺めるオールラウンダーの後姿は煤けていた。
「なんでぇ……」
今年は花火が見れなかったなぁ。暑いから外に出たくない……。
『千早ちゃんの評判に深刻なエラー 4』10/10発売!
アマゾンの予約も開始されていますので、興味のある方はぜひ!




