書籍三巻 販促SS♯4
「――ボマーに任せて正解だった、と言っていいんでしょうか?」
そんなもんこの顔を見て察しろ、と宮鴫は思いつつも首を横に振った。
国際協力の一環で他国の新界で脅威となる生物の攻略方法を発見、報告する。たびたび上から降ってくる仕事だ。
だが、アクタノイドに慣れていないとはいえ他国の正規軍人が降参するような生物だけあって、正攻法ではどうにもならない場合が多い。
今回の仕事は、アクタノイドの数を用意できない国が高い知能を持ち身体能力も高い現地生物を相手に、凶悪とすらいえる悪天候の中でどのように対処するのか、その方法を実践で証明する形で共有してほしいというもの。
現場の人間である宮鴫からすれば、アクタノイドの数を用意して弾幕を張るのが最適解だと言いたいが、国が違えば事情も違う。慢性的な人手不足にあえぐ自衛隊に協力を仰ぐのも分かる。
だが、実際に問題の新界にアクタノイドを乗り込ませてみれば、その劣悪な条件に宮鴫たちは匙を投げた。
『これは個で対処できる環境ではない』
アクターズクエストを通じて依頼した何人かのアクターも十分以内に機体を現地生物、三日月イタチに撃破されている。新界生物の狩猟に長けたがっつり狩猟部の一軍メンバーでさえ、不運にも雷に打たれて機体が再起不能となった。
元々が不意の遭遇戦での対処法確立ということで依頼したアクターにも最低限の情報しか与えていない。だが、それでも惨憺たる結果だ。
内部規定に従い最後のアクターを誰にするかと会議した際、マスクガーデナー撲滅の指揮を執った同期が煮え切らない態度で提案した。
『ボマーなら、常識外れの攻略法を見つける可能性はあるかと……』
宮鴫も今ならわかる。同期のあの言葉は本心だ。だが、すべてを語ってはいない。
常識外れの攻略法を見つける可能性はある。それ以上に理解不能な攻略法を見つけるだろう。同期はそう思って、あの煮え切れない態度で発言したのだ。
そして、ボマーは本当に攻略して見せた。
宮鴫は両手で顔を覆う。
「強力な害獣、劣悪な環境、しかも不意遭遇戦を想定した対処法、挙句完全初見でどう対応すればいいのかの戦闘方法の開発だぞ? ――強力な害獣を無力化するのは想定外だ……」
戦闘データを見た宮鴫でさえ、信じがたいのに理解できるほど合理的な解決方法。
「――頭がいいならトラウマを植え付けるってどういう思考回路なんだ……」
ボマーは、依頼開始直後に周辺の安全を確認。破壊された機体を検分した。そこから危険を想定してワイヤーでの簡易陣地形成。ここまではわかる。自衛隊でも同じことをしたし、依頼した一般アクターも同様だ。
だが、危険生物がいるとわかっているのに対応手段の幅を持たせることなく手榴弾だけを持てるだけ持って出発するのは意味が分からない。
いざ接敵した後の対応が、即座に陥没穴に誘導して爆破で崩して落とすとか、知能の高さを利用したピンを抜いていない手榴弾ブラフとか、仲間意識の高さを利用した友釣り爆殺。
最後には爆死という凄惨な光景を見せつけてトラウマを植え付けた三日月イタチを逃がし、恐怖を伝播させている。
今や、あの落雷の森では手榴弾を掲げるだけで三日月イタチが逃げ出すありさまだ。クマよけの鈴でもここまで劇的な効果はない。
今回の仕事の内容を逸脱しているのも問題だ。『攻略法を考えてくれ』と言われているのに『攻略法を生み出しました。手榴弾を掲げてください』では意味が通らない。
誰が、前提となる環境を変えろと言った。そんな上からの叱責は免れない。
宮鴫は両手で顔を覆ったままつぶやく。
「どう考えてもあのボマーってやつはおかしいぞ」
完全初見にしてはあまりにも対応が的確すぎる。事前に情報を得て攻略法を考案していたとしか思えない。
「……まさか、情報が漏れていたのか?」
仮に情報が洩れていれば外交問題になりかねない。新界の情報はどの国にとっても秘匿性が高い。今回の依頼もアクターには他国の新界であることすら知らせていないほどだ。
だが、日本国内からの情報漏れは正直なところ考えにくい。角原の一件以来、新界関連の情報はさらに厳密な管理下に置かれるようになった。今回の依頼についても知るものは限られる。
宮鴫はもう一つの可能性に気付いた。
「相手国から情報が漏れた?」
状況証拠しかないのに他国を疑うなど論外だ。宮鴫は冷静になろうと首を振って、ボマーの戦闘記録を見た。
「どのみち、これを相手国に出すしかないな」
宮鴫と同じ思考を辿って、相手国も情報漏れの可能性に気付けば犯人捜しを勝手にしてくれるだろう。
――後日、宮鴫のもとにメールが届いた。
ボマーに感謝を。それだけ書かれたメールとは別に、国際ニュースを見ていた宮鴫は外国の議員がとある国に亡命したことを思い出す。
「ボマーとマスクガーデナーって、外国の新界でも戦ってるのか……」
落ち着き始めた日本新界を飛び出して、ボマーは世界の新界を戦場に選んだらしい。




