書籍三巻 販促SS♯1
アクター界隈ではひそかに噂される、とある都市伝説がある。
最近実在が確認された万色の巨竜もその一つだった。また、新界の海に生息するとされる新海魚竜は万色の巨竜の実在により注目度が上がっている。
そんな夢のある都市伝説とは別に、胡散臭い都市伝説もある。
話題にあがらなくなった外国の工作部隊マスクガーデナー。自衛隊と新界資源庁が共同開発していると噂の全高十メートル超えの超巨大アクタノイドなどなど。
陰謀論めいたものから悪ふざけまで多様な胡散臭い都市伝説の中に、その存在を全アクターがうっすらと信じているのが『特殊依頼』だ。
特定の条件を満たしたアクターにだけ、アクターズクエストの依頼一覧に表示されるらしい特殊依頼は目立つ赤色の縁取りが施される。一見して特殊依頼だとわかる仕様。
特殊依頼では破格の条件や報酬が提示される。だが、依頼内容の口外禁止、依頼地の情報もなく、使うアクタノイドは特殊な改造が施されていてアクター側にデータが残らない。依頼主は非実在企業や故人、引退したアクターの名義になっている。また、依頼主とのやり取りはアクターズクエスト中のチャット機能を使うが、依頼の達成や失敗と同時にログが完全消去される。
闇バイトを疑いたくなるそんな特殊依頼だが、アクターの多くはこう考えていた。
『自衛隊の海外協力活動じゃない?』
世界は日本などの技術力がある国ばかりではない。平等の名のもとに世界中の国に異世界が割り当てられても、その異世界を探索できる国は意外と多くない。
これらの新界探索後進国は埋蔵金の地図を片手に立ち尽くしているようなものだ。そんな手つかずの新界を他国がひそかに探索、資源を盗み出していても指をくわえてみているしかない。
だが、日本を含めて新界を探索できる力を有する国でも人手不足が嘆かれている。比較的治安がいいとされていた日本新界でさえ、クレイジーボマーが誕生する始末だ。
しかし、どんな国でも自らの新界資源が荒らされるのを黙ってみているわけにはいかない。そこには国同士の駆け引きがあり、密約がある。
例えば、ある程度の権利を確約することで新界の調査を代行してもらう契約だ。
この手の契約が国同士で結ばれれば、特殊依頼の形で調査を請け負うアクターに様々な制限が付く。依頼内容の口外を許してしまうと、調査代行をした国に新界資源の情報が広まってしまうのだから、黙ってもらわないと困る。
これらの推測から、都市伝説扱いされながらも『特殊依頼』の存在をアクターの多くは信じているのだ。
――いるのだが……知らない人間も当然いる。
「なんか、豪華な縁取りの依頼が出てきてる……?」
千早はアクターズクエストの依頼一覧の最上にいくつか表示されている赤縁取りの依頼に首を傾げた。
この『特殊依頼』は都市伝説として厄介な性質を持っている。
誰もがうっすらと存在を信じているからこそ、条件に合致するだろう『秘密厳守』を徹底し、仲間同士リアルの場でしか話題にしないのだ。証拠が残るネットに書き込むなど論外である。
引きこもりの千早は『特殊依頼』の都市伝説すら知らなかった。
「わっわぁっ、アクタノイド貸与、壊しても大丈夫……。依頼内容は……地図の作成。戦闘なし……! ふひへ、やった……」
千早はスマホを両手で持ってだらしない笑みを浮かべる。
戦闘系の依頼は嫌だと頑張ってきた努力がついにアクターズクエストのAIに届き、この破格の条件と報酬が付いた依頼を一覧の最上位にいくつも出してくれた。
口外禁止で秘密厳守、守秘義務違反には罰則金数百万ドル!
引きこもりボッチの千早にはないに等しい禁止事項である。
「……ドル?」
浮かれていた千早はふと我に返り、依頼の注意事項を見返した。
「円じゃなくてドル? ……なんで?」
文字通りに桁違いの罰則金になることに気付いて、千早は表記を見つめ、意味もないのにドル部分を範囲選択して青く表示させる。
前後の文章を見ても何故ドルでの罰則金なのかがわからない。
「……別に違反しなければいいし。いいよね……?」
アクターズクエストは政府が作った専用アプリだ。闇バイトが表示されることはまずないだろう。
理不尽に戦闘に巻き込まれたりもするのだが、それは別問題のはずだ。
「あっ、報酬もドルか円で選べる。こんなの初めて……」
豪華な縁取りがされてるだけあって「なんかすごい依頼」らしい。
果たして自分のようなアクター歴一年程度の雑魚が受けていいのだろうかと、千早はちょっと不安になった。
だが、アクターズクエストのAIは融通が利かないだけで優秀だ。
不本意かつ理不尽に戦闘に巻き込まれてきた千早に戦闘依頼を優先表示する程度には。
「……この豪華な依頼を断ったら、戦いに飢えてると、おもわれる?」
この破格の条件で食いつかないなら依頼内容が気に食わなかったのだろうとAIに判断される危険性。
千早はやや引きつった顔でカピバラぬいぐるみを抱きしめた。
この依頼を受けないと、今後は非戦闘依頼を受けられないかもしれない。
「大丈夫かな……。が、頑張れば、なんとか?」
チャンスが目の前に転がっているのなら掴まなくてはいけない。
覚悟を決めた千早は豪華な縁取りのその依頼を受けた。
「き、きっと、大丈夫……」
強く抱きしめられて首が変な方向に曲がっているカピバラぬいぐるみに気付かず、千早はあいまいな笑みを浮かべた。
短編のつもりがまた中編みたいになってました。
3/7 電撃文庫様より3巻発売!
買ってくださるとうれしいです!




