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千早ちゃんの評判に深刻なエラー  作者: 氷純
最終章 なんで……

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書籍一巻 販促SS

 スマホがアクターズクエストの通知を告げる音に、千早は素麵を食べる手を止めて硬直した。


「また、戦闘系……」


 ここ最近、余りにも戦闘系の依頼が多すぎる。

 野生動物の駆除、特定の危険生物の捕獲、戦闘訓練の教官役、エトセトラ。

 全部断っているのだが、いまだに依頼が舞い込んでいる。


 おかしい。衛星打ち上げの話もあって、治安はよくなってきているはずだ。もっと平和な依頼がちょっとくらい、いや、溢れるくらい来てもいいはずだ。


「……またきた」


 素麵にミョウガを乗せて啜った矢先にスマホが着信を告げ、千早はそっと画面をのぞき込む。ホラー映画よりよほど涼しい思いができる依頼が表示されているのだろうと思いながら――


「……ぬっ!」


 スマホに表示されていたのは依頼ではなく連絡だった。差出人は新界生配信の代表、榛畑陽朋(はるはたはるあき)。万色の巨竜どららんの動画制作でお世話になった相手だ。

 千早とは対極に位置する陽キャだが、配信系のアクターという立場から画面がめちゃくちゃになる血や硝煙や爆発から距離を置く存在。

 連絡内容はCMに出演してみないかというものだった。


 スマホをスクロールする千早の手がとまる。

 コミュ障ボッチ陰キャの千早には手に余る依頼だ。せっかく回してくれた平和な依頼だけに断るのも心苦しい千早は悩みながらも画面をスクロールする。


「……しゃべらなくて、いい……しゃべらなくていい!」


 依頼内容を詳しく見てみると、アクター向けの新商品である粘着爆弾を実際に使用する場面を取れればいいらしい。画面に向かって喋ることはもちろん、千早自身がカメラを向けられるわけでもない。千早が操作するオールラウンダーが粘着爆弾の使用実例を見せる、ただそれだけだ。しかも、標的はただの案山子。


「うぇへへ、こういうのでいいんだよ……」


 受ける一択。千早は素麵が伸びるのも構わず、すぐさま返信文を書き始めた。


             ※


 貸出機のオールラウンダーで撮影場所の山に入る。

 名もない山だが周囲は複雑に隆起する地形で、川や崖が点在する。生物も多様で、様々な風景が撮れることから動画制作にうってつけだと新界生配信もよく利用しているらしい。

 実際にオールラウンダーを現場に入れた千早は画面に映し出される景色を見て大いに納得した。


「ありそうで、ない景色」


 高さ三メートルほどの木々が生えた森。陰性植物が色とりどりの花を咲かせる足元から視線を上げていけば、谷や川を遠望でき、手前には巨大な一枚岩のくぼみにできた直径八メートルほどの池がある。

 一つ一つの要素は見かけるが、すべてを一つの画面に収める機会はまずない。新界で撮影したことを如実に示す背景になるだろう。

 動画制作にはこういったノウハウがあるのかと感心していた千早は仕事用のチャットルームにCM制作会社からの連絡が入ったことに気が付いた。


「……事故?」


 撮影機材のドローンや粘着爆弾のサンプルなどを乗せた車両が事故を起こし、近くの崖下に落ちて横転したという連絡だった。

 舗装もされていない道なき道を一秒未満とはいえ通信ラグに苛まれながら運転するのだ。事故を起こすこともあるだろう。

 幸い、崖下で横転した車両は軽量なトラックらしく、オールラウンダーで起こすことも可能だという。

 事故現場に行って車両を起こしてほしいとの連絡に、千早は了解と返事をした。


「事故はつきもの、しかたがない、うん」


 千早とて、今まで何度も事故に遭ってきた。突然狙撃銃で狙われたり、戦場のど真ん中を散歩していたり、海中で危険生物に狙われたり、いろいろなことがあった。

 言うほど事故ではない気がしたが、新界資源庁いわくアクタノイドで事件は起きないのだから事故なのだ。


 事故現場の座標が地図付きでチャットルームに貼り付けられる。本当に近い。運転手は悔しかっただろう。

 事故現場へとオールラウンダーを走らせる。いつもとは違って軽快な走りだ。

 撮影に頻繁に使用される場所なのだから、危険生物はほぼいない。事前に調べた情報でも、この近辺に危険な動物は生息していない。植物はシネヤカフンをはじめいくつか生息しているようだが、気を付ければ大丈夫だ。

 まして、撮影車両が通る道に危険植物がいまだに残っているとは考えにくい。


 画面の端まで注意しながらも軽快に走り抜けていた千早のオールラウンダーは突如として木の後ろに隠れた。

 見えたわけではない。音がしたからだ。

 この山に生息しているどんな生物でも出せない巨大な足音を。


「……ふっへひ」


 チャットルームにもたらされた情報によれば、車両が落ちた崖は五メートルほどの高さ。

 千早のオールラウンダーの前にその崖がある。

 だが、千早の前の画面には途切れた地面の向こうに熊と狼を足して二で割ったような生物の頭が見えた。

 地面から五メートルの高さに頭がある生物。ゾウより大きい。

 依頼主がチャットで話しかけてきた。


「モアプロスです! なんでこんなところに……」


 こっちが聞きたい、と千早は涙目で画面を注視し、モアプロスと呼ばれる巨大生物を警戒するしかない。


 新界の大陸でも平野部にしか生息しないはずの生き物だ。見た目だけならカンガルーに近い生物で、後ろ足での二足歩行を行う。だが、二本ある強靭で長い尻尾を持ち、正面の敵に対して自身の背後から尻尾を二本同時に振り抜いて敵を左右から叩き潰すなど、獰猛な一面を持つ。

 草食寄りの雑食性だが、特筆すべきは繁殖期の食性がほぼ肉食になること。普段狩りをしないからか、繫殖期には動くものをなんでも殺して食べようとし、共食いさえ頻繁にみられる。

 そして現在、繁殖期の真っただ中である。


「なんでぇ……」


 想像はつく。繁殖期で肉食に偏ったこのモアプロスが獲物を追いかけるうちにこの山に入ったのだろう。付近にモアプロスを襲えるような生き物もいないので食物連鎖カーストのトップに君臨してしまった。

 エンジン音を響かせて走る軽トラックが久々に食べ甲斐のある獲物に見えたのも無理はない。


 獲物が金属で食べられないと分かったモアプロスがこうして崖の上を見回しているのも、空腹が我慢できないから。

 つまり、目をつけられたら襲われる。

 千早は微動だにせず画面を見つめながら、脳裏に教室を思い浮かべていた。陰キャは往々にして孤立していると見なされ、有難迷惑という概念を知らない陽キャに目をつけられるのだ。

 ねぇ、何してるの? と。

 千早にとって、あの時の陽キャの目はコミュ力弱者をいたぶる肉食獣の目に見えた。

 そう、ちょうど、画面の向こうのモアプロスの目がそれだ。


「なん――」


 最後まで言い切る余裕がない。

 千早は即座にオールラウンダーを後ろに跳び退かせた。

 直後、オールラウンダーが先ほどまで隠れていた木がなぎ倒され、崖から跳躍してきたモアプロスが着地する。両足が地面についた瞬間に二本の尻尾が左右から振り抜かれて木々をへし折った。


 名実ともにこの山の覇者となったモアプロスは身を隠す必要もない。木々はただの障害物。元は平野部に生きるモアプロスにとって、なくてもいいモノ。

 目の前の獲物の方がはるかに大事だと、爛々と輝く目で語り、実力行使とばかりに走り出す。


「来ないでー!」


 すでに涙目になった千早が感圧式マットレスを踏み、信号を受け取ったオールラウンダーが全速力で走り出す。

 いつの間にか、山はすっかり静かになっていた。虫の音も鳥のさえずりも聞こえない。山の覇者に目をつけられた哀れな獲物を無音で見送るばかり。


 小石を踏みつけ、小川を跳び越え、オールラウンダーは逃げる。

 小石を踏み砕き、小川の形を変え、モアプロスは追いかける。

 身長二メートルのオールラウンダーでは、五メートルのモアプロスとの追いかけっこで逃げ切れるはずもない。


「なにか、なにか、武装」


 涙で滲む画面を必死に見つめて、千早は武装を確認する。

 元々安全地帯へ行くつもりだった。最近では衛星打ち上げの話の影響で対アクタノイド戦も減っていて、需要の問題から高騰し始めた手榴弾を買い渋ってしまった。


「ふっひうぇっひ……」


 手榴弾が二つ、突撃銃ブレイクスルーが一丁、粉塵手榴弾が一つ、あとはワイヤーのみ。

 経験上、五メートル超えの大型動物であるモアプロスに突撃銃はそれほど効果が出ない。脂肪や筋肉、骨による防御は意外なほど銃弾の威力を相殺する。

 詰んでいる。


「非戦闘依頼なのに! だったのに!!」


 涙を拭い、画面に地図データを呼び出す。

 スピーカーから聞こえるモアプロスの足音が徐々に近づいてきている。木々のおかげでモアプロスの速度は軽減しているが足を止めるほどではないらしい。

 頻繁に撮影場所として使われているだけあって地図データも精確なものがあった。データによれば、高さ一メートルほどの段差が進行方向にあるらしい。


 バックカメラの映像を見る。モアプロスが前傾姿勢で走ってくる姿が映し出されている。二本の尻尾でバランスを取っているようで、二足歩行にしてはかなりの速度だ。二足歩行故の背の高さもあって、千早のオールラウンダーを見失うこともないだろう。


 千早はオールラウンダーを操作し、進行方向に見えてきた崖に粉塵手榴弾を投げ込む。

 続けざまに手近な木へとワイヤーアンカーを打ち込んだ。

 崖から粉塵が立ち昇る。

 一メートルとはいえ足元が見えない状態で飛び込めば怪我をする高さだ。しかし、機械のアクタノイドなら怪我はしない。多少の破損は覚悟の上で、千早はオールラウンダーを粉塵立ち昇る崖の向こうへと跳ばした。


 粉塵を警戒したのか、モアプロスの足音が途切れる。

 流石は山の覇者。むやみに粉塵へ飛び込まず、周囲の様子から崖があることを理解して粉塵を避けるルートを探しているらしい。

 飛び込んで怪我をしてくれれば逃げきれる可能性に賭けられたのだが、そう上手くはいかないようだ。


 上手くいかないのはいつものこと。だからこそ、千早はモアプロスの足音が途切れた瞬間にすばやく次の手を打っていた。

 ワイヤーの巻取り機のモーターがうなりを上げ、オールラウンダーを崖下から引っ張り上げる。タイミングを合わせた千早の操作でオールラウンダーは地面を思い切り蹴り、跳躍した。

 粉塵を猛烈な勢いで突破し、オールラウンダーが崖上へと舞い戻る。


 モーター音に反応したモアプロスと目が合う。その瞬間には、オールラウンダーはさらに地面を蹴ってモアプロスへ両腕を伸ばしていた。

 モアプロスの丸太のように太い首にオールラウンダーの両腕が回される。


「ふひっ、捕まえた」


 突然金属の腕で抱きしめられ、モアプロスから山の覇者の余裕が消え去った。必死に振りほどこうとするも、オールラウンダーはびくともしない。


「ば、ばいばい……」


 オールラウンダーが両手に握っていた二つの手榴弾が爆発する。

 至近距離、それも首を後ろから爆破されたモアプロスは頭部を吹き飛ばされ、血を吹き出して倒れ込む。

 支えを失ったオールラウンダーも当然、地面を転がった。

 千早はモアプロスが動かないのを確認し、機体の状態を示す予備モニターを見る。


「……また、赤字」


 手榴弾を握りこんでいた両手は当然のように吹き飛ばされている。肘まで消失しているが、胴体や頭部は無事だ。モアプロスの巨体が爆風を受け止めたからだろう。

 しかし、両腕を失ってはトラックを立て直すのはもちろんCM撮影も無理だ。一度ガレージに戻って別の機体を借りてくるしかない。当然、その分も赤字になる。


「ふへっ」


 疲れた、といまだに爆音を奏でる心臓を押さえて感圧式マットレスの上にへたり込んだ千早のスマホが震える。

 なんだろう、と思いながら画面を確認し、千早は引き攣った笑みを浮かべた。

 依頼人からのメッセージだ。


『迫力のある絵が撮れたので、予定を変更し、この戦闘映像をCMに使います』


 いつの間にか、上空をドローンが飛んでいる。撮影用のドローンを飛ばしていたのだろう。

 別に撮影は構わないのだが、戦闘映像を使われてはまた、戦闘系の依頼の優先度が上がってしまう。


「なんでぇ……」


             ※


 臨場感のあるモアプロスとの追いかけっこ、粉塵から飛び出す無改造オールラウンダー、モアプロスに抱き着いて首を爆破する異質な勝利。

 至近距離で返り血を浴びた両腕のないオールラウンダーが空を仰ぐ。

『こんな博打は必要ない――粘着爆弾、好評発売中』


 そのCMを見て、一般アクターの感想は一つだった。


「ボマーしかやらねぇよ、その博打!」


書籍一巻、明日発売!

ぜひ、買ってください!

イラストレーターのどぅーゆー様が宣伝イラストを挙げてくれたので見ていただけると嬉しいです。

https://x.com/artist_youwant/status/1821388437066530989


あと、2巻の予約もすでに開始されていたりします。

https://amzn.asia/d/5ufqFMr

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― 新着の感想 ―
手榴弾にワイヤー付いていたらいろんな使い方できるのでしょうねぇ(白目) 「爆発は成り行きだぁ」 誰も信じちゃくれないでしょうが。
[一言] 全編拝読させていただきました 主人公の思惑と周囲の評価のギャップが絶妙に面白いです 1巻購入させていただきました 本文の加筆修正とイラスト群が大変良く WEB版との違いが購入の満足がありまし…
[一言] 書籍化告知から待ってたけど音沙汰なかったから何かあったんだろうなぁと思ってました。 しかし無事出版されて良かった。 2巻も出るとの事、楽しみですな。
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