第九十九話、原初の神父 ~真実を辿る魔導書~その2
ディカプリオ少年が懐く謎の神父。
聖人の資格を有する黒衣の男。
おそらくこの人こそが元凶――ディカプリオ少年の、救世主の異能に関係していると思われるのだが。
なんつーか。
……。
池崎さんがあたしと同じ顔で、ぼそりと呟く。
「子どもにゲームと漫画とアニメばっかり教えてやがるな……」
「ま、まあ子どもも喜んで元気になってはいるけど――」
孤児院のテレビには、宗教系の孤児院には似合わないなかなかスプラッターな映像も流れている。
何年前の景色かは分からないが。
まあ、これはディカプリオ青年が少年だったほどの過去だ。
当時はもしかしたら年齢区分の表示がなくて、子どもにこういうゲームをさせても白い目で見られない時代だったのかもしれない。
と、思っていたのだが。
子ども達の遊興スペースを見たシスターが、ジト目で神父に言う。
「神父様! また子供たちにこんなゲームをやらせて! ちゃんと対象年齢が明記され始めているんですよ? そういうのを破るのは、よくないと思います!」
「ははは、いいじゃないかシスター。あれはあくまでも制限じゃなくて目安さ。それに――ゾンビを倒すゲームだし、聖職者としては間違っていないだろう? うん、問題ないね」
まったく気にせず、神父は飄々と答えている。
その足元にはやはりディカプリオ少年がいる。
この黒衣の神父……ちゃんと対象年齢があるのに、おもいっきし無視してるだけか。
戒律などを守らない、いわゆる生臭坊主というやつだろう。
それでも、子どもたちは笑っていた。
それがシスターにも分かっているのだろう、はぁ……と肩を落とし。
「ちゃんと礼拝の時間は守っていただきますからね。子供たちにもですよ?」
「んー、私達はともかく、子どもに神への祈りを強制させるのはあまり感心できないな」
こ、この神父。
神父でなおかつ聖人の資格保有者のくせに、信心が色々とアレだなぁ……。
「ダメですよ、神父様! ここは神の庭ともいえる孤児院。礼拝は義務であり、規則なのですから。生活を保障される代わりに、その組織内の規則にはちゃんと従う。子供達がそういった社会のルールを学び、守る大人になるためにも――必要なことだと思いますけれど?」
神を信じる必要はないが、子ども達のためにも規則やルールを覚える必要はある。
その説得には一定の効果があったのだろう。
神父が静かに口を開く。
「規則を守ることを覚える教育か――そうだね。君はとても正しい」
あたしは違和感を覚えた。
生臭神父が酷く空っぽで、空虚な声を漏らしていたからである。
不審に思ったあたしは鑑定の魔眼を再び発動させていた。
池崎さんが言う。
「ん? なんだ嬢ちゃん突然血相を変えて」
「この人……普通の人間じゃないわ」
「はぁ? なにをいまさら。そりゃあさっき嬢ちゃん自身が言ってたじゃねえか」
それは聖人の資格保有者の話だろうが。
「そうじゃないの。この神父……、聖人でありながらも終末を引き寄せる闇としての側面もあるのよ。性質でいえば、あなたと似ているわ。パンデミックであるあなたに近い、そういう化生の類の性質も持っているみたい」
先ほどは見えなかったのに。
今覗き込んだ時は、ぞっとするほどの無がそこに広がっていたのである。
これは人を騙し。
聖人に化ける存在。
――種族としてではなく、本来の意味としての悪魔といえる存在だと、あたしは確信していた。
「へぇ、ご同類様か!」
興味深げに覗き込む池崎さんは、さきほどよりも意気揚々としている。
好奇心をキラキラさせる、その瞳はネコそのものである。
この人もなかなか良い性格してるわよねえ……。
「ん? でもなんで聖人って鑑定されたんだ? それが本性なら、お前さんの鑑定で聖人には判定されねえだろう」
「おそらくこの男、反救世主としての悪性を持っているんだと思うわ」
「反救世主?」
オウム返ししてくる彼に、あたしは魔術講師の顔で言う。
「アンチクライスト。すなわち、救世主を模倣する者。黙示録で触れられる、真なる救世主を真似て生まれてくる終末装置の一つよ。人々を、奇跡の力と説法を用い救世主として導き、けれど、いざ本当に救世主となった時には手のひらを返し破滅を齎す――そんな厄介な存在とされているわ」
「魔術のない世界で、そんなファンタジーみたいな存在が生まれるかねえ」
信じていない様子だが。
あたしは頬を掻きながら。
「あのねえ、魔術のない世界で誕生した――ネコと魔女の呪いが、あたしの目の前にいると思わない?」
「ま、そりゃそうだが――いまいち信じらんねえな」
魔女の呪いを吸ったネコの呪い。
世界に災厄をバラまく憎悪の魔性と化した者、ある意味で一番魔術的な存在なのに。
妙に現実的な男である。
じっと同類を眺め、彼が言う。
「そもそもだ。真なる救世主、いわゆる西暦の始まりになった聖人なんて、本当に実在してるのか? 黙示録ってのも、あれだろ? なんか世界が滅びそうになって、天使やら悪魔やら救世主が蘇って、大混乱。現実味のねえ事ばかりが預言されている、現存する最古のラノベってイメージなんだが」
おいこら。
本当に信心深い人が聞いたら、めちゃくちゃ叩かれそうなことを抜かしやがった。
んーむ……。
後でお父様への報告書に記さないといけないのに。
宗教に喧嘩を売らないで欲しいのだが。
あえてあたしはぼかすように、咳払い。
「そ、その辺の真相はともかく! 黙示録で語られる終末のケモノ――マスターテリオンと呼称される神話生物。豹の頭と鉄の魔杖を持つ多頭のケモノと、サタンとも同一視されることもある赤い竜は、少なくとも存在しているわ」
断言するあたしに池崎さんが眉を顰める。
「随分とはっきり言い切ったな」
「当然でしょう。だってあたし、召喚魔術でマスターテリオンとかも呼べるし。呼べるって事は実在してるって考えてもよくないかしら?」
しばしの沈黙が走る。
「それ、呼んでいいモノなのか……?」
「いいんじゃないかしら。呼べるんだし――ちっちゃい頃、唐揚げの取り合いで兄妹喧嘩になった時によく頼ったものよ。懐かしいわねえ」
唐揚げの取り合いは兄妹であっても真剣勝負。
よく家を破壊して怒られたものだった。
ま、まあお母さんたちにマジ説教された思い出も蘇ってしまったが。
「なあそれ、兄妹喧嘩程度で呼んじゃ絶対にダメなやつだろ……?」
「子どもの悪戯だし、よくあることでしょう? 結構良い人よ?」
人ではないが。
ともあれ、池崎さんはあえてその辺のカオスな状況に触れるつもりはないらしい。
「おまえさんのぶっ飛んだ家庭環境はともかくとして――ようするにだ、この無駄に美形で怪しい黒衣の神父は偽物の救世主。えせ聖人ってことか」
「んー……そこもちょっと曖昧なのよね。あたしの鑑定なら、そこまで見抜くはずだから」
再度鑑定を発動。
けれど、やはり聖人としても鑑定されている。
可能性としては――。
「もしかしたらですけど。邪悪だった部分が、徐々に浄化されたのかもしれないわね」
「自分だけで理解してねえで、説明してくれっての」
「分かってるわよ。あくまでも仮説ですけど――今、この光景を見ればちょっとは理解できるんじゃないかしら」
呟くあたしの目線にあったのは――。
子どもに囲まれ、空虚な心に温もりを覚えていく神父の姿。
ディカプリオ少年が神父を見上げ、微笑んでいた。
「神父様! いつもありがとうございます!」
穏やかな太陽の下。
木漏れ日を浴びる孤児院で――。
黒衣の神父も微笑みを浮かべている。
「私はね――君達から本当に多くを学んでいるんだ。だから、礼など要らないんだよ」
苦笑する美貌に向かい、頬をこども特有の温かい赤で色づかせたディカプリオ少年が言う。
「それは違います! お礼を言われることも義務なんですよ? 神父様はわたしたちからお礼を言う権利を奪うつもりなのですか?」
「人間とは……そういうものなのかい?」
まるで自分が人間ではない。
そんな口調の神父に、少年が、いや孤児院の子どもたち全員が、えへへへへ。
「神父様は、いつもそう!」
「ボクたちが教えてあげないと、そういう部分が分かってないのです!」
「先生はオレ達がいないと、ダメダメだかんな!」
この神父はおそらく人間性を著しく欠いているのだろう。
英雄や救世主。
そういった人種は、言い方は悪いがサイコパス的な側面もあったりするものだからだろうか。
その辺の無を、子どもたちが埋めていると考えられる。
互いに互いを必要としているのだ。
池崎さんがザリっと長い指で無精ひげをすり。
邪悪な顔でキシシシシ。
「偽物の救世主が、子どもたちに触れて――本当の善に目覚めた、ってか。お綺麗な話だわな」
「茶化さないの。ったく――あなたもシニカルな人ねえ。憎悪の魔性としての本性を出す前なら、もうちょっとしんみりした顔でもしてたのかしら」
こうしてみると、大きくなったネコがそのまま人間になったみたいな悪戯そうな表情だし
わりと猫っぽかったのかしらねえ、この人。
池崎さんが言う。
「しかし、聖人にしろ悪魔にしろ。普通の人間じゃねえんだろこの神父。そんなんがどうやって死ぬんだ」
その目線の先には、本当に温かい光景が広がっている。
この景色も――おそらくは神父の死で変貌してしまうのだろう。
まあ過去の事には干渉できないので、仕方ないのだが。
あたしは考え、周囲にアンテナを張り巡らせる。
土地や空気、様々な状況を解析しているのだ。
魔術師としてのあたしは答えを導き出していた。
「たぶん死の原因は、異世界からの干渉ね」
「はぁ!? 異世界から、攻撃されるってのか? そりゃあちょっと荒唐無稽過ぎねえか」
「魔術の分類では、攻撃には含まれないわ」
あくまでも知識の上でだが、該当する魔術をあたしは知っている。
「この時代はね、まだ、とある魔術が発動されていたのよ。今はもうその魔術は発動できない、完全に無くなっているんですけど。これは過去の映像。おそらくまだその魔術が発動されていたんだと思うわ」
あたしが思い至ったのは――攻撃ではないが、ある意味で攻撃魔術よりも残酷な魔術。
かつて、あたしの父や母が封印した世界規模の魔術。
十五年前には根絶された、形の上では聖なる儀式。
「きっと、この神父が本当の意味で聖人になりそうになってしまった。それが原因。生まれながらの悪が、子ども達を通じて、人の心と善を覚えてしまった――たぶんそれがきっかけね」
「もったいぶらねえで教えろって」
せっかちな男である。
あたしは温かい景色を見ながら。
告げる。
「答えは簡単――異世界転生。つまり勇者召喚よ。神父はたぶん、異世界に召喚されるために因果を改変され、突然死するのね」
そう。
それこそがかつて横行していた凶行。
多くの犠牲者を出した、勇者召喚という名の人権侵害である。
終末装置ともいえる存在が心を覚え、勇者にふさわしい存在となってしまい――。
その結果。
異世界へと招かれることになったのだろう。
神父が死んだのは、翌日の事だった。




