第八十八話、饗宴の前に ~静謐なる布石~
テレビもネットも、全国的に発生している暴徒に騒然としていた。
魔女を殺せ。
ようするに、滅びを齎す異能力者を殺せのシュプレヒコール。
日本国民の大半は洗脳状態になっているようなのだが――。
あたし達、異能力者の学校は無事だった。
時はあの後。
場所は応接室。
そのまま登校したあたしは、紅茶の香りが広がる部屋でみんなが集まるのを待っていた。
近くで発生している暴徒の方の対応は、二ノ宮さんとヤナギさんが率いる公務員が行っている。
遠くは池崎さんが担当。
比喩や誇張ではなく全国的に異能力者狩りが発生しているようで……世界はまさに終末。
異能力者の存在を知っている政府は、なにかと大忙しのようだ。
当然、この地域も荒れている。
あたし以外にも襲われそうになった生徒たちがいたようなのだが――。
正体を隠すことをやめた池崎さんが、生徒たちを守っていたらしい。
怪我人も出ていないとのことなので安心なのだが。
問題は活躍しまくりの池崎さん。
生徒たちは、さすがに彼の異変に気付いているだろう。
なにしろ今のあの人。
めちゃくちゃ禍々しい闇のオーラを放ってるしなあ。
ともあれだ。
これほど大規模な洗脳事件を放置するわけにはいかない。
とっとと事件を解決するべく、当然あたしも動いている。
影の力を発動しているが、黒髪モードのまま――。
耳元に指を当て、あたしは魔術を発動。
音声を受信しているのである。
『姫様、こちらは抜かりなく準備が整っております。どうぞ』
「そう、分かったわシュヴァルツ公。頼むわね」
『全ては姫様の御心のままに――』
万が一の備え、というやつを各地に放ってあるのだが。
できたら使わないままであって欲しい。
そう思いつつも、あたしは次にヴァイス大帝に連絡を取る。
「ヴァイス大帝、シュヴァルツ公の儀式は成功したわ。そちらもよろしくね」
『承知――姫殿下のためならば、騎士たるニャーも全力を尽くしましょう』
こちらもオッケー。
最後にドライファル教皇なのだが。
『姫様。こちらもすべて整っておりまする。して――帰りに駅弁を購入しても、問題ありませぬな?』
「許可します――可能ならばすき焼き弁当を多めに、できるかしら?」
シリアスな声に、相手もシリアスな声で返してくる。
『うにゃにゃにゃ。このドライファル、既に昼飯戦争の戦術を予報済み、アイテムボックスに確保しておりまする』
「さすがは教皇、頼りにしていてよ」
姫たる声で通信を終える。
なぜだろうか。
あたしの横で通信を見ていた二人が、呆れた顔をしているが。
……。
まあテレパシーだったり。
影を通しての会話なのがネック。
一見するとサボっているか、独り言にしか見えないのが困りもの。
今の会話が自作自演。痛い女子高生の妄想!
と思われたらさすがに恥ずかしいし、ねえ……?
紅茶を口にしてあたしが言う。
「はぁ……疲れた……。ようやく下準備ができたわ……。日本って、狭い島国の広さのわりには人口も建造物も密集していて、……全部を把握するには大きすぎるのよねえ……」
日本はまるでダンジョンのようだ。
そんな冗談みたいな話を、異世界でされることもあるのだが。
ともあれだ。
今のは、あたしにしてはそこそこ珍しかった。
捻りも何もない、ふつうの愚痴だったからである。
そんなあたしの様子を見ていたのは、先ほどもちょっと触れたが二人組の生徒。
応接室で既に待っていたクラス一番のギャルこと沢田ちゃん。
そして、サボテンプリン頭のヤンキー、梅原君である。
天使のジブリール君はというと――今は留守。
とはいっても、池崎さんを空間転移で移動させていたのでこの場にいないだけで、もうすぐ合流する予定である。
契約済みの彼が裏切ることはないが――味方にも隠しておきたい事もあったので、ちょうどよかった。
だからそのわずかな時間に、こっちも色々と仕掛けをしていた。
というわけなのだ。
ちなみに――秘書風美女の大黒さんは、外見のイメージのままにあたしの秘書状態。
とりあえずあたしの疲れを察したのだろう。
ちょうど今、トーストを焼いてくれているので、それを味わう事になっている。
ゴテゴテなネイルを輝かせながら、沢田ちゃんが言う。
「で? アカリっちさあ、今度はどんな事件に巻き込まれてるん?」
当然とはいえ、もうバレてるし……。
まあ、学校で受けた依頼を聞いてたしなあ。
あたしは手を広げて、ちょっと苦笑してみせる。
「んー、話せば長くなるんだけど……とりあえず、今ネットを騒がせてるあの救世主配信者、ディカプリオ神父と敵対してるみたいな?」
曖昧な説明でも分かるように、あたしは説明用のスキル《かくかくしかじか》を発動!
かくかくしかじかと言えば!
なぜかちゃんと説明できてしまう、便利話術スキルである。
話を聞き終えた沢田ちゃんは、アハハハハっと陽気に笑い。
「ふーん、アカリっちさあ。やっぱりあーた、トラブルメーカーよねえ」
「言わないでよぉ、あたしも気にしてるんだから」
まったく、誰に似たんだか……と、お母さんにはよく言われていたが。
お父さんはもちろんの事。
正直、勇者であるお母さんにも似ていると思うが、怒られるのでそれは言わないお約束か。
はぁ……っと息を吐くあたしに、沢田ちゃんが言う。
「ま、あーしが力になれることなら協力するから。なんかあったらいってオッケーっしょ?」
「本当に沢田ちゃんの力が必要ならそうさせて貰うわ」
告げるあたしに、彼女はきょとんとした顔をしていた。
はて? なんだろう。
「どったの?」
「いや、アカリっち。あんたさあ、前まで事件は自分で解決するんだ! みたいな感じだったのに、そう言ってくれたから、ちょっと意外で。なんかあったの?」
そっか。
あたしもやっぱり、色々と変わってるのかな。
池崎さんにも変化があったように、あたしにも……ちょっとした差が見えるのだろう。
心配させないようにいつものスマイルで。
けれどあたしは落ち着いた、大人っぽい声を漏らしていた。
「んー……誰にも頼らないで、ずっと頑張ってた人を見てね。人のふり見てなんとやら。頼っていい場面では素直に頼った方が、お互いに楽になることもあるかもって。そう思ったのよ。だから、沢田ちゃんにも冗談じゃなくて、手伝ってもらう事になるかもだから。よろしくね♪」
「ふーん、そりゃいいけどさあ」
沢田ちゃんは、にへっと意地の悪い笑みをして。
悪友の声であたしの耳朶を擽っていた。
「誰にも頼らないで~って、それって池崎先生のこと?」
おや。
池崎さんの素性や事情については説明していなかったのだが。
「否定はしないけど。どうしてそう思うのよ」
「そりゃあ分かるっしょ。なんかあの人、めちゃくちゃ雰囲気変わってるし。で、なにかあったのならどうせあーたが関係してるっしょ? 簡単な推理じゃん?」
一緒に聞いていた梅原君が、スマホを弄りながらチラチラっと目線をよこし。
「ひっ、日向って、先生と付き合ってるのか!?」
なかなかどうして、上擦った声である。
ヤンキー特有の薄眉を尖らせる彼に、あたしは呆れた顔をして。
「あのねえ、教師と生徒がそういう関係になるわけないでしょうが……」
「そ、そんなの分からねえだろう?」
まあ、そういう恋愛ものの少女漫画はありふれているが。
今のあたしが意識しているのは、ループする前の彼の事。
今朝の夢だ。
あたしはあの時、死んだ彼を抱き上げ……。
絶対に何かをしていた。
そもそもの話だ。この巡り廻る世界の原因が、あたし……なんていう可能性もゼロじゃない。
ここで賢いあたしは考えるのだ。
もし五年後にリセットされる世界にした犯人が、五年後のあたしだったと仮定しよう。
するとだ。
これって、現在何もしていないあたしの責任になるのかどうか!?
これって実はかなり重要な問題なのである!
それを二人に説明するにはなかなか難しい。
だからあたしは大人な笑みを浮かべて――。
「ま、ちょっと色々とあってね。意識はしてるけど、そういうのじゃないわ」
「そ、そうだよな! ならべべべべ、べつに、いいんだけどよ!?」
梅原君、謎のドモりである。
沢田ちゃんはキシシシっと訳知り顔で笑っているが。
あたしにとって深く追及されたくない話題だと感じ取ったのだろう、スマホを起動させ彼女が言う。
「それにしても、アカリっちが――今話題のあのイケメン異国人と敵対ねえ。なんなん、こいつ? あーしはあんまタイプじゃないけど、やっぱ人気っしょ? 気になるは気になるんよね~」
「ディカプリオ神父ってアレっすよね、最近配信界隈を騒がせてる――終末論者っつーんすか? 世界が終わる―、世界が終わる―って放送して地震とか災害の予言を見事的中させて、注目されはじめた金髪糞野郎っすよね?」
金髪糞野郎には同意だが。
ぐぬぬぬぬっと犬歯を尖らせているヤンキー顔に、あたしは怪訝な顔をしてみせる。
「あたしも個人的に詳しいわけじゃないからアレだけど、そのディカプリオ神父よ。それにしても……どうしたの? 梅原君。あなたがそんな顔をするなんて、珍しいわね」
「あいつの信者、めっちゃ面倒なんすよ!」
くわっと唸り!
自分のチャンネルの画面を表示させ、梅原君が生配信の様子をアーカイブで見せてくれたのだが。
棒キャンディーを銜え始めた沢田ちゃんが、画面をのぞき込み――。
「うっわ、配信と全然関係ないのに滅びる―滅びる―って騒ぎまくってるヤツ? これがその信者?」
「そうなんすよ! 今、視聴者数が多い放送に湧いてくるらしくって、めちゃくちゃ迷惑してるんすよ! いつどこで、次の事件が起きるから注目だ! って、制御できねえんすよ、こいつら」
なるほど。
人が多い場所で終末を騒いで注目を集めているのか。
効率のいい方法ではあるか。
それよりもあたしは、梅原君の配信の、異常なほどの再生数が気になっているのだが。
……。
そういや、こいつ……手先が器用という異能力、《超絶技巧》を駆使してめちゃくちゃ稼いでるんだっけ。
しかしだ。
一つ疑問が解決したあたしは、知的な顔で顎に指をあてていた。
「なーるほどねえ。あの糞神父。どうやって信者を一気に稼いだか、ちょっと謎だったんだけど。そういう手も使ってたのね」
「なんのはなしっしょ?」
説明しろ~っとあたしの顔を覗き込んでくる沢田ちゃんに、あたしは眉を下げる。
「いくら何でも世界が滅びるって言われても信じる人は少ないでしょう? けれど、今、実際に洗脳された信者たちが、彼の予言を信じて魔女を狩れと騒いでいる。もはや彼らの心は洗脳され切っていると言っていいわ。じゃあなぜそこまで信用してしまったのか――」
あたしが知的に、ふふん!
講師の顔で問いかけたからだろう、梅原君が言う。
「地震や事件の予言をしていたから、ってことか?」
「そーいうこと。ああいうのって、やり方は結構あるけど……たとえばSNSのアカウントを百個とか、二百個とか作っておいて、適当に事件の予言をしておく。で、後日事件の当たったアカウントだけを残して、また次の予言をしていく。最終的に全部予言を当てたアカウントだけを残して、それを使い始めるのよ。よくある手の一つね」
あたしも子供の頃、悪戯でよくやったわと感慨深く頷いたのだが。
なぜか詐欺師を見る顔で、二人があたしを見ている。
子どもの悪戯なので気にせず、あたしは話をつづける。
「けれど、たぶんこの場合は別ね。事件予知の間隔が短すぎるし、いくらなんでも適当な予言アカウントを大量に作っても不可能とは言わないけど……難しいでしょうね。じゃあ、どうやったのか。沢田ちゃんは分かるかしら?」
言われて彼女は露骨に嫌そうな顔をして。
「あーしならこう考えるっしょ。予言しておいて、部下や信者を使ってその事件を起こさせればいい。結果として全部の予言は当たることになる。こんな感じ?」
「正解よ。ったく、手段を選ばないにもほどがあるっての」
ようするにだ。
彼は信者を増やす、ただそれだけのために。
人を殺したり、殺させたりしているわけだ。
その実働部隊が、契約で縛られた死刑囚。
解放される前のジブリールくんたち、と予想できる。
あたしの推理の全部があっているとは言わないが、おそらくかなりは当たっているだろう。
「なんつーか……やべえ連中なんだな。大丈夫なんか、日向」
「あら、あたしの心配をしてくれてるの?」
「当たり前だろう?」
うわ、断言されちゃった。
ま、まあちょっとは嬉しいかな?
今は別件で動いている石油王の息子、ホークアイ君といい、どうもここの男子はあたしを普通の女の子扱いする時があって……。
……。
あたしは梅原君の顔を覗き込み、静かに瞳を閉じていた。
唇から、自然と言葉が漏れる。
「素直に感謝しておくわ、ありがとう。とても嬉しいわ」
「お、おう!」
淑やかなるご令嬢。
そんなあたしの空気に、梅原君が顔を真っ赤にしている。
沢田ちゃんが、あちゃあ……って顔をしつつも。
「でさあ、アカリっち。その神父ってのは、終末論を煽ってなにをしたいん? あーしには、ちょっとよく分からないんだけど」
ふむと考え。
あたしは彼らにも分かりやすく、状況を言葉にしてみせる。
「さっきも説明したけど――ま、簡単に言っちゃうと。あいつは世界を救うために、世界を破壊しようとしてる面倒な外国人でね。しかも、その後ろにはたぶんこいつが”あの方”って呼んでいた黒幕がいる。そいつが色んな意味で厄介な相手で……うかつに仕掛けられないのよね。で――あたしもこうして本気を出して対処! 裏でこそこそ、罠を張ってる最中ってわけよ」
本当なら直接対決で解決!
が手っ取り早いのだが、信者たちがいるから話が厄介。
あたしとヤナギさんの意見はこうだった。
教祖を殺してしまうと大問題。
信者たちが本当の意味で暴徒化し、手が付けられなくなるのではないか。
である。
大概、こういうヤバい思想の連中の教祖っぽい人って、殉教してからが本番なのだ。
死んでしまえばもう穢れることはない。
偶像崇拝、担ぎやすい神輿、ますます厄介なことになるのは間違いない。
ま、実際にはあの神父は天使がいる限り死なないようだが。
死んだと見せかけられても面倒というわけである。
……。
本当にGみたいな男で、あたしは生理的に苦手なタイプである。
まあ、今このわずかな時間に仕掛けた罠が、吉と出るか凶と出るか。
それはあたしにも分からないが。
やるべきことはやったかな。
そろそろジブリール君も池崎さんも帰ってくるだろう。
これからあたし達は動き出す。
今は本当に静かだが――もうすぐ先には、大きな波乱があるのだろう。
だから、はぁ……っと。
深いため息もでてしまうのだ。
あたしは大黒さんが用意してくれた食事で栄養を補充し。
全員の集合を待った。




