(四章)エピローグ ~あたしに任せなさい!~
とりあえずの話は終わった。
あたしたちは息をつき、とある場所へと向かうことになっている。
それは魔猫学園の森のレストラン。
どうせだったら、ネコのシェフが集うあのステーキハウスに全員で行こうという事になったのだ。
その前に――。
遺跡の結界を強化したりと、戸締りを済ませている最中だったりする。
ようやく、池崎さんの正体が発覚したわけだが。
あたしは元ネコだった、イケザキキャットに目をやって。
ミニチュア黒豹ともいえる、その体躯をそのままひょいっと抱き上げる。
モフ毛を膨らませ、手足をバタバタ♪
池崎さんが魔性の証たる赤い瞳を、ぶぉぉぉぉんと光らせ。
抗議するように、牙を覗かせあたしに――くわ!
『って、なにすんだよ! オレは元の身体に戻って、タバコをスーハーするんだっての!』
「ええぇぇぇぇ!? いいじゃない、このままで!」
やはりネコというだけで親近感が増してしまう!
こっちの方が絶対に可愛いと思うんだけどなあ。
膨らませた尻尾を左右に振りつつ、池崎さんは露骨に息を漏らす。
『あのなあ、タバコが吸えねえって言っただろうが……』
「タバコねえ……そんなにいいもんじゃないと思うけど。いや、吸ったことはないけどね?」
『だいたい、このままだと授業もできねえだろうが……』
ああ、そういや一応教師だったわね。
この人。
……。
そっか。
じゃあ全てが終わったら、そのままさよなら。
なんてことにはならない、その先があるって事だろう。
「しょーがないわね。じゃあ、人間に戻ることを許してあげます」
『いや、なんでおまえさんの許可が必要なんだよ……』
「それで、もう隠してることはないんでしょうね? この際、全部洗いざらい、さっぱりしちゃった方がいいと思うんですけど?」
詰問するあたしに、彼は眉を下げるのみ。
『まあ、そういうことだから――白銀の魔狼様よ、人間の器をありがたく頂戴していいんだな?』
と、あたしの腕の中で、ハウルおじ様に問う池崎さん。
おじ様が言う。
『構わぬぞ、これは補填であると言ったであろう』
『決まりだな――そういうわけだ、嬢ちゃん。後で魂の移し替えを頼むわ』
そりゃあまあ、あたしならできるけど。
まあ戻るまでの間は、ぬいぐるみサイズのイケザキキャットを存分に堪能しておこう。
肉球をプニプニ。
頭をわしゃわしゃ~♪
「もうちょっと。もうちょっとモフった後にね!」
「あ、ずるいわアカリちゃん。こっちにも貸して貰わないと!」
巨乳なる大黒さんも参戦し、わしゃわしゃわしゃ♪
せっかくあたし達が撫でてあげているのに、だ。
なぜかイケザキキャットはブスっと顔をしかめている。
ハウルおじ様の肉球ペチンで沈んでいた炎兄が、にょこっと顔を擡げる。
『で? これからどうするつもりなんだアカリ』
「まずは今一番近い滅びを解消するしかないでしょうね。具体的には――」
考えるあたしに、ヤナギさんが筋張った指で眼鏡をあげて。
「ディカプリオ神父の案件、でしょうね。まああと約五日ほど経たないと天使のジブリールさんが動けないですし、契約もあるので動けませんが――」
『オレ様がささっと焼き殺してくるってのは、だめなのか?』
ギニャハハハっと、猫モードでテンション高めな炎兄の提案であるが。
あたしは肩を竦めてみせる。
「無理よ、あたしの関係者も手を出せないって契約だし。って、そうだ。お兄ちゃん、モグラの聖女がこちらに異世界召喚で拉致されちゃってたのよ、その辺の事って、お父さんは把握していると思う……?」
『ふむ――どうだろうな』
さきほどとは打って変わり、冷静な声音が兄猫の口からこぼれていた。
『親父は力強き神。強すぎる存在は、弱きモノを観測しきれない。一般的な聖女の存在程度じゃ、道を歩いているアリと一緒だろうからな。それでもまあ、オレ達兄妹をどこかで監視しているだろうし、今なら把握しているんじゃねえか?』
ふむ、たしかに。
ならば、モグラちゃん達にもしものことがあるということは避けられるか。
そのまま異世界に帰還させてもいいのだが、その辺は本人の意志も肝心だろう。
まあペスが任せておけって、言ってくれてるし。
三魔猫もあっちに戻ってるし。
あっちのことはあっちに任せておくとして。
あたしは考える。
これからの事を――。
未来を――。
池崎さんの正体を考えに入れた上で、あたしの口から思考が零れだした。
「パンデミック、滅びという呪いを運ぶ能力か――だから世界の滅びはいつも一定じゃなかったのね」
黄昏るあたしの髪を、池崎さんの声が揺らす。
『あくまでも現時点での話だが。今回の滅びが目をつけている災厄の発生源はおそらく、ディカプリオ神父……あのサイコ野郎だな。本当ならオレが呪い殺している筈だったんだが――』
「はいはい、そんな猫ちゃんジト目でみなくても――分かってるわよ、あたしが救っちゃったってわけね」
そして、炎兄がその最中に池崎さんを殺してしまった。
……。
てへ、あたしたち兄妹のせいだし♪
しかしそのおかげで、こうして真実に辿り着いた。
ジブリール君も仲間にできている。
だからたぶん、間違ってはいなかった。
ちゃんと前進しているのだ。
何事も前向きに!
それがあたしのモットーでもあるし!
「さて、戸締りもこんなもんでいいでしょう! あなたにはジョージ尼崎さんの事とかで色々と確かめたいこともあるし? いままでどう暗躍していたかとか! どう誘導していたかとか! とりあえず、食事をしながら詳しく聞かせて貰おうじゃない!」
腰に手を当て、にひぃ!
どーんとあたしは言いきった。
『あいかわらず、おまえさんは軽いなぁ……一応、また世界の危機なんだぞ? レストランなんて寄ってる暇あるのか?』
「なにいってんのよ! あたしと炎兄は大バトルをしたあとなのよ!? ちゃんとご飯を食べて魔力も体力も回復しておかないと、いざ、いきなりあなたの本体が攻めてきたりしたら! 疲弊したまま戦う事になるじゃない!」
炎兄もうんうんと頷いている。
あたしと兄の口には、じゅるり。
ちょっとはしたないが、ステーキを思い浮かべた証が浮かんでいる。
ヤナギさんも大黒さんも、支度をはじめて各所に連絡を入れているのだが。
池崎さんだけは渋い顔のまま。
『しかしなあ、地下街の後始末の方は良いのか?』
『案ずるな、ケトスに器を与えられし――地球で誕生した初の憎悪の魔性よ』
様子を観察していたおじ様が言う。
『政府に管理されていない異能力者に関しては、わが眷属、優秀なる交渉人――二ノ宮が動いてくれるであろう。汝は少々、自らで動き過ぎる悪癖がある。休むことも必要であると心に刻むが良かろうて――』
『そう言われても、オレはなんとかこの世界の滅びを……』
責任を色々と感じているようで、イケザキキャットが何かを言いかけるが。
言葉を遮りおじ様が嗤う。
『ふはははははは! 威勢がいいな! だが忠告しておくぞ、若造よ――! 汝は仲間をもっと信頼するべきだ。友は良いぞ、仲間も……! 我は、多くの戦の中でそれを学んだ。神の我でさえ一人では手が足りぬ時もあるのだぞ? ふむ、そうだ。言いたいことは分かるであろう? そう――キサマのような小童が一人で多くを掴もうとしても無駄。笑止千万、身の程を知れというヤツであろうな! ガハハハハ!』
おじ様の説教を受けて、池崎さんは困り顔。
これ。
めちゃくちゃ濃厚な魔力を直接ぶつけられてるから、普通なら気絶しているのだろうが……。
さすがは憎悪の魔性イケザキキャットといったところか。
周囲を全力で守る炎兄が言う。
『なあ、ハウル師匠。魔力をもうちょっと抑えてくれねえと……結界で守るの、しんどいんだが?』
『ふむ、それも修行の一環とするか。さて。池崎よ――我が言いたいことは一つ。焦りは禁物、時にはじっくりとステーキを味わう。それくらいが良い! 理解できたな? 理解出来たのなら、多くの言葉は無粋というもの。行動開始であるぞ!』
一方的に笑って、一方的に言い放ち。
レストランに入れるサイズになるためだろう。
神雷による十重の魔法陣を形成。
周囲をわずかに焦がし一瞬にして、ハウルおじ様が変身。
リアルファーでモッコモコな軍服の、クール銀髪美壮年に変身しながら。
涼しげな強面を緩めて凛と告げる。
『では参るぞ、小さき者達よ――』
『いや、てかオレの身体を人間状態に……』
早くタバコを吸いたい彼はおずおずと肉球を伸ばすが。
おじ様には通用しない。
ふっと超絶美形なおじ様微笑で、言葉を封じ。
『些事など気にするでない! 我の顕現であるぞ、今宵は無礼講で楽しもうではないか!』
とんでもない魔力で吠えるおじ様が、指を鳴らす。
池崎さんを魔力で掴んで、魔術法則も物理法則も無視した転移門を形成し始めたのだ。
やっていることは、人の話を聞かない親戚のおじちゃん状態なのだが。
実はこれ。
めちゃくちゃ高次元の魔術だったりする。
魔力に中てられた池崎さんが、ブスーっとした顔で小さく唸る。
『とんでもねえ神獣だな……まだビリビリしやがる……』
「ったく、お父さんたちって……自慢する気はないんでしょうけど。ただの移動でここまでの差を感じさせられるのは、ちょっぴり悔しいわね」
今、目の前におじ様の背中がある。
だが実際は――さすがにまだまだ先は遠いようである。
『って、おまえさん。まさか三獣神に対抗意識を燃やしてやがるのか……?』
「あら、当然でしょう? いつかはあたしだってあの頂に上り詰めるわ。あたしは魔術も剣術も、誰にも負けたくないモノ」
ふふふっと、あたしは赤雪姫微笑。
可能性はゼロじゃない、だったら走り続けるのみ!
そのまま池崎さんを抱き上げて。
「さあ、行くわよ! ステーキがあたしたちを待っているわ!」
『いや、だから! オレの身体を先にだな! おまえら、異世界人って本当に人の話を無視しやがって! だからファンタジーは嫌なんだよ――ッ!』
当然、あたしは構わず転移門に突入!
次元の扉をくぐる最中。
あたしはおじ様の言葉を思い出していた。
もっと仲間や友を信じるべき。
その言葉の意味を考えていたのだ。
たぶん池崎さんは、何度も繰り返す時の中で、そういった感情が薄れているのではないか。
そう思ったのだ。
……。
だぁあああああああぁぁぁ! 湿っぽいのなんて、やっぱりあたしには似合わない!
あたしはイケザキキャットを強く抱いたまま、口を開いていた。
「まあ! なんとかなるわよ! 全部とは言わないけど、あたしに任せなさいって!」
『は? どうしたんだ急に』
髯をくねらせる彼に。
あたしは元気いっぱい微笑んでいた。
「ふふふ、いいの! あたしがそう言いたかっただけだから!」
その後、招待状の効果でちゃんとレストランに到着。
あたし達は食事を楽しんだ。
池崎さんの口から、様々な苦労を聞いて情報を収集したり。
今後の計画について話し合ったりしたのだが!
それよりもやっぱし、頭の中を占めていたのは濃厚熟成ステーキの味!
赤身が残る牛肉。
コショウを利かせたその輝くお肉の表面を、鉄板の上で――じゅじゅじゅじゅ♪
焦げ目をつけ!
さあ勝負!
わさび醤油に輝くその身を通し、一口♪
んー! ピリ旨! さっぱりとした味も堪らない!
ネコシェフたちは異世界の主神の顕現に、大慌て!
最高の料理を出そうと張り切っているので、本当にすごい、ご馳走だらけである!
あたしは……!
いつまでもこんなふうに、みんなと食事を楽しめる世の中であって欲しい!
そう、強く願ったのだった!
第四章
憎悪と終焉のハジマリ ―おわり―




