第七十九話、炎兄襲来、再び。 ~超マジモード~その1
どうも、あなたを殺害した炎舞の妹です。
うちの長男がご迷惑をおかけしたみたいで――。
……。
なんて冗談をやってる場合じゃない!
あたしは慌てまくった状態で内心あわあわしつつも、行動は冷静沈着!
「まま、まま、まずは落ち着くことが大切よ!」
『いや、嬢ちゃん。おまえさんが落ち着けって』
こんな状況でも余裕たっぷりなドヤ顔黒猫。
イケザキキャットを睨んで、あたしはくわっと毛を逆立てる。
「し、仕方ないじゃない! 炎兄が本気になってるなら、けっこうわりかしマジでピンチなんですけど!?」
『おうよ、だからオレも慌てまくって、おめえらをここに呼んだんじゃねえか』
一緒に慌てろってわけじゃないが!
なんだこの男、この余裕は……っ。
なんかイラっとするあたしの横で、大黒さんは頬に手を当て。
「アカリちゃんのお兄さんって、そんなに強いの? そりゃあまあ、アカリちゃんの関係者だから、ぶっ飛んだ強さだっていうのは分かるけど……」
「炎兄はあたしたち三兄妹の中で、火力だけなら間違いなくトップなのよ」
目的が二度とタイムリープをさせないための、この地の破壊なら。
……。
あたしは考えを口にする。
「池崎さん、この遺跡に張られている結界は」
『嬢ちゃんたちがここに来るときに通った道に、神仏善悪、洋の東西を問わず様々な結界が張られていただろう? あれら全ての複合結界をウィッチクラフトで強化したもんだ。だが、おそらくおまえさんの兄貴の攻撃をまともに受けたらアウト。何回かオレはそれでゲームオーバーになってるからな』
なるほど。
この遺跡ではないにしても、真正面から戦って負けたりしてるのね。
それにしても――。
「あなた、何回もあたしたちに殺されてるんでしょう?」
『ん? まあそりゃあ目的が違ったりするとな』
「よく平気で会話できてるわねえ……なんか、こう、ビビったりしないわけ?」
別にあたしが悪いわけではないが、なーんか複雑な心境なのである。
しかしドヤ顔イケザキキャットは、ふふーんと髯を蠢かし。
『千年も生きてねえガキにビビるわけねえだろうが、なはははは!』
「千年もって……そりゃあタイムリープしてりゃあ精神年齢的なものは、とんでもない歳になるんでしょうけど。はぁ……あなたに聞いたあたしがバカだったわ」
とにかく直撃を受ければアウトなのか。
ならば。
あたしは行動を開始していた。
◇
夕焼けも終わり、世界は闇夜に包まれていた。
ここは人の気配もない、山林地帯。
大黒さんの調べではここの土地の所有者は、日向家。
つまりお父さんである。
この決戦も或いはお父さんの予想の範囲内だったのか。
戦うにはちょうどいい、静けさに満たされていた。
遺跡の空には、人ならざる兄妹が佇んでいる。
太陽を着込むかの如く、ただ白く燃える炎の大精霊の男。
炎舞。
あたしのお兄ちゃん。
兄は困った顔で、美貌の鬼神と形容できそうな戦闘形態で、首の後ろを掻いていた。
「ったく、このバカ妹。アカリ。そこで聖剣の乙女モードで待ってるっつーことは、このオレ様と一戦やろうってことで……いいんだろうな」
そう、兄の指摘の通りだった。
あたしも赤い魔力をドレスにして纏い――赤い髪と雪肌に魔力を浮かべ。
周囲に魔導図書館と呼ばれる戦闘魔導書を展開。
更にその中央には、世界各地に伝わる伝説の魔剣聖剣をガチャ演出画面のように浮かべていたのだ。
実はあたし。
少し怒っていたのだ。
「お兄ちゃん、あなた――池崎さんを殺したわね」
「ああ、殺した――」
「そう、言い訳はしないのね」
理由は分かっている。
あたしを守るため。
お兄ちゃんはお兄ちゃんで、あたしとは違う、あたしの知らない物語を進めていたのだろう。
そして知ったのではないだろうか。
タイムリープ能力者の存在と、その正体を。
きっと、とても驚いたのではないだろうか。
なぜなら、その男は何食わぬ顔でとっくに妹に接触していたのだから。
「言い訳なんて。んな恰好悪い事をオレがすると思うか?」
「そうね、お兄ちゃんはなんだかんだ、格好いいヒトだと思うわ。ご飯も美味しいし、掃除もしてくれるし、あたしを心配してくれている。でも――」
あたしは本音をぶつけていた。
「どうして、あたしを信じてくれなかったの?」
行動をする前に、相談して欲しかった。
だってあたしの知らないところで、少なくともあたしを心配してくれる二人が殺し合っていた。
……。
い、いや、まあ池崎さんが一方的に殺されたんだろうけど。
ともあれ、それはやはり。
悲しい……と。
あたしはそう感じていた。
その心の揺らぎを感じ取ったのだろう、兄もまた、わずかに瞳を閉じていた。
「相談していたら、おまえはオレに反対しただろう。あの男を庇い、傷つき、その命さえ奪われてしまうかもしれねえ。それを黙ってみているわけには、いかねえだろう? オレは、長男。家族を守る義務も責任もある。お兄様の辛い立場ってヤツだわな」
燃えるような赤い瞳が開かれる。
兄の目を見て――。
あたしは言った。
「お兄ちゃんは、いったい何を知ったのよ」
「知ったことは無数にある。だが、一番大事なのは――ヤツはお前の死の原因になる可能性が極めて高いことだろうな」
「そう――やっぱり知ってるのね」
あたしもあの攻略ノートを見て知っていた。
あたしは、池崎さんのせいで何度も死んでいる。
けれど――あたしにも言い分がある。
「あたしは死なないわ。たとえ死んだとしても、蘇るわ。ループの中の記憶をあたしは知らない、あたしがその時どう感じ、どう思ったのかも知らないわ。けれど――記録なら知っている。あたしは死んでも、結局は蘇っていた――だってあたし、普通じゃないもの。強いもの。死んだ程度じゃ死なない、女子高生だもの」
認めたくはないが。
あたしはふつうじゃない。
普通になんて、暮らせない。
胸にそっと手を置いて。
あたしは静かに考えを口にする。
「炎兄。心配してくれるのは嬉しいわ。とってもね、でも。だからって、彼を本当に殺しちゃったのは――あたし、許せないわ」
聖剣があたしの感情に比例して、力を増していく。
魔剣があたしの感情に比例して、刃を尖らせていく。
ネコの器が用意されていたから、池崎さんの魂や意識、心は無事だった。
けれど、もし。
事前に用意されていなかったら?
そう、彼は本当に消滅していただろう。
聖剣の乙女の力を纏うあたしと対峙する兄が、肉体に複雑怪奇な魔術紋様を浮かべ始める。
ワイルドお兄さんなランプの精霊の肌に、大規模な魔術文字が浮かんでいる。
そんな光景を想像して貰えばいいだろう。
「オレも許せねえんだよ。ヤツをな――。あの男は……アカリ、てめえが死ぬかもしれねえって分かったうえで、また近寄ってきてるんだろ? おまえは繰り返す世界の中で何度も死んでいる、ヤツのせいでな! オレは許せねえ、それはお兄ちゃんとして、許してやるわけにはいかねえだろうが!」
山林の空に、無数の炎の龍が生まれ始める。
炎兄の眷属である。
けれどそれは兄弟喧嘩で使われるような、殺意の低い眷属ではない。
兄は本気で怒っていた。
きっと、ループする世界に気が付き、その過程であたしが死ぬ様を見てしまったのだろう。
あたしの優しいお兄ちゃん。
けれど、今だけは――強敵だ。
世界が揺れる。
青白い炎となって、太陽よりも輝く魔力を抱いて――。
兄が叫んでいた。
「日向アカリ! オレの妹よ。オレはお前を一度殺してでも、そのバカげた時間逆行のループを終わらせる! 覚悟をしやがれよ、バカ妹。これは本気だ、いつもの喧嘩じゃねえ。てめえを殺す、本当の意味での戦いだ!」
互いに引く気はない、か。
あたしも中途半端のまま――世界が終わったから異世界に帰ります。
なんて投げ出せるほど、人間ができてはいない。
あきらめて帰ることができるのは、きっと大人の証拠。
割り切りや現実を覚えることが悪いわけじゃない。
けれど、今のあたしはそんな感情を持ちたくなどなかった。
あたしは言う。
「あたしを殺してでも止める、か。いいわよ、面白いじゃない。なら白黒はっきり決着をつけましょう。どちらの主張が正しいなんてない。力で正当性を押し付け合う。それが生物の本能ですもの」
「ああん? まさかてめえ、このオレに本気で勝てると思っているのか?」
怒気を含んだ三白眼が、あたしをねめつけている。
抗争相手を睨む、ヤンキーのようであるが。
あたしも負けじと、氷のような視線で兄を睨み返していた。
「あたしは何も知らないこどもよ、お兄ちゃんよりもね。けれど――それでもあたしにだって譲れないモノがあるの。炎舞兄さん、あたしはあなたを殺してでも止める、そして世界を守ってみせるわ。それが今のあたしが正しいと思う選択よ」
赤雪姫としての赤光が、夜空を赤く染め上げる。
単純な火力勝負なら間違いなく負ける。
それに付き合う気はないが、相手もあたしが直接的な衝突を避けることなど悟っているだろう。
けれど、この自信である。
あたしの策、小細工など破る準備があるということか。
あるいは。
小細工など通用しないほどのバ火力で、あたしを押し切るつもりかもしれない。
兄が魔炎シミター、小回りの利く円月刀を顕現させ。
怜悧な表情で瞳を細める。
「本気、か。後で文句言うんじゃねえぞ、クソガキが」
シュシュ――っと月夜に剣を踊らせる兄に、あたしは魔導書を輝かせ応じた。
「その言葉、そっくりそのままお返しするわ」
「てめえは、本気になったオレには勝てねえよ――ぜってぇにな」
対するあたしはというと――。
くすりと肩を竦めてみせていた。
「あら、そう。そっちが勝手にそう思うのは構わなくてよ、けれどその前に――契約して貰えないかしら、お兄ちゃん。ここであたしが勝ったら、お兄ちゃんにもこれからの事で協力して貰うわ。負けないんですから、いいわよね?」
「いいだろう。ただし契約には対価がいるだろう? もしオレが勝ったら――約束、いや契約しろ。構わねえな?」
こちらは兄の決意を曲げて手伝えと言っているのだ。
兄の要求は間違ってはいない。
「いいわ、何を望むの」
「今後一年、家事はお前の担当だ」
な……っ!?
「一年も!? そんなの……っ」
「それぐらいの覚悟もなしに、このオレと戦おうっていうのか?」
シリアスな兄の声を受けながら、あたしはごくりと喉を鳴らしていた。
兄は、本気だ……っ。
それほどの覚悟を、あたしに要求してきているのだ。
モニターでこちらを観察している筈の皆が、なぜかジト目をしているような気もするが。
おそらくそれは気のせい。
すぅ……っとあたしは息を吸い。
決意を胸に溜め込んでいく。
ギリっと奥歯を噛み締め、あたしは心を奮い立たせ声を絞り出す。
「いいわ、これで契約成立。もう後には引けないわ」
「忘れるなよ、アカリ。オレが勝ったらまず明日は――風呂掃除だ! 換気扇までちゃんと掃除する、本格的なヤツだからな!」
朗々と叫ぶ兄に、妹たるあたしも叫ぶ。
「この勝負、絶対に負けないわ――怠惰なる神、父ケトスの名にかけて!」
魔導契約書に、契約と制約が刻まれる。
それが合図だった。
ゴウゥゥゥゥ!
互いの魔力が、夜空を紅蓮の炎で揺らす。
今、この瞬間こそが聖戦の開始。
絶対に――!
ぜぇえぇっぇぇぇったいに――っ、負けられない戦いが、始まろうとしていた。
あたしは手を伸ばし、聖剣の力を発動させた――!




