第七十六話、公務員、《煙の魔術師》の軌跡その2
指定されたのは人里のないエリア。
先ほどの猫じゃらし草原から、車で移動すると二時間ほどかかる場所。
人の姿もまばらな山林地帯だった。
多少雨が降っていたのか。
漢方薬のような草木の香りと土の香りが、あたし達の鼻を撫でている。
まあ今回は座標が指定されていたので、魔術を用いた転移!
一瞬で移動したので時間は使っていない。
しかし気になるのは――。
「どうして池崎さんが、あたしたちの使う時空と空間座標を正確に把握していたか――ってことよねえ」
夜の山林を進んでいく中。
思考を口にしたあたしに大黒さんが言う。
「あら? 何の話かしら?」
「いえね、あたしたちが空間転移をする場合、必要なのは正確なイメージとこの世界を四次元的な空間で把握した場合の、位置座標。ほら、地図を開くとXY座標で場所を表現するゲームとかあるでしょう? あのイメージなんだけど」
「ゲームじゃなくても、理解できるから安心して頂戴。ふふ、アカリちゃんは本当にゲームが好きなのね」
笑われた、というよりは微笑まれた。
という感じか。
あたしがゲームを好きになったのはきっと、ゲームならふつうでいられるから。
人間世界では周りの友達と違う。
異界に行けば、あたしは大英雄の娘で魔王陛下の孫で、勇者の娘。
あたしはアカリ。日向アカリ。
けれど、異界では違う。
大魔帝ケトス様の愛娘。
いつだって、どこだって畏怖の視線は付きまとっていた。
月兄はネコだから、そんなこと気にしていなかった。
炎兄は精霊国の皇子だから、既に覚悟していた。その名を利用しようともしていた。
でもあたしは?
あたしは――。
あたしはお父さんが好き。大好き。
けれど、ふと思う時があった。
なんで、お父さんの子どもに生まれちゃったんだろ……と。
そんな時にゲームに触れて――あたしは……。
「アカリちゃん? ちょっと疲れた顔をしているけれど、大丈夫? ごめんなさい。やっぱり、三人を転移させるのは大変だったのかしら」
「あ、ちゃうちゃう! あはははは! ごめんごめん、ちょっと昔の事を思い出してて」
今はそんなノスタルジーに浸っている場合じゃない。
先頭を進むヤナギさんが、タロットをぎゅっと握り言う。
「おそらく、ここですね――」
不自然に並ぶ地蔵菩薩と、鳥居。
宗派も異なる神仏が揃っている時点で何かがおかしいのだが――。
そこには魔力ある者にしかみえない扉が存在している。
間違いなくここだろう。
「ここですね――はいいけど。どうしてニワトリにならないの? 人間形態より、あっちの方が数倍は探査が得意になると思うんだけど」
「鳥目をご存じないので?」
鳥は夜に目が見えなくなる、というやつだろう。
「いや、あなたダンジョンで普通にニワトリになってるじゃない」
「それよりも、入りましょう。ここに隠し扉があるようなので――何をしているのですか?」
構わずサクサクと謎の扉を開けて進んでしまうのだが。
んーむ。
大黒さんが、巨乳を揺らしくすりと微笑む。
「たぶんあの人。ニワトリになるとアカリちゃんに捕まって抱っこされるから、変身したくないんでしょうね」
「ああ、なるほどねえ。美少女に抱っこされるのが恥ずかしいだなんて、ヤナギさんもおこちゃまねえ!」
ふっふっふ! ヤナギさんも男だという事だろう。
……。
違うかもしれない。
「って! 一人で行ったら危ないでしょう! なにがあるか分からないんですからね!」
「これは異なことを言いますね。あなたは我々を大事な存在だと既に認識している。既に結界か何かでも、展開してくれているのではないでしょうか? 守ってくれているのでしょう?」
闇の中に入っていくイケオジ眼鏡が、きらーん!
こ、こいつ……っ。
実際、その通りなんだけど……!
たぶんこれ、あたしと大黒さんのからかいへの意趣返しか。
そんなあたし達を見て、大黒さんがあらあらまあまあスマイル。
「ふふふふ、すっかり仲が良いのね」
「どこがよ……」
ともあれだ。
あたしたちは山林の秘密基地に突入した。
遺跡の探索を想像して貰えばいいだろうと思う。
◇
池崎さんの指定した秘密基地。
遺跡のような内部にあったのは、魔術の展覧会。
床にあるのは陰陽による結界の道。
勾玉が二つ重なったような、東洋の魔術形式。
壁に刻まれていたのは、北欧に伝わるルーン文字。
天井に展開されていたのはブードゥーによる呪いの結界。
洋の東西問わず。
時代も問わず、さまざまな存在隠しの結界が張られているのだ。
これらはこの地球に伝わるおまじないや、魔術、呪いといった古典的な魔術である。
もっとも、この遺跡は十五年前より古いように思える。
つまり、あのターニングポイントより前。
異能や魔術が存在しない時代の代物なのだとしたら、効果が発揮しているとは思えないのだが。
ちゃんと効果が維持されてるのよねえ。
どうやらここは、外の干渉を受けない、次元とも時間とも独立させた特殊な世界になっているようなのだが。
はてさて、なにがあるのやら。
東西魔術展覧会ともいえる細い道を、かつんかつん。
あたし達は進む。
異様な空間を眺め――大黒さんが言う。
「すごいわね……これ、池崎さんが作った……のかしら」
「作った本人かどうかは分からないけど。まあ少なくとも関係はしているんでしょうね」
これらの魔術はあたしが知る魔術と多少異なる。
けれど、やはり先ほども述べたがちゃんと効果を発揮しているようだ。
異世界の魔術ではなく、現代世界の魔術といったところか。
興味はあるが。
チェックはあと! とりあえず池崎さんの意図を探るのが先。
「しっかし……ここにあたしたちを誘導させてなにをしたいのか、それが分からないのよねえ」
「まあ、これほどの秘密を明かす気になったのです。なにかはあるのでしょうね」
ヤナギさんはそのまま考えこみ。
眼鏡を壁の魔術照明で輝かせ、淡々と口にする。
「そのジョージ尼崎という男が池崎を装った偽物で、罠――ということはありませんか?」
「あら、罠だったら吹っ飛ばして洗脳でもしちゃえばいいじゃない」
あたしがわりかし本気だと二人とも知っているのだろう。
ヤナギさんが苦笑に言葉を乗せる。
「一応、姫殿下の立場でそれを口にされますか。そういう暴論は嫌いではありませんが、よろしいので?」
「あら、これはお父さんからの教えだから。むしろ家訓よ?」
そんなあたし達のやり取りを眺め――くすり。
お姉さんスマイルをする大黒さん。
まあ、このトリオでもわりと連携は取れそうである。
あたしたちはそのまま進む。
辿り着いたのは、魔導と科学を組み合わせた研究所のような雰囲気の部屋。
なぜだろうか。
ここだけは魔術系統が統一されている。
現代風にアレンジされまくっているが――この魔術系統には知識があった。
木造りのテーブルに並ぶのも、魔術道具。
薬品にハーブ。
箒に、占星術。
民間にもおまじないやジンクスとして残されている、生活に根付いた知識形態。
二人に説明するようにあたしが言葉を口にする。
「ウィッチクラフト、いわゆる魔女の魔術ね――」
「魔女ですか……」
「魔女って女性でしょう? 池崎さんは男性ですし、ちょっとイメージにないのですけれど」
悩む大黒さんに魔術講師の顔と声で。
「それはあくまでもイメージよ。実際、過去に人間は男性も魔女として火炙りにしているわ。魔女狩りって知ってるでしょう? 政敵や嫌いな隣人さん、他宗教の知識をもった人。魔女っていうのは、そういった人を排除するのにも利用された概念ですもの、女性だけに限らせたら都合が悪くなるわ」
机を調べ始めるヤナギさんがあたしの話を引き取る。
「他宗教や異文化、そういった外部の概念を排斥するため、敵を決める――あまり気持ちのいい話ではありませんね」
魔女裁判や、魔女狩り。
そういった負の部分の話だろう。
「まあ、その時代に生きていないあたしたちが、過度に口を出していい話でもないでしょうけれどね。その時代にはその時代の事情も駆け引きも、勢力争いもあった。今だって、過去の事を偉ぶって説教できるほど、あたしたちは善人じゃないですもの」
むずかしいはなしはこれくらいにして。
あたしは壁を手で探り……。
多分この辺に……っと!
「あった。これね――魔力の反応があるわ!」
壁の魔術を解くと出現したのは本棚。
そこにあったのはタイトルのない本。
ナンバリングなのか、背表紙には一、二、三、と順番に刻まれているが。
ヤナギさんはこれに手を触れようとはしない。
池崎さんなら、何も考えずに手を伸ばしていたのだろうが。
慎重に状況を見て、冷静なヤナギさんが薄い唇を開く。
「魔導書……とは違いますね。日記、いえ、観察ノート……でしょうか。なにが分かるのですか?」
「ちょっと待ってね――」
安全を確認したあたしは、じぃぃぃぃぃ。
ナンバリングの一番若い背表紙を抜き出し、手を翳す。
光が書に満ち、自動的に開かれていく。
魔術論文を読むときの裏技――書かれた内容を速読しているのだが。
あたしの表情は、思考と感情を切り離したクールモードへと変貌していた。
確認のために次のナンバリングに手を伸ばす。
やはりそうだった。
「失礼、アカリさん。一体何が書かれているのか、情報を共有させていただきたいのですが」
「そう、だったわね。ごめんなさい、集中し過ぎていたわ」
集中し過ぎるのもあたしの悪い癖。
大黒さんは奥の部屋を調べているようだ。
おそらく、同じような仕掛けを探しているのだろう。
時間はどれくらい経っていたのか……。
ちょっと分からないが。
少なくとも彼が何をしようとしていたのか、その行動目的だけは理解できた。
「結論から言うわ、彼、池崎ミツルさんは――五年後の未来から異能力で時間逆行してやってきた未来人ね」
思い当たることはあった。
そう、あたしでもお兄ちゃんでも鑑定できなかったあの異能の正体が、それなのだろう。
奥から大黒さんも顔を出していたのだが。
んーむ。
二人とも、眉を顰め、頭の上に「?」マークを浮かべている。
「未来人?」
「ですか……」
だけど!
事実なんだから仕方ないじゃない!
「だぁあああああぁぁぁ! もう! そんな顔しないでよ! しょーがないでしょう! 荒唐無稽に聞こえる話だってのは分かってるわよ!」
「えーと、アカリちゃん。時間逆行って……そんなこと、可能なの?」
奥の部屋の再調査を始めている大黒さんが言う。
普通は無理である。
たぶんお父さんでも、無条件では不可能。事前にものすごい準備をした上で、短期間の時間跳躍が限界だろう。
けれどだ――。
「時魔術でも届かない領域、タイムトラベル能力。まあ、これは自分の意識を過去に飛ばしているわけだからタイムリープかもしれないけど――」
「そんなことがあり得るのですか? ……と、言いたい所ですが」
あたしの口癖を知っている彼には伝わりやすいか。
「ええ、ありえないことなんてありえない。十五年前、お父さんたちが起こしたターニングポイント、あの日、異能が成立してしまった時点でね。そもそもファンタジーの塊みたいなあたしの存在がこの世界で成立しているんですもの、その時点で全部の前提は狂っている。あたしだって異世界人よ? 未来人がいたっておかしくないでしょう」
「いつもの理論は宜しいのですが――なぜアカリさんは、彼を未来人だと判断したのでしょうか。その辺りを説明していただかないと、こちらもさっぱりなのですが」
あたしはふむと考え。
整理しながら、言葉にしていく。
「この大量の無題の本は、十五年前のターニングポイントの時点からいまあたし達がいる現代まで、そしてここからさらに五年後の事件が記されているんですけど――その記述は五年後ですべて止まっているわ。なぜかわかるかしら?」
「あの方も予言されていた滅びの未来、その終わりの日が今から五年後――ということでしょうかね」
正解である。
頷くあたしは広げて開いた書を無数に浮かべ、バササササ。
書によるカッコウいい演出をしつつも語りだす。
「そういうことね。今から五年後の滅びの日。彼はタイムリープの力を使って終わりの日から数えて二十年前、つまりターニングポイントの日にタイムリープを繰り返しているのよ。もちろん、滅びの未来を変えるためにね」
その軌跡が、この書には記されている。
ようするに書の数だけ、彼は何度も世界をやり直しているのだろう。
ある意味で無限ループみたいなものなのだろうが――。
もしこれが後世に魔導書の記憶として残されるのなら。
あたしではなく、池崎さんが主人公として語られるのではないだろうか。
何度かあたしの考えを読んだようにみえたのも、これのせい。
という可能性は高い。
既に一度、経験しているからこそあたしがどう動くか、どう考えているかが見えていたのだ。
開かれた書。
池崎さんの軌跡を眺め――その苦労を察したのだろう。
ごくりと喉を鳴らし、ヤナギさんが静かに言葉を絞り出す。
「ちなみに――その五年後の滅び、というのは具体的に書かれているのですか?」
「そりゃあまあね」
「あの方、ロックウェル卿様は僕にその滅びの内容を教えてくれていないのです。知らなくてもいいということでしょうが――やはり気になります。聞かせていただいても?」
言われてあたしは、ドシリアスな顔で、すぅ……と息を吐き。
目線を逸らすように顔を背けていた。
「いえ、今ここで深く語っても無駄よ。滅びの内容は確定しているわけじゃないの、この書が正しいのならですけど。毎回違う、異なる滅びがそれぞれ発生しているのよ」
なぜかヤナギさんはじぃぃぃぃぃ。
あたしのシリアスに呑み込まれず、クールな顔で呟いていた。
「オチが読めたのですが、一応あなたの口から語っていただいても?」
「オ、オチなんてないわよ?」
「あなたは何も分かっていないのですね。さすがにこれだけ長く過ごしていれば、あなたの空気や考えがなんとなく分かってきますからね。ずばり言い当てましょうか? どうせその滅びに、あなたやあなたの関係者が関係しているのでは?」
ぎく!
……。
ま、まあたしかに。
滅びのほとんどが、お父さんこと大魔帝ケトスによる鉄槌だったり。
人間と友好関係を築かなかったルートのあたしの暴走だったり。
月兄の暴走だったり。
人間を見限った炎兄による制裁だったり。
うん。
そもそもの原因はともかく、最終的な破壊装置は――あたしたちなのよね……。
んでもって。
全部読めているわけではないが、たいていはあたしたち……。
池崎さんの敵側なのよね……。
ありえないとは言い切れない――、どころか普通にあり得る話である。
あたしたちは異世界人なのだから。
たとえば人類があたしたちの世界を攻撃対象……あのモグラ聖女ちゃんのような事件を起こすのなら、その対処はするのだろうし。
今回、このルートはあたしたちとの和解を選択した道のようなのだが。
前に一度か二度、失敗しているような気配もある。
んーむ……。
一応念のために言っておくが。
あたしたちがいないと、そもそも封印されている災厄が解かれるわけなので、あたし達自体が悪いわけじゃないわよ?
滅びの原因となる事件を起こすやつがいて。
それに怒り狂ったあたしたち関係者の誰かがやらかす!
という、パターンが決まっているようなのである。
ヤナギさんが言う。
「図星のようですね」
「コメントは控えさせていただくわ」
もうそれが答えのようなものなのだが。
あたしは気にしない!
しかしだ。
このナンバリング……攻略ノートともいえるこの書。
本棚の中にある無数の書の数が、やり直した回数なのだとしたら。
池崎さん。
とんでもない回数、人生をやり直しているのではないだろうか。
どういう能力なのか詳細が不明なので、何とも言えないが。
うへぇ……と、同情したあたしの耳を音が揺らす。
奥の方を見ていた大黒さんが、少し変わった足音を立てていたのだ。
「って!? 大黒さん! 大丈夫? もしかして、敵!?」
「違うのよ、ちょっと驚いて転んじゃって……」
たしかに――後ずさり、転びかけた。
そんな音だった。
慌てて駆け寄ったあたしが、奥の部屋で見たものは――。
「うそでしょ、なに……これ」
図書館ともいえる程の本棚が、奥の部屋に並んでいた。
その本棚全ての背表紙に――。
ナンバリングがされていた。




