第七十三話、そのもの、Gよりも粘りし者 ~歯ぐきが綺麗~
池崎さんがもしかしたらピンチかもしれない!
ということで、ちょっと焦ったあたしだが、今はもうだいぶ落ち着いていた。
とにもかくにも!
あたしはビシっと相手を指さし。
厚顔無恥なディカプリオ神父に宣言する!
「池崎さんの呪いを無駄にしちゃったのは、あたしのせいでもあるってわけね! でもね、呪いを解かないとモグラ聖女ちゃんも巻き込まれて死んじゃってたから、結局は嫌々あんたの呪いを解除してたんでしょうけど! いい気分じゃないわ! ディカプリオ神父! あんた、きっとろくな死に方しないわよ」
言われても彼は意気揚々。
悪びれもせず肩を竦めてみせ。
「わたしは死にませんよ。メシアですからね」
「へえ、知らなかったわ――あなたみたいな人がなれるほど、メシアって軽い職業だったのね」
「ご安心ください、アカリさん。どう思われようが真実も事実も変わりませんよ。わたしこそが神に選ばれた使徒。新たな異能力時代に名を刻む、英雄ですよ」
挑発に、彼は動じてはいなかった。
本当に信じ切っているのだろう。
「そう、本物を知らない人って可哀そうね」
「本物?」
「いいわ、あまりにも哀れなあなたに、身の程ってものを学習させてあげようかしら」
戦闘開始の合図をしてやったのだが。
相手は余裕である。
殺したら駄目だったり、拘束したら駄目だったり。
色々と制限があるが。
とりあえず、なんとかしてみせるっきゃない。
どこまでの行動が拘束と判定されるのかは曖昧だが。
……。
片手に禍々しい魔導書を顕現させたあたしは、言葉と指で呪を刻む。
「魑魅魍魎の沼に沈みなさい!」
指を鳴らした直後。
あたしの魔導書から発動されたのは、闇の柱!
冷凍ビームであちこちが凍っている床に、赤と黒の光が走り出す。
それはさながらホラー映画のワンシーン。
床から天へと、逆さに振り注ぐのは黒い雫。
呪印フィールドを発生させたのだ。
地面にヒルのような黒い影がのたうっているが、これが呪いのモト。
呪術も結局のところは魔術の一種。
あたしにも扱える!
ニヒヒヒっと赤い瞳と髪を揺らして、あたしは語り掛けていた。
「殺しちゃいけないのなら、とりあえず。あんたに、もう一度呪いをかけてあげるだけよ!」
相手を呪う。
この宣言そのものが呪いの発生源となっているのである。
呪いを受けると聞いた神父が、ふっと口元を緩める。
「無駄ですよ――異能解放:《蠢きたるメシアの使徒》」
再び天使を召喚するつもりなのだろうか?
おそらく彼の異能、能力キーワードは《メシア》。
救世主ができそうなことを真似る、汎用性の高い能力だろう。
たとえば傷を癒したり、病気を治したり様々。
考えている最中に。
相手の異能が――発動する!
これは――天使の降臨、かな。
「主よ、我に力を御貸し下さい――」
清らかな声と顔で告げた神父の背後から、後光が差す。
顕現したのは、歯ぐきをぎしりと剥き出しにした、頭から白い布を被ったような気持ちの悪い天使。
ただその白い部分は、布ではなく皮膚のようだ。
顔には目もない、鼻もない。
ただ口と歯だけをぐひひひひっと歪ませ。
充血させた歯ぐきの皮膚を覗かせている。
筋張った血管が首筋で、どくんどくん!
脈打っているのだが、めちゃくちゃ気持ち悪い。
うへぇ……っとしつつも、こんなやばいヤツを逃がすわけにはいかない。
あたしは呪いフィールドを操作し、呪いヒルを放射!
ターゲットは天使ではなく、もちろん実はやばい兄ちゃんだったディカプリオ神父!
素人があたしの呪術を避けられるはずもなく。
直撃!
「ふふ、決まったわね! フィナーレよ! 這いつくばって慈悲を乞いなさい!」
呪術に成功したあたしは大満足――!
した筈だったのだが。
神父はぐらりと揺れつつも、なぜかそのまま微笑んでいる。
呪いのヒルをぐじゅりと肌の中で、じわじわ!
血管のように、脈打たせながら。
彼はそのまま穏やかな声を上げる。
「ああ、呪いも扱えるのですね。それは素晴らしい。あなたは実に万能だ、メシアの妻にふさわしい――。ああ、分かりましたよ。神よ、やはり彼女こそがあなたがわたしに遣わせた、救世主の伴侶なのですね!」
と、歓喜に満ちた哄笑をあげるディカプリオ君。
まったくもって三流な悪党という感じなのだが。
なんだ、この余裕は――。
戦況を見ていたヤナギさんが言う。
『な、なんなのですか、この男。呪いをかけることには――』
「ええ、成功したわ。でも、何か様子が変ね……」
前のめりになり哄笑を上げる神父。
その頭上で――何かが起こっていた。
ぎひぎひと、さきほどの歯だけ天使が、不気味な呻き声を上げ始めたのだ。
呪いにかかってもなお、不気味に微笑む糸目ディカプリオ神父は、やはり――余裕の笑みを継続。
ジブリール君はというと……不動。
ヴァイス大帝に拘束されているという大義名分があるからだろう。
やはりつまらなそうに、この戦いを眺めている。
欠伸すらしそうな彼に、あたしが唸る。
「ちょっと、天使のあんた、ジブリール君だっけ!? こいつら、なんなのよ!? すっごい気持ち悪いんですけど?」
「やめとけやめとけ、大将にそういうのは時間の無駄だって。ここはおとなしく逃がしといた方がいいって、ぜってえに。はは! まあ本音を言うなら、このまま呪い殺してくれても、オレは構わねえんだが。普通の手段じゃ死なねえんだよ、救世主様はさ」
意味深なことをいうジブリール君であるが。
その言葉の意味は、その後。
すぐに理解することになった。
「命令です。我が意に従えギシリトール、おやりなさい――」
神父の胸板に浮かぶのは聖痕。
いわゆる血による紋章である。
それはおそらく天使操作の計算式を維持する起点。
天使へ命令行動が選択されたのだろう。
口を動かす神父の背後に立った歯ぐき天使が、カカカカカ!
歯を打ち鳴らす。
笑いだろう。
『ギャギャギャギャギャ!』
不気味な笑いを保ったまま。
神父の肩にいびつな手を乗せ。
がぶ!
あろうことか、顔に食らいついたのだ。
頭から食らいつく、そんな表現の方があっているか。
さすがのあたしも面食らって声を上げていた。
「な……っ!?」
呪いにかかった神父をがぶり! がぶり!
がぶがぶ!
その頭に噛みつき、骨を喰らい、肉を喰らい、血を喰らい始める。
神父はそのまま顔を食われ、どびしゃぁぁぁぁぁぁっと血を流し倒れ込む。
寝具が血塗れとなり、びくんびくんと男の身体が痙攣。
したその直後。
パァァァァァっと光が発生する。
力もつ光、いわゆる聖光である。
顔を食われて死んだはずの男が、すぅっと立ち上がり。
骨を、神経を、皮膚を、血管を、そして肌を再生させ。
にやり。
あたしを眺めて、勝ち誇った笑みを浮かべていた。
うへぇっとなりつつもあたしは言う。
「なるほど、死からの再生能力ね。それも一度死んだことにより、呪いの状態異常は解除されている。理屈の上では成立するけど、凄い手を使うのね」
『り……、理解が追い付かないのですが――彼はいったい何を』
ヤナギさんの掠れた問いかけに、あたしは応じていた。
「ゲームでよくある手段よ。厄介な状態異常なら、いっそ一回戦闘不能にして蘇生させちゃえば解決じゃね? を、現実世界でやったのよ、彼。死んだことにより呪いは解除され、蘇生されたことによりリセットできる。当然、痛みや苦痛はそのままでしょうけどね」
呪いで動けなくなる前に天使を呼べば、何度でもリセットできるということだろう。
天使を呼べなくなるほどの呪いをかけてしまうと、自爆スイッチがドカンという可能性もある。
だから、じわじわと――本人にも気づかれないように呪いをかける必要があるのだろうが――。
池崎さんにはできたのだろうが、あたしにそういう細かいバランス調整は不可能。
こういうところで、あたしのテキトーさが影響してしまう。
ホテルに似た一室。
血塗れの、殺人現場のような光景が広がる中。
相手が蠢き始める。
赤く染まった金髪と肌。
その額から、自らの血をでろりと流し。
白い口が蠢き始めた。
「ふふふ、どうですかアカリさん。これであなたが下さった呪いもキャンセルです。どうですか。わたしは死なない、不死身なんですよ。ふふふ、ふははははは! さあ、どうですか? 我が手を取ってください。共に、世界を平和に導こうじゃありませんか」
両手を広げ、天井に向かい嗤う男はまさに悪魔。
見る人によっては、美貌のシリアルキラーにみえるのではないだろうか。
あたしは趣味じゃないが。
完全に元の顔に戻っているが、アドレナリン的なものがドバドバでているのだろう。
彼は興奮していた。
むろん、とことん気持ち悪い。
露骨にあたしはうへぇっと唇を三角にして。
「んなことはどうでもいいけど! ちょっと! まさか、今ので核とかそういうのが発動しちゃったんじゃないでしょうね!?」
「はて。あなたは……驚かないのですね」
本当は不死身という部分を自慢したかったようだが。
んなもん、異世界にはけっこういる存在である。
「どーせ、メシアの異能力でしょう? 再生や復帰、リセット。再臨能力があってもなんも不思議じゃないわよ」
「ふむ――まあいいでしょう。地上はまだ滅びませんよ。いまの死は不意の死ではなく、計算の上での死。その程度で地上世界を滅ぼしたりしないので、ご安心を。けれど。これで分かったでしょう? ここでわたしを拘束することはできませんよ。全ては神のシナリオ通りなのですから」
んーむ……。
自分が操った天使による自死ならセーフという判定なのか。
なにやら神を信じ切っているようだが。
どんな神なんだか。
少なくともいわゆる、一般的に信仰されている神ではなさそうだ。
クリスマスで祝う神や、その父たる神。
仏陀とか釈迦的な存在でもないだろう。
まあ彼自身がそう思い込んでいる、というパターンはあるだろうが。
あたしはそのまま、呪いを切り替え。
今度は相手の魔導書化の異能、ジ・エンドを発動させようとする。
これは特殊な状態異常。
相手の死と判定されるかどうかは未知数。
賭けに出たのだ。
だが――。
男は声音と空気を変えた強い口調で、つぅ!
血に濡れた肌と唇を蠢かせていた。
「ここまでです。これ以上あなたが攻撃を仕掛けてくるというのなら――審判の時です。わたしはわたしの身を守るために、世界に少々手荒なことをしなくてはならなくなります」
「あなたがじゃなくて、部下が――でしょう?」
男はぬけぬけという。
「わたしの手駒なのですから、ニュアンスとしては間違っていませんので」
ここは無理にでも押し通すか。
相手を魔導書化させた場合はどうなるのか。
そこが判断できない。
殺した判定になって、地上世界で混乱が起こっても困る。
どうするか。
悩むあたしにタロットを握っていたヤナギさんが、翼をコケっと膨らませ。
制止するようにあたしに顔を向けていた。
『失礼、アカリさん。どうやら、それもダメでしょうね。やめておけと――あの方が仰っています』
「そう、おじ様が――滅びの未来が見えたって事でしょうね」
魔導書化させてもアウト。
世界を道連れになにかをやらかす仕掛けが発動する。
か。
想像してみて欲しい。
目の前をウロチョロ飛び回る、殺してはいけない巨大なGを。
めちゃくちゃイラっとするだろう。
今、目の前にソレがいる気分である。
なのであたしは、遠慮せずに――。
「ちょっと考える時間が欲しいし、とりあえず呪いをもう一回かけとくわね?」
言って、ビビビっと指先から呪いのヒルを投射!
再度呪い状態を付与!
あ、額にイカリマークが浮かび始めた。
「おや、聞こえなかったのですか? 地上を攻撃してもいいのですよ?」
「あら、知らないの? 脅しっていうのは実際にやっちゃったら何の意味もないのよ? 極端な話、いざとなったら世界全土をダンジョン化させちゃって、後でじっくり全員蘇生させるって手もあるし――」
あたしの言葉に嘘はない。
本当に最終手段だが、世界の住人全員に一度死んでもらえば解決するのだ。
「世界をダンジョン化? 蘇生? あなたはなにを――」
「はいはい、とりあえず考えるから、それまでは何度もそれに頭をガジガジされて、死んでて頂戴」
言葉を遮り。
あっさり言って、あたしは顎に指をあてる。
既にギャグ空間が展開されている。
これ――実は、ふざけているわけではなく、真面目に戦闘の極意の一つだったりする。
ギャグ補正という、因果に左右する魔術的現象を発生させているのだ。
こちらが優位になる流れを掴んでいるのだが、その辺の説明は長くなるので割愛。
こちらの空気に呑まれ、うっと神父が呻く中。
ギシリトールこと歯だけ天使が動き出す。
主人が呪いにかかったら殺すように命令されているのだろう。
さすがに死という概念には、一定の恐怖があるのか。
余裕を崩したディカプリオ神父くんは、頬に汗を浮かべ。
呪い状態のまま、蹲りながら声を漏らす。
「た……っ、たしかに一度死なないと呪いは解けませんが――痛みは、そのまま」
『ギャギャギャギャギャ!』
ガジガジガジ!
歯だけ天使には知能などあまりないのだろう。
それはもう遠慮なく、再び神父を丸かじり。
蠢く肉塊を眺めながら、あたしは打開策を探るべく知識を巡らせていた。
あ、また復活しだしてるし。
……。
はぁ……。こいつ。弱いくせに、気持ち悪いししつこいし!
なによりすごい、うっとーしい!




