第六十九話、異能力社会と揺らぎ
異能力者の秘密結社が存在した地下街跡地。
仮設キャンプ地内に作られた会議室。
転移の波動を感じたあたしは急ぎ、三魔猫に魔術音声を飛ばしていた。
「シュヴァルツ公、そっちはどう? なにがあったか把握しているかしら?」
耳元に細い指を当てるあたしの黒髪が、ふわっと揺れる。
にゃにゃにゃ――。
遠距離からの問いかけに返答があったのは、やや遅れてだった。
ざぁぁぁぁ……。
ノイズの後、クロの紳士声が届く。
『……はい、お嬢様――こちらは現在、魔物達の魂の回収を進めております。こちらの進捗は順調ですが――』
「なにかあったの?」
『んにゃ? そちらからだと察知できませんか?』
あたしの感知能力を妨害できるほどの相手が攻め込んできた?
……。
うへぇ……勘弁して欲しい。
「空間を扱う能力者でも来ているのかしらね――悪いけど、把握できていないの。教えて頂戴」
『ふむ……にゃるほど。どうやらあのディカプリオなる神父のところに次元の揺らぎが発生しているようなのです。目覚めた彼が何かをしているのか、それとも外部からの干渉かは判断できない状況にあります。いかがなさいますか?』
やっぱし、あの異国人さんになんかあるのか。
しばし目線を落とし、あたしは言う。
「分かりました。ではシュヴァルツ公、あなたたちは魂の回収と仮設キャンプの防衛をお願いするわ。あたしは人命を優先する行動をとったのちに――敵を追うためにも、一旦、ディカプリオ神父のところに向かいます」
『全ては御心のままに――』
姫様と従者モードのあたし達の会話が響いたからか。
総帥ちゃんことモグラ聖女が言う。
『あ、あのぅ、姫殿下!? いったい、なにがっ』
「さあね、でも安心して――感謝するといいわ! あなたたち全員は! 今ここで! あたしがちゃ~んと保護するわ!」
ニヒヒヒっと微笑し、ふぁさ!
僅かに宙を舞ったあたしの周囲を、聖剣と魔導書が回転する。
ゲームのガチャ演出みたいだとかは禁句である。
赤と白の魔力をキラキラさせてあたしは聖剣を顕現、赤雪姫モードへと変貌を遂げたのだ。
カツンと魔力音を鳴らし、着地し。
あたしは回転する魔導書から該当の書を選択。
にっこり皆に微笑んで、彼らを安心させるべく声を出していた。
「今この場所でどこが安全か? それはきっと、あたしの周囲。ならば、答えは決まっているわよね? ふふふふ、そうよ! あなたたちを呑みこんでおくわ!」
大規模魔術を詠唱し始めようとするあたし、とっても行動的ね?
が。
なぜか聖女モグラちゃんが、長い胴をびくびくっとさせ!
『え!? いや、呑み込むとは!?』
「心配しないで、ちゃんと後でだしてあげるから」
手をパタパタさせるあたしの影が膨らんでいく。
対するモグラコンビは、引き気味。
引き攣った笑みを浮かべ始めている。
さきほどあたしと闘った騎士モグラの方が吠える!
『お、おい、こら――きさまぁぁぁあ! 聖女様になにをするつもりであるかっ!』
「はぁぁぁ? 勘違いしないでよね! 聖女様にだけじゃなくて、ここにいる生きとし生けるもの全員が対象よ?」
サディスティックモードな声を聞き。
騎士モグラが、きりっと口を尖らせる。
『余計にたちが悪いわ! だいたい、きさまっ、何者なのだ!』
『待って、ロミット! この方は、ああああ、あ、あ、ああの! 邪神にして大魔帝、魔王軍最高幹部にして聖者。世界を救ったり、逆に滅ぼしたり。属性を盛りまくった闇に蠢くネコ伝説。あの大魔帝ケトスさまの娘さん、姫殿下アカリ様なのですわっ』
びぎしっ!
一瞬で、空気が凍り付く。
騎士モグラロミットさんのサングラスが、びきっとひび割れ。
地面を掘る、巨大前脚と額を地につけ――。
彼は深々と土下座。
『ど、どうか聖女様の御命だけは……っ、ひらに、ひらに!』
『ロ、ロミット……っ。なりません! 死ぬときは一緒と、あの日の地面の中で、そう誓い合ったではありませんかっ』
なんか寸劇が始まったが。
これじゃあ、こっちが悪者である。
あたしを見る亜門さんの表情筋が、マジで引き攣っているので、あたしはコホンと咳払い。
「だぁあああぁぁ! 殺さないし、守るだけだって言ってるでしょうっ!」
「ね、ねえお嬢ちゃん……あなたって、そんなに凄い人なの? めちゃくちゃ怯えてるじゃない……」
と、亜門さんが言葉を選ぶようにあたしに問う。
っく……!
露出狂気味な変人さんにドン引きされちゃってるっ。
「ったく、そんな大したものじゃないわ……。あくまでも有名で、恐れられているのはお父さんの方。あたしはただの七光りよ。よくある、ふつうの二世代目ってやつ。こうしてお父さんの威を借りる小娘ってのが真実ね」
「ふーん、あなたもお父さんの名前に押しつぶされかけてるってわけか」
ピロロロリン♪
なぜかあたしに対する好感度が上がったようである。
この人も親や親戚が有名で、コンプレックスでもあるのかもしれない。
「お嬢ちゃんに協力するわ。それでなにをするつもりなの?」
「ほら、さっき生存者に結界を張ったでしょ? あれの応用で、生存者の位置を把握できているから影の中に呑み込もうと思っているのよ。あたしの影の中は一種の異空間。安全な場所になっているから、あたしが負けない限りは全員無事って寸法よ――まあ、説明を抜きに呑み込んじゃうから、影に落とされた人たちはたしかにちょっと不安になるかもだけど」
言われてちょっと苦笑し。
「なるほど、了解よ。じゃあ影の中に入ったらわたくしが皆に説明すれば解決ってことね。あなたに襲われた! って勘違いする人もでるでしょうし。わたくしの口からちゃんと伝えるわ」
頷き、あたしは言う。
「それじゃあ頼んだわよ、亜門さん」
「落ち着いたら異世界について話を聞かせて頂戴ね。ふふふふ、どんな悪魔様がいるのかしら♪」
この辺はぶれないなあ……この姉ちゃん。
ともあれ、あたしは救助を開始!
月兄がよく使う影の能力を思い出し――コピー。
赤い髪と赤い瞳を、キラキラっと輝かせ――あたしの唇が世界に合図を告げる。
「世界よ! このあたしが告げるのだから、受け入れなさい! さあ、ここにあるモノ! 生きるモノ! 《すべてがあたしの所有物よ!》」
世界に向かい語り掛ける。
それ自体が魔術詠唱であり、魔術名となっていた。
あたしの影が、鯨のように膨らんでいく。
伸びる鯨状の影が、巨大なネコの形となっているが。
これはある意味で、真なるあたし。
あたしの本体の一部ともいえる存在。
あたしの父が猫魔獣、いわゆる猫の魔物に生まれ変わった元人間の転生者ということは、なんとなく分かっていると思うが――そのネコ部分を受け継いだ力を解放しているのである。
姫様顔の影のネコが、うにゃぁぁぁっぁあんっと鳴いた。
ざざざ、ざぁあああああああぁぁぁぁぁ!
ノイズが走る。
次の瞬間。
地下街に在った命は、全て闇へと消えていた。
姫猫影の腹の中。
あたしの影が、文字通り体内に取り込んだのである。
影があたしの足元に戻る。
たぶん外から見ると、鯨よりも巨大なネコの影が人々の魂と肉体を喰らったようにみえただろう。
さながらラスボスの侵略シーンだが、守るためだし。
そもそもあたしはラスボスの娘なのだから、仰々しくなってしまうのは仕方ない。
ただ、全員を回収できたわけではない。
何人か呑み込めない者がいたが、それが侵入者か。
件の神父、ディカプリオくんも呑みこめていない。
影の中から顔を出し、ペスも表情を引き締める。
何かが起こっているのは確か。
それを彼も感じ取っているのだろう。
『我はどうする、そなたの指示に従うぞ』
「そうね……――三魔猫と合流を。あなたの死霊を操る力なら、回収した魂の保存もできるでしょうから。その後は、各自で判断して行動して頂戴。あたしは敵を追うわ」
ふっ……と、ちょっとぶにょんとしている口周りの皮を緩め。
わふぅ。
ペスが主人を見送る顔で鼻の頭を輝かせる。
『よかろう――そなたも気をつけるのだぞ』
「あら、ペスったらあたしの心配をしてくれるなんて。ふふふふ、やっぱり良い子ちゃんね~♪」
『笑止なり、小娘! 勘違いするでないぞ!』
だぁぁっはっはっは!
と、嗤うペスが作ったのは悪役犬の邪悪顔。
『ふん! そなたがおらぬとチーズ竹輪がでてこんからな!』
台詞はまんま照れ隠し。
ようするに、無事で帰ってこいということだろう。
ツンデレな見送りを受けながら、あたしは現場に転移を開始した!
◇
時間はわずかしか過ぎていない。
三十秒ほどか。
場所はディカプリオ神父が休んでいた部屋。
ドラマや映画で見たことのあるような、シンプルなビジネスホテルのような作りの部屋である。
転移を完了したあたしが見たのは――。
この世では通常、発生しない現象。
次元の揺らぎだった。
真夏の日のアスファルトのモヤモヤを想像して貰えばいいだろうか。
あんな感じの違和感が、ホテルに似た空間に丸い亀裂を作っているのである。
金髪碧眼の神父は何も知らずに、静かに寝息を立てている。
あたしは指を鳴らし。
寝具に横たわり、呼吸で胸板を上下させるディカプリオくんに干渉する。
彼もあたしの影の中に転移させたい所だが――。
判定は失敗。
「レジストされた?」
いや、これはディカプリオくんが味方ではなく敵判定となって、魔術式そのものが収納を拒絶したのか。
そもそもは守るために影に呑み込んでいるのだ、敵を中に入れるわけにはいかない。
そう、あたしの魔術があたしの意志よりも効果を優先させたのである。
あたしは思わず息を呑んでいた。
さすがあたしの生み出した魔術。
完璧すぎる……!
と。
こっそり自画自賛するあたしの近く、ベッドの下から反応がある。
敵ではない。
そこにあったのは輝くメガネの光と、モコモコな羽毛。
ニワトリになっても神経質そうな顔が、そこにあった。
隠者鶏状態のヤナギさんがあたしに気が付き、メガネを光らせる。
『アカリさん? どうしてここに――いえ、なにか異変があるというのは僕にも分かってはいるのですが』
「あなたもどうしてって……――なるほどね、ここで待ち構えていれば異能力犯罪者や、それに類似した何かがくるって先を読んでいたのね」
これは異能ではなく、公安の勘だろう。
あたしの言葉に満足げに頷き。
ずぼっとベッドの下から抜け出したヤナギさんは、羽毛を整え――ふぅ。
お尻が引っかかっていたらしいのだが、それは突っ込まないでおこう。
ともあれ、狭い場所を抜け出してきた羽毛を直した彼が、周囲を見渡し。
冷静な声を漏らす。
『この揺らいでいる魔力は――』
「あら、魔力もちゃんと見えるのね。これが揺らぎ、たぶん誰かが転移してこようとしているのよ」
ヤナギさんが疑問のシワを眉間に刻む。
『ふむ。わかりませんね。なぜ、一瞬で転移してこないのですか?』
くすりとあたしは笑んでいた。
「あら、それってきっと嫌味に受け取られるわよ? 魔力濃度の薄い世界での空間転移って、本来なら時間をかけて行う、そこそこ高位の魔術ですからね。一瞬で発動できていたのは、あたしやロックおじ様、お兄ちゃんや三魔猫が特別なだけよ」
『なるほど、失念しておりました。僕は知らずにあなたたちに慣れすぎていた、上位の存在を基準に考えてしまっているという事ですか』
とはいうものの。
ちょっとしたやり取りが続く。
「ふーん、自慢かしら。あなただって一瞬で転移できるぐらいのレベルにはなってるんですからね? もしここが冒険者ギルドとかだったら、あなた、めちゃくちゃ睨まれてたわよ」
『しかし、仕方ないでしょう。日本全体の公安の質はともあれ、僕は優秀ですから』
偉そうに翼を胸元に当て、ドヤァァァ!
なかなかに偉そうなニワトリ顔である。
このニワトリおじ様。
真面目で真人間タイプにみえるのは外向けのフェイク。
やっぱり、かなり変わってるのよねえ。
「あのねぇ……それをドヤ顔で、しかも自分で言う?」
ヤナギさんが優秀なのは事実。
マフィアアンデッド……だっけ? ペスの事件のレベリングで、池崎さんほどではないがレベルも上がってるしね。
『事実を語ることに、何か問題でも?』
「はいはい、優秀でようござんした。まあいいわ。とりあえずこっちの事情を説明するわ、あなたにも協力して貰うわよ」
あたしは話を進める。
「どうやらお客さんが来るみたいなのよ。それもチャイムも鳴らさないでここに向かっている、厄介そうなゲストがね。あたしは勘じゃなくて、実際にその揺らぎを感じてやってきたってわけよ」
『なるほど――』
「それに……このディカプリオくんもどうやら訳ありみたいで。今回の件、なんか単純な話じゃないみたいなのよねえ」
周囲を警戒しつつ告げると。
ヤナギさんがクイっとメガネを上げてみせ。
『この男、調べてみたのですが――どうやら過去に異能力による罪を犯しているようなので、それと関連している可能性はありますね』
「あちゃぁ……この人自身も異能力犯罪者だったのね」
そんな相手を解呪してしまったわけだが。
まあ解呪しないと、召喚されたモグラ聖女こと総帥ちゃんが帰れない!
という可能性もあったから仕方がない。
つまり、あたしは悪くない。
オーケー?
異能力犯罪とは、なにをしていたのか。
問いかけるより先に、ヤナギさんが翼でスマホを操作し。
あたしに画面をみせてくる。
『彼による異能力犯罪が確認されていたのは海外。主に欧州ですね。行っていた犯罪もまた、治療です。まあ治療ならば医師免許がないという部分が問題ではありますが、けれど論点は当然、そこではありません。治療していた相手がまずかったのです』
「なに? マフィアでも治してたっていうの?」
『いえ、刑が執行された後の死刑囚です』
うわぁ……。
面倒なことを言い出した。
『刑が下った後にこの青年が異能を発動し、処刑されていた犯罪者を救っていた――との情報が入っております。そこまでは、まあいいのですが……』
珍しく言葉を詰まらせている。
あたしは、顔色を覗き込んだ。
「どうしたの?」
『いえ、とても口にしたくない言葉なのですが。まあ仕方ありません。なんでも、死刑囚を蘇生させた彼を目撃した人によれば、曇りも迷いもない顔で――彼はこう言っていたそうなんですよ』
こほんと、咳ばらいをし。
ヤナギさんが、露骨に嫌そうな顔でクチバシを動かした。
『我はメシア、救世主だと』
う、うわぁ……。
思わず、二度目のうわぁ……がでてしまった。
「めしあ……って、飯屋とかじゃなくて、あのメシアよね?」
『はい……他者を救う聖人、という意味でしょうね』
自分で自分をメシアと名乗るのって……。
けっこう、きっついわよね?
あたしの中で、ディカプリオくんの評価が数段階さがったことは、言うまでもない。




