第六十四話、アンダーグラウンド! ~幹部が誘う秘密結社~前編
案内された場所は高層ビルが並ぶオフィス街だった。
政府が管理できていない異能力者組織。
そこは神に逆らうように天へと伸びる、現代のバベルの塔!
ではなく。
「あんたたち……、なに堂々と、オフィス街の地下にこーんな! 大きな空間を作っちゃってるのよ……! これ、建築法とか、大丈夫なの!?」
そう。
駅の近くにさりげなく置いてあるビルの扉を開けると、地下へのエレベーターが存在していて。
そこを、ぐぐぐぐっと下り。
チーン!
扉が開いたその先に広がっていたのは、巨大な空間。
地下街が築かれていたのである。
空気は悪の秘密結社。
といったところか。
地下街の見た目はちょっと高級な街の、吹き抜けが特徴的なショッピングモールを想像して貰えばいいだろう。
おそらくだが、地下に空間を作り出す異能力者がいるのかな。
高所恐怖症の人が下を見ると、ぞぞぞぞっと背筋が凍ってしまう場所でもある。
まあ人通りは皆無。
外からあたし達がくることを知っていて、隠れているのだろうか。
ともあれ。
あたしを案内するように前を歩く女性。
亜門セリカさんが、勝ち誇ったような笑みを口角に刻み。
地下街の照明を受けた唇を揺らす。
「あんまり身を乗り出さないでちょうだいね、お嬢ちゃん。解呪能力者を連れてきたはいいけど、勝手に落ちて死んじゃいました。なんてオチはさすがに嫌よ」
「わぁってるわよ。ちょっと観察してただけじゃない」
わざわざ立ち止まって、聖職者服を翻しながら。
びしぃ!
ポーズを取って指さしてくるのだが、いちいち大げさな姉ちゃんである。
「それで――どう! お嬢ちゃん! わたくしたちの秘密基地は!」
「どうって、うわぁ……この人たち、特撮戦隊モノに憧れていたのかなぁ、としか。ねえ? ヤナギバードさん」
『コメントは控えさせていただきますよ』
あたしの腕の中で、ムスーっと眉間にシワを刻んでいるニワトリさんは、まあ言わなくても分かるだろうが説明すると。
うん!
公安でイケオジな、あのヤナギさんである!
今回の件を巨乳秘書な大黒さんに報告し、大黒さんが皆に相談。
誰かがついていかないと、あたしが何をするか分からない!
というわけで、誰がついていくかという話になり――選ばれたのが公安のヤナギさん。
ニワトリの姿なら正体がバレないということで!
タロットカード、アルカナの獣に変身もできる彼がこうしてあたしの腕の中にいる。
というわけなのだ。
こういう時は、池崎さんがついてくるのがいつものパターンなのだが。
なーんか、最近姿を見ないのよねえ。
このタイミングで姿を消しているという事は、独自に悪魔竜化アプリの犯人を追っているのだろう。
無茶をしていないといいのだが、あれでもレベル千だし、普通の異能力者相手なら絶対に負けない筈ではある。
……。
なのだが――。
んーむ。
ついつい、あのイケオジ未満の事を考えてしまう。
そんなあたしのモヤモヤを察したのだろう。
ファサっと首周りの羽毛を持ち上げ、ヤナギバードさんが静かに口を開く。
『あの男も優秀な刑事です、元ですが、危険があればちゃんと逃げ帰ってくるでしょう。まあ普段がアレですから? あなたが心配されるのも理解できます、ですが、申し訳ないと思いますが――今はこちらに集中してください。あなたとて、大事な保護対象なのですから』
「分かってるわよ」
『おや、心配しているというのは認めるのですね。以前のあなたなら、否定されていたと思いますが』
指摘されてあたしは、眉を下げる。
「だって、あの人、死にたがりだから――目を離すと何をするか分からないし。心配しているのは本当なのよ。無理に否定するのって、なんか子供っぽいかなって、そう思ったのよ」
冷静な顔で、ニワトリさんがあたしを見て。
『ふむ――アカリさんは、そうしているとご令嬢に見えますね』
「いや、本当にご令嬢だし……」
『失礼、そういえば肩書だけは本当にそうでしたね。あなたは破天荒が過ぎるので、いつも忘れてしまいそうになるのです。申し訳ない』
こいつ、真顔で言い切りやがった。
しかも悪気はゼロ。
この人も、本当にアレな性格よね……。
池崎さんとコンビを組んでいるだけはある。
まあ、あくまでも本当のコンビではなく実質的に、いつもコンビみたいに行動を共にしてしまっていただけらしいが。
そんなあたしとニワトリさんのやり取りを観察し――。
じぃぃぃぃ。
亜門さんが胸の谷間が際立つ格好で前のめりになり、自らの顎に指をあて考え込む。
ちょっと呆れ顔で濡れた唇を上下させていた。
「お嬢ちゃん、あなた本当にいくつ能力を持ってるのよ。このニワトリもあなたの使い魔なんでしょう?」
「そういうことになるのかしらねえ」
実際。
正体を隠す意味でも、一時的に使い魔登録をしているので嘘は言っていない。
メガネをクイクイっと翼で上げながら、ヤナギさんが言う。
『それよりも――あなた達、アカリさんも言っていましたが――これは違法建築ではありませんか? 地下に街を作っているなどという話は、初めて耳にしましたが。看過できませんよ』
「あら~、お嬢ちゃん。あなたの使い魔、けっこう生意気じゃない♪ 声だけ俳優さんみたいで、面白いわね!」
くすりと微笑んだ亜門さんが、ヤナギさんの羽毛頭をペチペチと叩く。
無駄に声の良いニワトリに見えるのだろう。
『僕は一般論を述べているのです。あなたたち、ちゃんと税金を払っているのですか? 脱税は許されませんよ』
「ふふふ、生意気なニワトリさんに逆に質問しちゃおうかしら? 異能力で作られた空間に、日本の法律って適用されるのかしらねえ?」
答えが分かっていて彼女は意地悪をしているのだろう。
ヤナギバードさんも答えを知っているので、答えられずに――ブスーっと嘴を尖らせている。
あたしが言う。
「異空間や亜空間。次元の異なる場所。日本という国の座標とは異なる空間にある場所は治外法権よ。あたしがダンジョン内だと銃刀法違反を気にせず、聖剣を顕現させるみたいにね。ここではたぶん、日本の法律は適用されない筈じゃないかしら」
「そういうことよ! ふふふふふふ! ニワトリさん、あなたの負けね!」
ニワトリ相手にもビシっとポーズを取る愉快な姉ちゃんに構わず、あたしは周囲の街を観察しながら。
「それで、その呪いにかかっちゃってるって人はどこにいるのよ。問題を解決してからのんびりとここの観光をしたいんですけど?」
「いや、あのねえお嬢ちゃん。ここは一応、政府を信用できない異能力者達の秘密基地なんですし……勝手に観光を決められても困るんですけど?」
こういう部分で、いきなり真っ当な意見を言ってくるから困る。
公安のヤナギさん的には――この機会に管理されていない異能力者を見て回りたい、という事情もあるのだろう。
あたしを止める気はないようである。
樹を隠すなら、なんとやら。
ここに悪魔竜化アプリ事件の犯人が紛れ込んでいる。
なーんて言う可能性もゼロじゃない。
口にはしないが同じ考えなのか、ヤナギさんは翼でクイクイ!
あたしの手をペチペチしだしている。
利用されてあげてもいいわよ!
と、あたしは、にひぃ~♪
悪戯猫の顔で口角を釣り上げる。
「へへーん! せっかく面白そうな場所にきたんですから! あたしは、か・な・ら・ず! ここで遊んでいくわよ?」
「わたくしが言うのもアレだけど。お嬢ちゃん、ちょっと変わってるわよねえ……」
呆れるお姉ちゃんとは裏腹。
あたしの腕の中のヤナギバードさんが羽毛をもふっと膨らませ――。
銀縁眼鏡をキリっと輝かせる。
『しかし、そこが彼女の良い所でもありますから』
「はいはい、主人を立てる良い使い魔だこと。心配しなくても、もうそろそろつくわよ」
カツンと音を立てて立ち止まった亜門さんが、ふふふっと微笑する。
巨大な門の前で、仁王立ち。
「わたくし、亜門セリカの帰還よ! さあ! 扉を開けて頂戴!」
中から誰かが明けてくれる手筈になっているのだろう。
……。
なのに、反応はなし。
頬に汗を垂らしつつ。
「あら? おかしいわね、何かあったのかしら」
扉を無理やり手で開けようとするも、反応はなし。
あたしが言う。
「亜門さん、あなた……怖がられてるんじゃない?」
「し、失礼ね! たしかに、悪魔様への誓いを綴った自作の聖典を売りつけようとしたときは、嫌な顔をされたけど。依頼人との関係は良好なんだから」
震える声が返ってきた。
んなもん売ろうとしていたんかい。
しかし。
本当になにかあったのだろうか。
周囲を探索するべく、ダンジョン用の探査魔術を発動する。
異能力で作られた空間なので、ちゃんとダンジョン判定してくれるようである。
しかし……。
ん~?
人の気配がほとんどないな。
「ねえ、亜門さん。ここっていつもこんなに静かなの? 人の姿が全然ないけど」
「そういえば……変ね……ここは、買い物もできる本当の街みたいになっているのに、誰も――見えないなんてことは、いままでなかったわ」
なるほど。
悩むあたしの足元、影の中からペスの声がする。
『娘よ、少しいいか?』
「ペス? どうかしたの」
あたしの影の中から、ちゃぽん!
ビーグル犬の顔と、犬手がちょこっと覗いている。
『気をつけよ――なにかおかしいぞここは』
感覚の鋭いビーグル犬のペスが言うからには、本当になにかがおかしいのだろう。
あたしも感覚は鋭いのだが、いかんせん強すぎてダメ。
周囲を這う虫と、力の弱い人間の区別がつかなかったりしてしまうのである。
でも、ペスがこういうのならば――。
すぅっと息を吸い。
あたしは空気を切り替えた。




